夜会とお酒とご令嬢



「白陽様、先日の剣舞は素晴らしかったですわ」

「わたくしも拝見致しましたわ。その後の御前試合もお見事でした」

「お相手の方が気の毒なほど圧倒的な強さでしたわ」


「ありがとうございます」


 夜会会場に入ってすぐは、主への挨拶希望者が牽制しあい、ひとりまたひとりと順に挨拶をしていたが、それがひと段落すると、今度は世間話の体で人が近寄ってくる。親世代がほとんどいない上に、酒が入って、普段よりも幾分開放的な気分になっている若者たちがわらわら集まって、あっという間に主の周りには幾重にも人だかりができていた。


 されど、そうのんきなことを言ってもいられないのは、白陽の周りにも人が、特に女性が集まってきているからだ。

 我先にと、会話をはじめて主導権を取り合い、笑顔で火花を散らし合う様はいっそのこと見事だ。特に白陽が口を開かずとも話題は上り、転がり、会話は途切れず進んでいく。

 視界に映る主も今のところ問題はなさそうだしと、白陽はにこりと笑みを形作りながらご令嬢たちの話を聞いていた。これだけならば、夜会もさほど苦ではない。困るのはこれからだ。


「ところで白陽様、よろしければ私とファーストダンスを踊って下さりませんか」


 先の話題がひと段落して、その間白陽は発したのは、そうですね、の一言だけだ。そろそろ、件の時間だから彼女たちから離れよう、そう思った矢先のことだった。

 真横にいた、サーモンピンクのドレスのご令嬢が、白陽の腕に手をかけて問うてくる。さりげない上目遣いと、恥じらう様に頬を赤らめた様は大変可愛らしい。可愛いが、残念ながらその要望には応えかねる。


「せっかくお誘いいただいたのに申し訳ありません。私はあくまで護衛の身ですので、貴女のような可憐なご令嬢のお相手など不相応でございます」


 一歩下がって頭を下げる。まあ、そんなことないのに、そんな声が聞こえてくるも聞かなかった体で顔をあげた。令嬢の顔色を伺うように、残念そうかつ申し訳なさそうな笑みを向ければ、大抵は納得してくれる。このご令嬢も頷いて、それではまたの機会にと去っていく。

 またの機会なんて、申し訳ないが永遠にこなくていい。そんなことより主は、と広間をぐるりと見回せば、さっきまでとそれほど変わらぬところで談笑していた。安心して、主の元へ一歩踏み出しかけた。そのとき、


 広間の一角には、王室お抱えの音楽隊が場を盛り上げる音楽を奏でている。それが、ふつりとやんで、曲調がゆったりとした3拍子に変わった。フロアの中心を開けるようにして、人々が壁際に下がっていく。

 そんな流れと対称的に、主は真っ赤なドレスのご令嬢と共にフロアの真ん中に現れる。互いに優雅に一礼すると、手を取り合って踊り出す。息のぴったりあったダンスと踊るふたりの見目麗しさはまるで一枚の絵画のようで、その光景に人々は見とれていた。

 曲が終わり、ふたりが礼を取ると拍手が起こる。それらに応えるように微笑みながら、ふたりはフロアからおりて、白陽の方へやってくる。

 主宰もしくはいちばん位の高い人が最初に躍り、その後は参加者たちが自由に踊り始めるのが、夜会のマナーだ。


「素晴らしいダンスでございました」


 主とご令嬢に、主君への礼を取る。真っ赤なドレスのご令嬢、彼女は主の婚約者 莉希様だ。ふふふと可愛らしい笑みを浮かべて、嬉しそうに彼女は主を見上げた。


「貴方の従者は本当によくできた子ね」

「そうか?」


 淡々と返す主にも慣れたもので、莉希様は私にもご挨拶をくださる。


「お久しぶりね白陽、相変わらずご令嬢方に大人気ね。貴方の場合、彼女たちの護衛にも大人気だけれど」

「恐縮でございます」

「白陽はダンスを踊らないの?」

「私は主の護衛にすぎませんので」

「まあ、勿体ないわねぇ。貴方と踊りたいご令嬢はたくさんいらっしゃるのに」


 口数の多くない主にも、にこにこ笑って話題を振りながら、ひとりで会話を回していく莉希様はさすがだ。密かに感心しながら、周囲に注意を払いつつ、ふたりのお邪魔にならないように主の傍らで気配を消す。

 曲がいくつ終わった頃か、人の波に知り合いを見つけたらしい莉希様は、少し寂しそうな表情を浮かべる。


「あら、ごめんなさい。少しご挨拶してくるわね」


 しかしそれが幻だったかのように、そう言い残して、莉希様は颯爽と去っていった。

 何も言わずに、踊る人々を眺める主にシャンパンのグラスを差し出すと、ぐいっと一気にそれを飲み干す。


「一気に飲まれると、酔いがすぐに回りますよ」


 空のグラスをウェイターに渡して、主の顔色を伺う。顔は普段と変わらぬが、よくよく見れば瞳が微かに潤んでいて、酔いはじめている。お部屋に戻られますか、問おうと口を開きかけた白陽より先に主が呟いた。


「白陽、やっぱりお前は生意気だ」

「すでに酔っておられますか」

「酔ってない」

「酔っぱらいは皆そう言います」

「……シャンパン一杯で酔ってられるか」

「そうですね」

「もっと、気遣った言葉はないのか」

「主がお酒に弱いのはいまに始まったことではないので」

「うちの家系は酒豪ばっかなのに、なんでだか」

「紫唯様もお強そうですよね」


 はあーっと盛大なため息をはかれると、こちらを一睨みして、主は気を引き締め直したように部屋へ戻ると告げられた。


 その後、部屋に戻った主になかば無理矢理、酒飲み勝負をさせられ、舌打ちしながら眠りについた主をベッドに運んだのは私だけの秘密だ。主が弱すぎるのもあるが、私自身どこが限界かわからぬくらいに酒には滅法強いもので、そもそも勝負にすらならない。それを知りながら、毎度勝負を挑まれ臍を曲げられる主にもなれたものだ。


 生チョコケーキは明日お出しすることにしよう。


 そう決めて、部屋の灯りを落とす。おやすみなさいませ、誰にも聞かれぬ挨拶を告げて、主の部屋から退出した。



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雪が染まれば砂糖菓子の花が咲く(仮) むう @mu11Rr2

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