第58話 先行、ニグラダ平原
僕らは二体のディノ型、そしてバイク型のドライドに分乗してニグラダ平原へとやってきた。
雪は積もっていないけど、風は冷たい。
「さて、ロウリー隊長、今日はどこへ行くつもりですか?」
レノア先輩がおどけた調子で訊いてくる。
「なんですか、隊長って?」
「だって今日はロウリーの探索についてきただけだからな」
「そうよ。ロウリー君がしっかりエスコートしてね」
シャロン先輩までそんな冗談を言ってくる。
部活じゃないせいか両先輩とも伸び伸びとしていて、いつもと雰囲気が違った。
少しだけ開放的ってかんじかな?
それにしてもどっちに行こうか?
ララベルの『索敵の風』がないので、どちらの方角にドライドがいて、どの辺に魔物が潜んでいるかがさっぱりわからない。
「ここから西へ20キロほどのところにケミン池という小さな池があります。今日はそこまで行きましょう」
「水がある場所ならドライドの痕跡が見つかるかもしれないもんな」
「いい考えね。日が暮れる前に移動しましょう」
ドライドが水場にやってくるのは夕方か早朝だ。
罠を仕掛けるのなら早い方がいい。
僕らはディノたちを走らせて、西へのコースを急いだ。
時速30キロでディノたちを走らせたので1時間もかからずにケミン池に着いた。
一周が500メートルほどの小さな池だ。
池の中央では冬越しのためにやってきたカモの群が泳いでいた。
「見ろよ、動物の足跡だぜ」
「あっちにはガゼル型の足跡もあるわよ」
ガゼル型はかつて取り逃がしたタイプのドライドなので、次こそはという思いがある。
「それでは獣道に罠を仕掛けます」
「じゃあ、臭いがつかないように泥を塗らないとな」
レノア先輩が笑顔で非情なことを言う。
「勘弁してください。もう本格的な冬ですよ」
「え~、頑張ったら私とシャロンでロウリーを洗ってあげようとおもったのになあ……」
「そうね、それくらいのご褒美はあげないと」
「いえいえ、結構です」
木枯らしの吹きすさぶ中で水洗いされても嬉しくない。
捕獲確率は下がってしまうけど、僕は服を着たまま落とし穴を仕掛けた。
罠を張り終えてから薬草を摘んだ。
池から少し離れた場所にアンジェリカがたくさん生えているのを見つけたのだ。
この植物から抽出されるエキスは悪魔祓いに効果があり、神殿の退魔師が聖水に混ぜて使う。
「オリジナルの退魔水を作ってみない? アンデッド系によく効くのなら売れると思うんだけど」
シャロン先輩は嬉しそうにアンジェリカを摘んでいる。
それに比べてレノア先輩は退屈そうだった。
「ロウリー、もう疲れたよぉ。塔で休もうよぅ」
部活のときには出さない甘えた声を出してくる。
「そうですね、アンジェリカもじゅうぶん集まったし、そろそろ休憩にしましょうか」
「そうこなくっちゃ! 屋敷からおやつをいっぱい持ってきたんだ。お茶にしよう!」
レノア先輩は無邪気に笑いかけてきて、それが本当に可愛くてドキッとしてしまった。
僕は平原に塔を呼び出した。
「あれ、今日は小砦じゃないのか?」
「遠征用に塔をグレードアップしたんです。ゲストルームも作ったので先輩たちに見てもらおうと思いまして」
「私の部屋もあるのか?」
「もちろんです。好きな部屋を選んでください」
レノア先輩はすぐに駆け出して行った。
ゲストルームを見て先輩たちは喜んでいたけど、塔の改造はまだまだこんなもんじゃない。
次は応接室の扉を開けた。
こちらもレベル2になっているので、調度品がさらに豪華になっているのだ。
革張りのソファーはより重厚に、床の敷物も複雑な幾何学模様を施した毛織物だ。
「へえ、お洒落になったな」
レノア先輩はどっしりとソファーでくつろぐ。
それに対してシャロン先輩は不満げだ。
「どうして研究室のレベルを上げないの?」
「あれはもう4まで上げていますので……」
この塔の中でも一番レベルが高いのが研究室だ。
「う~ん、それじゃあ仕方がないか……」
研究室に極振りするというのも手なんだけど、僕は豊かな生活も望んでいる。
その一つがお風呂なわけで……。
「実はバスルームも改造したんです。これがなかなかいいんですよ。ちょっと見てみませんか?」
「ふーん。別にいいけど、おやつの後じゃダメ?」
「私も少しのどが渇いたわ」
先輩たちは小砦のお風呂しか知らないので、塔のバスルームがとんでもないことになっているのに想像が及ばないようだ。
だけど、無理に急ぐ必要もないだろう。
「では紅茶を淹れましょう」
レノア先輩が持ってきた焼き菓子を食べ、濃いめのミルクティーを飲んだ。
「このフィナンシェは美味しいですね」
「我が家の料理人はそれが得意でね」
普段の態度から忘れてしまうけど、レノア先輩はお嬢様なんだよな。
「どうした?」
「いえ、四大伯爵家の料理人ともなると腕がいいんだなって考えていただけです」
「まあ、私は三女だから卒業と同時に実家を出るけどな」
「そうなんですか?」
「ああ、どこかに職を見つけて自立するつもりだ」
貴族の令嬢の場合、上級貴族に嫁ぐことが多いようだけど、レノア先輩はそんなことは考えていないようだ。
「就職先ならいっぱいありそうですよね。武術大会で優勝しているんだから」
「まあね~、最低でも軍の士官くらいにならなれるんじゃない? 最悪の場合でもシャロンの家に転がり込むから大丈夫だ」
「いいわよ。ギアス家の門番として雇ってあげるわ」
「ひどい!」
先輩たちも将来のことをいろいろ考えているんだなぁ。
僕はと言えば何の予定も立っていない。
「ロウリー君はどうする気?」
「え? まだ何も考えていないです」
「そうなんだ……。だったらギアス家のお抱え魔術師にならない? ロウリー君になら高給を払うわよ」
シャロン先輩にスカウトされた!?
「シャロン、抜け駆けはずるいぞ! ロウリーは私と組もう! お前の防御と私の攻撃が合わされば無敵だぞ。どこへ行っても通用すると思うんだよね」
それは確かに言えるかもしれない。
「ロウリー君は私とレノア、どっちを取るの?」
天真爛漫なレノア先輩、クールビューティーなシャロン先輩、どちらもステキすぎて選べないよ。
それに僕は……。
「そんな意地悪な質問をしないでください。僕はどちらの先輩も大切ですから」
「こいつめ、優等生の発言をしやがって」
レノア先輩が僕をヘッドロックする。
「ここで私を選んでくれたら、尽くしてあげたのになぁ」
シャロン先輩は怪しい流し目で悩殺してきた。
こんな調子で、お茶会の間、僕は二人の先輩にずーーーーーーーーっと、からかわれていた。
『塔の主人』に恋してる! ~魔法学院最強の特待生は、ラブコメしながら世界の秘境を見に行きます 長野文三郎 @bunzaburou
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