toi toi toi――!
「ぼくはね、『ほし』を守るべき存在だった。でも、出来なかった。被害もきっと大きい。ここはもう、崩れるに任せた方がいい」
「この『大雨』は、誰のせいでもない」
あたしの言葉にミナトが振り返る。優しくて、全てを諦めたような笑顔だった。
「どうしようも……なかったんでしょ?」
「ぼくがもっと優秀なら、違っていたかもね」
「そんなもしもは、どうしようもなかったと同じだよ」
ふう、と大きなため息が聞こえた。一瞬ミナトかと思ったけど、違った。ホクトくんだった。睨むように、ミナトを見ている。
「過去はもう、どうしようもない。起こっちまったことも。でも、悪いけどお前に負ける気がしない頭脳はもう一つ、ここにあるけど?」
トントン、とホクトくんは自分の頭を指す。
「これで終わりじゃない。俺の目的から言うと、これは想定外。ここの事実を下に伝えて、上と下をつなぐのが、俺の目的。だからこうなった以上、『ほし』も地上もまとめて、生きていける基盤を築き直すしかない」
「……厳しいと思うけど?」
「やるしかないだろ。そのために俺の頭を貸してやる。お前のそれも貸せ」
……すごい、こと、言ってるなぁ。
ホクトくんの言葉に驚いたのはあたしだけじゃなかったらしい。ミナトが呆れたような目をして、息を吐いた。
「ぼくと同じレベルだなんて、図々しい思い上がり」
でもその言い方は、どこか優しくて。思わず、あたしは笑いそうになった。
――その時、だった。
「――来る!」
警告を発したのは、マオ・マオだった。
何、と思う間もなく、一陣の光が視界を貫いた。衝撃と音が同時にやってくる。まぶしさに目が眩んで、衝撃に立っていられなくて。膝をついた。
目を開けた。視界の端。さっきまでミナトがいた足場が崩れていくのが――見えた。
「っ!」
声を出すよりも先に、足が跳ねていた。手が伸びていた。身体が、飛ぶ。
落ちていくミナトの目が驚きで開かれているのだけ、どうしてかよく見えた。叩きつける風を感じたとき、あたしはすでに、飛び出していた。
手を、伸ばして。眼下に落ちていくミナトに向かって手を伸ばして。
あたし自身も――落ちていく。
耳もとでうなる風の音に、息が詰まる。まずい。ほとんど反射で飛び出してしまった。でもこれは。この状況は。
明確な、終わりを告げる一文字が頭の中を駆け抜けていく。
「――ナナセえええっ!」
声がした。見上げると、ホクトくんが落ちてきている。
どう――して!
すぐに、分かった。片手にフライボードが握られている。
「――ホクト、くん!」
フライボードが伸びる。指先でなんとかギリギリ掴んだ。でも、起動は、まだしない! 心臓が痛い。ホクトくんの顔もゆがんでいる。もう、意識だっていつ途切れるか。でも、放っておけるわけがない。ミナトに手を伸ばす。ミナトは泣きそうな顔をして、それでも、手を伸ばしてきた。
生きたい。生きたいよね。
どんなぐちゃぐちゃな状況でも、あたしたちは、生きていたい。絶対、捕まえる!
指先を伸ばす。少しでいい。とどけ。とどけ。とどけ!
おねがい――!
カツッと小さな音とともに、爪先がふれあった。指を手繰るように、祈るように絡ませあう。そして。
手が――握れた。
次の瞬間、反対側の手を握っていたホクトくんが、フライボードを起動した。間に合え。間に合え――! 地面はすぐそこだ。叩きつけられるという意識を、なんとか追い出す。だいじょうぶ。絶対、だいじょうぶ。
地面が近い。
「toi」
身体がひっぱられる。
「toi」
三人分の身体が、浮く。
「toi――!」
祈りを込めたおまじないは、誰の口から漏れたものだったのか。もう、分からなかったけれど。ほんとうにすんでのところで、フライボードはちゃんと機能を果たしてくれた。
地面にたたきつけられる寸前であたしたちの身体はギリギリ持ち上がり、ゆっくりと、痛みのない速度で、あたしたちは『ほし』の地面へと、降り立った。
「……死ぬかと思った」
ホクトくんがうめく。
顔を見合わせると、軽く一発殴られた。まぁ、うん。ごめんなさい。無茶しちゃった。
でもすぐに、誰かがくすくすと笑い出した。あたしたちは顔を見合わせて、くすくすと笑って。やがてそれは、大きな大きな笑い声になっていった。
「――生きよう、ミナト。ホクトくん」
笑い声の合間のあたしの言葉に、ミナトはちいさく、だけど力強く、頷いてくれた。
きっとこれからが、一番大変だけど。でも。
なんとかなるんじゃないかなって、そう、思えたんだ。
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