祈りの言葉

 ミナトの夜色の瞳が細まる。

「諦めてなんかないくせに」

「何が、言いたいの?」

「ラジオ、ずっと届けてたくせに」

「あれは、ただの趣味だよ。意味なんてない」

「嘘つき」

 もう一度、あたしは言い切った。

 一歩、ミナトに近づく。ミナトは少しだけ煩わしそうに顔をしかめる。

「こんばんは。こちら星くず放送局。

 今夜もきみに、この声が届いていることを願って」

 いつものラジオの台詞。それをあたしが口にすると、ミナトはもっと嫌そうな顔をした。

「それじゃあ、今夜はここまで。

 toi toi toi!

 世界のどこにいても、きみに幸せが降り注ぎますように」

「何が言いたいの」

 冷たい声だったけれど、でもほんの少し、声が震えているのは聞き取れた。

「望んでないんでしょう。ほんとうはあなただって、なんとか出来るならしたいって思っているんでしょう。だったら、あがいたっていいじゃない」

「馬鹿馬鹿しい。そのラジオはお遊びだし、大体そんなもので」

「――ホクトくんにあてたラジオだったんでしょう?」

 あたしの言葉に、ミナトはぐっと唇を噛んだ。

 後ろで、ホクトくんがうわずった「え?」という声を漏らしている。

「あたし、勝手に聞いてたくせにいつしか、あなたが言う「きみ」が自分だと思ってた。でも、違う。あなたは、最初からずっと、地上にいるかもしれないあなた自身の片割れを、兄弟を思って、ラジオを続けていたんでしょう」

 今夜もきみに、この声が届いていることを願って。

 そんな祈りの言葉を、織り交ぜて。

 それは地上にいる、知っている誰か宛の物だ。あたしじゃない。

 ずっと、ラジオは、ホクトくんに向けて届けられていたんだ。

 ミナトがすっと目をそらした。

 それはつまり、イエスってこと。だとしたら、なおさら。

「世界のどこにいても、きみに幸せが降り注ぎますように」

「やめろ」

 吐き捨てるように、ミナトが遮る。

「……意味はない」

「あるよ。降っていいのは、大雨なんかじゃない。そうでしょう。ホクトくんに、幸せになって欲しいって、本当はずっと思ってたんでしょう!」

 たたきつけるように叫ぶと、沈黙が落ちた。

 その沈黙は長くて。誰も、割り込んでこなくて。しんどくて。

 ゆっくり、長い息を吐いたのはホクトくんだった。

「ミナト、手伝え」

「……」

「自信ねぇか?」

 挑発するようなホクトくんの笑いに、ミナトはむっと顔をゆがめる。

 ……なるほど。ちょっと二人、こうすると似てるのかも。

 遠くずっと離れていた、正反対みたいな、でもそっくりなふたりは顔を見合わせて、それからミナトが口を開いた。

「――何をしろって」

 吐き捨てるような台詞に、でも、あたしはちょっと笑っていた。

 ……よかった。

「『ほし』の計算は終わった。誘導にお前の指示があったほうがラクだろ。時間もない」

「――分かった」

 ミナトくんが時計型の端末を操作する。

「スピカとシリウスに連絡を入れた。あと、別の隊にも。子どもを優先で青の地区へ。それ以外は一番近い黄色。間に合いそうにない場合は赤地域でも地下へ」

「脱出はやめるか?」

「リスクがでかい」

「オーケイ。判断に従おう」

 ホクトくんがにっと笑う。

「ナナセ、シン。地上との交信を頼む。このままだと地上にも被害は出る。カペラとリゲルを中心にすばるさんとかも使って、なんとか雨が降ることだけでも伝えたい」

「分かった! あ、でも」

 通信って、ここと地上って出来ないんじゃなかったっけ?

 思い出して言葉を切ると、ホクトくんが分かっているというように頷く。

「ミナト」

「……ふふ、人使い荒いなぁ」

 ミナトが笑って、近くの機械に歩いて行く。開けたパネルのなかで何かを操作した。

「ん、出来たよ。地上と交信出来る」

「ありがとう!」

 ミナトが、すうっと目を細めた。でもそれは、それまでの嘲るような表情じゃなくて、ちょっとだけ戸惑ったような、恥ずかしそうな笑顔だった。

「ナナセ、マオ・マオからも通信出来るようにするからちょっと貸せ。――っし、おっけ。繋がった、頼む!」

「分かった!」

「シン、ナナセの補助を頼む。地図データはこれ。指示出し手伝ってやってくれ」

 時間がない。ホクトくんの指示を受けて、あたしたちは地上との交信を試みる。

 すぐに、カペラとリゲルの声が飛び出してきた。

「ナナセちゃん! こっちはだいじょうぶだよ。そっちはみんな無事?」

「だいじょうぶ! ただ、カペラ、リゲル、よく聞いて欲しいの。『大雨』が降るよ」

「えっ」

 カペラが向こうで息を呑む音がする。ガサという音とともに、リゲルに変わる。

「大雨……隕石であってる?」

「そうだと、思う。もう時間がないの、あと一時間半。地上にも降るみたい。すぐにみんなを避難させたいんだ」

 通信機の向こうが慌ただしくなった。きっと、あたしたちの仲間も手伝ってくれるはずだ。すばるさんたちも。ホクトくんが随時データを更新していく。額には汗が滲んでいた。

「こっちは誘導を始めたよ」

 ミナトくんがふうと息を吐いた。

「時間勝負だな」

「あたし、手伝ってきていい?」

 地上はもう、みんなを信じるしかない。でも、ここなら。『ほし』なら、手伝える。

「スピカに連絡を入れたよ。いいよ、ただし、最悪でも二十分前にはここに戻ること」

「分かった。あ、でも、ここも赤領域だったよね?」

 あたしの不安にミナトが微笑む。

「大雨の軌道は変えられない。でも、やれるだけのことは、やる。防壁の強化を――突貫だけど――やってみる。この基地の一区画だけでも、耐えられるようにする」

 そう言って微笑んだミナトの顔に、うっすらと脂汗が滲んでいる。

 やってはみる、でも、勝算はそれほど高くない――ってところだろう。

 でも、うん、だいじょうぶ。あたしたちには、呪文がある。

「分かった。お願いします! ――toi toi toi!」

 どうか上手くいきますように。そんなおまじないの言葉に、一瞬ミナトは目を丸くして。それから、大きな花が咲くように笑ってくれた。

「うん。toi toi toi!」

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