『M』

 静かに呟いたマオ・マオと一緒に。

 ゴォンッ

 派手な爆発音が響いた! 白い煙が辺りに立ちこめる。もちろん、マオ・マオじゃない。

「はっでっ!」

「アハハ、いいだろ!」

 シンがいい笑顔で言う。マオ・マオは元気にひょこと耳を動かしている。マオ・マオのはったりカウントダウンと同時に、シンがいつもの通り爆発音がなる物を地面にたたきつけただけ。実際には火は出ない――あんな近くでやったら自分たちまで巻き込まれるしね。

 打ち合わせしたわけじゃないけど、シンとマオ・マオとならこれくらいのことはその場で出来る。それがすごく気持ちいい。

「シン!」

「なんだ」

 隣を走りながらシンが言う。フライボードは二人乗りだとスピードは少し落ちるけれど、それでも走るよりは速い。シンがついてこれているのはこっちの調整もあるけれど、何よりシンが足が速いからだ。

「二手に分かれた方が撒けるよね!」

「まあな! でも利口じゃねえぞ!」

「かもね!」

 分かっている。でも、意外となんとかなる気がした。まずは撒いて、それから合流すればいい。それくらいならきっと出来る。

「ったく、いつもいつも」

 はぁ、とシンにため息を吐かれる。そっと見ると、苦笑が返ってきた。

「言っても聞かねぇんだろ?」

「へへ。先発してきていい?」

 シンがひょいと肩をすくめる。マオ・マオが「やれやれ」と言った。

「お、おい!」

「シン、お願い!」

 トンッとフライボードから飛び降りる。ホクトくんが悲鳴をあげかけたとき、シンがあたしの代わりにフライボードに飛び乗った。

「全く。気をつけろよ!」

「ありがと!」

「っ、ナナセ!」

 ホクトくんにひらりと手を振って。あたしは、フライボードと逆に走り出した。

「……あとでホクトに怒られても知らないヨ」

「うん、怒られるよ」

「なんでひとり?」

「分かんない。ごめんね、マオ・マオがいるからひとりじゃないよ」

 モウ、とマオ・マオが拗ねたように言う。

 ひとりになりたかったのかな、あたし。少しは知るスピードを緩めて、空を見た。

 ああ、ここが。『ほし』なんだ。あたしを捨てた、場所なんだ。

「ちっちゃいところ、だね」

「そうだネ。人口も少なそうダ」

 いつもはひとまとめにしている髪を下ろして、ゆっくりと街を歩いて行く。穴ぼこだらけなのはさすがに街の真ん中にはないらしい。――修復したのかもしれないけれど。

 区画はとても整っているし、地上と違ってすえた臭いとかもしない。人は時々すれ違うけど、服はあたしたちとそう変わらなさそうだ。もう少し機能性とかは高そうだし、みんなちゃんとしていてあたしたちほどボロではないけれど。

 ただ――違和感はある。

 街を行く人はみんな少し下を見つめていて。空気全体が動いていないみたいな、そんな感じ。活気がない。落ち着いている、とも言えるけれど――たぶん、違う。

 一番近い言葉を頭の中で探し当てて、あたしは少しだけ下唇を噛む。

 これはたぶん、そう。諦めや、絶望のそれだ。

「……ふぁ、すごいね」

 マオ・マオを抱えたまま、あたしは天井を見上げる。たかい天井には、色とりどりのガラスがはめ込まれていて、そこから降り注いだ日差しがきらきらと色づいて輝いている。

 きっちりと並んだ長椅子があって、目の前には大きな楽器と、何か女の人を模したような像。歩いていてひときわ高い尖塔が見えて、惹かれるように来てしまった。何か、いい匂いもする。花のような。

「教会だネ」

「あ、だよね」

 マオ・マオに頷く。地上にも同じ名前の施設があるにはあったし、あたしたちはよくお世話になったりもしてたんだけれど――こんなに、整っていなかった。近い雰囲気は確かにあるけれど、地上のはどうしても、ボロボロだった。『ほし』だって楽園じゃないとは分かったけれど、それでもこういうところで「違い」を確かに感じてしまう。

「ご用ですか?」

「ひぁっ!」

 突然声をかけられて、思わず飛び上がってしまった。

 おじいさんだ。少し壁寄りのところに立っていた。き……気づかなかった。

 真っ黒の服を着ていて、おだやかな目をしている。教会の人、らしい。

「ご、ごめんなさい、勝手に入ってしまって」

「いえいえ。いつでも来ていただいてだいじょうぶですよ」

 ――良かった。追っ手の関係ではないらしい。

 おじいさんはあたしを見て、すうっと目を細めた。

「ずいぶん……その、疲れたような服装だね」

「あ……ごめんなさい、汚くって」

 水浴びもしてないし、たぶんちょっと、臭い。うー。やだな。でも着替えなんて、持ってきているわけもなくて、諦めるしかないんだけど。

「何か事情がおありなんでしょう。着替えが必要なら、寄付の物がある。どうだい」

「えっ……い、いいんですか?」

 ちょっと図々しいかなとは思ったけれど、でも、着替えたいのは確かだ。

 おじいさんはふわりと微笑んでくれた。

「もちろん。少しお待ちいただけますか、人を呼びましょう」

 おじいさんは言うと、腕のバーコードをとんとん、と叩いた。ホログラム画面が立ち上がって、何かを話す。すぐに、誰かがやってくる気配がした。

 後ろからだ。そっちに階段があったらしい。とんとんとん、とリズムよく降りてくる足音に振り返って。そして。

「――え」

 うわずった声が漏れた。

 だって、知った顔だったから。

 少し青みがかった黒髪に夜の色の瞳。あたしより少しだけ年上に見える、男の子。

「ホクト……くん……?」

 男の子はあたしを見つけると、ゆっくりと首をかしげた。

「だれ?」

 その声もやっぱりホクトくんそっくりで――ううん、違う。

 空気を含んだ、甘く柔らかい声は。

『M』そのひとの、声だった。

 驚きに動けなくなっているあたしに、男の子はただゆっくりと瞬きをする。

 どういう……ことだろう。ホクトくんに見えるのに、違うの? それとも、何か先回りしていて、今はこれ、ホクトくんの演技だったりする?

「ミナト。着替えをあげてやってくれないか」

「うん、分かった」

 ――ミナト?

 ホクトくんそっくりの……ううん、ちがう。そっくりなんかじゃない。ホクトくんと『同じ顔』の男の子が、微笑んであたしを見る。

「こっちだよ」

 口調は違う。でも、分からない。声も顔も同じだなんて――そんなこと、ある?

「――ナナセ」

 マオ・マオが背中を押すように声をかけてきて、あたしはようやく身体を動かせた。ふらふらと足下が頼りない。なんとか、男の子の背について行く。

 豪華ではないけれどしっかりとした、よく磨かれた手すりに掴まって階段を登っていく。男の子はひとつの部屋に入って、何枚か服をくれた。ついでに、と、濡れたタオルも。受け取ってお礼を言う。

「着替え、そっちでね。ぼくはあっちの部屋で待っている」

 どう答えたらいいのか分からなくて、あたしは無言で頷いてしめされた部屋に入った。

「……ナナセ」

「ごめん、ちょっと、混乱してる」

「だろうネ」

 マオ・マオが仕方ないというように頷く。手早く与えられたタオルで全身を拭いて、新しい服に着替えた。シンプルなシャツとズボン。それから、ピンクのブルゾンに――これは、おまけ、なのかな。キャップ帽子。全部身につけると、髪を下ろしていたのもあるしたぶん結構雰囲気がいつもと違うはずだ。ありていにいえば、軍からの目を逃れる変装になったかもしれない。ちょうどいいや。

 さっぱりした。それだけで気持ちがちょっと上向きになる。人間って案外単純だ。

「マオ・マオ。いい?」

 なにを、とは言わなかった。たぶん、マオ・マオには伝わるから。

「いいんじゃない? 知りたいんでショ?」

 こくんと頷く。知りたい。分からないから。だから、全部――話す。

 胸の奥に灯った覚悟の火が消えないうちに。

 あたしは、男の子の――ミナトくんと呼ばれていた男の子が待つ部屋へと駆け出した。

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