捨てられた子ども

「――マオ・マオ。全部話しちゃうね」

「ソウ? 分かった。ご自由ニ」

 ピコとマオ・マオの耳が動く。一回息を吐いて、あたしはホクトくんとシンに向き直る。

「あたし、生まれはこっちなのは確かみたい。IDがそうなってたから。でもね、知らないのは本当なの。親の顔も知らないし、気がついたら地上でゴミあさってたから。何も覚えてない。たぶん、いらないってポイされたんじゃないかなって思ってる」

 ぎゅっとシンの眉が寄る。

「あはは、だいじょうぶだよ。そんな子ばっかりじゃない、みんな」

「そう、だけどさ」

 親が地上にいても捨てられることはある。だから、その親がたまたま『ほし』のひとだったってだけで、あたしは特別にそれをひどい、って考えたことはない。

 ただ、自分がなんなのかな、って考えたことはあるけれど、ね。

「マオ・マオは?」

 と、ホクトくんが訊ねてきた。

「最初から……えーと、記憶がある年齢からはずっと一緒だよ」

「ボクはここが故郷ダヨ。データメモリはナナセが三歳の時からしか見れないケド」

「あるにはある?」

「ダネ。プロテクトがかかっている。でも、それを無理に暴くつもりはナイ」

「分かった」

 ホクトくんが微笑んだ。たぶんホクトくんならマオ・マオの記憶も取り出せちゃうんだろうけれど、マオ・マオが望んでないならやらないって思ってくれたんだろう。

「オーケイ、納得した。違和感はあったから」

「……? 何が?」

「お前もマオ・マオも。マオ・マオ、ボディは旧式なのに人工知能がそこらのロボットのレベルじゃないだろ。ラジオの受信機も、下じゃ許されてない。なんのことはない、こっちの技術ってんならあり得る」

「そういうもの?」

 技術的なことはあたしもシンも分からない。ふたりで首をかしげてしまう。

「そういうもんなの。で、お前も」

「あたし、頭良くないよ?」

「勉強と頭の良し悪しは別。あとお前の一番の違和感は身体能力。普通じゃないだろ」

 ……褒められているんだろうか……。

 複雑な気持ちで黙り込むと、シンがちいさく笑った。

「俺は練習もするし鍛えてもいるけど、ナナセほとんど勘でやっちゃうもんな」

「何かに秀でた者だけがここにいられる、ってのはたぶん本当なんだろうな。遺伝子レベルか……あるいは操作もあるかもしれないけれど、それで振り分けられているんだろ」

 ――そうはいっても、あたしは結局捨てられた子だから、特別ではない、と思うけどね。

「ま、いーや! あたしの話はこんなかんじ! あとは、どうしようか」

「とりあえず、手近なところから攻める。ここの情報や『大雨』の情報はやっぱり軍の機密あさるのが早い。とすると、あそこの施設か。そのあと『ほし』本体に降りる。実情を映像データで入手したい。地上からの橋になり得る。あとラジオは……」

「今晩がいいかな?」

「だ、な。直接電波をたどれるかどうか……、いや、やってみるしかないな」

「分かった」

 よしっ、と立ち上がって、あたしたちは顔を見合わせた。そのまま、少し離れた場所にある建物へと移動する。建物の中は想像したとおり、大きな基地になっていた。見慣れない機材が山のように積み上がっていて、ホクトくんは少しその場にいたそうな気配を見せていたけれど、結局あたしたちはすぐにそこを後にした。

 人がいなかった。誰も。警備の一人も。

 データを抜けそうな何かも見当たらなくて、結局使えそうなのはただ一つ、『ほし』へ降りるための装置のみだった。

「……明らかに、やばいよね?」

 あたしが訊くと、ホクトくんもシンも、マオ・マオまでも頷いた。とはいえ、みんな分かっている。行くしかない。

 装置の動かしかたは、ホクトくんが見てくれた。見たこともない機械だったけれど、マオ・マオと何か話しながら分かってしまったらしい。

 不思議な光の板の上に乗ると、それはすぐに動き出した。

 透明な筒の中を降りるようだった。ちょっと怖いけれど、シンが手を握ってくれたから大丈夫。ぐっと落ちていく感覚に耐えていると、耳が一瞬痛くなって、それからすぐに落ち着いた。そして、板が止まる。

 ――まぁ、そうだよね。

 苦笑いして。あたしたちはそっと手を上げた。ことん、とフライボードが落ちる。

「意外と素直で助かりますわ」

 銃を構えた軍人にぐるりと囲まれたあたしたちは、真っ正面のスピカをただ見つめた。

 光の筒が、音とともにはじけ飛ぶ。防壁になり得そうなものはもうなくて。

 あたしたちは、ぐるりと周囲を軍人で囲まれたまま『ほし』へ降り立った。

 スピカの藍色の目が、悔しそうにゆがんでいた。

 さて。どうしようかな。ここで掴まるわけにはいかないんだよなぁ。

「――ナナセ、でしたわね」

「うん。おはようスピカ。いい朝だね」

 にっこりと笑ったあたしの言葉に、嫌そうにスピカが眉を寄せる。

 ふーん。けっこう、単純。挑発とか乗ってくれるタイプならやりやすいんだけどなぁ。さすがにそこまでではない感じかな。

 今、あたしたちは両手を挙げている。使えるのは足と――

 ちら、と視線を落とす。静かにお座りをしたままのマオ・マオが、尻尾をピコピコさせた。おっけー。任せます。

「で、どうするの? 捕まえちゃう?」

「お黙りなさい」

 カチ、とスピカが構えていた銃が鳴る。おっと。さすがにちょっと、怖い。囁くような声でホクトくんが「ナナセ」と呟いている。煽るなってことなんだろうけど、聞こえないふりをしておこう。

「捕まえてもいいけどー、すぐ逃げちゃうよ? シンみたいに」

「逃がしませんわ。その間もなく消えていただきます」

 ……うーん。ちょっとホンキかどうか読めない。まぁ、取る方法はひとつ。

「えー。あたしそれヤだなぁ。ねぇ、シン?」

「まーなー」

「……お前らさ……」

「ホクトくんだってヤじゃない?」

 目線だけで振り返って、言う。ホクトくんのまぶたがぴくり、と動いた。

「……嫌だけどさ、そりゃ」

「うん、だからね。消されるくらいなら、自分から消えちゃうほうがマシかなぁって」

 言って。あたしはこつっとマオ・マオを蹴った。

「自爆スイッチ起動シマシタ。タイマーオン。あと五秒デス」

「なっ……?」

 一瞬、周りの軍人に動揺が走る。

「落ち着きなさい! はったりです!」

 スピカが叫んだけれど、もう遅い。その一瞬の動揺は、あたしたちには充分な時間!

「ゴ」

「ホクトくん、掴まって!」

 フライボードを蹴り上げる。慌ててホクトくんがマオ・マオを拾って掴まってくる。

「ヨン」

 シンが目の前のスピカの手元を狙って、蹴りを放つ!

「サン」

 意外! スピカが綺麗に避けた。シンがしゃがんでスライディング!

「ニ」

だんっ、とフライボードに勢いよく乗る!

「イチ」

 スピカの頭上を抜けるように、飛び出した!

 足下のシンと、頭上のあたしたちと。一瞬、スピカの注意が二手に分かれる。同時に――抜けた! スピカの背後に回ったその瞬間。

「ゼロ」

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