ヒミツ
シンとあたしでホクトくんを挟んで走り出す。船のドッグは意外とすぐに見つかった。ここはもしかしたら、収容所とドッグくらいの簡易施設なのかもしれない。船は小型のポッドのようだった。丸みを帯びた白色の機体で、ハッチは天井についている。高さはあっても、全体はあまり大きくはない。これであってるのかな。ちょっと不安になる。
「あってる」
顔に出ていたらしい。ホクトくんが緊張と興奮とが混じったような笑みを浮かべたままちいさく頷く。機体を眺めたシンが、こくんと頷いた。
「ハッチは上だな。上がるぞ。ナナセ」
「オーケイ!」
シンの短い言葉に頷く。足場を探すより、シンと二人なら飛ぶ方が早い!
機体の前にあたしが立つ。シンは少しだけ助走をつけるとこっちに向かって走ってきた。あたしの目の前で、軽く跳ねる。あたしが組んだ手の上にシンの右足が乗って――
「――よっ」
シンが踏み込むと同時にあたしはぐっと力を込めて手を上に跳ね上げる。同時にシンが、ぽーんっ、と綺麗な動きで高く飛んだ。
――すた、と。そのまま船の上部に降り立つ。
「……お前ら、ちょっとおかしい」
うめくようなホクトくんの声がしたけれど、これはいつもやってることで、別にそこまで言われるようなことじゃない。
「シーン、どうー?」
「ハッチは開いてる。意外と無防備だな」
「鍵は光柱がほとんどの役割を担ってたんだと思うヨ」
マオ・マオの言葉にホクトくんが頷いたので、きっとそういうことなんだろう。
「中は……俺には分かんねぇな。生体認証的なのがあるくさいけど」
「それは俺がなんとかする」
「んじゃ、とりあえず上がろう。ホクトくん、いこ!」
ホクトくんとフライボードを使ってハッチに上がる。ハッチから中へ。中は外から考えるよりずっと狭かった。
「なるほど。ID認証だ。『ほし』の人間であれば船を動かせるようになってる」
いつの間にかゴーグルを下ろしてポケットから端末を取り出していたホクトくんが、ぎゅっと眉を寄せる。
「いけんのか」
「想定内。そのための手法は練ってきてある。少し時間は――」
「ナナセ」
ホクトくんの言葉を遮って、あたしを呼んだのはマオ・マオだった。
いつもと、違う。そう感じたのはあたしだけじゃなかったらしい。ホクトくんとシンも、言葉を切った。視線をマオ・マオに落としている。
「――行くんだネ?」
確認だ。強い、確認。
きゅっと一度くちびるを結んでから、あたしは静かに頷いた。
「行く」
「分かった。なら、ホクトは何もしなくてもイイヨ」
ホクトくんの顔を、あたしは見られなかった。ただ、気配が怪訝に揺れているのだけ背中で感じた。
「ナナセ、手ヲ」
「ん」
生体認証装置のあるパネルに、そっと手を伸ばす。指先が微かに震えていた。情けない。でも、これはたぶん、仕方ない。
手を置く。すこし、ひんやりしている。
生体認証装置が青色に光った。船の中にクリアな女の人の声が響く。
『生体ID確認。――救う者と確認』
同時に、ぶんっと電子の低い音が響いて、船中のパネルが明るく光り出した。
解除、された。
ほっとした気持ちとそれ以上の何かを、小さなため息でなんとか逃がす。
「……ナナ、セ」
掠れた声が聞こえた。シンだ。
「そうだヨ」
マオ・マオが言った。そうだね。いま、だね。
「ナナセは『ほし』の人間ダ。少なくとも、生まれはそうなっているヨ」
振り向けないまま、あたしはちいさく頷いた。でも、証拠としてグローブを外した。背中越しに、手の甲を見せる。救う者の証である、バーコード。
「ん。ごめん、内緒にしてた」
「秘密にした方がいいと言っていたのはボクだかラ」
「ふふ、ありがと、マオ・マオ」
ぽん、とマオ・マオを撫でてから、あたしはぎゅっと一回目を閉じる。
toi toi toi
大切な呪文を心の中で唱える。きっと、大丈夫。出来るよ。笑顔を作って、振り返る。
「あたし、生まれはあっちみたい。IDがそうなってたんだ。それだけ」
「……そう、か」
ホクトくんが口元を抑えたまま、低い声でそれだけ言った。それ以上、なにも浮かばないのかもしれない。そんなもんだよね。グローブをはめ直しながら、息を吐く。
「――ホクトくん、きっと動くよ。出来る?」
「……っ、あ、ああ」
慌ててホクトくんがパネルに手を伸ばす。いくつかぱちぱちと手を動かして何かをしてから、こくんと頷いた。
「ナナセ、シン。椅子座れ。ベルトして」
「分かった。シン!」
シンの手を握って、椅子に座る。……握れた。よかった。ちょっとだけ、拒否されたらって怖かった。
「ナナセ。……大丈夫か?」
……ちょっと、びっくりした。ベルトを締めようとしていた手が止まっちゃった。慌てて動きを再開しながら、シンのほうを見る。
シンはいつもあんまり見られない真剣な目であたしを見てた。
「心配してくれてるんだ」
「そりゃな」
「へへ、ありがと。だいじょうぶだよ。黙ってて、ごめんね」
「別にそれはいい」
シンが息を吐いた。それから、黙々とパネル操作をしていたホクトくんに声を上げる。
「どうだ」
「……っと。オーケイ、行ける」
操縦席みたいなところに、ホクトくんも座る。それからゆっくりとこっちを見た。
「ナナセ」
「……なあに?」
「――行こう」
力強い言葉に、胸のあたりに握っていたマオ・マオをぎゅっと抱きしめる。
ほんとはね、ちょっとだけ、泣きそうになっていた。ずっとずっと、黙ってたことを、責められないかって。でも、シンもホクトくんもそんなこと言わないね。言わないひとだよね。それが、分かってたはずだけど、でも本当にそうなって嬉しかった。
「うん! 行こう!」
船が振動し始めた。大きな音がした。ドッグの屋根が開いたらしい。ガタガタと船が揺れる。おしりが少し痛むくらい。
ああ、本当に。手が、届くんだ。あたしを捨てたあそこへ。
「――toi toi toi、だな?」
シンが、くすりと笑いながら言った。あたしも、笑って頷く。
toi toi toi
どうか、うまくいきますように!
「さあ行こう! 『ほし』へ!」
そして――あたしたちは、『ほし』へ旅立った。
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