第三章 『ほし』を目指して
橋を架ける者
「政治的反逆者、ってことになる」
たっぷり眠っちゃったらしくって、起きたらもうお日様は赤く染まっていた。それからすぐ、ホクトくんが起きてきた。そのままふたりでテーブルに座って顔をつきあわせると、迷うそぶりもなくホクトくんは話し始めた。シンのことだ、ってのは分かったけれど、正直、あたしは勉強とかはしてなかったし難しいことは分からなかった。
「軍に逆らったから? でも、捕まえようとしたからじゃん。ラジオ聞いてただけでさ」
「だから、それがだめだって話。抵抗して仲間を逃がしてるんだから、なおさら。で、そういうやつらはさ、決められた場所に収容される」
「しゅうよう?」
「捕まえて放り込まれるってことだ。いいか?」
言うと、ホクトくんは腕につけた端末のリングをさわった。ぽんっ、と、空中に青白いホログラムが浮き上がる。
「これが『ほし』だな。そしてこの辺が、今俺たちがいる場所」
ホログラムは立体地図になっていた。『ほし』は空中をぷかぷか浮きながら、ゆっくりとこのあたりを一周している。
「政治犯の収容所は公表されていない。逆に公表されているのは、地上の警備兵たちが扱うような、一般的な犯罪者の収容所。それを場所で示すとこうなる」
ぽんぽん、とホログラム上に色がついた。それを見て、あたしは首をかしげる。
「あっちこっちにあるの?」
「そりゃな」
「じゃあ何でこの辺は、何もないの?」
地図でしめされた赤い点はたくさんあるのに、ふしぎにスカスカな場所があった。わたしたちの住む場所に割と近くって、なおさら気になる。
ホクトくんは一瞬だまって、それからニッとくちびるをゆがめた。
「へえ。案外かしこいな、お前」
……ほめられている、のかなぁ、それ。
「この空白地区は軍の施設がある。データセンターだな」
「データセンター」
言葉をまた繰り返すと、ホクトくんは頷いた。
「地上を調べるためか、上のバックアップかは不明だけどな。ここに、忍び込みたい」
――忍び込む?
突然の言葉に、ひゃって喉の奥で声がつぶれちゃった。そんなこと、するの?
「あっ、もしかして、そこが収容所? シンがいるの?」
「いや。それは分からない。そこにあるかもしれないし、ないかもしれない」
「……そっ、か」
「ただ、確実に一歩近づく。そこに収容所がなかったとしても情報は手に入れられるはずなんだ。外部ネットからのアクセスは拒否されているけど、内部からならいけるはず」
ホクトくんはそこまで言うと、一瞬ぎゅっと目を閉じた。何かを決意するかのようにふうっと息を吐いて、それからまた、目を開けた。強い目だった。
「――率直に言う。俺はお前を利用したい」
「……利用?」
あんまり、いい響きの言葉じゃないのは分かっていた。でも、そのホクトくんの声は、ふしぎと嫌な気持ちはしなかった。
「どういうことか聞いてもいい?」
「シンの居場所は探る。そこにいたら救い出す。ただ、俺の目的は違うってことだ」
「ホクトくんの目的は、何?」
ホクトくんは笑った。くちびるの端っこだけで、何かに挑むように、笑った。
ゆっくりと人差し指が天をさす。
「俺の目的は『ほし』を落とすことだ」
ホクトくんの夜の色の目が、星をはじくように反射した。
★
「大体さ、お前、おかしいって思ったことない?」
絶句したあたしに、ホクトくんは静かに話し始めた。
「すげーやつはあっちで楽園暮らし。そうじゃなければ地べた這いずって適当に生きてろ。そのうちなんとかするから。なんて、悪い冗談にしか思えないんだよ、俺は」
ホクトくんの目は天井を通り越して遙か先、『ほし』を見ているようだった。
見ている、んじゃない。たぶんあれは、睨んでいる。
「誰が楽園へ行って誰がここで生きるのか、それを選択する立場の人間ってどういうやつだって思う。それでもさ、それでちゃんと管理してるならまだいいよ。でもそうじゃない。飢えて死んでいくやつも、寒くて死んでいくやつもいる。お前らみたいな、俺らみたいなガキが、子どもだけで生きていくしかない。それで何が『ほし』だ? 何が
ホクトくんの言葉のひとことひとことに、背中がぞわっと泡立っていく。
黙りこくってあたしに抱かれていたマオ・マオが、こてんと首をかしげた。
「危険思想って言われたりしなイ?」
「言われてるよ。だから俺目ぇつけられてんだし」
「だよネ。で、ナナセを利用するってどういうコト?」
「ロボット・ドッグがそれ聞くのか」
「ボクはナナセの相棒だからネ」
チカチカッと、マオ・マオの目が瞬いた。あ。警告している。
「マオ・マオ。だいじょうぶ。ちゃんと聞きたい」
「……そ? じゃあ、続きどうゾ?」
マオ・マオの言葉に、少しだけほっとしたようにホクトくんは笑った。
「俺は『ほし』に行く。そこで上の真実を暴くか首謀者をぶったたくか……それはその時に応じるけど、とにかく、『ほし』には何らかの秘密があるって思っている。それを明らかにして、こっちの人間に知らせる。そしたら、橋が架かる」
「橋……?」
「『ほし』と地上を結ぶ橋。具体的に言うなら、地上に生きる人間の反抗心。お前だってそうだろ。しかたない。だってそうなってる。そう思って生きてきたんじゃないのか?」
「それは」
――そうだ、って。言うのは簡単だったけど、なんだか責められている気がした。思わず口をつぐむ。
「別に責めてるんじゃない。ここに生きてればみんなそうなる。それを覆したいんだ。俺はみんなが、違うって声を上げるのを助けたい。『ほし』を落とすのは、たぶん俺一人じゃ無理だし、本当に動くのは、多くのそういう声を上げるひとたちの力だって思ってる」 とんっ、と、ホクトくんは机を指先で叩いた。黒ずんでゴツゴツしている指先を。
「みんなの声が橋になる。それを、架けたいんだ」
「……カッコ、いいね」
思わずぽろりと、口から言葉が落ちていた。
ホクトくんが大きく目を見開いた。ゆっくりと顔が赤くなる。
「……どうも」
「どういたしまし、て?」
「……」
なんか間違ったらしい。どうしよう、黙っちゃった。
「えーと、それで、あたしを利用したいって、どういうこと?」
「あ……そう。そうだった」
こほん、とホクトくんは咳払いをひとつする。
「さっき言ったけど、ここ。このデータセンターは、軍の情報が多く入っているはずなんだ。俺はここで
「ここに行けば分かるんだね?」
「たぶん、な。本当はずっと行く機会を伺ってたんだ。でも、俺は……その、さっき分かったと思うけど、身体能力は高くない。忍び込むには、力が足りなかった」
「それであたし、か」
「ああ。夜の蝶の噂は聞いたことがあったし、いつか……引き込めたらいいなとは思ってたんだ。こんな形じゃなくて、正面から。本当はさ」
「そう……なんだ。ありがとう」
ホクトくんがなぜか困ったように笑った。
「ついででいい。シンの情報がまず第一でいいし、それだけで手一杯になっちまったらそれでいい。ただ、出来たら一緒に、
「あたしも、『ほし』との橋を架けるお手伝いが出来るってコトだよね」
そう言うと、ホクトくんは一瞬だけ目を丸くして、ふわっと、笑った。
……あ、ちゃんと笑うと子どもっぽい。
「お前は仲間を助けるための情報を得る。俺は『ほし』を落とすための情報を得る。そのためのデータセンターへの潜入だ。利害は一致するだろ。Win-Winってやつだ。――共闘してくれるか? 夜の蝶ナナセ」
ホクトくんが拳を出した。何かを言い出そうとしたマオ・マオの口を左手でそっと塞いで、あたしも右手の拳を突き出す。
コツン、と、誓いが交わされた。
「――もちろんだよ。反抗者リーダー、ホクト」
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