ほしからの声

 くすっ。

 ふいに横から笑い声が聞こえた。見ると、ホクトくんが呆れたような顔で笑っていた。

「改めて。俺はホクト。反乱者のリーダーだ。巻き込んだみたいになって悪かったな」

「う、ううん! 助けてくれてありがとう! カペラとリゲルが見つけてくれたのって」

「騒ぎを知って、カメラ見てたからさ」

「カメラ?」

 ホクトくんがひょい、と肩をすくめた。

「あちこちに、隠して設置してるんだよ。軍のチェックするのにな。逆の奴もあるけど」

「逆、って?」

「軍がつけてるカメラ。あちこちにあるぞ。知らないのか」

 ……知らない。だって今まで、軍なんて関係ない存在だったもん。

 ホクトくんはまた小さく笑って、それからぽんぽん、とあたしの頭を叩いた。

「無事で良かったな」

 ……あ。

 言葉づかいは全然ちがう。でも、その声は。たっぷり空気をふくんでいて、やわらかくてちょっとだけ甘い、男の子の声は。――毎晩の、あの声と同じだ。

 今朝、朝日を見ようといってくれた、あのラジオの声と、同じに聞こえる。

 どこかで見ている。Mも。そしてそれは、もしかしたら。

 ぎゅっと、心臓の上で手を握りしめた。朝焼けのオレンジ色に照らされたホクトくんの頬を見て、それからゆっくりと目を見つめた。

「――どうした?」

「ホクトくん。ホクトくんは、ラジオの"M"なの?」

 あたしの問いかけに、ホクトくんは一度瞬きをして、それから思いっきり眉を寄せた。

「なんだそれ?」

 ……違う、のか。しゅん、と胸の奥でふくらみかけてた風船がしぼむ感覚。

「うん、ごめん。……違うなら、いいんだ」

 声、すごく似てるけど。似てる声を持つ人なんだろうか。

「いや、説明しろよ。ラジオ……って、旧時代の通信技術のアレか?」

「そうだネ。旧時代方式のものだネ。少なくともネットワーク上のものではないからネ」

 マオ・マオが説明している内容も、ホクトくんが顔をしかめている意味も、あたしにはちょっと分からないけれど。

「いや、おかしいだろ。そんな技術、地上こっちで持っているやつなんて……」

「あっ、あのね!」

 ぶつくさ言い出したホクトくんに、あわてて口をはさむ。

「ラジオって、たぶんね、上から、その、『ほし』からなの。パーソナリティのMっていう男の子がやってるんだけどね、たぶんその子、『ほし』に住んでて、それで」

「待て。待て待て待て。『ほし』との通信をしてるってことかよ!?」

「通信っていうか、一方的にだけど……」

「それでも。それが重大な禁止事項だって分かってるか?」

 知らない。

 ぶんぶんっと首を横に振ると、ホクトくんははーっとため息を吐いた。

「ダメなの? ラジオ聞いてるだけなのに?」

「禁止されている。『ほし』と『地上』との交信は、正式手続きを踏まない限り禁止」

 よく分からない。なんでそんなに、禁止したがるんだろう。ラジオ聞いていたって、別に何がどうなるわけでもないはずなのに。

「つうかお前受信機持ってんの? そんな旧式の」

「マオ・マオが流してくれるよ」

「旧式旧式言わないでくださイ」

 警告、みたいにマオ・マオが一瞬目を赤くした。たぶんちょっと怒っている。

 ホクトくんが、そのマオ・マオをがしっと握りしめた。そのまま持ち上げる。

「マジかよ。そんな受信機ついてたら、完全に違法ロボだぞ。どこで手に入れたんだよ」

「ナナセとボクは、生まれたときから一緒ですからネ」

 どこか得意げに、マオ・マオが鼻をぴくぴくさせた。

「――まぁ、いいけどさ。それで?」

 全然よくなさそうな顔で、ホクトくんが言った。

「なんでそれで、俺が"M"になるんだ? 見ての通り、俺は『ほし』には住んでないぞ」

「あ、そ、そうなんだけど」

 どうしよう。勢いで聞いちゃったけれど。そしておもいっきり否定されているけれど。

 理由を説明して、ホクトくん、納得してくれるかなぁ。

「Mはね、毎晩短い時間だけだけど、いろんな話をしてくれるの。ゆっくりしたしゃべり方で、ちょっとだけ甘い声をしている男の子で、それでね。その声が」

 すっかり明けた青空の中、怪訝な顔をしているホクトくんに向かってあたしは言った。

「――ホクトくんそっくりの声なんだよ」

 ホクトくんは難しい顔をしてあたしの話を聞いていた。ラジオの内容。毎晩流れてくる時間。マオ・マオが最初に教えてくれたこと。ラジオから分かる、ほんの少しのMのこと。

「ほしからの声、か。それが俺と同じ声、だというのはさすがに気になるな」

「そ、そうだよね」

「まあ別に特徴的な声をしているつもりもないし、似ているだけかもしれねぇけど」

 そうかな。そうかもしれない。あたしには同じように聞こえるけれど自信はない。

「さて。とりあえず戻るか。いつまでもここにいたらそのうちバレちまう」

 立ち上がって、ホクトくんが降りようとする。その腕を取って、あたしは声を上げた。

「ごめん、待って!」

「なんだ?」

「――あの。あたし、戻れない」

 ホクトくんが怪訝な顔をする。

「あたし、戻れない。仲間が捕まったの。あたしが、ラジオを聞いていたせいなんだと思う。だからあたしは、仲間を探して助けなきゃいけない。これから、行かなきゃ。だから、あの。あかりを……ごめん、あかりを、預けてもいいかな……」

「それは構わない。けど、まぁ、焦るな。いったんいいからついてこい。お前、寝てないだろ。そんなんじゃどうしようもないぞ」

「寝不足はパフォーマンスを低下させるからネ」

 マオ・マオの言葉にホクトくんはうなずいて、ニッと唇をゆがめた。

 とんとん、と自分の頭を指さす。

「手伝ってやるよ。お前ほど動けないけどな、俺はこっちはお前より回るはずだぜ。――シンとやら、助けたいんだろう?」

 地下拠点に戻ると、みんなはもう起きていた。それだけじゃなかった。

「ナナセ!」

 声とともに飛び出してきたのは、孤児の仲間だった。昨夜、バラバラに散ったみんな。

「えっ、な、なんで!」

「回収したんだ。カメラで追えるだけ追って」

 微笑んだのはリゲルだった。すごい。みんなを、ちゃんと集めてくれたんだ。みんないた。ちゃんといた。ただひとり、さすがにシンだけはいなかったけれど。みんな無事だ。

 うれしくて、また泣きそうになっちゃった。泣いてる場合じゃないんだけれど。簡単に朝ご飯を食べて、それから、みんなで眠った。久しぶりにゆっくり、眠れた気がした。

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