第二章 反抗者たち

同じ声の男の子

 真っ暗だった。

 マンホールに飛び込んで降りた先は、真っ暗闇。背中のあかりがおびえている。

 かかとを鳴らしてみる。乾いた音が反響して広がっていく。広い。

「左手を壁につけて、そのまま歩いていって。足元だけ気を付けて」

 ささやき声。今度は女の子の声だ。さっきの双子は男女だったんだ。

 小さく頷いて、てさぐりで歩き出す。明かりをつけないのはきっと、万が一上から覗かれてもバレないようにするためだろう。追いかけてこられたら、バレちゃいそうだけれど。

 左手が曲がり角を見つけた。ゆっくり曲がる。それから――行き止まり?

 壁に手を這わせる。どういうこと。先が見つからない。だまされた?

 一瞬背中がざわっとしたけど、すぐに違うと分かった。後ろから延びてきた小さな足が、こつんっと壁を蹴ったのだ。そしたら、壁の一部がかこっと外れた。

 光が、漏れている。

「っ! これ」

「しっ」

 思わず声を上げそうになったあたしの唇を、ちいさな指がふさぐ。それから、二人組の子どもは壁をなんだかぺたぺたさわって、穴を広げていた。人がしゃがめば入れるくらいの大きさだ。あかりを背中から降ろして、マオ・マオを両手で抱きしめる。

 マオ・マオ。お願いもう少し、もう少しだけがんばって。

 覚悟を決めて穴をくぐった。

「ひゃっ……」

 思わず声が出ちゃう。後ろであかりも同じように声を上げていた。まぶしい。目がくらくらする。暗い地下にいたから、明かりに目が慣れないんだ。

 白んだ視界の中に、ぼんやりと人影が浮かぶ。だれか……いる……?

「おまえが」

 ――!

 その声を聞いた瞬間、あたしは一瞬息をするのを忘れていた。マオ・マオを抱きしめる手が震えていくのが分かった。

 空気を含んだ、ちょっと甘いような声。それは、だって、耳なじみのある声だったから。

 ぼやけた視界がゆっくりと晴れていく。

「――夜の蝶ナナセってやつか?」

 見えるようになった視界の中。綺麗な顔の男の子が、冷たい顔をして立っていた。

 少し青みがかった長めの髪に、夜色の瞳。頭の上には電子ゴーグル。あたしより少しだけ年上のようだ。顔立ちはとても整っているけど、ちょっとだけ怖い。

 そして、あたしに問いかけていた。

 ――Mと同じ、声で。

 そこは開けた空間みたいだった。

 あたしたちがよく根城にする廃屋に少し似ている。カビと水とホコリの匂い。目が慣れてくると、照明は抑えられていてうす暗いんだと分かった。

 そこら辺のビルにあるワンフロアくらいの広さかな。それが地下にあるのもびっくりだけれど、大人が数人、子供は二十人近くいるのにもびっくりした。みんな、綺麗な恰好はしていない。あたしたちと似たような、ボロの服だ。家具もほとんどなくて、片隅に簡易テントみたいなのがまとまってある。手作りみたいな、安っぽいけれど大きなテーブルと椅子が真ん中にあって、その前に男の子はいた。

 テーブルに背を預けるように立っていて、腕を組んでいた。じろりとあたしを見据える目は、深い深い夜の色。そして声は、その目にちょっと似つかわしくない甘い声。

 Mと同じ声。口調はずいぶん、違うけれど。

「おい。聞こえてないのか?」

 呼びかけられて、はっと意識が戻ってくる。そうだ。ぼーっとしている場合じゃない!

「たっ……助けてくれて、ありがとう!」

「助けたのは俺じゃない。そこのカペラとリゲルだ」

 カペラとリゲルと呼ばれたのはさっきの双子だった。ちょっとだけ照れ臭そうに鼻をかいて、小走りで男の子の元へ駆けていく。

「それで? おまえが、ナナセ?」

 ――あ、そう、そうだ。返事しなくっちゃ。

「う、うん。あたしがナナセだよ、それから、そっちの子があかりで、あと」

 指さきがふるえている。

「こっちが、マオ・マオ。あたしの、相棒」

「相棒――って……」

 ホクトくんと呼ばれていたその男の子が表情をかたくする。マオ・マオはもう時々微かに目の灯を明滅させるくらいしかしていない。

 カペラと同じ顔のもうひとりの男の子――リゲルが、すこし不安そうな顔で言った。

「ホクトくん、さっき撃たれたみたいなんだ。それで」

「貸せ」

 次の瞬間、マオ・マオはホクトくんの腕の中にいた。――取られた!

「マッ」

「ずいぶん旧型のロボット・ドッグだな。メモリーは……ああ、大丈夫か。代用になるパーツあるかな……」

 ――え?

 マオ・マオを触る手は優しそうだった。その声はMと同じやわらかさだ。

「なっ……治せるの?」

「俺は別にエンジニアじゃないけど、それの真似事くらいなら出来る」

 よく、分からなかったけれど。でも、その自信のありそうな顔は希望だった。

「治して! 何でもする! 何でもするから、お願い、マオ・マオを助けて!」

「何でも、ねぇ」

 くすっと、ちいさくホクトくんが笑った。

「バカだな。そういうことは安易に言わないほうがいい」

 安易、じゃない。マオ・マオのためなら、何だってする覚悟はある。ずっとずっと小さいときから、マオ・マオはあたしと一緒にいた相棒だ。弟みたいなもんなんだ。

「――分かった」

 ぽすっと頭を叩かれた。ホクトくんがマオ・マオを抱いたままくるりっと背を向けた。

「カペラ、リゲル。俺はこっちに取り掛かる。ここのこと説明してやってくれ」

「オッケーイ!」

 カペラがきゃはっと笑って手を上げる。

 ……た、すかる? マオ・マオ、助かるの?

 くた、っと、足から力が抜けていった。あ、どうしよう。いまさら、怖かったことに気が付いちゃった。足がふるえて、立てもしない。

「おね、おねがい、マオ・マオを助けて」

「分かったって言ってるだろ。信用しろよ」

 ちょっとむすっとした顔でホクトくんが振り返る。

「そ、それから、あの」

「まだなんかあんの? 俺、こっち集中したいからカペラたちに聞けよ」

「シンがっ」

 のどがビリビリする。安心しちゃだめだ。だってシンのことがどうにもなってない。

「シン?」

「仲間なの。あたしたちを逃がそうとしてくれて、軍に捕まって……! み、みんなは他の皆はたぶん、逃げたと思うけどでも」

「軍ね」

 ふーっと長く細く息を吐いて、ホクトくんはガシガシっと頭をかいた。

「そっちに関してはすぐなんとか、は難しい。……とりあえず落ち着け。あっちもこっちもでパニクってたって仕方ねぇだろ。目の前のものを一個ずつ片付けていけよ、バカ」

 ……バカバカ言わないでほしい。

 Mじゃない、と思う。すっごくすっごく声、似てるけど。でも、Mは優しいもん。人のことバカとか言わないもん、絶対。

「とりあえず、事情を説明するから、カペラとリゲルが。俺はこっちに集中させろ」

 マオ・マオをそっと掲げる。ほんの少しだけ、くちびるが持ち上がった。

「相棒なんだろ?」

 ――そうだ。いま、マオ・マオを助けられるのは、この男の子だけなんだ。

 きゅっとくちびるをかみしめて。あたしはがばっと大きく、頭を下げた。

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