セイバー軍

 屋根を飛んで、家から家へ。塀から塀へ。すぐにたどり着いた元の路地は、景色が変わっていた。青いかっちりとした服を着た大人たちが、みんなを取り囲んでいる。警備兵じゃない。あの服は――軍だ。セイバーの軍!

「シーンッ!」

 叫びながら、その辺にいたひとりを蹴っ飛ばしてあたしはその場に降り立った。

 ざっ、と靴が地面を鳴らす。

 シンと二人並んで前に出る。小さい子たちを、背中で庇う。

 ドキドキする。なんで? セイバー軍なんてほとんど出て来やしない。そりゃ盗みはするけど、それを監視したりするのは地上の警備兵だ。『ほし』は関係ない。なのに!

「シン、ケガは?」

「だいじょうぶ。誰もケガとかはしてない。さっきのは、威嚇」

 ちょっとだけほっとした。でも威嚇だって、こんな子供に向かってやることじゃない。

 軍は全部で七人いた。銃を手にしているのはひとり。そして、ひとりは。

「あなたね、夜の蝶ナナセ、っていうのは?」

 そのひとりがそう言ってとさっと手を振った。大人の男たちが、一歩揃って下がる。

 軍の制服に身を包んだその人は、女の人だった。それもたぶん、子どもだ。あたしとだって、それほど年は変わらなさそうな。さらさらの黒髪が、肩口で揺れていた。綺麗だけど、冷たい顔だ。上げた手にはセイバーの証であるバーコードが入っている。

「わたしはスピカ。セイバーの第三軍司令官です」

 こんな子供が?

「違法な電波受信をしていると聞きましたわ。許されないことですのよ」

 許されない? 何が? ラジオのこと? ――許されない?

「許されないのはどっちだよ! こんな子供に向かって銃を出したんだよ!」

「地上を管理するのが仕事ですから。従って頂けないのなら、一度収容いたします」

 なんだそれ! 当り前ですみたいな顔で答えてくるセリフが、とってもとっても気に食わない! あんたたち、管理なんてなんもしてないじゃん。してないから、みんなこんなにおなかすかせて、なんとか生きてるだけじゃん!

「あたしに用があるならあたしだけでいいじゃん、みんなは関係ない!」

「――お仲間、なんでしょう? そういうわけにもいきませんから」

 子供がすっと手を上げた。次の瞬間、軍の男たちが手を伸ばしてきた!

「シンッ!」

「分かってる!」

 あたしの声にシンがかぶせて叫ぶ。同時に、シンはみんなを追い立てて後ろに走り出す。後ろはぱっと見行き止まりだけど、あたしたちを舐めないでほしい。完全な行き止まりにたむろするほどバカじゃない。子どもだけしか通れない小道があるんだ。

 シンがそこへ子どもを逃がし始めたと同時に、あたしは逆に動く! 

 ――前に出て、飛ぶ!

「なっ……!」

 子供――スピカのおどろいた顔を飛び越えて。その彼女の背中に手をつく。たんっ、と軽い音がした。視界がくるっと回る。そのまま、回し蹴り! ひとり、顎先をかすめただけだったけどうまく決まったらしく、男があおむけに倒れる。

「反逆罪ですよ!」

「ナナセに言ってもネ」

「マオ・マオちょっと黙ってて!」

 足元のマオ・マオに叫んでしゃがみこむ。今度は足払い! ただ、大人の男は重くってちょっとよろけただけだ。力勝負は分が悪い。その足の間をスライディングですりぬけて、次は膝を後ろ蹴り。決まった! よろけた男が前に膝をつく。これで二人! あと五人!

 みんなが逃げる時間くらいかせげるか!? はっと短く息を吐いた、その時だった。

「くそっ!」

 切羽詰まった声が聞こえて振り返る。やばい! いつの間にか後ろに回られている!

 そしてその男が持っていたのは――銃? うそでしょ!

「ナナセ!」

 次の瞬間。重く派手な音と同時に、マオ・マオが飛んだ。

 銀色の体が弧を描いて宙を舞う。はじけたカケラが月光にきらきらと反射する。

 え……?

 呆然とするあたしの前で、マオ・マオの体が地面に落ちて、跳ねた。

「――マオ・マオ!」

 喉が引きつれるように叫び声を吐いた。転がるように駆け寄ってマオ・マオを抱き上げる。焦げた匂いが、空気に混じった。うそ。うそ。

「マオ・マオ!」

「……銃の使用は許可していませんが……まぁ、いいでしょう。とらえてください」

 スピカの声が聞こえる。でも、今はそんなことどうでもいい。マオ・マオが返事をしてくれない。赤い目がちりちりと瞬く。

「ナナセ!」

 慌てて顔を上げると、シンがスピカを羽交い絞めにしていた。

「シンッ?」

「ナナセ、逃げろ! マオ・マオ連れて! みんなを頼む!」

「で、でも、シン!」

 スピカが体をよじって叫んでいる。いま、あたしが逃げたら、シンは!?

 でも、腕の中のマオ・マオをすぐに助けないと。どうしたら、どうしたら。

「だいじょうぶだから! 行けっ!」

 叫んで、それからシンは少しだけ苦しそうに、笑った。

「toi toi toi、なんだろ? ――だいじょうぶだから、行け!」

 ――シンの叫び声に。あたしはぐっと下唇をかんだ。

 toi toi toi。いまそんな、おまじないが効く状況じゃないだろう。でも、それでも、シンがあたしの口癖を真似して言ったのなら、今はそれを信じるしかない。

 短く頷いて、マオ・マオを抱きしめて走り出す。シンが軍を制止する声が聞こえた。でもそんなの、何分も持つはずがない。だけど今のあたしは、逃げるしか出来ない!

「……ッ!」

 動かないマオ・マオを抱いて。軍のもとにシンを残して。満月の明かりだけがぎらぎらと、小道を照らしていた。

 どうして。こんなことになってしまったんだろう。

 それでもあたしは、まだ立ち止まれない。みんなを逃がさないといけない。

「みんな、道は分かるね。ちゃんと逃げて。三人ずつで分かれて」

 みんな心得ている。短く頷いて、三人ずつに分かれて走り出した。路地の中に逃げ込んでしまえば軍の奴らだってすぐには見つけられないはず。

「あかりはあたしと一緒」

 一番年下のあかりは、みんなに任せるには荷が重い。あかりも強く手をにぎってくれた。腕の中のマオ・マオが熱い。死なないで、マオ・マオ。すぐに治療してあげるから。

 路地を行き、小道を曲がる。すぐにあかりの息があがってきた。背負う。小さな子にはしんどいだろう。どこか、どこかおちつけるところをさがさなくっちゃ。

「……ナナ……セ」

「っ、マオ・マオ!」

 雑音とともにマオ・マオがしゃべって、でもそれっきりで黙り込んでしまう。

「ナナセちゃん!」

 背中のあかりが叫んだ。肩口からちいさな指が伸びる。上。

 ――軍の制服のシルエット!

 見つかった? 心臓がきゅうっと掴まれた気がした。

 逃げなきゃ。どこに、どうやって?

 だいたいなんでこんな目に合うの。ラジオが違法だってこと? あたしたちには、ただラジオを聞くことすら許されていないの? 何もしていない。ただ、おなかを満たすためにがんばってがんばって、生きているだけなのに!

 逃げなきゃ。でもどうしようもない。

「ナナセちゃん……」

 ぎゅうっと、あかりが首に抱き着く。ぎりっと唇を噛んだときだった。

「――おねえちゃんたち、こっち!」

 声が、した。

 ちいさな男の子の声。後ろから。慌てて振り返ると、知らない子がいた。あかりよりは少しだけ大きい、でもまだまだ小さい子供がふたり。同じ顔だ。二人とも同じような短い黒髪で見分けがつかない。双子? しかも、マンホールから、顔だけ出している!

「こっち!」

 罠かもしれない。そうは思った。でも、今のあたしたちに選択肢は他になかった。

「――あかり、行くよ」

 マオ・マオを抱きしめて。あかりを背負ったあたしは、マンホールに飛び込んだ!

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