エピローグ:想いを胸に

 二月に入った矢先。無事雅騎も退院し。

 彼等はまた日常に帰っていった。


 退院した雅騎は、学校でまた霧華の事で色々と騒がれる覚悟をしていたのだが。

 意外にも先に退院していた彼女が根回しをしていたのか。思ったほどその事を尋ねられる事はなかった。


 将暉まさきは別の学校に転校した事となっていた。

 霧華に対する失恋で学校を離れたのでは、とのあらぬ噂が先行し、誰もがそれを疑うこともなく。取り巻きの女子達は悲しんだものの、むしろ学校が平和になったと喜ぶ者も多かった。


 こうして、普段と違った学校生活が、普段のように戻っていったのだが。

 新たなる想いを抱いた者達の環境は、少しずつ変わっていった。


* * * * *


 木曜の学校帰りの通学路。

 佳穂は、恵里菜と共に話しながら一緒に歩いていた。


 雅騎と霧華が交通事故にあった話でより強くなった、二人の関係への疑念。

 それについて話をしていたのだが。


「誰にも言わないでね」


 と釘を差し佳穂が話してくれた事実は、彼女を充分に驚愕させた。


 御影、光里、霧華が雅騎を好きなこと。

 そして雅騎は過去に好きな人を亡くして、未だその想いを引きずっている事。

 それを霧華から聞いたと、佳穂は話してくれたのだ。


 一通り話を聞き終えた恵里菜は、何とも歯切れの悪い顔を見せた。


「速水君、色々大変だったんだね」

「そうだね」

「しかし、そんなにモテモテなんだ。彼は確かに嘘をついてなかったとはいえ、ちょっと複雑……」


 そう言って、彼女はひとつため息をく。

 雅騎と佳穂が恋仲となって幸せになって欲しい。

 それは今でも思っている。

 だが、相手が悪すぎるとも思っていた。


 光里こそ、まだ雅騎と付き合いが浅い為まだ太刀打ちできるかもしれないが。

 御影は古くからの彼の幼馴染。

 そして霧華は財閥の令嬢。生粋のお嬢様。


 この二人が持つ魅力以上のものを佳穂が見せ、雅騎の心を射止めようとするとなれば、そう簡単なものではない。

 クラスメイトという佳穂にとって優位な環境も、二ヶ月もすれば二年になってしまう為、このまま活きるのかも怪しい。


「まあでも、速水君優しいし。仕方ないよ」


 今後どうするか思案していた恵里菜だったが、妙に落ち着きある声にふっと佳穂を見ると、彼女は自然と笑みを浮かべている。


「そりゃそうだけど……」

「どうせ恵里菜のことだもん。どうにかして私と速水君が、こんな状況でも恋仲になれないかな? な~んて考えてるんでしょ?」

「え? いや、その……」


 突然心を読まれ、はっきりと狼狽うろたえる彼女に、佳穂はくすくすと悪戯っぽく笑う。

 恵里菜はふと、そんな彼女の反応に、どこか違和感を覚えた。


「ねえ。佳穂」

「ん? 何?」

「気分悪くしたらごめんね。もしかして、雅騎君の事……」


 おずおずと尋ねる彼女の言いたいことを察し、佳穂はふっとはにかむと。


「うん。好きだよ」


 まるでそうあるのが当たり前と言わんばかりに落ち着いた態度で答える。

 望んだ答えを聞いたはずなのに。恵里菜は強く戸惑ってしまった。


「でも、みんなが速水君を好きなんでしょ?」

「うん」

「もしかして。もう、諦めてる?」


 潔いほどはっきりと好きだと話し。しかし嫉妬や不安を見せもしない佳穂の今までにない態度に、彼女はそう感じてしまったのだが。


「ううん」


 佳穂は首を振って否定した。


「まだどうなるか分からないし。今は速水君の側にいて、私を見てもらおうかなって、思ってる」

「付き合えるか分からなくても?」

「うん。自分が選ばれなくても、三人の誰かと結ばれるなら、きっと笑顔で応援できるから」


 あまりに堂々とした態度に、恵里菜は暫し呆然とするも。彼女もまたふっと笑みを浮かべる。


「佳穂。何か変わったね」

「そうかな?」

「うん。前だったらきっと、こんなに堂々とできなかったでしょ?」

「……確かにそうかも」


 そう言った恵里菜に、佳穂が釣られて微笑み返す。


「ま、諦めないって言うなら折角だし。速水君とよりお近づきになる作戦、教えよっか?」


 心が定まれば、行動は早い。

 恵里菜はにんまりと佳穂を見ると、彼女も興味を持ったのか。少し目を輝かせた。


「え? どんな?」

「そりゃぁ佳穂く~ん。二月といえば男女がやきもきするバレンタインがあるじゃないか~」


 まるで担任の男性教師のように話す恵里菜に、佳穂はくすりと笑う。


「そういうイベントってどうすればいいか全然分からないし。ここは恵里菜に協力してもらおうかな?」

「そうこなくっちゃ! じゃあまずは手作りチョコ作戦の為に、作戦会議に行こ?」

「うん」


 親友同士の二人は、こうしていつもの作戦会議の場。上社かみやしろ駅前えきまえの『マックデュナート』を目指し、笑顔で歩いていくのだった。


* * * * *


 金曜の早朝。


 御影の家の道場に、道着を着た御影と光里が向かい合って立っていた。


「雅騎様が元気になって良かったですね」

「ああ。とはいえまだ痛みが少しあるようだし、無理はさせられんがな」


 あれから随分と経ち、腹部の痛みも随分と治まったようだが。それでもたまに痛むと雅騎から聞き。もう数日は朝稽古は休むように告げている。

 その為、今この場は御影と光里の二人だけ。


「しかし、お前も雅騎を好きになるとは……」


 未だ納得のいかない御影が困ったように頭を掻くと。光里はふふっと笑う。


姉様ねえさまがいけないのですよ。あれほど魅力的に語られたら、私だって逢う前から気になりもします」

「とは言ってもだな。お前はそこまで雅騎を知らぬではないか。どこにそんなに惹かれたのだ?」

「それは……あそこまでお優しくて、私達の為にあそこまで身体を張り護ってくださったら、惹かれるなという方が無理だと思います。姉様ねえさまだってそんな雅騎様だからこそ、お慕いしているのではないですか?」

「ま、まあ。そうだが……」


 顔を赤らめつつそう問いかける光里に、釣られて同じ顔を赤くした御影は、またも困ったように頭を掻いた。


「と、とはいえ。まだまだ私の方が色々あいつを知っておるし、親しい間柄だがな」


 負けず嫌いの血が騒いだのか。

 ふふんと、御影がそう自慢気に口にすると。


「それはそうかもしれませんが。姉様ねえさまは雅騎様にと言われておりますからね。その点、私は今の所そういった事を口にされたことはございませんし、魅力はあるかと」


 まるで煽り返すかのように、にっこりと笑みを浮かべる光里。

 その態度にカチンときたのか。


「そ、それだけ親しい仲だからな。喧嘩するほど仲が良いと言うではないか。呼び捨てでも呼んで貰えているしな」


 そう売り言葉を口にすれば。


「親しき仲にも礼儀ありと言うじゃないですか。私の事は敬称を付けて呼んでくださいますし、それだけ雅騎様の優しさを感じられます」


 光里も負けじと買い言葉を返す。


 互いにどこか負けたくないと言わんばかりの雰囲気を出す二人だが。

 そこで光里はついに、切り札を出した。


「それに。私には姉様ねえさまものもありますからね」

「私にないもの?」

「ええ」


 そう口にした光里が、少し自慢げにを張った。

 露骨に強調するように。


 霧華ほどではないが、以前温泉で雅騎をどきりとさせるほどには胸がある。

 対する御影と言えば。常に武術に明け暮れたせいだろうか。胸があるかといえば、スレンダーと表現するほうが的確なくらいにはほっそりとしている。


 光里と自身の胸を見比べた御影が、怒りにかぁっと熱くなると。


「ほう。では、その胸がなくなる位に今日はしごいてやろう」


 次の瞬間。

 怒りを堪え、にやりとし。胸の前で指をパキパキと鳴らした。


 あまりの形相に、光里が思わずしまったと言わんばかりの顔をし、思わず後ずさる。


「え、あ。いえ。姉様ねえさま。今のは言葉の綾、言葉の綾です。ほ、ほら。雅騎様はもしかしたら胸がないほうが好きかもしれませんし……」

「だったら、お前も胸がない方が好かれるな!」

「あ、いえ。そういうわけでは……」

「問答無用! 覚悟せい!」


 言い終えるや否や、組手の構えを取る御影に、光里がたじろぎ後ずさるも、時既に遅し。

 突如繰り出されし蹴りを受け止めさせられ、普段より激しい組手が始まった。


 道場の引き戸の外で、通りがかりに聞き耳を立てていた銀杏いちょうがふっと目を細める。


 もしかしたら、もう目にすることがなかったかもしれない姉妹のこんな姿。


  ──本当に、貴方には頭があがりませんね。


 二人をまたも助けてくれた青年に、改めて感謝し。


  ──彼が何時か、娘達に振り向いてくれれば、よいのですが……。


 そんな親心を胸に持ちながら、彼女は二人に気取られぬように、笑顔で廊下を後にするのだった。


* * * * *


 土曜の昼下がり。


 一階のテラスの側にある白く丸いテーブルの前の椅子に腰掛けた霧華は、白いティーカップに注がれたジャスミン茶を一口飲むと、ふぅっと落ち着いた息をく。

 今日も晴れ空。風もなく、日差しの温かさが心地よい、冬らしくない雰囲気を感じながら、彼女は落ち着いた時間を……過ごせる雰囲気ではなかった。


 お茶をする彼女の背後には、しずを始めとしたメイド達がずらりと並んでいる。

 それは普段と同じ光景であり、彼女達は何時も静かに霧華の側に付き従っている……はずなのだが。


「お嬢様」

「何かしら、アイナ」

「僭越ながらお伺いしますが。雅騎様に今回の件、お礼などはなされないのですか?」

「そうじゃのう。折角じゃ。ここに呼んで盛大に快気祝いでもしてはどうかのう?」


 落ち着いた表情でそう尋ねてくるアイナに、合わせるようにそんな助言をしながら、少しにんまりとするシャオ

 だが、霧華は表情を変えず首を振る。


「特に考えてないわ。明日、佳穂達とフェルミナさんの喫茶店で快気祝いをするつもりだったから」

「ということは勿論。私達もお供させていただけるのですよね?」


 改めて確認するように良子が尋ねると、そこにある意図をはっきりと感じながら、霧華はまたも首を横に振った。


「いえ。そのつもりはないわ」

「ちょっと! どういう事!? 幾らお嬢様でもそれはないわよ!」

「せやなぁ。あてらも雅騎はんに助けられておるんどすえ。ご一緒して礼のひとつ位せな」


 はっきりと抗議した結衣と莉緒りお

 結衣ははっきりと不満を。莉緒りおは相変わらず飄々とした笑みで霧華を見つめている。

 その言葉に、ため息を漏らした彼女はメイド達に向き直る。


「私がその分お礼をしてくるし、貴方達の想いも伝えてくるわ。だから気にせずにいて頂戴」


 その表情は凛としている、かといえば。見せたのは少し困った笑みだった。


 雅騎に出逢ってからの彼女達は、妙に彼に食いついてくる。時としてメイドと主人の関係すら忘れるほどに。

 最近はそんな熱をなだめるのに苦労することも多いのだが。勿論それで納得できるなら、メイド達もこんな話はしない。


「……お嬢様。私達も、行く」

「そうだよ~! ちゃ~んと沢山お礼して、ご主人様のお世話してあげたいし~!」


 普段あまり表情を出さないスピカがしっかりと強い意志を見せ。ナターシャもまた、欲望を隠そうとしない一言を口にすると、さしもの霧華もその苦笑をより強くした。


「貴方達。お嬢様を困らせるような真似はおしなさい」


 と。そんな会話を止めるかのように、デザートのチーズケーキを持ってしずが真剣な顔でやってくると、やばっと言わんばかりに皆は姿勢を正した。


「喫茶店『Tea Time』より取り寄せました、チーズケーキにございます」

「ありがとう。しず


 静かにテーブルにケーキを置いた彼女に微笑んだ霧華に、しずも深々と礼をする。

 だが。その後の一言がいけなかった。


「そういえば。わたくしは明日お供させていただく心算こころづもりでしたが、よろしかったですよね?」

「えー!?」

「うっそ!? しず様だけ!?」

「それは流石にどうなんじゃ? なあ良子」

「ですよね。それなら私達もお供すべきです。ですよねアイナさん」

「そうですね。メイド長の手など煩わせられません」

しず様もいけずやわぁ。しゃんと言うてくだはいな。あてらも一蓮托生でおまっしゃろ?」

「……抜け駆けは、ずるい」


 彼女の言葉に、一気にまたメイド達が騒がしくなる。

 普段見られない光景に。


  ──ほんと、雅騎はどこまでみんなの心を惹きつけるつもりかしら。


 そんな事を考えながら。


「まったく。困ったものね」


 呆れるように口にした霧華は、ふっと楽しげに笑うと、再びジャスミン茶を口にした。


 華やかなる女性陣のやり取りを、二階のバルコニーから、圭吾が手すりに手を突き、その後ろに秀衡ひでひらが立ち、じっと見つめている。


「あいつがあんな顔をするとはな」


 今まで、どこかお嬢様とメイドという線を引いていたように見えた彼女達。

 だからこそ、霧華がこうやって親しげに彼女達と話し、笑顔を見せる事はなかったのだが。今の彼女は傍目はためから見れば、まるで仲間と話すように親しげにも見える。


「……彼の、お陰だな」

「そうでございますな」


 ぽそりと呟く圭吾に、秀衡ひでひらも小さく頷く。


秀衡ひでひら。雅騎を何とか霧華と結ばれるようにはできんか?」

「圭吾様。流石にそれは無粋というものです」


 思わず本音を漏らす彼を戒めるように、秀衡ひでひらがそう口にすると。

 圭吾もふっと笑い。


「まあ、そうだな」


 短くそう口にする。

 そして。


「香織。あいつはやっと、心から笑ったぞ」


 淋しげに。しかし愛おしそうに。亡き妻にそう呟くと、暫しの間彼女達のやりとりを幸せそうに見守っていた。


* * * * *


 そして、日曜日の昼前。

 喫茶店『Tea Time』は貸し切りのため閉店していた。


 雅騎の快気祝いは午後二時から。

 まだその時間までは随分と時間がある。


 そんな中。

 店の中では、フェルミナと雅騎が店の制服姿で仕込み作業を進めていた。


「まったく。あなたは今日の主賓なのよ? 時間までゆっくりしてればいいじゃない」


 出来上がったイチゴと生クリームのホールケーキを切り分けながら、フェルミナが呆れた顔をすると。


「だって、今日の人数おかしい事になってるじゃない。綾摩さんに御影と光里さんに如月さん。この四人だけかと思ったら、銀杏いちょうさんや圭吾さん。秀衡ひでひらさんにしずさんに、メイド隊のみんなまで来るって」


 同じく、もうひとつ出来上がったホールケーキを脇で切り分けている雅騎は苦笑した。


「まあそうだけど。でもまだ少し痛むんでしょ?」

「少しだって。ほとんど痛み引いてるし」


 少し心配そうなフェルミナに、雅騎が笑った途端。腹部の痛みがあったのか。少しだけその表情が崩れる。


「ほら。無理しなくていいの」

「無理じゃないから」

「強がっちゃって。大体今日頑張ったって、バイト料出ないわよ」

「別に。なんならかなりバイト穴空けちゃったし、店も閉めさせちゃったから。今月タダ働きでもいいよ」

「もう……」


 フェルミナが巧みに牽制するも。普段ならそれで引き下がるはずの雅騎が引こうとしないのに、珍しく困った顔をした。


「いい? 痛みが辛くなったら休むこと。後、快気祝いが始まったらちゃんと主賓として休みなさい」

「いいって。そういう名目で飲み食いして盛り上がるだけでしょ?」

「あのね。そうじゃないと私がみんなに怒られるのよ」


 あまりに言うことを聞かない彼に困り、フェルミナがぶつくさ言い始めると、雅騎は彼女の顔を見てふっと笑い、次の瞬間少しだけ真剣な顔をした。


「……ねえ。フェルねえ

「なあに?」

「俺、もっと強くなれるかな?」

「……また、無茶でもする気?」


 先日死にかけたばかりなのに、早くもそんな事を口にする雅騎に、フェルミナはケーキを切る手を休めると、同じく真剣な顔でじっと彼を見る。


「違うんだ」

「だったら強くなる必要なんてないじゃない」

「……ううん。だめなんだ」


 咎めるように口にしたフェルミナを、雅騎はしっかりと見つめる。


「俺は、もう簡単に死にかけたりしちゃだめだから。みんなを護りたい。だけど、みんなを哀しませたくないんだ。フェルねえのこと、また泣かせちゃうのも嫌だし」


 そう言うと、視線を伏せ少しだけ悲しげな顔をする。

 予想外の言葉に、暫し茫然としたフェルミナは、次の瞬間優しげな笑みを見せる。


「まったく、わがままね。それならちゃんとみんなを頼りなさい。誰かといる事で、強くなれる事もあるんだから」

「……そうだね」


 短く返事をした彼を見て。彼女は目を細める。


「勿論私の事も頼るのよ。ちゃんと力を貸してあげるから」

「うん。ありがとう」


 ふっと嬉しそうに笑う雅騎に、フェルミナも微笑み返す。


  ──大丈夫。ちゃんと一緒にいてあげるわ。


 心でそんな事を想いながら。


 と。

 そんな時。コンコンと店のドアがノックされ、二人の視線がそちらに向いた。


「どうぞ」

「失礼するわね」


 フェルミナが声を掛けると、ドアを開けぞろぞろと入ってきたのは、霧華としず、そしてメイド達。

 予想以上に早い彼女達の登場に、思わず雅騎とフェルミナは顔を見合わせる。


「えっと、如月さん。まだ時間随分先だけど……」

「ええ。知っているわ。今日の準備を手伝いに来たのよ」

しず。本気なの?」


 怪訝そうに尋ねるフェルミナに。


「いけませんか? 私達わたくしたちがいれば、準備もより早く終わると思いますが」


 落ち着いた表情でしずがそう返す。


「その割に。後ろの達は、ちょっと目的をたがえてるような気もするんだけど……」


 フェルミナに白い目を向けられた先のメイド達はといえば。

 今までに見たことのない、ソムリエのような格好にオールバックっぽく髪を固めたその姿に熱い視線を向けながら。


「今までに見ない装いですね」

「でもアイナさん。これはこれで十分ありだと思いませんか?」

「良子の言う通り、これは眼福がんぷくじゃぞ」

「……間違いなく、最高」

「べ、別に。そこまでじゃないでしょ」

「あ~! 結衣さんそういう言い方するんだ~!」

「あの良さがわからへんとは、とんだお子様どすな」

「う、うるさい! 普段から格好いいって言ってるの!」


 と。

 どう考えても雅騎目当てに遊びに来たようにしか感じない会話をしている。


「この子達がどうしても付いてくるって聞かないからから。今日は雅騎の言うことをように伝えてあるわ」

「へ?」


 さらりと霧華がそう口にすると、さすがの雅騎もそれにははっきりと困った顔をし、一度フェルミナを見る。


「ま。そういう話なら雅騎に任せるわね」


 彼女が呆れ顔を返すと、くしゃくしゃと頭を掻いた彼は、じっとメイド達を見た。

 彼の視線に、メイド達がふざけ顔を止めしっかりと背筋を伸ばすと、しずが頭を下げ、他のメイド達がそれに続く。


「雅騎様。是非私達にご指示を」


 しずの落ち着いた言葉に、彼は苦笑した後。


「じゃあ……。まずはそっちのテーブル席に四四よんよんに分かれて座ってくれますか?」

「……はい?」


 彼女が疑問を呈する指示をした。


「いや。だから、席に座って待ってて下さい。店長、ちょっと早いけど紅茶出しても良いかな?」

「構わないわよ。お昼はどうする?」

「後で厨房借りていいかな。有り合わせで悪いけど、何か賄いでも作るから」

「でもこの人数よ? 材料足りるかしら?」

「あー、確かに十一人か。だったら皆にお茶出したら、ちょっと買い出し行ってくるよ」


 自然に雅騎とフェルミナが、客人をもてなす為の会話を進める。

 そんな光景を暫く呆然と見ていたメイド達だったが。


「お、お待ち下さい」


 はっとしずが我に返ると、早速行動を起こそうと動き出す雅騎を止めた。


私達わたくしたちは、貴方達の手伝いに──」

「気にしないでください。普段もそうやってお仕事頑張られているんだし。たまにはゆっくりしていってください」


 言葉を遮り、さらりとそんな気遣いを見せる雅騎に、しずは困り果てた顔をする。


 狼狽うろたえる彼女の姿が珍しかったのか。フェルミナと霧華は思わず笑みを浮かべ。

 雅騎の優しさに心奪われたのか。メイド達は彼の笑顔にほうけた顔を見せる。


「ふふ。しずみんなも。言うことを聞くと言ったのだから諦めなさい。雅騎はこういう男よ」


 何時までも変わらない男。速水雅騎。

 幼き頃と変わらぬ恩人が、自然に笑顔で紅茶を淹れ始める、その姿を見つめながら。霧華は自然に笑みを浮かべた。


 一時ひとときの幸せと、改めて彼と歩める喜びを、噛みしめるように。


                 ~Fin~

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非日常なんて日常茶飯事 第三巻 ~偽りの婚約者~ しょぼん(´・ω・`) @shobon_nikoniko

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