第88話 ミルの決意と訪れた転機 2

 28年前、ミルの居座っているジャスティス公爵家に魔族がやって来た。

魔力で偽装していたが、ミルの魔眼には正体が丸見えだった。


 何故魔族がこの結界内に入ってこれたのだろう?しかも中級以上の魔族なのに。

ミルは疑問に思った。


 ただ、ミルはその魔族に驚異は感じなかった。

仮に戦いになっても、この魔族が相手なら自分のほうが有利に戦えるという確信があった。



 その魔族とは、淫魔サキュバスだった。



 サキュバスは美艶な顔と魅惑的な肉体を持つ魔族だ。

そして魔力で作成したフェロモンで男や雄を誑かし、のを得意とする。

また魔力が高く高度な魔法を使うが、攻撃魔法よりは幻惑や弱体化の系統が多い。


 けどそれらは、ミルには通じない。

 

 ミルは女性なのでフェロモンは効かないし、強力な魔眼の前に幻惑だの幻影などは意味を成さない。多少弱体化させられたところで、サキュバスの体などミルの腕力で簡単に貫けるだろう。


 ミルに気づいたサキュバスもその事はすぐ理解したようで、その後真っ先にミルの元へ来て敵対する気はない旨を伝えた。


「面白そうだったから、つい召喚に応じちゃってここに来たの。

 ヴァンパイアハーフである貴女と争う気はないわ。

 ただ契約でね、指示された相手からのよ。

 それを邪魔しないで貰えるとうれしいのだけど…」


 サキュバスはミルにそう語った。

元から邪魔をする気はなかったが、サキュバスから詳細を聞いたらなおそう思った。


 結局、サキュバスも公爵家の争い関係で呼ばれたからだ。

ただ話し合った結果、認識阻害魔法と結界魔法を教えて貰うことで、お互い不干渉となった。

[初めてミルに会った時の結界は、この魔族から

 教わった魔法だったんかい! byシュウイチ]


 不干渉…のハズなのに、その後もミルはこのサキュバスとよく会って話すようになった。

別にミルから会いに行っている訳ではない。

サキュバスのほうから度々会いに来るのだ。


 サキュバスからしたらミルは正体を晒して話せる相手だからだろう。

ミルもこのサキュバスが唯一の話し相手であった為、別に嫌ではなかった。


迷宮ダンジョン内部での人族の召喚に応じてやってきたのですか?」


「そうよ。

 結界杖とやらも迷宮までは効果がないみたいでね。

 まあ、迷宮で召喚を防がれたら魔物召喚が出来ず迷宮核が壊されちゃうから、

 仕方なかったんでしょうね」


「 で、でもサキュバスさんクラスを召喚するには大人数召喚が必要では?

 あ!も、もしかして、その、人々の…」


「ええ、よく知っているわね。

 私クラスを人族程度の魔力で召喚するには、大人数で召喚するか、 

 もしくは大量の『』が必要になるわよ。

 確かフェニックス領だったかしら?

 その領内の伯爵家当主様が傲慢で更に女癖が悪い奴でね」


 フェニックス領とはこのドルフィス王国を支える三つの公爵家のひとつ『フェニックス公爵家』が納めている領地だ。

英雄ドルフィスの仲間だった魔法師を先祖にもつ家系だ。


「ずいぶんと各地で恨みを買っていたらしいわ。

 そこに目をつけたが、その伯爵を倒せるなら命をも

 捧げるっていう者たちを集めて、

 更に奴隷の命まで使って迷宮で魔族召喚を実施したのよ。

 で、応じたのが私ってこと。

 幸せだったと思うわよ~、あの伯爵様は。

 だって最後はとても満足気な顔だったもの」


 その言葉だけで、伯爵がどうなったかなどすぐ判るというものだ。

目の前にいる女に全て吸い取られたのだろう。

命までも…



 ー そして 別の日 ー



「ええっ?双子の魔核なら重ね合わせられるんですか?」


「そうよ。

 同じ魔核を分け合って生まれてきたのだからね。

 自分の魔核の代用にも出来るし、自分の魔核と合わせて格位ランク

 上げる事も出来るわよ。

 まあ双子でも出来ない場合もあるらしいのだけどね」


「で、でもそんなこと、ヴァンパイアの誰からも聞いた事が…」


「まあ、知らなくても仕方ないわね。

 だってヴァンパイアハーフなんて生まれてくる事自体が少ないワケだし、

 ましてやそれがだなんてねぇ。

 でも、魔人ではそれなりに有名な話よ?

 だから魔人の双子はよく殺し合いになるそうね」


 補足だが、魔人とは魔族と人族の間に産まれた存在を指す。


「じゃあ、お姉ちゃんは…」


「貴女のお姉ちゃんとやらは知らないから何とも言えないけど、

 でも軽く聞いた限りじゃ、かなりの才の持ち主みたいだし

 多分気づいていたと思うわよ?」


 この言葉にミルは凄い衝撃を受けた。

ニルお姉ちゃんには簡単かつ確実に格位を上げれる方法があったのだ。

つまり、ミルから魔核を奪うという手が。


 けど、ニルはその手を使わなかった。

ミルはそんな『姉の優しさ』に心を打たれた。

もっとニルお姉ちゃんと話し合っていればと、今さらながらに深く後悔する。


 またミルは、その話を聞いて不思議に思う事があった。

そんなお姉ちゃんが、何故急に『力を寄こせ』と襲うようになってしまったのだろうか?


 ノーライフキングになった直後にも私のところに来て、

『これから父と戦うことになるけど、どうか手出しはしないで欲しい』

と、わざわざ言いに来てくれたお姉ちゃんだ。


 そんな優しいお姉ちゃんが、ロードの一体を倒した後にどうして変わってしまったのだろうか?

最後に見たお姉ちゃんは明らかに『別魔』という印象だけ強く残っている。


 ヴァンパイア領に戻って、もう一度ニルお姉ちゃんとしっかり話を…

そう強く思うも、あのニルを思い出すと恐怖が走る。



 結局はまた結論が出せず、無為な日々が続いた。



 そんな臆病のミルに一大決心をさせる事になる姉妹がやって来る。リオナとレオナだ。


 幼くしてジャスティス公爵家にやって来た姉妹。

姉のリオナは幼いながらもなかなかしっかりしていたが、妹のレオナは常にびくびくして気弱だった。


 いつも姉の後ろに隠れている妹のレオナに、ミルは昔の自分を思い出し懐かしさを感じた。


 それからミルは、何かとこの姉妹を見守るようになった。


 しっかり者の姉のリオナ。

 

 いつも姉の後ろにいる臆病なレオナ。


 きっと妹のほうは、私と似た行動を取るのだろうとミルは思っていた。




 しかし彼女ことレオナは、ミルとは違った。




 姉妹が十歳になった時からメイドとしての本格的な育成教育が始まったのだが、

その日からレオナは変わった。

姉の後ろに隠れることが無くなったのだ。


 それだけじゃない。

「これからはわたし、もお姉ちゃんのちから、になる」

[↑言葉かおかしいのはワザとじゃありません。

 レオナさんは幼い頃から何度も暴力を振われていた関係で、

 言語障害があるのです。byさっちん]


 きっぱりとそう口に出したレオナ。

そしてその言葉は、嘘では無かった。


 リオナはもの覚えが早い上にテキパキ作業をこなすが、時折うっかりミスがあった。


 妹のレオナは姉ほど物覚えは良くないしテキパキ作業するタイプでは無かったが、丁重でミスの無い作業を得意とした。


 そしてレオナは姉の作業を確認しミスがあったらこっそりフォローしていたし、姉がミスをして落ち込んでいたら、黙ってずっと傍にいてあげた。


 そんなレオナを見る度に、ミルは心を打たれていた。


 あの姿こそ、ミルが理想とする妹だからだ。

何故私は、ニルお姉ちゃんにああしてあげれなかったのだろうと。


 そして姉妹が17歳の時、最大のピンチが訪れる。

リオナとレオナはこの頃、シュワンの護衛も出来るようになるため、鍛錬で迷宮探索や魔物退治によく行っていた。

その関係で、あるベテラン冒険者パーティーと組む事が多くなった。


 冒険者は男性3人と女性2人の計5人組。

初めこそ警戒はしていたが、3回程組んで何もなければ油断するのも仕方ないのかも知れない。

女性メンバーもいたし、その女性達からも優しくされていたので、リオナはすっかり信用していた。


 でも、レオナは信用していなかった。


 姉妹への態度と他(奴隷とか)に対する態度が、あまりにも違ったからだ。

姉に何度か別の冒険者パーティーと組むべきだと忠告したが、リオナは『大丈夫よ』と聞いてくれなかった。


 遠くから見ていたミルには判っていた。

この冒険者パーティーは危険だと。


 そして4回目の辺境の魔物退治時に、遂に本性を表した。

リオナが武器を奪われて捕らえられたのだ。

油断していた上にあっという間に両手をしばられたので、神法を使う暇も無かった。

ただ警戒していたレオナは、間一髪武器を持ったまますり抜けて離れる事が出来た。


 初めから冒険者たちは姉妹を狙っていたのだ。

これ程の上玉姉妹だ。捕まえて別の領地で奴隷として売ればとびきり高値になる。


 また当然ながら、男達は売る直前まで姉妹でたくさん遊ぶつもりでもいた。


「ごめんなさい、レオナ!

 私が忠告をちゃんと聞いていれば!

 私に構わず逃げてっ!」

必死にそう叫ぶリオナ。


 ミルはこの時、近くで結界を張って見ていた。

そしてこう思っていた。

『この状況では、姉を置いて逃げるしかない。

 二人一緒に捕まったらそれこそ終わりだし、

 片方だけでも逃げれるなら逃げて、助けを呼ぶべきだ』と。


 ところが、レオナは逃げなかった。

武器を捨てて投降したのだ。

これにはミルも驚いた。


 『妹は見逃して!』と必死にお願いするリオナ。

たが美妹を捕らえられるチャンスを、冒険者の男たちが手放す訳が無かった。


「気にしなくてい、い。リオナ姉さんがいなかった、ら私はとうの昔に死んで、いたのだから」

リオナを見ながらレオナがそう答える。


 そう言ってる間に捕らえらるレオナ。

更に縛られて、服も脱がされていった。


 リオナはずっと『やめて!』と泣き叫んでいたが、レオナは泣いたり喚いたりはしなかった。

そして姉に微笑んでこう言ったのだ。


「姉さんと一緒、なら犯されて、もどこに連れて行かれ、ても構わない」と。





 ミルはこの言葉を聞いて



 初めて人族の争いに介入した


 


 今までミルは、人族の争いに関わった事はなかった。

散々言われていたからだ。ニルお姉ちゃんからもエルダーヴァンパイアさんからも。

関わりのない私達が入れば、余計に混乱させる原因になるからだと。


 酷いと言うなかれ。

そもそも人族の事は人族で解決するべきだ。

それが人族同士の争いなら尚更だ。


 けどミルはこの姉妹を、何よりレオナさんを汚させたく無かった。

張っていた結界を自ら破り、姉妹と冒険者パーティーの前に姿を見せた。


 そして魔眼で全員を『睨んだ』。

結果、リオナさんレオナさん含む全員が気絶した。

 

 この時ミルは、少しだけ落ち込んだ。

リオナさんとレオナさんが神法を会得している事は知っていたので、もしかしたら二人には魔眼も大丈夫なのでは?と淡い期待をしていたからだ。


 もしそうだったなら、姉妹と話をしたかった。

いろいろ感謝の気持ちを伝えたかった。

でも結局魔力コントロールできていない魔眼の前には、姉妹も変わらなかった。

そんな自分と自分の魔眼が、ミルには恨めしかった。


 軽くため息をついて気を落ち着けた後、冒険者メンバー全員の顔を、近くで念入りに魔眼で睨んでおいた。

こうすれば彼らが目覚めるのが姉妹より確実に遅れるからだ。

更に、姉妹の拘束も外してあげた。


 ここから先の事は、もう姉妹次第だ。

これ以上の介入は良くない。


 ミルは脱がされた服をレオナさんに掛けてあげてから、再び結界を張って見守った。


 その後一番最初に気づいたリオナは、状況を確認した後、(どうして無事なのか不思議に思いはしたもののすぐ正気に戻り)『なすべきこと』を成した。


 何を成したのかは記載しないが、ただこの冒険者達は既に存在していないとだけ言っておこう。


 話を姉妹に戻す。


 しばらくして目を覚ました妹に、リオナは泣きながら抱きついた。

そして謝罪と同時に怒りもした。

『ごめんなさい!でも何で逃げなかったの!?』

と。


 それに対し、レオナはこう答えた。

『姉さん、と離別するほう、が嫌だったから』

と。


 その答えに更に泣いて謝るリオナ。

しばらくの間、姉妹は抱き合って泣き続けた。


 ミルも結界の中で、その光景を貰い泣きしながら見ていた。


 そして思った。

何て私は、お姉ちゃんから逃げてしまったのだろうか?と。

私もレオナさんのようにしていれば、ニルお姉ちゃんは変わらなかったのではないかと。


 ミルは強く決意した。

『お姉ちゃんともう一度会おう。そして話をしよう』と。


 もしも以前と同じく、話し合うことが出来ないほどに変わってしまったままなのであれば、その時は元に戻すためにお姉ちゃんと戦おう。


 多分負けるだろうが、それならそれでいい。

お姉ちゃんに吸収されて終わるのなら、それも悪くない。


 ただ、もし勝てたのなら、私の魔核をお姉ちゃんに譲ろう。魔眼もだ。

いつか誰かに奪われるなり食べられてしまうのなら、お姉ちゃんに捧げよう。

何もしてあげられなかったダメな妹の、最後のお姉ちゃん孝行として…

     

 ただこの結界が切れるまでは、この姉妹を見守ろうと、ミルは思っていた。



 ※ ※ ※



 話を聞き終えた俺は、色々と混乱していた。

言いたい事や聞きたい事だっていっぱいある。


 まずこの屋敷に魔族がいたのかよ?

しかもシュワンが生まれる前からだと?当然ながらシュワンの記憶にはないぞ!

(そのうえサキュバスだなんて♪)


 けど、それより何よりも

「ミル、まずはリオナさんとレオナさんを助けてくれてありがとうな」

俺は姉妹に代わりミルに御礼を言った。


「い、いえ。

 あの姉妹…特にレオナさんは、私が助けたかったからで…

 それに、ただ魔眼で睨んだだけですし…」


「それでもだ。ありがとう。

 そしてミルは…ヴァンパイア領を出てからずっと、

 恐怖と後悔の日々だったんだな…」


「はい…」


「今のハーフのままだと、その魔力を扱いきれないのか?」


「そうです…

 だからといって、ヴァンパイアに成りたくもないんです」

本音を語るミル。


「しかし、いくら何でもそこまで狙われるものなのか?」

俺も疑問に思ったことを正直に聞いた。


 それに答えたのは、ミルではなくさっちんだった。


「はい、中級魔族らはミルさんを絶対狙ってきますよ。

 彼らからしたら上級魔族になれるこの上ない好機ですからね。

 諦めるワケがありません」


 なるほど、それは何となく判るかな。


「あとさっちん。

 どうしてニルがあそこまで変わってしまったのか、

 その理由を知っているのか?」


「狂腐ですよ。

 ニルさんはヴァンパイアロード一体分の巨大で邪悪な力を吸収しました。

 本来ならその力は魔核に貯められるハズなのですが、狂腐のせいで

 魔核の一部が正常じゃなく、力が貯められなくなっているんです。

 その溢れ漏れた分の力が、ニルさんの魂と混ざってしまったのです」


 何だって!?


「魂と混ざるって…

 そんなの大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないに決まっています。

 魂が、心が、邪悪な別魔の力と混ざるんですよ?

 だからこそ、ニルさんは別の存在に変わってしまったのですよ

 ミルさんに攻撃するようになったのも、そのせいです」


 マジかよ!


「やっぱりお姉ちゃんは、別魔になってしまっていたのですね…

 ならもう、倒すしか…

 結局私はニルお姉ちゃんに…何もしてあげれず…」

横で聞いていたミルが、ついに崩れ落ちて泣いてしまった。



 そんなミルを見て、俺はどうしても何とかしてあげたかった。



「さっちん、頼ってばかりですまない。

 何かニルを救う方法は残されていないのか?」

今までの話を聞いた限り無理だろうとは思ったが、一途の願いを込めてさっちんに頭を下げて聞いてみた。


 さっちんは今回ばかりはふざけたりはせず、

しっかり回答してくれた。


 「一応あります」


 …


「ええっ?!」

俺はびっくりした声を出してしまった。

ミルも顔を上げた。


「ありますが、絶対成功するとは限りません。

 そして完全に元に戻す事は、もはやどうやっても不可能です。

 ですがミルさん次第で、ほぼ以前のヴァンパイアハーフ時に

 近い状態へ戻せる方法ならあります」


「本当かっ?!」「本当ですかっ?!」

俺とミルの声が重なる。


「本当です。

 但し代償として、ミルさんにはこの上ない痛みに耐えて貰わなければ

 なりません。その覚悟はありますか?」

ミルを真っすぐ見ながら問うさっちん。


 ミルは流した涙を拭かずさっちんを真っすぐ見返して、

「ど、どんな事でも絶っ対に我慢してみせまふっ!

 教えて下さい、私はどうすれば良いのでしょうか?」

きっぱりそう返答した。


 『では…』と一呼吸おいてからさっちんは


「最初に左魔眼をえぐり出し、次に魔核を心臓ごと取り出してください。

 そしてそのふたつを、微笑みながらニルさんに差し上げてから死んでください」

 


 とても恐ろしい台詞を放ったのだった。



**********

=作者あとがき=


作者の獰猛死神です。読んで頂いてありがとうございます。


『次回は早く更新します』とか前回ほざいておいて、

また更新が遅れて申し訳ありません。


今回の原因は自分ではなく親です。

高齢のせいか、ついにおかしな事を語るようになってしまいました。


こういうのって、思った以上につらいです。

不眠の日が結構あったりしてます。


よって今後の更新は、全く未定です。

気長に待って頂けたら幸いです。



作者はチキン野郎ですので、誹謗の類はご遠慮下さい。

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元地縛霊が異世界転生する物語 獰猛死神 @kaku_domoz

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