第87話 ミルの決意と訪れた転機 1
「おい、さっちん!
ミルが滅ぶってどういうことだ!?」
聞いてないぞ、そんな話!
「言葉通り、ミルさんは自分が滅ぶ行動を取ろうとしているのです」
俺の方を向かず、ミルを見ながらそのまま話すさっちん 。
「その行動ってなんだよ!?」
「ミルさんはね、ご自分の心臓をお姉さんに与えるつもりなのですよ。
魔核と一緒にね」
なんだって?!
「だから『滅ぶ』と?」
「そうです。
魔眼の魔力で少しは持つでしょうが、魔力が尽きたら終わりですね」
「マジかよ…」
ミルの顔を見ると、ちょっと申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「そもそもシュウイチさんは疑問に思いませんでしたか?
ミルさんがノーライフキングの姉をどうやって元に戻すのかって?」
「そ、それは…
何か特別な魔法でもあるのかなぁと…」
「そんな都合の良い魔法など、あるワケないじゃないですか」
『ホント馬鹿ね』的に言い放つさっちん(怒)
「じゃあミルが自分の魔核付き心臓を差し出したら、
本当にニルは復活するのか?」
「素直にヴァンパイアへ魔核化していたニルさんであれば、
その方法で元のヴァンパイアハーフに戻すことは可能でしたよ。
でもニルさんは裏技でノーライフキングになったんです。
だからこそ、その方法では無理なんです。
『魔核』が変わり過ぎてしまいましたからね」
さっちんが言うには、魔核は魔族それぞれによって全く違うそうだ。
大きさとかはもちろんだが、構造やら魂との相性などなど。
だからこそ『他魔族の魔核を自分の魔核として使う』とか、『自分の魔核と合体させる』なんて事は(普通は)出来ないそうだ。
「でもニルさんとミルさんは違います。
もともとひとつの身体を二つに分けて産まれてきたのですから、
必ず適合するワケです」
なるほど、一卵性双生児の
ミルの魔核をニルの魔核として使用可能だから、復活できるってワケだな。
…『本来ならば』だけど
「やっぱり無理なんですね…
私の魔核を渡してもお姉ちゃんを戻すことは…」
何か知っていたように語るミル。
「その言い方だと、無理だって判っていたのか?」
俺の言葉に首を横に振るミル。
「いいえ。でも最後に見たあのニルお姉ちゃんを思い出すと、
何となく無理なんじゃないかなって…」
ミルって『カン』が良いのか?
「でもそうだったとしても、俺がニルを倒したら自分の心臓を
ニルにあげるつもりだったのか?」
「はい…」
「何でだよっ!?
ミル、おまえは自分が滅んでも良いって言うのかよっ!」
つい強い口調で言ってしまった。
けどミルは今までとは違い、怯えもせずにきっぱりと言った。
「はい。
ニルお姉ちゃんが元に戻ったのならそれで満足ですし、
もしお姉ちゃんを元に戻せず滅ぼしてしまったとしても、
私も一緒だよって…そう思っていましたから」
そんな…そこまで…
「ごめんなさい、シュウイチ様。
でも私は…」
思い詰めた顔をするミル。
俺はミルに『そんな犠牲になるような事はするな』と言おうとしたら、
さっちんが手を『止まれ』の形にして俺に向けた。
「はいストップです。ミルさんにだって色々あったんですから。
最近だと自分の魔眼を恨んでいたとかね」
さっちんのその言葉に『それもご存知なんですね』と答えるミル。
「恨んでいた?」
「シュウイチ様、私はこのヴァンパイアの力で良い思いをした事など、
ほとんどありませんでした…」
また、さみしそうに語るミル。
その後は口下手なミルに変わり、さっちんが全てを教えてくれた。
※ ※ ※
また少し前の話。
ヴァンパイア領から脱出したミルだったが、そこからは今まで以上に過酷な日々となった。
何故なら、魔族やドラゴンから逃げ回っていたからだ。
ずっとヴァンパイア領に居たミルには、自覚が無かったのだ。
自分が色々な意味で『魅力的』である事を。
何しろミルは魔核化していないにも関わらず、既にヴァンパイアロードに匹敵する巨大魔核の持ち主だ。
溜め込んでいる大量の魔力と、生まれ持った強力な魔眼は、力を欲する存在や魔力を食するモノから見たら超魅力的だ。
そんな『獲物』がヴァンパイア領から出てきたのだから、その力を利用しようとする魔族や、その魔力を食そうとするドラゴンなどから狙われるのは当然だった。
今まで襲われる事など無かったミルにとって、ドルフィス王国に来るまでの数年は地獄だった。
ニルお姉ちゃんもエルダーヴァンパイアさんも居ない見知らぬ場所で、いつ襲われるか判らず独り震えながら過ごす日々は、本当に辛かったそうだ。
しかもそれだけじゃなかった。
その魔力の巨大さ故に、神族からも狙われたのだ。
ミルは来る日も来る日も逃げ回った。
でもある日、ついに
余談だがこの世界の戦女神とは『戦いに特化している&戦いを主任務としている女神集団(戦女神部隊)に属している女神』を指すそうだ。
そして追って来ていた戦女神は、獣の如き俊敏さと敵の匂いを嗅ぎ分ける超嗅覚を持つ獣神だったのだ。
逃げに特化しているミルではあったが、一応まだ人である。食事や睡眠が必要だ。
丸3日以上追跡され続けられたら、さすがに体力が持たなかった。
何故かアイマスクをしている獣神を前にして、ミルは己の死を覚悟した。
しかしこの出会いは、ミルにとって幸運だった。
追って来ていた獣神は、相手の悪意や邪気を感じ取れることにも特化していたのだ。
獣神は巨大な魔力を感知したので追跡していたワケだが、同時に不思議にも思っていた。
何しろこれだけ巨大な魔力なのに、悪意が全く感じられなかったからだ。
追いついたミルと相対した獣神は、彼女が優しい女性だと見抜いた。
ただ、何故こんな所にヴァンパイアハーフが独りで居るのか?何故魔核化していないのか?
理由がさっぱり判らなかった。
だからこの獣神は、まずはミルとの対話を求めた。
追跡していた理由を話して、攻撃しない代わりにミルの事を色々教えて欲しいと願い出た。
この時、ミルは号泣した。
安堵と、自分を理解してくれそうな相手に出会えたことに。
優しい獣神はミルと仲良くなり、 数日だけだがミルと一緒にいてくれた。
ミルは獣神にたくさん話をした。
ミル自身の事、ヴァンパイア領から出た経緯など全てを。
それを聞いた獣神は、ミルにたくさんの事を教えてあげた。
主神の結界杖で守られている国の事や、前髪で魔眼を隠して此処ぞという時に使うと効果的である事など。
( 俺と出会った時の貞○のような動作は、この獣神の入れ知恵のせいか!)
ミルは何故そこまで教えてくれるのか聞いたら、なんとその獣神も神でありながら邪眼の持ち主で、色々苦労しているそうだ。
アイマスクはその眼を隠す為に常備しているらしい。
たからこそ獣神は、望んでいない魔眼を持って生まれたミルに共感したのだという。
[他にも獣神は大事な話をされましたが、今は省きますね。
byさっちん]
その後、名残惜しくも獣神と別れたミルは、獣神に教えて貰ったドルフィス王国へとやって来た。
結界に守られた人族の領地に来たので、ドラゴンや神魔からは襲われなくなった。
でもミルにとってそれは、別の意味で辛い日々の始まりだった。
何故なら孤独な時間が始まったからだ。
ミルの魔力は、人族にとっては強力過ぎたのだ。
何度も言うが、ミルはまだ一応『人』である。
ヴァンパイアロードに匹敵する魔力を持っていても、それを人の身で完璧にコントロールするなんて出来るハズもない。
そんなミルの魔眼は人族を簡単に魅了してしまうし、下手すれば思考を完全に奪い人形にしてしまうほどの威力があった。
またその腕力は、人族の首など簡単にへし折ってしまう程に強かった。
だからこそ優しいミルには、人族の生活に入って行くことができなかった。
とはいえ、ミルも生きていくにはやはり衣食住が必要だ。
ドルフィス王国内を独り転々としながら、生きていくのに都合の良い場所を探し回った。
その探し回った日々は、悲しさを感じる日々でもあった。行った先々で人族の醜さを再度見るハメになったからだ。
いじめ、暴行、○姦、盗み、殺害…
村だろうが町だろうが王都だろうが、人族が多く集まる場所では何処かしらでよく起こった。
ヴァンパイア領内でも度々見かけていたので別に驚きはしないし介入もしないが、ミルにとって気分のよい光景では無かった。
中でもミルが一番悲しかったのは、ドルフィスの王族や貴族の家族間の酷さだ。
親が出来損ないの子供を捨てたり殺したり、捨てられた子が親に復讐したり、家督争いで弟が兄を殺したり、美しい妹に嫉妬した姉が妹をならず者に襲わせたり等々…
ドルフィス王国の悲しい現状を、望まずとも見てしまう日々が続いた。
そんな人族の醜さをこれ以上見たくなかったミルは、二百年程前からずっとジャスティス公爵家の屋敷内に閉じこもって過ごすようになった。
この公爵家は神が次期当主を選定する関係で、他よりも家族間の争いが少なかったからだ。
他にも空き部屋の多さ、余るほど運ばれてくるたくさんの食料、近場には魔物が狩れるダンジョンがあり、把握が大変な程のメイドや奴隷の多さ等々、ミルにとって都合が良かったのだ。
(つまり勝手に居座われて、色々とパクれるってワケだ(笑))
そうして部屋に閉じこもるようになったミルは、今度は自身の力と今後の事を考えるようになった。
獣神から聞いて、ミルは自分の魔力量が魔族全体の中でもかなり上位に位置していることを知った。
また、今の『半吸血鬼人』の自分では、その魔力を扱いきれていないことも判っていた。
こんな半端な状態だからこそ、中~上級の魔族やドラゴンに狙われたのだ。
奴らからすれば、力を扱いきれてない今がチャンスだからだ。
扱えるようになるには、やはりヴァンパイアへ魔核化するのが1番早い。
ヴァンパイアになれば完全な魔力コントロールも出来るようになるし、これまで襲ってきた魔族やドラゴンが相手なら余裕で返り討ちに出来る…
それも判っていた。
でも、その為には人の血を吸わなければならない。
(当たり前だ、だって
だけどミルは、不死を求めて血を捧げにくる欲望まみれの人も、望んでない人の血を吸うのも、吸った後の人が塵芥と散る様を見るのも、全てが大嫌いだった。
更にあの獣神からも言われていた。
ミルが完全なヴァンパイアになったのなら、残念ながら次は戦わなければならないと。
ミルがヴァンパイアになった場合、間違いなく魔王クラスの存在となるからだ。
そうなれば最上位クラスの神族やドラゴンや魔族とも相対する可能性が高い事も、獣神は教えてくれた。
ミルにはあの恩ある獣神と戦うことなんて考えられないし、最上位クラスの存在と相対するのだって怖くて嫌だった。
出来れば今のヴァンパイアハーフのままでいたかった。
でもこのヴァンパイアハーフのままだと、この国の結界が切れたらまたあの恐怖の日々が始まるだろう。
そしていつかは、捕まるか捕食されるか退治されるかのどれかになってしまう…そう考えると怖くて仕方なかった。
他に何かよい案がないかと色々考えはしたが、残念ながらミルには何も思いつかなかった。
かといって、ヴァンパイアになる決心もつかないままだった。
…そうして、ただただ時間だけが過ぎていった。
そんなミルに、今後の方針を決意をさせる二つの転機が訪れた。
一つめは、28年前に魔族が屋敷に来たことであり、
二つめは、15年前にある姉妹が屋敷に来たことだった。
ある姉妹とは、シュワンがお世話になった姉妹であり、現在ジャスティス公爵家の筆頭と次席に位置しているメイドである。
つまり、リオナさんとレオナさんであった。
**********
=作者あとがき=
作者の獰猛死神です。読んで頂いてありがとうございます。
自分が子供の頃から知ってる有名人が亡くなったのをニュースで知りました。寂しい限りです。
あと次作は比較的早く更新できると思います。
作者はチキン野郎ですので、誹謗の類はご遠慮下さい。
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