第86話 天才はいる。悔し…くはない

「ニルお姉ちゃんが『狂腐』の力を利用してノーライフキングになって

 いたなんて… どうして…」


 ミルは、お姉ちゃんが危険な力でノーライフキングに進化したという事実を知らなかったようだ。


「天才だったから…としか、お答えようがありませんね」

冷静に答えるさっちん


「でも、あの力を利用したのなら、ニルお姉ちゃんは…

 ニルお姉ちゃんは…もう既に感染していて…」


 ミルは震えていた。


 まあ、狂腐の力を使用してノーライフキングになったというのなら、ミルが言うようにもうとっくに感染しているだろう。 


 なら、いつかは変異して…最後には…




 … …




 ふといま思ったんだが、見た目はほぼ骸骨スケルトンのノーライフキングが変異したら、どんな姿になるんだろうか?


 テケテ⚪みたいな長い手骨になるとか?

もしくは頭蓋骨が股間に固定されるとか(w




「あの、ニルさんは狂腐に感染していませんよ?」

さらりと言うさっちん



「え?」「へ?」

ミルと俺、二人の素っ頓狂な返事が重なる。


「彼女が作成したのは『疑似』の狂腐です。

 本物ではありませんから」


 あ、そうか!そう言ってたな。

ミルもその説明を思い出したようで安堵していた。


「それにニルさんは疑似狂腐を消す策も用意していました。

 目的を果たしたら消滅させる為にね。

 そういう方でなければ、私は『天才』と評したりしませんよ」


 なるほど


「じゃあ改めて聞くが、その天才はなんで『疑似』とはいえ

 狂腐なんか作成したんだよ?」


「その説明前に、まずお二人の勘違いを訂正しなければなりません」


「勘違いですか?」

ミルが何のことかと問う


「ヴァンパイア及びヴァンパイアハーフは、

 ノーライフキングへの。」



 …



「はぁ? いきなり何を言ってるんだ?」


「私は今、この世界の理を語っています。

 お二人はノーライフキングが『アンデッドの頂点』に位置する存在なので、

 ヴァンパイアもアンデッドだからノーライフキングへ進化可能だと

 思われているようですが、それは違います」


「どうしてだ?」 


「ヴァンパイアとノーライフキングは同じアンデッドでも、

 完全に『別種』だからです。

 ゴブリンはゴブリンソルジャーやゴブリンキングには進化できますが、

 オークソルジャーやオーガキングへは進化出来ませんよね?

 それと同じです」


 そうだったのか。けど…


「で、でも、お姉ちゃんはノーライフキングに進化してます!」


 俺が言おうとしたことを、代わりにミルが言ってくれた。


「はい、確かにニルさんはノーライフキングに進化してます。

 つまりを成しているのです」


「本来ありえない…

 じゃあニルはそのありえない進化を成す為に『疑似狂腐』を

 作成したっていうのか?」


「いえ、ノーライフキングに進化したのは結果に過ぎません。

 ニルさんが疑似狂腐を作成した理由は別にありました」


「それって何だ?」


「『魔核』です。

 ニルさんはご自身の魔核を変える為に疑似狂腐を作成したのです」


「魔核…確か魔族の心臓だったよな?」


「そうです。ちゃんと覚えていてくれてよかったです。

 ニルさんとミルさんはヴァンパイアハーフとしてこの世に生を受けたので、

 始めから心臓に『魔核』を宿していました。

 その魔核が、ニルさんを悩ませてきたのです」



 …その後、俺とミルはニルが悩んでいた理由ワケをさっちんから映像付きで教えて貰ったのだった。




 ※ ※ ※



 『魔核』


 それは魔物で例えるなら『魔石』に該当する。


 魂と深く関わりを持ち魔力作成や魔力貯蔵が出来る、魔族にとっては人間の心臓に値する重要な『要石かなめいし』だ。


 魔物が魔石を破壊されたら死んでしまうのと同じで、魔族もこの魔核を壊されたら滅んでしまう。

(例外はあるらしいが…)


 自身の魔核…これこそ実の父を滅ぼそうと決めたニルに取って、最大の難問だった。




 少し時間をさかのぼる。

        

 ニルはヴァンパイアロードの父・ラインウェルドが大嫌いだった。いや憎んでいた。

親としての愛情を貰えなかっただけじゃなく、ミルと比較されては『出来損ない』と侮蔑され続けたからだ。


 そしてニルは、父以外にも父の妾達や父の配下たる上級吸血鬼ハイヴァンパイア中級吸血鬼ミドルヴァンパイア達からも侮蔑されていた。


 ニルは出来損ないであったとしても、ロードの娘だ。

本来なら、ミルのように父配下のヴァンパイア達からは敬われて然るべきだ。


 だというのに、父配下のヴァンパイア達から侮蔑され続けてきた。

父はその事を知っているにも関わらず、何の対処もしてくれなかった。



『何故ここまで、私だけ侮蔑され辛い思いをしなければならないの!?』

百年ほどこのような扱いを受け続けたニルは、ついに決意した。


 強くなって必ずこいつら…特に父だけは絶対この手で滅ぼしてみせると。



 しかし色々学び、調べ、出てきた結論は、『ほぼ不可能』だった。


 まずその理由のひとつが、ニルがヴァンパイア以外には成れない事だ。


 これがもしアンデッドの王『ノーライフキング』や、または上位魔族になれる可能性が高いデーモン系へ魔核化出来たのであれば、まだ父を滅ぼせたかも知れない。


 けどニルは生誕時から『ヴァンパイア』と設定された魔核を心臓に宿している。

 故に、他の魔族には成れないのだ。


 一度滅んで転生するか、特別なアイテムでも使用しない限りは…


 では、父を超えるヴァンパイアを目指すのはどうだろうか?


 それも無理だった。

父は既に最上位の『ロード』であり、それ以上のクラスはヴァンパイアには存在しないからだ。


 それに加えてニルの魔核の『格位ランク』が、父やミルと比較して圧倒的に低いことも判明していた。

要は『貯めれる魔力』が両者とは比較にならない程に小さいのだ。


 これではヴァンパイアへ魔核化してもロードへの進化は望めないし、父には絶対勝てないのは明らかだった。




 しかし、ニルは諦めなかった。



 何故なら直接自身の手で滅ぼせないというだけで、単に滅ぼすだけなら実行出来る策と自信があったからだ。


 例えば、ニルはヴァンパイアハーフなので陽の元でも平気だが、ヴァンパイアには耐えることは不可能だ。

(ヴァンパイア領内は結界で守られているから昼夜問わず大丈夫たが)


 ならヴァンパイア領の結界が切れるまで待って、その後に父に陽の光を当てさせればいい。

そしてそれを実行できる策を立てればいい。


 一例たが、これと似てかつもっと具体的で綿密な策を、天才のニルはいくつも持っていた。

そしてもしその策を実行していたのなら、高い確率で父を滅ぼせていたらしい。

(by 美しい管理女神様の分析より)



 けどニルは、あくまで自分自身の手で父を滅ぼす事に固執した。



 出来損ないと評価していた娘が、父より強い魔族になって父を滅ぼす…

それがニルにとって最高の復讐であり、父にとっては最大の屈辱であろうと考えたからだ。


 だからこそ、ニルは強い魔族になる方法を探し続けた。

その為にはどうしても、自身の魔核を変える事が必要だった。


 

 しかし天才たるニルの頭脳を持ってしても、その方法だけはなかなか見つける事が出来ずにいたそうだ。

[実はひとつ方法があったのですが、それは絶対に出来ないと

 ニルさんは最初から除外していました。 byさっちん]



 そんな状況を変えるきっかけを与えてくれたのが、あの異世界から突然現れた『狂腐の塊』だ。



 狂腐の塊を直に見たニルは、弱い魔物が変異していく様や、塊に近づくと凄く感じるようになる『不愉快さ』から、気がついてしまった。


 以前妹のミルと一緒にエルダーヴァンパイアから聞いた、ロード・ブレーゲルと同類である事を。


 ロード・ブレーゲルも近づくだけで言葉に出来ない不愉快な気持ち悪さを感じたという。

今感じているこの不愉快感が、そうなのであろうと。



 ちなみにだが、その不愉快さの原因は勿論『狂腐』だ。


 さっちんが言うには、汚いモノや醜いモノを見ると気持ち悪くなったり悪寒が走るのと同じで、狂腐に近づくと『魂』がそういった反応をするから不愉快さを感じるとの事。


 

 話をニルに戻す。


 天才は、一を聞いて十を知るという。

 ニルは、一を見て百を理解した。


 つまりニルはあの『塊』を見て、感じて、考えて、そしてあれが

 どんなモノなのか、だいたいの検討がついてしまった。


 恐ろしくもあの力なら、今まで変えられなかった自身の魔核を変えられる可能性がある事も判ってしまった。


 ニルはどうにかあの力を作成利用できないかと考えたが、即却下した。

仮に同じ力を作成したなら、あの次元の違う女神がまた降臨してくると判ったからだ。



 あれとは違う、けどを、何とか作成出来ないか?そして利用出来ないか?



 ニルはその同じ性質の力…つまり『疑似狂腐』の作成方法を模索し研究して、たった数年て確率の高い作成方法を見いだしてしまった。

『狂い』の方が特化した疑似狂腐の作成方法を。



 ニルは早速行動に移した。

 


 それから先の詳細については、さっちんは話してくれなかった。


 ただ、ニルはヴァンパイア領内の人間と人型魔物を捕まえ、相当酷く醜い行いをしたとだけ教えてくれた。

そうでなければ、とても短い期間での狂腐作成など無理だったらしい。


 結果、ニルは約30年で指先程度の小さな『疑似狂腐の塊』の作成に成功した。



 早速その塊を使用して、ニルは自身の魔核の変化を試みた。



 魔核が狂う前に、まずは体が疑似狂腐に狂わされていった。

体中の肌がどんどん変色していった。

体中のあちこちが壊れ、また修復されていく。


 ニルは自身の肉体が変わって…いや『狂い腐っていく』のが判った。


 けど、ニルは自分の容姿など気にしていなかったし、もともとこうなる事も予想していた。

その為に既にヴァンパイアへ魔核化していたし、たくさんの人から血と生命力を吸って準備していたのだ。



 これはニルにとって『掛け』だった。

魔核を狂わせて格位を変えることか出来るどうかという博打だった。

(当然失敗や弱体化する可能性もあった)



 そしてニルは、この掛けに勝った。



 今までとは全く比較にならない程、魔核の格位ランクが上がったのだ。

魔核の大半が精神側世界に移り『魂と融合』といった形で。



 もちろん犠牲になってしまったモノもあった。



 美しかった容姿は見る影も無くなった。

肌は変色し、顔や体のあちこちが白骨化していた。

疑似狂腐の影響か、肌や筋肉が全く再生しなくなっていた。


 けどニルは、この程度で良かったと考えていた。

望んでいた強大な魔核が手に入れられたことに比べたら、取るに足らない損失だった。


 そんなニルの容姿は、とてもヴァンパイアには見えなかった。見た目だけならゾンビやライフスティーラーが近いが、これほど巨大な魔力を持つゾンビなど存在しない。


 更にニルは、魔核の大半が精神側世界に移った為に、現実世界の物理攻撃がほとんど効かなくなっていた。


 そんなニルを、この世界はヴァンパイアではなく『ノーライフキング』だと認定した。


 ノーライフキングと認定されたニルは、残っていた血や肉が全て消え失せ、完全な骸骨姿へと変貌した。



 ニル自身も、この時に自分がノーライフキングに進化したのだと理解した。



 ※ ※ ※




 聞き終わった後、深く息を吐いてから真っ先に俺は、


「天才っているんだなぁ。悔しくはないけど。

 あとあの美貌とナイスバディが無くなってしまったのは、

 やっぱり勿体ないよなぁ…」


 つい本音と、J⚪AのCMに似た台詞を呟いてしまった(w


 そんな俺を、さっちんがジト目で見ていた(汗


「…コホン、そうださっちん。

 そこまで魔核って変えられないモノなのか?

 種族はともかく格位も?」


「(話を逸らして誤魔化しましたね…)

 まあヴァンパイアですから、血を吸い続けたり同程度の魔族を倒して

 力を吸収していけば、格位を少しずつ上げていくことは出来ますよ。

 ですが、ニルさんはそれをキッパリ諦めてしまったくらい、

 ミルさんやロード・ラインウェルドとの差があったのです」


「それってどれくらい?」


「ええと…

 シュウイチさんにはPC関係で説明した方が理解が早そうですね。

 ニルさんの魔核を512メガバイトのハードディスクとするとですね…」

 

 MB(メガバイト)のHDD(ハードディスク)だなんて、ずいぶん古いな。

しかも『500』ではなく『512』だなんて、さっちん細かいや(w




 なんて考えていたら…




「ラインウェルドの魔核は30テラバイト、

 ミルさんの魔核は28テラバイトの、

 ソリッドステートドライブですね」



 ぶっっ!!



「お、思わず吹いちまったじゃんかっ!

 TB(テラバイト)だと?

 GB(ギガバイト)じゃねえのかよっ?」


 しかも何気にSSDになってるし!


「TBで合ってます。それくらい差があったのです。

 魔力を貯めれる量と速さの差が。

 ニルさんも数MBずつぐらいなら増やしていく事は可能でしたが、

 とても追いつけないと判断したのです」


 そりゃあなぁ…

30TBって、3000万MBだろ?

3000万と512じゃいくら何でも勝負にならないだろ。

数MBずつ増やしていった所で、追いつくまでにどれだけの時間と手間が掛かることか… 


 何よりこんだけ差があったのなら張り合う気力なんて無くなるだろ、普通なら。


「けど、それでも諦めず自分の手で倒す道を探し続けた、か。

 忍耐力も凄いな。

 それ程までにロードの父が憎かったのか、それとも意地か…」


「両方…だと思います」

 そう呟いたミルの方を向くと、悲しさと寂しさが合わさったような表情をしていた。


「ニルお姉ちゃんはよく『私は出来損ないじゃない』って、

 呟いていたのを思い出しました。

 憎んでいた父に、意地でもその事を証明したかったんじゃないかと…」


 …そうか。

でもそれってさ、

「私を見て欲しい」「誉めて欲しい」

という想いが裏返しになっただけなんじゃないのか?


 全く、異世界でも魔族でも複雑な家庭事情ってあるものだなぁ…


「頭が良く美女で凄い忍耐力と行動力。

 ちょっと魔核の格位が低いだけで、出来損ないどころか

 超優秀だと俺は思うけどな」

 

「本当にそうです。ニルお姉ちゃんは凄いですから。

 私なんて、ただ巨大な魔核と魔眼があるだけで…臆病だし…

 お姉ちゃんの魔核と逆だったら、こんな事にはならず…

 あのお二人のように…ずっと仲のいい姉妹で…」


 あ、マズい!

ミルが凄く凹んでしまっている。フォローしないと…


 あと、あの二人て誰だ?もしや…


「まあ何だ…そんなに落ち込むな、ミル。

 俺がニルを倒せば救えるんだろ?」


「え? あ、はい。

 倒した後、完全に滅び去ってしまう前に対応すれば、

 ニルお姉ちゃんは元に戻れるはずです」


「そうか。

 なら、そこからニルともう一度やり直せばいいんじゃないか?」


「…はい、そうですね」


 あれ?いま何となく歯切れが悪い返答のような気がしたな。



「ニルさんとやり直す…それは無理ですね」

無粋なツッコミを放ってきたのはもちろんさっちん。

せっかく上手く慰めていたというのに!


「またか、やめてくれよさっちん!

 そう言う危ない台詞はっ!」


 なんつうか、『奴はもう、戻ってこない』みたいな台詞を!


「ミルさんの考えてる救済方法では、シュウイチさんにとって嫌な事が

 本当に起きてしまうんですよ。

 話すべきかどうかで迷ってましたけど、やはり今話しますよ」


 さっちんはトコトコとミルの前まで歩いていく。


「ミルさん、シュウイチさんがニルさんを倒しても、その方法では

 ニルさんは救えませんよ。



 貴女もニルさんもです」



 「な、何だって!?」

ミルが滅ぶってどういうことだよ!?聞いてないぞ?



 ミルはさっちんの言葉に、呆然としていた。


 



**********

 =作者あとがき=


 作者の獰猛死神です。読んで頂いてありがとうございます。


 またまた更新が遅くなってスミマセン

 (↑何回これ書いただろう?マジスミマセン (汗))


 ようやく年末年始の支払いの件が落ちついてきたと思ったら、

 今度はお役所(市役所)から税金滞納のことで連絡があり、

 またドタバタして更新が遅れました(TOT)


 

 はぁ~、年末からずっと不幸に愛されてるなぁ。

 どうせなら幸運の女神とか、リアルの美女に愛されたいっす(w


 

 作者はチキン野郎ですので、誹謗の類はご遠慮下さい。

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