死のうと童貞

白川津 中々

 死のうと思った。


 希望もなく生きる事に疲れた。真綿で首を絞められる生活は心に毒を産み、脳を疲弊させる。金がないとか仕事が辛いとか将来への不安だとかがじわりと確実に胸を蝕み、精神を殺していくのである。生きていくのがうんざりだと、心底から思った。


 差し当たって飛び降りを試みようとした。

 会社の最上階。ハンドルを回して窓を開けると大人一人が優に入れる隙間ができる。そこから肌に触る風の冷たさといったらない。止めよう。寒いのは嫌いだ。


 次に試みるは服毒。薬局へ行きカフェイン錠をあるだけカゴに入れレジへ。が、難色を示すバイトの店員。聞くところによるとどうやら大量購入はできないらしい。致し方なし。服毒は中止。


 仕様がないので練炭と七輪を買いにホームセンターへ来た。だが、駄目だった。今日は金曜。キャンプやバーベキュー用品を買い漁る連中多数。人混みは嫌いだ。諦めよう。


 最後のチャンス。飛び込みである。

 次は通過の特快。轢かれるには好都合。家族に請求がいくだろうが知った事ではない。これから死ぬ人間が娑婆の事など考えるものか。さぁ死ぬぞ。死んでやる。きたきたきた。死ぬぞ。死ぬぞ。死ぬぞ!




「危ない!」


 そう言って掴んだのは高校生の腕であった。こいつ、死のうとしたのだ。


「……」


 高校生は泣きじゃくり、その場にへたり込んでしまった。周りの目が気になるのでひとまず移動。共にベローチェへ入り話を聞くと、どうやら好きな女に振られて自棄になったとの事で、失礼ながら大爆笑してしまった。


 憤慨する少年に、俺は語る。


「いいか。人生色々な事がある。それを経験しないまま生きるなんて損だぞ。女にふられたからなんだ。俺なんて今年28になるのにまだ童貞なんだぞ。自信を持て」


 会心の説教だと思った。しかし。


「おじさん、薄っぺらい」


 その一言に、何も言い返せなかった。

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