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まだ瑞樹君と話をしていたい。そう思ってカフェを出て夜道を歩く。お互いの口数が減っていく。でもこれは悪いことじゃない。静かな夜の町の雰囲気が私たちを包んでいる。
公園のベンチに座ると、堰を切ったように出た彼の言葉に私は固まってしまう。
「俺、10歳のころから自分の未来が見えるんだ。」
「無難に生きるための最善策を見せてくれるんだ。」
彼はそう言って自分の発言について私に問いかける。
「ごめん、こんなこと急に言っても信じられないよね。」
人間は脳の一部しか使えておらず、稀に残りの部分を使えるようになった人は特別な能力が使えるようになるというのは聞いたことがある。瑞樹君はその稀な人の一人なのだろうか。間をおいて落ち着くと返事をする。
「瑞樹君が嘘つく人じゃないことぐらいわかってるよ。でもどんな感じなのか想像つかなくて。」
「1年ごとに、俺の誕生日にそれから先のこと。」
彼の言葉に、私はそのあと何を聞いていいのかわからず黙って彼の目を見る。
「なんていうか、その先のこと一気に見える感じ。1年後には更新された未来が見えるんだ。」
沈黙に耐えられなかったのか、彼は具体的な答えを話し始めた。
「ずっと先の未来もってこと?」
「そう。だから10歳の時には今の状態もわかってた。大まかにだけど。」
普通なら信じられないようなことも、瑞樹君が言ったらその全てを信じてしまう。
「今の瑞樹君は10歳のころ見えていた瑞樹君なの?」
「少しの変化はあるよ。でも俺は無難に生きることを選んでそれ通りの生活を送ってきたからか、元々見てた未来と大差ない。だから舞さんとあの講義で一緒の班になることも、バイト先に来ることもわかってた。」
無難な生活を送ってきた理由は周りから噂で聞いてたから深くは聞かない。
「明日、つまり今から5分経てば、俺はアップデートされた未来を見れるってわけ。面白くない人生でしょ。」
11時55分を指す公園の時計を見て彼は言った。私は何も言えないままだ。
「でも今日、ここで舞さんと会う未来は見えてなかった。」
「無難に生きてないってこと?」
「初めてちゃんと未来に背いた。今までは無難でなくなることが怖かったんだ。今回だって断れるのが怖かった。」
彼はすっと息を吸って続ける。
「でも舞さんは来てくれた。」
「私が瑞樹君の誘いを断ると思う? 数ヶ月だけどあれだけ仲良く話してたのに。」
やっぱり私、瑞樹君のこと意識しちゃってる。ううん、意識とかじゃなくて…。ふいに頭に浮かぶ言葉に自分の気持ちを気付かされる。
「正直半々だと思ってた。」
彼ははにかんだ笑みを浮かべる。
「でもこの後は自信ない。」
「この後って?」
大体の察しはつくが、わざとらしく聞いてみる。我ながら嫌な女だ。
「俺、無難な人生はもう歩まないことにする。見えた未来通りの人生は卒業する。」
周りが暗くてよく見えないが、彼の顔が赤くなってるような気がする。
「舞さんと、ずっと一緒にいたい。」
私の顔も赤くなった気がする。
「私と一緒にいるのは無難じゃないってこと?」
目を見れず、遠くを向いて言う。
「舞さんと一緒にいると、山あり谷ありな人生になると思う。」
「ちょっと悪口になってない?」
笑いながらつっこむ。
「ジェットコースターみたい、って言えばいいかな。でも平坦な人生よりそっちの方が楽しいと思う。」
「私も瑞樹君といたいよ。だから。」
お互いの気持ちが通じ合っているように私たちは言葉を発し合う。
「俺と付き合ってほしい。」
「よろしくお願いします。」
時計の針が重なる。今の二人のように。
「未来が見えた。」
「どんな未来?」
「いつもと違う。少し先のことしか見えない。断片的な。」
「私はそこにいる?」
「舞さんと、赤ちゃんがいる。」
「それってほんとに少し先の未来なの?」
思わず笑ってしまう。
「多分ね。でもその未来のための行動とか選択とか、そういうのが全然見えない。今までは見えてたのに。」
「一緒にその方法を探そうか。あ、でもそれだとまた無難な人生に戻っちゃうか。」
「その無難だけは、例外。」
私たちは笑って、また力を入れ直して抱き合った。
ほんとに見えないな。
ぼーっとしながら俺はあの日以来見えなくなった未来のことを思う。たまに見えてくれたいいのに。無難にこなしたいことなんて大人になればいくらでもある。
幸せそうな笑みを浮かべて寄ってくる未来を抱き上げる。舞は今ご飯を作ってくれているのでこの子をあやす役は俺だ。
きっと無難に生きようと決めたあの時、神様がくれた力だったんだろうな。でも5年前のあの日、それをやめようと決めた時、必要ないんだったらって神様が回収したんだ。
もう俺にはそんな力は必要ない。俺は舞と、今見える未来と、ジェットコースターみたいな人生を一緒に楽しむんだ。
未来を変えて、君と未来を 三浦航 @loy267
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