第3話 仲良くなろう作戦

頭に手をやり机にかじりつくなど学生以来だなと懐かしむ。近衛騎士になってからも実務内容の中に事務作業は組み込まれているが、優秀な部下がてきぱきと仕事をこなす為私に回ってくるのは判子の欄のみである。しかも不利益になるかどうかを見越して分けてくれたものを回してくれているので私はただ判子を押すマシーンとなるのみ。


「字すら書いたのは名前以来な気もしてきたな……うーん」


何をしているのかと言うとアイリス嬢との仲良くなろう作戦―――お手紙を渡して親睦を深めよう! を実戦している最中である。手紙を書くのも初めてなので勝手が良くわからない。仕方がないので後ろに控えているルクシムに声をかける。


「ルクシム。どのような事を書けばアイリス嬢と仲良くなれるだろうか」


「そうですね。アイリス様はアーノルド様の事を全く知らないと存じますので、手始めにアーノルド様の趣味や好きなものを書いてみてはどうでしょう?」


「趣味……好きなもの……。ふむ、こうか?」


ルクシムの提案を受けありのままを紙へおこす。すると、ルクシムにチェックされ却下と共に修正を何度もし、ようやくそれなりのものが出来上がった。ルクシムに頼んで書いてもらえばもっと分かりやすく丁寧な手紙になるかもしれないがそれでは私の事を知ってもらえないとアドバイスを貰いながら自分なりにしたためた。


『アイリス様。いきなりのお手紙でびっくりされていらっしゃるかもしれませんが、面と向かっては気恥ずかしくお手紙を書かせて頂きました。口で言えないことも文章なら言いあえるものもあると思い、今回このような形で筆を取った次第にあります。私は趣味と言えば鍛錬しか頭にないのですが、アイリス様は何か嵌まっているものとかありますか? 不便なことなどあったら私に言いづらかったら執事のルクシムに言い付けてください。彼はとても優秀で私が一番頼りにしている使用人の一人です。挨拶がてら私の事をアイリス様に知ってもらいたく書かせて頂いているので、興味がなければ捨てて下さっても構いません。それと最後に私は動物が好きなのですがアイリス様はお好きでしょうか? もしお好きなら屋敷の裏に馬小屋があってその隣にウサギを飼育しているので行かれてみてはいかがでしょう。では、今回はこの辺で。アーノルド・ウィルガルド』


ふぅー。ざっとこんなものだろうと手紙を便箋の中に入れる。その一連の動作を無言で見届けていたルクシムが口を開く。


「アーノルド様。宜しかったのですか? 私の事などお書きになられて」


「何故だ? ルクシムに言われた通り私の趣味や好きなものを書いた。そこに優秀な執事を出してもなんら問題はないだろう」


「いえ―――私の事を褒めてくださるのはとても嬉しく光栄に思いますが、あくまでもアイリス様へのお手紙に私の事を書かなくても宜しいのではと思いまして」


「………。そうだな……だが、私の事を知ってもらう中で世話になっているルクシムや使用人の皆のことを蔑ろにするのは違うと思うのだ。私はアイリス様に私がどれだけ恵まれているのかも知ってもらいたい」


私は一人では生きていけれない。こうやって助言してくれる者や私の周りの世話をしてくれる者達がいてくれるから私は今日まで何不自由なく暮らしてこられたのだと思う。便箋を手に取りルクシムへ渡す。


「この手紙をアイリス様へ渡してくれ。出来れば返事をもらいたいが―――なくても構わないと伝えてくれ」


「宜しいのですか?」


「ああ。頼む」


ルクシムは手紙を受け取り一礼して去っていった。背もたれに深く腰をかけ、ふーと息を吐く。


「顔が怖いにしてもあの恐れ方はいつもと違う気がするな。………彼女は私の事を覚えて下さっているだろうか」


呟いた言葉は誰の返答もなく見えない煙となって消えた。一縷の不安を残して。


そう、この不安が的中するなどこの時は知りもしなかった。


▼☆☆☆▼

「失礼致します。こちらアーノルド様から文でございます。アーノルド様からの言伝てがございます。返事はなくても構わないのでご覧になって下さい。とのことです」


「―――手紙ですか」


手紙を差し出されたアイリス様の表情が歪む。先ほどまでの朗らかな笑みが絶対零度の表情へと変わったのを私は見逃さなかった。これは―――アーノルド様を嫌ってらっしゃる? 始めは男性嫌いなのかと思ったがそうではないように思われた。疑問は尽きないが主人の意思を尊重するのも執事の務め。任務をまっとうするとことに力を注ぐ。


「どうかお読みなられてくださいませんか。主人の想いが詰まっております」


「………わかりました」


声は相変わらず抑揚が無く嫌がっている節すら感じる。だが、約束は守って下さりちゃんと手紙を読んで下さった。何をお考えなのか私にはわかりかねたが、最後に一つだけ先ほどまでの違いがあるとすれば「ウサギを飼っているのですね」と笑みと共に私に尋ねてきたことだ。私は「大人のウサギが2羽と仔ウサギが5羽います」と答えると「見て見たいわ」と笑っていらした。これはある意味仲良くなろう作戦が成功したのではないかと内心私は小躍りした。

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大国一番の騎士は大好きな人の笑顔が見たい ティー @2020-july

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