第2話 公爵家のお屋敷に到着しました。


砂利道を進む馬車の中で。




「……あの。」


「ん?どうした?馬車に乗るのは初めてかい?」


「あ、はい。初めてです……って、そうじゃなくて!用意周到すぎませんか!?」


「そうか?」




(そうですよ!?!?初めて会ったのにこんな…!!まるで誘拐のような!!なんで自覚ないのこの人達は!!)


わなわなと震えるレイシアの頭をよしよしと撫でながら、ユリウスは微笑んでいる。



「私達もまるで誘拐だとは思ったんだけどね、こういうのは勢いが大事だろう?それに、ちゃんとメイド達には通達していたよ。」


「いつ迎えに行くか、とは言ってなかったみたいだけどな」


「はは、失念していたよ」




軽いっっ!!しかも誘拐のようだと自覚していた!!

そこまで考えたところで、ハッと思い立つ。

そういえばセスとノーマを残してきたじゃない、どうしよう!?




「あの!メイドたちを置いてきてしまったんですけど……!!戻れますか!?」


「あぁ、大丈夫だよ。彼女たちには荷物をまとめて後を追うように言っている。荷馬車も置いてきたから大丈夫。あとでちゃんと会えるよ」


「よ、よかった……」


セスとノーマは大切な家族だ。離れ離れになってしまうのかと思った。




そして訪れる沈黙。


ふぅ、とウルクスが息をついてこちらを見た。




「それにしても退屈だな。」


「あと1時間あるからね、何か面白い話はないかい、ウルクス?」


「そこで俺に話を振るんだから嫌なんですよ……。そうだな、レイシア。この国の最大の秘密、知っているか?」


「この国最大の秘密?いえ、知りませ…知らない、です」



(敬語禁止って難しい……)



「今この国には王と王妃、そして皇太子が1人いらっしゃるんだ」


「はい、存じておりま……う、知って、ます」


「ふふ、そんなに頑張らなくていいよ、敬語を外すのはゆっくりでいい」


「すみません……」




かぁ、と赤くなる頬に手を添えて熱を逃がす。くすくすと笑われているけど、嫌な感じは全くしない。




「皇太子が生まれた時、国を挙げて盛大に祝った。喜ばしいことだからな、国中で三日三晩パレードやパーティが行われた。」


「そんなにすごかったんですか?」


「ああ、何せ、生まれたのはだったからな。」


「……え?でも、」




今はお1人なんじゃ、と言おうとしたが、ユリウスが人差し指を口元に当てた。口を挟むなと言うことだろうか?こくんと頷いて口をつぐむ。




「1年後に、ある事件が起こったんだよ。王と王妃が、双子の皇太子と一緒に馬車で森の中を走っていた時に、突然馬車がひっくり返ったんだ」




突然馬車がひっくり返るなんてこと有り得る?木の根に引っかかった…とか?いや、それなら馬車はいつでも転び放題になる。明らかに不自然。




「そして問題はその後だ。いつの間にか、皇太子が1人いなくなってしまっていたんだ。周りは木が生い茂っていて捜索も困難。しかもすぐ近くには谷があった。何日もかけて探したけど、消えた皇太子は見つからなかった。」


「まさか、谷に落ちていたり…獣に…」


「あぁ、その可能性もあった。周囲はくまなく探したし、谷の底も丹念に調べた。しかし、皇太子の姿はおろか、血の跡すら残っていなかったんだ。流石におかしいだろう?」


「そう、ですね。まるで消えてしまったみたいな……」




ぞっとした。どういうことなんだろうか。


ユリウスは不安がるレイシアを慰めるように、優しくレイシアの頭を撫でている。ウルクスはそれを眺めて若干の羨ましさを覚えたが、レイシアの隣に座らなかった自分のせいだと諦めて話を続ける。




「その後も捜索は続いたが手がかりは何も得られず、王と王妃は泣きながら捜索を打ち切った。そして今に至ると言うわけだ。」


「……そんなことがあったんですね……。じゃあ、もうその消えた皇太子のことは……」


「当時の覚えている人達を抜かせば、知っている者は少ないだろう。わざわざ口に出したい話でもないだろうからな」


「でも、王様達はまだ諦めていないよ。ずっと探し続けている。」




国にそんな事情があったなんてしらなかった。

まだ王子は行方不明のままなんだなんて、一体どういうことなんだろう。




「ふ、意外と身近に居たりしてな」




ウルクスの冗談めかした言葉につられて「そうかもしれないですね」って笑う。


まさか自分がその国の最大の秘密と関わることになるなんて、欠片も思っていなかった。








***








「着いたよ。ここがコルトレットの屋敷だ。ようこそ、レイシア」


「歓迎する。お手をどうぞ、マイレディ。エスコートさせてくれ」




馬車を先に降りたウルクスが私に手を差し伸べてくれた。ありがとうございます、と言いながらそっと左手を重ねて馬車から降り立つ。門をくぐってすぐのところに馬車を待機させるように造ってあるみたい。



「こっちだ」


ウルクスにエスコートされながら、ゆっくりと庭を歩く。雪の降る日に、色とりどりの花が艶やかに咲いている。




「綺麗な庭、離宮と似てる……」


「離宮はもともと、うちの屋敷に似せて作っているからね。違うのはレンガの色くらいかな、屋敷の中は流石に違うけれど、すぐに慣れるはずだよ」




そうか、確かに離宮の庭も同じような庭園だった。冬に咲く花はあまり植えてなかったから、こんなに鮮やかではなかったけど。




「うちは門をくぐってすぐに馬車から下りるように作っているんだ。そしてこの庭をまっすぐに歩いてもらう。庭を見ながら来てほしくてな。季節によって咲く花が違うから、いつでも美しい花を見ることができる。」


「素晴らしいと思います!とても素敵です!」


「喜んでいただけて何よりだよ。この庭園、アルフレイアが考えてくれたんだ」


「……!母様が……!」




(この庭を考えたのが母様だったなんて!やっぱり母様は素敵な人ね……)




キラキラと顔を輝かせるレイシアに、隣を歩くユリウスとウルクスも柔らかい表情を浮かべている。私がじっくり花を見られるように、私の歩幅に合わせて歩いてくれているようだった。


ユリウスは、後で案内するつもりのレイシアの部屋の事を考えていた。バルコニーから庭を眺めることが出来る位置にしてよかった、と。




「わぁ……!お城みたい!素敵……!」




庭を抜け、玄関の扉をくぐると、そこは素敵な空間だった。思わず感嘆の声が沸き上がる。




玄関ホールは広く、真ん中は吹き抜けになっていて、ホールの奥には緩やかな螺旋状の階段が高く伸びている。3階まで吹き抜けになっていて、天井はガラス張り。暖かな光がホール全体を明るく照らしている。


光はよく当たるところに立派なソファが置いてある。ここで読書をするのもいいかもしれない。気持ちが良すぎていつの間にか眠ってしまいそう。




「おいでレイシア」




少し先を歩いていたウルクスがひと際大きな大きな扉の前で手招きをしている。小走りで近づいていくと、少し離れたところに初老くらいの執事が立っている。




「ようこそいらっしゃいました。私はこのコルトレット家の執事長を務めております。ジルとお呼びください、お嬢様」


「初めまして、ジル。レイシアです。これからよろしくお願いします!」


「ええ、こちらこそ。さあ、こちらへどうぞ。皆様お揃いです。」




ジルに促されるまま、大きな扉の先へ足を向ける。第一歩を、踏み出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

侯爵家に引き取れたのが私の運の尽きでした。 壱來らい @Ichiki_Rai_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ