第8話 卒業パーティー④

映写機に王立学園の階段が映る。リリーがアナベルに突き落とされたと主張している現場となった場所だ。


「これ、王立学園の階段ですわね。」

「リリー嬢が突き落とされたところじゃないか?」


ひそひそと様々な会話がなされる中、映像の中にリリーと黒いローブを着た人物が現れた。


『あなた、ここから私を突き落としてちょうだい。』

『リリー嬢、それはいくらなんでも危険です。命を危険に晒すような真似は私にはできません。』

『だから、死なないように調節して上手く突き落としてと言っているのよ。』

『不可能です。階段から落ちるなんて危険な真似はおやめください。』

『危険だから意味があるのよ。私がこんなに頑張ってありもしないいじめの証拠をでっち上げているのに、イーサンったら私を慰めるばかりでいつまで経ってもアナベルとの婚約を破棄しないんだもの。』

『それはアナベル嬢があなたより優秀だからでしょう。彼女以上に勉学に励み、あなたの能力を認めてもらえば済む話では?』

『何言ってるのよ。そんな面倒臭いことできるわけないじゃない。そんなことしなくても今だってイーサンは私に骨抜きだし、聖女は国民の人気も絶大だもの。だから、アナベルさえ追い落とすことができれば私はイーサンの一人だけの妻なれるのよ。そっちの方が簡単でしょう。ふふ。』

『だからといって私にそのようなことはできません。』

『何よ。臆病者ね。いいわ。私が自分で落ちるから、あなたは目撃者になってちょうだい。リリーがアナベルに突き落とされるところを見た、って言うだけの簡単なお仕事よ。』

『だめです、危険です!』

『うるさいわね、黙りなさい!あんたは目撃証言だけすればいいんだから簡単でしょう!?痛い思いをするのは私なんだからね。わかった!?これは命令よ。逆らったらアナベルの命はないから。』

『‥‥』

『じゃ、そういうことでよろしく。』


そこで映像は切れた。

その後に起こったことはこの会場にいる全員が知っている。

皆がおそるおそるイーサンとリリーの様子を窺うと、二人は対照的な様子でその場に佇んでいた。


イーサンは怒りを通り越して恥ずかしさに顔を真っ赤にしており、リリーは茫然自失して真っ青を通り越して真っ白になった顔から表情が抜け落ちていた。


「この、私を、侮辱するとは‥‥!!」


プライドが傷つけられたイーサンはリリーを睨みつけていたが、リリーは全てが白日の元に晒されて観念したのか、虚な表情で無言を貫いていた。


「これで私の婚約者の無実は証明されましたね。全てはリリー嬢の自作自演だったというわけです。証人はこの会場にいらっしゃる皆様全員です。本人の自白に大勢の目撃証言。誰も文句はないでしょう。」


「待って!どうして!?どうしてエリオット殿下がこんなものを‥‥!!」


エリオットを諦めきれないのか、リリーが必死の形相で追いすがる。


「決まっているじゃないですか。私の『推し』がアナベルだからですよ。」


その言葉を聞いて、リリーは察した。

婚約破棄を手伝うと言ってリリーに手を貸してくれた人こそがエリオットだったのだということを。


「あ。あ、あ、ああぁぁぁぁーーー!」


リリーは欲をかいて自滅したことを理解して、絶望に突き落とされた。リリーは大人しくしていれば、側妃のアナベルと夫を分け合うことにはなるが、間違いなく王妃になれたはずだった。イーサンはリリーの前世において二番目の推しであったが、実物を目にしたら思いの外素敵だったので、この素敵な人と結婚できるのなら独り占めしたいと思ってしまったのだ。

欲を出してしまったがために、卑怯な手を使ってでもアナベルを排斥したいと願ってしまったがために、エリオットの逆鱗に触れてしまったのだ。


エリオットはそんなリリーの様子を冷たい目で睥睨した後、一転満面の笑みでアナベルに顔を向けると、優しく声をかけた。


「アナベル様。約束通り、私と一緒に隣国へ逃げましょう。」


アナベルはかつて愛していた元婚約者に目を向けた。彼は婚約者であったアナベルを蔑ろにして、恋人を作って現を抜かした挙句、その恋人の嘘を真に受けて、罪もない婚約者との婚約を一方的に破棄した上に捏造された証拠によって衆人環視の中断罪しようとしたのだ。


もう、心は疲弊しきっていた。

アナベルが好きだったイーサンはいないのだ。


アナベルは過去の自分の恋心に別れを告げた。


一方、イーサンは『さようなら』と呟かれたアナベルの唇を読み、目を見開いた。

自分は長年を共にし、一緒に未来を築くはずであった婚約者に冤罪を被せ、国外に追放しようとしていたのだ。それなのに、実際そのアナベルに別れを告げられた今、裏切られたような気持ちになっている。この矛盾はどこから来るものであるのか、その正体を掴みかねていた。否、わかっているが認めたくなかっただけかもしれない。

長年自分を支え続けてくれたアナベルに甘えきっていたのだ。何をしても許してくれるものだと奢っていた。

自らの行いを悔いてももう遅かった。


「アナベル嬢‥‥私の、妃に‥‥」


イーサンは何を言っても既に手遅れであるとは理解していたが、それでも何か言わなければと震える口を動かそうとした。

ようやく出た一言は、自分でも最低とわかるものだったが、今一番叶えたい願望でもあった。なぜ、一時の感情に流されてしまったのか。アナベルらしくないと思ったのに、なぜ、リリーの言い分を全面的に信じてしまったのか。なぜ、なぜ‥‥今になって反省しても遅いというのに、後悔ばかりが頭を巡る。


イーサンの口から思わず零れ落ちた最低な願望は、掠れていて聞き取れる状態ではなかったのが救いだったかもしれない。

アナベルに追い縋るようなその呟きが彼女の耳まで届くことはなかった。聞こえていたら、エリオットが激怒していたであろうことは想像に難くない。


「はい。エリオット様。約束通り、私を連れて行ってください。」


アナベルは清々しい笑顔で心から信頼を寄せる従者に手を差し伸べた。


エリオットとアナベルはお互いを見つめて微笑み、幸せそうに手を取り合って会場を去って行った。


◆◆◆


実はエリオットは隣国の女王陛下とこの国の王弟殿下との子であり、この国でも王位継承権があることがわかった。

イーサン王太子が廃嫡されたため、エリオットとアナベルはまたこの国に帰ってくることになるのだが‥‥それはまた別のお話。




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婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢ファンのイケメン転生者に隣国へ連れ去られます 葵 遥菜 @HAROI

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