第7話 卒業パーティー③
(どうして!?どうして2のキャラがいま出てくるのよ!エリオットは私の一番の推しだったのに‥‥!大丈夫よ、私はヒロインなのだから。エリオットを攻略すればいいだけのこと。)
「エリオット様‥‥!アナベル様に騙されていらっしゃるのではありませんか?私、アナベル様に酷いいじめを受けていましたの。この間なんて、階段から突き落とされましたのよ。運良く命は助かりましたが‥‥あんな悪意を向けられるなんて、私本当に怖くて‥‥!」
リリーはぽろぽろと涙を流してみせた。可憐な少女が涙を流しながら恐怖を訴える様子はその場に居合わせた多くの紳士の庇護欲を掻き立てた。さすがヒロインである。
イーサンは真っ先にリリーを支え、慰めるように腰を抱いた。
「そうです。リリーはアナベル嬢に階段から突き落とされたのです。貴殿には申し訳ありませんが、アナベル嬢には罪を償ってもらわねばなりません。」
「そうですか。では、私が納得できる証拠を提示してください。そうでなければ私も婚約者としてアナベル嬢に対する断罪をこのまま看過することはできません。」
「証拠はリリーの証言です。突き落とされた本人が犯人を見たと言っているのです。完璧に調査はしましたが、これ以上の証拠がありましょうか?」
「けれど、アナベル嬢はやっていないと証言しています。リリー嬢が勘違いしている可能性はありませんか?または、自作自演している可能性も否定できないのではないでしょうか?」
この事件の調書を見せてもらったが、お世辞にも完璧に調査されたものとは言えなかった。恥を忍んで見せてくれたこの国の国王陛下の苦笑いは記憶に新しい。婚約者のアナベルにおんぶに抱っこ状態となっている王太子の資質に多くの者が疑問を感じているのだと、社会の縮図である学園での采配を見て判断することが決まっているので事態を静観しているのだと、そう話してくれた。
調書には、リリーの証言を聞き、その内容の裏付けを取る努力すらせずに犯人はアナベルと断定された過程が記録されていた。イーサンは馬鹿なのか。馬鹿なんだろう。まあ、アナベルのためにはその方がやり易いからいいことだ。そう思うことで溜飲を下げた。
イーサンは心底理解できないといった様子でエリオットを見た。
「階段から自分で落ちるなどという愚かなことをする人間がいるはずもない。下手をしたら命を落としていたかもしれない程高い位置から落ちたのですよ。」
「ですから、そんな愚かなことをする程の理由がリリー嬢にあったのではないかと申し上げているのです。例えば、貴殿自身のことは私では判断しかねますが、貴殿の持つ『王太子』という地位には男女問わず魅力を感じる者が大勢いることは言うまでもなく理解されていますよね?ということは、王太子殿下の婚約者という地位も女性にとっては大変魅力的なものと容易に想像できます。その地位にあったアナベル嬢を排斥するために一計を案じたのではないか、という予想は一番に思い浮かぶ現実的な動機ですよね。王の唯一の妃となって全ての権力が自分の手に入るとなれば、自らの命をかけたとしてもなんら不思議ではない。その可能性は考えなかったのですか?」
実際、王太子の婚約者の座を狙う令嬢は多かったが、その予兆を事前に掴み、予兆で終わらせるためにアナベルは影で奔走していた。
結果、イーサンはそのような女の戦いに巻き込まれることは一度もなく、心穏やかに過ごせていたのだ。良くも悪くも全ては完璧な婚約者であったアナベルのおかげであった。
「‥‥リリーは聖女であり、王妃となるべく私が選んだ女性です。そのように利己的なことを考えるような女性ではありません。」
イーサンは自らに言い聞かせるように言葉を紡いだ。問いに対して適切な答えになっていないことはわかっていた。
エリオットの言い分は尤もであった。
今までそのような女性が現れたことはなかったとはいえ、その可能性は端から考えもしていなかったことが恥ずかしかった。
今回はイーサン自身が選んだ女性だからとアナベルはリリーに関しては手を出さないことを決めていた。だからこそ起きた事件だったのだが、イーサンは真相に辿り着ける程の情報を有していなかった。
(私はヒロインなのに、なんでエリオットは私に靡かないの‥‥!?そうか、悪役令嬢がいるせいね。アナベルを断罪して退場させれば元通りのリリー中心の世界に戻るに違いないわ!)
リリーはトーンダウンしたイーサンの態度を不思議に思うこともなく、腕をくいくいとひっぱり、控え目に主張する。
「イーサン様、確か私がアナベル様に突き落とされた瞬間を目撃した方がいらっしゃったはずですわ。当事者よりも第三者の目撃証言の方が信用されるはずです。」
「そうだな。本当にそなたは聡明だ。」
イーサンは半ば現実逃避しながら笑みを浮かべてリリーの頭を撫でた。
先程のエリオットの発言を受けてリリーを見る目が変わっている自分に気付いていたが、もう取り返しがつかない事態になっていることはさすがに理解していた。もしかしたら自分は間違ってしまったのかもしれない。その事実を認めることはどんな結果に繋がるのか‥‥考えるだけで恐しく、思いつく最悪の事態に顔が青ざめた。あんなに愛しく思っていたはずなのに、リリーへの思いが熱が引くように冷めていくのを感じていた。
(あれくらいで聡明などと。リリーが能力面ではアナベルの足下にも及ばないこともわかっているくせに。)
エリオットはアナベルの努力も、イーサンへの献身も、一番近くで見守ってきた。だからこそアナベルを苦しめた二人が許せなかった。
完璧な婚約者であったアナベルの献身的な支援を甘受しながらもアナベル自身は蔑ろにし、その上エリオットにすら秋波を送ろうとする業の深い女性にうつつを抜かしていたのだと思うと虫唾が走った。
(もうこの余興も終わりだ。早くアナベル様を連れてこんな国出て行こう。)
「第三者の証言ですか。私はその第三者からこういったものを預かっておりましてね。この会場で皆様に見ていただきたく持って参りました。」
(あら。執事のセバスチャンだわ。)
どこからか現れたハワード侯爵家執事のセバスチャンはテキパキと映写機を設置して、綺麗な礼をするとアナベルに目を合わせてにこりと微笑んで去って行った。
(セバスチャンがいるということは、やはりお父様も全てご存知のことなのね。エリオットを疑っていたわけではないけれど。このような不名誉、お父様たちにはどのようにご説明したものかと思っていたから安心したわ‥‥)
アナベルが改めてエリオットの行き届いた心配りに感謝している間に準備は整ったらしい。これから何が始まるのかと若干わくわくした様子の生徒たちと、何が起こっているのか把握できていないイーサンとリリーが困惑した様子で映写機の前に集まっていた。
「それでは、皆様こちらをご覧ください。」
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