真実の鑑定士〜不遇と言われる<鑑定>スキルを極めたらギルドに来るなとか言われましたがその真の力で無双しました。今更戻ってこいとか言っても遅すぎます〜
明山昇
真実の鑑定士
鑑定スキル。
あらゆる未鑑定のアイテムを、解き明かすスキル。
それは"とある理由"から不遇不遇と言われ、誰一人極めようとしないスキルであった。
だが此処に、例外となる存在が現れる。
「帰れ!!」
その例外、鑑定スキルを極めたエイジ・タイガは、冒険者ギルドのギルドマスターに罵声を浴びせられていた。
「ウチの冒険者ギルドに鑑定士なんていらねぇんだよ!!」
エイジは冒険者ギルドに登録を依頼していた。だが、その希望職種が<鑑定士>、そして得意スキルが<鑑定>スキルだったのを認めたギルドマスターが、その依頼を拒否したのだ。
「なんでですか!!」
「鑑定スキルなんて不遇スキルを仲間にする奴なんていねぇんだ!!鑑定士なんてただの無駄飯食いなんだよ!!出て行け!!」
そう言ってギルドマスターはギルドの扉を指差した。
エイジは何か言い返してやりたいという憤りに駆られたが、周りのギルドメンバーもまた、ギルドマスターと同様の表情を浮かべていたことで、それが無駄だと悟り、止めた。
彼は「わかりました」というと、ギルドマスターに提出した書類をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てると、ギルドの扉に向けて走り出し、そのまま街へと消えていった。
「けっ。ゴミなんて残しやがって。」
渋い表情を浮かべた男戦士が、エイジの投げ捨てたギルド入会希望の書類を踏みつけようとした時、
「待て。」
金髪の、白色の鎧を身につけた別の女戦士がそれを止めた。
「なんだ……」
なんだよと言おうとした男戦士は、止めた女戦士の方を見て絶句した。彼女の服装にではない。彼女の、一眼見て分かる、美貌と戦闘力にである。
装甲の隙間から見える美しい肉体。筋肉が付いているわけではない。肉付きがよく、ギルドのランプの光に照らされて扇情的にすら見える。
それと釣り合わない、背中に背負った巨大な両手剣。そして隠そうともしない、全身から放たれる突き刺すような闘気。下手な魔物がそれを浴びれば泡を拭いて卒倒するか逃げ出すであろう。
二つの相反する要素が、一見してその女戦士が歴戦の勇士であることを物語っていた。
「はい!!どうぞ!!」
男戦士は逃げを選択した。女戦士に道を譲り、書類から足を離した。
「うむ。」
そう言って女戦士は書類を手に取り、それを開く。
しばらくその書類に目を通してから、彼女は言った。
「やはり、か。」
その目線の先には、『エイジ・タイガ』という名前があった。
「噂には聞いていたが、まさか本当に鑑定士になっていたとは。」
彼女はポツリと呟き、その書類を丁寧に折り畳み胸元のポケットへと閉まった。
エイジ・タイガはギルドの外に飛び出すと、大股で歩き出した。
予想はしていた。この国、この世界における鑑定スキル、鑑定士の扱いから言って、どうせこうなるだろう、という予感はしていた。それでも、実際にその予想が的中してしまうと、心に受けるダメージとはかくも大きいものだったのかと内心驚くものがあった。
だが他方、こうした反応は二回目であったため、涙を流すまではいかずに済んだのは良かった、とも彼は思った。涙を流していたらもっと酷い嘲笑の対象となっていたであろうからだ。
最初に否定したのは自分の父母なのだから、まだ今回はマシな方だというものである。
エイジ・タイガは、本名をエイジ・アプリアという。アプリア家はこの国の名門貴族の一つである。彼はその後継ぎの一人であった。
この国において貴族の進む道は二つ。王の元、政に従事する道。もう一つは騎士として国へ襲いくる魔物や他国の騎士と腕を競う道。何にせよ、名声と栄光が約束された華やかな道であった。
だが彼が選んだのは、その二つのどちらでも無く、更に、この国で最も蔑まれる職業である鑑定士だった。
二つの道を蹴って全く別の道を進む貴族の子供は居ないわけではない。だが、冒険者、その中でも鑑定士を選んでしまった者は、エイジ以外居なかった。
当然のようにエイジの選択は猛反対に合った。それはここでは書き記すことすら出来ない罵言から人格否定に至り、そして最終的に、エイジ・アプリアは追放された。
彼は泣いた。
三日三晩泣き続けた。
それでも彼は、自分の考えを曲げることは無かった。
彼は『エイジ・タイガ』という札が掲げられた家の扉を開けて中に入った。
父母は勘当する代わりに、最低限の生活が送れるような家と金を用意してくれた。
勿論、貴族のそれとは掛け離れた、貴族から見れば見窄らしい生活と言えるだろう。
だがエイジにとってはそれで十分だった。
彼が本当にやりたいことをするためには、それで十分だったのだ。
そして彼は、自己流で研究に研究を重ね、やがて鑑定スキルを極めるに至った。鑑定スキルを極めることが出来た人間は、この国にも、世界にも、未だかつて一人も居ない。前人未到の偉業を成し遂げたのだ。
それもまた今日否定された。
彼には相当なダメージではあった。未鑑定品に囲まれて心安らぐ自宅に戻ってきても癒されきれない程のダメージがのし掛かっていた。
「いや……もう……もうギルドなんていらない……。そうだ、自分でなんとかしよう。自分で、鑑定士の店を開けばいいんだ。」
そう独り言を言って、彼は自分の心を奮い立たせた。
翌日。
早々に彼は準備を整えた。元々予想はしていた。こうなるのではないかという予感がしていた。
それ故に家の中には店を開くための準備がある程度済んでいたのだ。
「エイジの鑑定屋」という直球のネーミングの立て看板を置き、店舗部分と居室部分を隔てるカウンターを設置しながら、エイジは心の中で呟く。「これでいい。これで夢は叶う。」と。
鑑定スキル、そしてそれを使い熟す鑑定士という職業は、実際の所、この国において不足している職業の最たるものであった。
魔物が落とすアイテムは殆どが未鑑定品である。それを正しく使うためには、それが何であるかを理解する必要がある。その為に必要なのが鑑定スキルだ。鑑定スキル無しで未鑑定品に対するアイテム特定は不可能である。
にも関わらず、鑑定スキルを学び習得する者は居ない。
結果として、未鑑定品=ゴミ扱いされ、ダンジョンにそのまま置いて帰る者、あるいは街のどこかに不法投棄する者が後を絶たず、今では社会問題として王の頭を悩ませるまでに至っている。
故に需要が無いわけでは無い。そうエイジは考えていた。
実際、その予想は的中した。
開店早々、「エイジの鑑定屋」は大繁盛した。
人々は
今まで鑑定出来なかった事で換金すら出来ないゴミが、スキルを使える事で事によってはレアアイテムへと変貌するのだ。人々は当然のように群がった。店から出てくる人々の顔は悲喜交交であったが、往々にして喜の方が多かった。
「ほう。」
先日ギルド入会を断られた現場を見ていた女戦士もまた、その列に並んでいた。手元に未鑑定品は無い。彼女は未鑑定品の鑑定を依頼するために並んでいるわけではなかった。
「いらっしゃいませー!!」
女戦士の番になり、店の中に入る。凄まじい異臭がした。鑑定スキルには付き物の情景であったが、スキルに関してあまり知識の無い女戦士は、その臭いに気圧された。鼻を切り裂き便所に吊るされているような気分になる。
「すまない、落とし物を届けに来た。」
鼻を摘みながら彼女は胸元から書類を取り出した。
「これを。」
ギルド入会の書類であった。
「……わざわざこれを、なんで持ってきたんですか。僕はこうして鑑定士としてやっているというのに。」
「勿論、君に頼みがあっての事だ。エイジ・アプリア。」
旧姓を呼ばれた事にエイジは目を丸くした。
「どうしてそれを?」
尋ねられた彼女は兜を取った。美しいロングの金色の髪が、彼女の整った顔を照らすように舞った。
「私はリリア・ブレイク。」
「ブレイク……ブレイク家のお嬢様ですか。」
ブレイク家はアプリア家と同じ貴族の一家であり、アプリア家と並ぶ名門である。エイジがアプリア家として育った頃には社交的な付き合いがあったのを覚えていた。といっても、そこまで深い付き合いはしていなかった。あくまで表向き友好的な関係を築いていた、という程度である。
「そうだ。私はその跡取りとして、今は騎士としての経験を積むため、敢えて冒険者ギルドに登録している。」
彼女は口にしなかったが、これはブレイク家黙認の上であった。
彼女は元々剣の教官に打ち勝つ程の実力を備えており、二十歳にして騎士団長としても十分な技量を持っていた。
だが、現状の騎士団は貴族だけで構成された軟弱者ばかりである、というのが彼女の見立てであった。
それは実情と一致していた。
騎士団は貴族のコネだけで形成されており、実力が伴っているわけではなかった。魔物の襲来の殆どは冒険者達が撃退しているというのが実態である。
そうした実態を良しと思わなかったリリアは、現在の冒険者の中で腕を磨き、騎士団のレベルを上げるという目的の元、素性を隠してギルドへと登録していた。ブレイク家は貴族の中でも実力を重んじる方であったため、リリアの方針に両親も同意した。
エイジの身上とは真逆と言えた。
「それはそれは。わざわざ嫌味でも言いにきましたか?登録すら出来なかった僕に。結構です。僕は鑑定士として十分やっていける。あの行列に並んだ貴方ならわかるでしょう?」
「それは承知している。私が来たのは、ある疑惑の鑑定をお願いしたいからだ。」
「疑惑ぅ?」
エイジは目を細めた。
「そんなもの鑑定出来ませんよ。」
「君なら出来るはずだ。そう信じている。」
彼女はもう一つの書類を胸元から取り出した。白い鎧で固定された乳房がぷるりと震える。その震えにエイジの視線が少しだけ泳ぐ。リリアは貴族でなければ超高級娼婦として金を稼ぐ事も出来ただろうと裏で囁かれる程の美貌と肉体の持ち主であった。十八のエイジの目には毒であった。
「これを見てくれ。」
そうして取り出した書類をエイジに見せた。
「なんです?……ふむ?ギルドの予算ですか。……なるほど。どこでこれを?」
エイジは一目見てリリアが何を求めているか理解した。
「それは秘密……と言いたいが、君には言うべきだろう。例のギルドマスターが大事に持っていたので、黙ってではあるが、少々お借りした。昨日のギルド会議で提示された資料に違和感があってな。」
「しかしこれは城に持っていった方がいいのでは?何故僕に?」
「城に持っていっては握り潰される可能性がある。明確な証拠を提示せねば。君に依頼したのは、鑑定スキルでそのような芸当が出来るという噂を耳にした事があるのが一つ。それと、君ならば握り潰さないだろうという確信があってのことだ。アプリア家は厳格だからな。」
厳格、という言葉を耳にして、エイジは自嘲気味に笑いながら言った。
「アプリア家の者ではもうありませんけれどね。」
「それでも、君を信じた。不服か?」
「いえ。分かりました。一晩預かります。」
「頼む。」
そう言って彼女は「エイジの鑑定屋」を後にした。
その夜、エイジは稼いだ金を金庫にしまうと、そこからリリアより預かった書類を取り出し、鑑定スキルを使用した。
スキルとは人々の技術が数値化されたものであり、同時に、技術を自由かつ楽に使用するためのものである。
例えば錬金術は、常にフラスコや数式、ノートと睨み合う学問である。それを体系化し、世界の根幹を管理するシステム『WCシステム』に登録する事で、『錬金術』スキルとして使用する事が出来る。
これにより、錬金術スキルの発動を宣言するだけで、自分のスキルの値と所有する材料に応じた物品を自由に生成する事が出来る。過去数十年に渡る研究の成果を、その技術を磨く事さえすれば、自由に使用出来るというのが、スキルシステムの最大の利点である。
『WCシステム』自体の由来は不明である。ただ昔からあったというだけで、詳しい出自や誰が作ったのかは未だ謎である。だが、前述の錬金術だけでなく、魔法や鍛冶、武器の振るい方や技も含めて、自由に継承・利用が可能なこの世界規模のシステムは、今や利用しない者は居ないまでになっている。
その『WCシステム』の中で最も使用頻度が少なく、未だ謎に包まれているスキルの一つが、鑑定スキルである。これは、物の価値を明確にするスキルである。
未鑑定品と呼ばれる物は、魔物の体内から排出されたばかりのもので、基本的に何がなんなのか分からない。そのままではただのゴミである。
鑑定スキルはその価値を明らかにする。不要なものを取り除き、必要なものを残し、そして必要な場所へ配置する。そうした技術の総称である、とされている。
だが、一部の人間は、鑑定スキルには別の機能がある事を知っている。それを知っているのは、この国では、書類について調べる方法を模索していたリリアと、エイジだけであった。
エイジが知っていたのは簡単な話で、鑑定スキルをそこまで極めたのが彼しかいなかったからである。『WCシステム』で明確になっていたのは低位のスキル効果のみ。高位の効果については明確にされていなかった。あくまで『鑑定』スキルという看板が登録されただけで、誰もこのスキルを使用していなかったためだ。
エイジは鑑定の技術を極める事で知った。鑑定スキルを応用する事で、事実の真偽すら特定可能であるという事を。
例えばこの書類。鑑定する事で、
「ああ、やはり出てきた。」
元々書かれていた数値が上から上書きされている事を特定した。羊皮紙に残された痕跡ーー指紋、筆跡、その他諸々全てが、鑑定スキルを使用すれば浮き上がって見える。これこそが鑑定スキルの真の力である。
これだけでは無い。人に対し鑑定スキルを使えば、その人の癖、人格、裏の性格、そして今の発言が嘘か否かすらを見分ける事が出来る。
此処まで詳しく知っているのはエイジだけである。
リリアは鑑定スキルでそのような事が出来るとは知らない。別の機能がある、とギルドに提出した資料に書いてあったのが目に留まり、エイジに依頼しただけである。
つまりエイジだけが、鑑定スキルを完全に理解し、そして活用出来るのである。
「出来た。」
そうして浮かび上がった"真実"を見て、エイジはふぅ、と溜息を吐いた。
「やはり世の中嘘だらけ。ロクなものじゃあない。」
翌日、エイジはギルドへと再び足を運んだ。
「なんだテメエ。二度と来るなっつったろう……」
エイジの顔を見るなり、カウンターにいるギルドマスターが叫んだ。だが横にいる女戦士の姿を見とめて、言葉を呑み込んだ。
「お話があります。こちらのリリアさんと一緒に。奥の会議室、使えますか?」
ギルドマスターは渋々了承し、会議室へと向かった。
「で、話ってなんだよ。」
乱暴に両足を机に乗せて偉ぶりながら、ギルドマスターがエイジに問うと、彼は書類を取り出した。
「こちらの決算文書ですが。計算が合わないようですね。」
エイジの取り出した書類は、リリアが持ってきた、ギルドの決算報告書だった。
リリアが持ってきたのは今年の報告書。その中で鑑定スキルにより浮かび上がった文字が赤く示してあった。
「最初に書いたのが8000G(約八千万円)、今の数字が8500G(約八千五百万円)。この500Gの差額は何ですか?」
「……てめぇ、その書類をどこで。」
「すまない、私が少々お借りしました。」
エイジの横でリリアが言った。
「この500G。我がブレイク家で受け持っている会計監査で行方不明となっていた金額と一致する。」
ブレイク家は会計の家計としても有名であった。特にリリアの兄は優秀で、『計算する魔物』と言われる程に厳格な事で有名だった。リリアにこの話が来たのも、兄の計算に合わない差額500Gの行く末が、妹の所属する冒険者ギルドなのではないかという疑いがあっての事であった。
「この筆跡を<鑑定>しましたが、貴方のこの筆跡と一致しました。」
そう言ってエイジが取り出したのは、エイジが一昨日ギルド入会を断られた時に提出した書類に書かれた、ギルドマスターの筆跡だった。大きく『鑑定野郎は来るな!!500年早い!!』と書かれている。
「愚かだったのは同じ数字を使ってしまった事でしょうね。」
「偶然か、或いは脳裏に焼き付いていたのか。まぁ愚かなのには変わらないが。」
エイジとリリアが交互に言った。
「既に兄には連絡している。今吐いてしまえば、楽になれるぞ。私より兄の方が厳しいからな。」
ギルドマスターは沈黙し、顔を真っ青にしながら、肩を震わせてどうすべきかを思案していた。やがて沈黙を破り、彼は口を開けた。
「あ、あ、あの、え、エイジ、さん。」
「はい。」
「どどど、どうでしょう?ギルドに戻ってきてくれませんか?」
「ほう。」
「いいい、以前は、その、大変、失礼致しました。こ、今度は、ちゃんと、お持て成し致しますので、その、今回はその書類を、こちらに」「お断りします。」
エイジは割り込むように言った。
「もう遅いんですよ。僕はもう鑑定士としてやっていける準備が整いました。冒険者ギルドに入ろうと思ったのはその方が多くの鑑定を間近で出来るかなと思っただけで、別に必ず所属したいというわけではありません。ですので、結構です。お断りします。それよりも。」
エイジはにんまりと暖かな微笑みを浮かべて言った。
「僕はどちらかと言えば、貴方がちゃんと罪を償うところが見たいですね。」
「そうですか。……そうか。」
そういうとギルドマスターは手元のベルを鳴らした。
すると、エイジが前に来た時もギルドで酒を飲んでいた、屈強な冒険者達が会議室へと入り込んできた。
「なんだ君達は。」
リリアの問いに彼らは答えた。
「悪いな貴族様。俺達もお溢れ貰ってる身なんでな。」
「その書類を奪え。破り捨ててもいい。」
ギルドマスターの言葉に闖入者達は肯いた。
「そういうわけで、悪く思わないでねぇ?」
「安心しろよ。ガキはともかく、貴族の姉ちゃんは俺達が楽しませてやるからさ。」
下衆な笑顔を浮かべた男が笑い、それに釣られて取り巻きの女も笑みを浮かべた。
「ほう。では楽しませて貰おう。」
言うなりリリアは背中の剣に手を伸ばしーー
ガスッ。
一瞬で、闖入者は鎮圧された。
たった一撃。リリアの片手で振るった両手剣が、冒険者達の体を薙ぎ倒した。
見えない速度で振り払われたそれを防ぐ術は彼らには無かった。彼らはそのまま吹き飛ばされ、壁にぶつかり、そのまま昏倒した。
「安心しろ。峰打ち、という奴だ。……しかし張り合いが無いな。楽しませてくれるというのも嘘か。」
そう言って彼女は剣を再び背中に戻した。
彼女の行動を<鑑定>済みであったエイジは机の下に居て無傷だった。
ギルドマスターは頭に剣の峰がぶつかり、机にバタリと沈み込んだ。
「そういう事する時は事前に言って下さい。危ないじゃあないですか。」
「すまない。だが大丈夫だったろう?」
リリアがニヤリと口角を上げた。彼女はエイジにはぶつからない、彼が避けると確信していたようだった。
この人には勝てないかもな、と思いながら、エイジは微笑みを返した。
「協力に感謝する。」
数刻後、リリアの兄、ラランがお付きの兵士と共にやってきて、ギルドマスターとそれに協力した冒険者達を捕まえた後、彼女とエイジに言った。
「特にエイジ君。君のお陰でこの男の不正を見抜く事が出来た。」
「いえ、大した事ではないです。」
「謙遜しなくて良い。君の手柄と言っていい。御父上にはその事を伝えておく。」
「……僕は天涯孤独、父も母も居ませんよ。」
「そうか。そういう事にしよう。リリア。」
「はい。」
「ご苦労だった。ありがとう。……ただ兄として警告しておこう。次はギルドマスターを選べ。いいな。」
「勿論です。次はまともな人を探します。」
「うむ。では失礼する。」
そう言って彼と兵士達は立ち去っていった。
「あの人、あんまり口にはしませんでしたが、リリアさんの事心配してましたよ。」
「鑑定スキルで見たのか?」
「いえ、立ち振る舞いを見れば分かります。」
彼は警告の時の目で理解した。もっと言いたい事はあるのだが、人前だから口に出来ないのだと。
「……そうか。全く、兄上は口下手なのだから。」
この人も結構その気があるのではないだろうか、とエイジは内心思っていたが、口にはしない事にした。
「しかし、君には本当に助けられた。……だからこそ分からない。何故鑑定スキルは不遇だの要らないだの言われるのだ?」
「興味持ちました?」
「ああ。今までダンジョン攻略などした事はあるが、鑑定スキルを使ったのを見た事がない。そもそも未鑑定品自体誰も触らないようにしていた。私が触ろうとすると皆が止めるのだ。何故なのか気になる。」
ああ、そういう興味ね、とエイジは内心毒付いた。それでも興味を持ってくれた事には少しばかり嬉しく感じていた。
「理由の一つは臭いですね。僕の家もちょっと匂ったでしょ?」
「……ちょっと?」
リリアは首を傾げた。
「ちょっとで済まないくらいには臭いとは思ったぞ?……だが、それと鑑定スキルと何の関係があるのだ?」
「未鑑定品が臭うからです。あれ、ご存知ないんですか?」
「さっきも言ったが触った事もないのだ。未鑑定品が何故臭うんだ?」
「あれは魔物の
「 」
リリアが絶句した。
「……?????????????????」
「もう少し上品な言い方をすると排泄物ですね。」
大して変わらないではないか。リリアは心の中で叫んだ。
「魔物が住むダンジョンには魔力が満ちています。魔物はその魔力を帯びた動物や別の魔物、或いは人間を食べますよね。すると魔物の体内でいろんな魔力変化が起こり、食べカスや消化しきれなかったものが貴金属として形取り、体内に生まれる事があります。それは他の食べカスと共に排泄されます。その排泄物こそが『未鑑定品』なんです。」
「じじじじじじじじじ、じゃあ、え?世の中に出回っている、鎧とかは、もしや。」
「鑑定物の場合は、魔物のウンコです。人間が着ていた鎧が魔物の体内で進化したりして強化されるんですよ。だから魔物が落とす未鑑定品には凄い能力を持った鎧とかが混じってるんです。魔物のドロップ品と銘打たれている方が強いのはそういう理由です。あと、店に売ると安いのも。」
「お、おま、お前の家の周りが妙に臭っていたのは……。」
「ああ、あそこは未鑑定品の不正廃棄所が近いですからね。お陰で鑑定スキルのスキル上げが捗りましたよ。そこは元父上と元母上に感謝せねばなりませんね。」
徐々にリリアが後退りし始めた。鼻を摘みながら。
「ああ勿論殺菌消毒は行っていますよ。だからこそ僕はここまで生き長らえて来たんです。鑑定スキルが不遇と言われるのは、その使い手が極めて短命なのが一因ですから。でも僕はその理由を突き止めました。」
「はははは排泄物の微生物や毒が回るとかか?」
「あれ、詳しいですね。そうなんです。だから手袋してマスクをして。殺菌消毒を徹底すれば全く問題ありません。今僕も臭わないでしょ?」
「た、確かに、そうだが。」
「臭いにもちゃんと気を使ってますし、鑑定屋の家の加工自体、殺菌仕様を徹底してますから。」
エイジは鑑定により様々なアイテムが出てくるという事に惹かれた。だが衛生上の問題がある事も理解していた。だからこそ彼は衛生面に関する研究も並行して徹底的に行なった。その結果彼は街の衛生に関する一論文すら書ける程の環境学者としての側面も持っていた。
無論、貴族がやる事ではないと彼の父と母が判断したのは言うまでもない。
「う、うむ、うーむ……。」
リリアは考え込んだ。今や彼女も、鑑定スキルに対する真実を得てしまい、内心鑑定士に対する偏見が芽生え始めていた。
「まぁ気持ちは分かりますけどね。排泄物にはあまり直接触りたくないですよね。」
「う、うむ、……いや。」
リリアはエイジの目を見た。何かを諦めている目を。自分より年下の彼が世の中を諦めるにはどれだけの経験を積んできただろうか。想像しきれない色んな出来事があったのだろうと思いが走る。
「私は君を尊敬する。エイジ。また何かあれば協力して欲しい。」
彼女は彼の手を取って、言った。
「……。」
エイジは驚いた様子でその手を見て、そして、リリアの顔を見て言った。
「ーー喜んで。」
鑑定スキルも悪くない、いや、僕にとっては最高のスキルだな。エイジは心の底からそう思った。
真実の鑑定士〜不遇と言われる<鑑定>スキルを極めたらギルドに来るなとか言われましたがその真の力で無双しました。今更戻ってこいとか言っても遅すぎます〜 明山昇 @akiyama-noboru
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