第23話
自らに対する、非人間疑惑。それをこうも(一見、傍から見れば)易々と受け止めるとは。フィンのメンタリティには、心底驚かされた。
僕が一番危惧していたのは、フィンがショックを受けて、立ち直れなくなってしまうことだ。だが、ショックを受けているにしても、それを乗り越えようという気概が、今のフィンにはあると見える。
フィンは、まだ大丈夫。僕はそう思った。否、自分に言い聞かせた。そうでもしないと、こっちの方が気が狂いそうだ。
しかし、全ての謎が解決したわけではない。フィンがサイボーグにされたとして、それは彼女が何歳くらいの時の話なのだろう?
生まれた直後や成長過程では考えづらい。もちろん、今も身長が少しは伸びるだろうが、全身に金属骨格を埋め込むとなれば、身体の大きさの変化は小さい方がいい。
「フィ、フィン、一つ訊かせてくれるかい?」
「ん?」
短く問いを促すフィン。そこにいつもの快活さがないのは、流石に仕方のないことだろう。
「ここ数年、いや、去年の今頃に、大きな事故に巻き込まれたり、それで大怪我を負ったりした記憶はないか? 僕たちに出会う前だから、厳密には七ヶ月くらい前、ってことだけれど」
「さあ、どうかな」
フィンはゆっくりと、包帯の巻かれた右腕(それを言ったら全身包帯だらけだけど)を後頭部に遣った。
「撃たれたせいかな……。ちょっと記憶が曖昧なんだ」
「そ、そこを何とか、思い出してみて――」
と言いかけて、僕は予想外の力で後ろ襟を引っ張られた。
「どわあっ!」
「きゃっ!」
レーナの悲鳴。それに、後転する視界。危うく後頭部を床に打ちつけるところだったが、すっと差し伸べられた手で、僕は難を逃れた。
「なっ、何するの、トニー!」
レーナの声に、僕を引っ掴んだ犯人――トニーは答えた。いつも通り、淡々と。
「もし体内の機械部品の割合によって、優劣がつけられたり、憐れみの対象になったりするのならば、わたくしはこれ以上、あなた方のお供はできません」
「どっ、どういう意味だ、トニー……?」
振り返ると、トニーはゆっくりと長い腕を引き戻すところだった。同時に、頭部を回転させて僕と目を合わせる。
「わたくしは、ポール様に命を授けられ、この世界に存在しているのです。そして、大変な事態に続けざまに見舞われつつも、生きていることに感銘を受け、執着しております。それはフィン様とて同じでしょう」
冷淡さを引き継ぎながらも人間臭く、トニーは間を置いた。
「しかし私は、全身が金属と電子部品で構成された、完全なるロボットです。フィン様を蔑視したり、逆に気を遣ったりすることは、わたくしに対する差別に繋がります。以後、そのような行為は、厳に慎んでいただきたい」
驚いた。トニーが僕たちに向かって物申すとは。もちろん礼儀正しく、慇懃な口調で、だけれど。
「あ、ああ……。悪かったよ、トニー。それにフィンも。二人共、僕の大切な友人だ。だよね、レーナ?」
「あっ、う、うん! もちろん……」
レーナはやや歯切れが悪い。僕が引っ張り倒されたことと、トニーによる、しかしトニーらしからぬ言動に、驚きを隠せずにいるのだろう。
僕たちが一呼吸ついた、その時だった。
《……ニー、トニー? どうした? 先ほどからやや通信が途切れていたようだが?》
「失礼致しました、ミヤマ博士。微小のデブリと通信装置が接触して、やや不調をきたしたようです。今、調整が完了致しました」
《そうか、それは何よりだ》
「博士、わたくし共はあと三十二秒後に着陸致します。その後の指示を願います」
《そうだな、まずは私のラボに来てもらおう。直接顔を合わせたことはないからね。君らが無事かどうか、確かめたい》
「了解致しました」
そう言って、トニーは通信装置を切った。
※
遥か頭上でエアロックが封鎖される音を聞きながら、僕たちはトニーの指示を待っていた。
皆シートに戻り、きちんと身体を固定している。間もなく、がこん、という穏やかな設置音と共に、スペースプレーンは着陸を完了した。
ガイドビーコンがゆっくりと消灯し、代わりに通常の照明機材に灯りがつく。船の周辺には、蛍光棒を持った警備員が数名。だが彼らは敵ではなく、ミヤマ博士の部下、つまりは味方だ。
がしゅん、と空気の出入りする音と共に、キャビンのハッチが解放された。確かに、船内のエアロックを使用する必要はない様子だ。
だが、僕はすぐに下船するつもりはなかった。
「どうしたんだ、アル?」
「いや、ちょっと……。重力酔いかな。少ししたら落ち着くから、フィンは先に降りてくれ」
「大丈夫ですか、アル様? お薬ならわたくしの背部ハッチに――」
「いや、それには及ばない。フィンもトニーも、あんまり気にしないで」
『アルがそこまで言うのなら』――そんな感じで、一人と一体は船を降りた。僕は残る一人、レーナに振り返る。彼女の手をしっかり握ることで、二人きりになれるようにしていたのだ。
トニーの背中がハッチの向こうに消えたところで、ようやくレーナは僕を見た。怯えと疑念の入り混じった瞳で。
「アル、何かあったの? 私にしか話せない何かが――」
「しらばっくれるな!」
僕は怒声と一緒に、拳を船の内壁に叩きつけた。
「どうして、どうしてフィンにバラしたんだ!」
「バラしたって……。フィンがサイボーグだってこと?」
「そうだよ!」
はっとして、僕は声を静めた。これは、誰にも聞かれてはならない会話なのだ。
「フィンが完全に生身だろうが、身体の一部が機械だろうが、自分が人間だと信じていたのは間違いない。それなのに、何故本当のことを話した? それがフィンを傷つけるかもしれないって、考えなかったのか?」
レーナは俯き、ぎゅっと僕の手を握り返した。ただし無言で。
僕は畳みかけるように、言葉をぶつけた。
「レーナ、君は自分の身に置き換える、ってことをしなかったんだな? 何故だ? 君ほど気遣いのできる人間が、どうしてそこまで注意深くなれなかった?」
「……」
「僕たちは、地球に到着出来て喜んでいたんだ。やっとたどり着けたんだよ? それなのに、よりにもよってこのタイミングで水を差すようなことを……」
「……」
「何とか言ったらどうなんだ、レーナ!」
次の瞬間、怯んだ。レーナではなく、僕が。
彼女の瞳が上目遣いに、僕をキッと睨みつけてきたものだから。
「だったらどうしろって言うのよ!」
そう叫ぶと同時、彼女の目から、瀑布のごとく涙が溢れ出した。人工重力に引かれ、ぽたぽたと雫が床に落ちていく。
「私は……私は、フィンだけに伝えるつもりだったの!」
レーナは勢いよく僕の手を振り払った。
「私たちは、外宇宙開発委員会に直訴できる唯一の存在なんだよ? 学校の皆が死んじゃって、フレディさんも犠牲になって、お互いに信用できるのは、私とアル、フィン、それにトニーだけ。それなのに、隠し事なんかできるわけないじゃない!」
「そ、それは……」
「あなたが地球に見惚れている間だけなら、何とかフィンに伝えられると思った。だから、わざと大袈裟にはしゃいでみせて、あなたの注意を削ごうとしたのよ! でも、あなたは気づいてしまった。どうして……どうしてこんなことに……」
僕の脳内は、一瞬で沸騰した。パチン、と甲高く響く音。
気づいた時、僕はレーナの左頬を引っ叩いていた。
「あっ」
僕が自らの挙動に戸惑いを覚えた直後、今度は僕の腹部に鈍痛が走った。
「がっ! ……レーナ」
レーナがゆっくりと、自分の右腕を下ろす。彼女もまた、落ち着きなく目を見開いている。
まさか自分と僕が、互いに暴力を振るい合うことになるとは、思ってもいなかったのだろう。
僕はそっと、自分の腹部に掌を当てた。それから、その腕を上げて掌を見つめる。
これが暴力の味、か。
考えてみれば、僕が他人に暴力を振るったことは滅多になかった。視界が真っ赤になる、あの現象が発生している時を除けば。
《おや? まだキャビンに誰か残っているのか? アル、レーナ、君たちか?》
僕はレーナに背を向け、シートの間を抜けて操縦室に入った。簡素な作りのコンソールを操作する。
「は、はい?」
《ああ、アルくん。フィンくんとトニーはもうとっくに降りたぞ。君たちも早く来てくれ》
「分かりました」
機械的な返答をして、僕はレーナの方に振り返った。
「この話はまた今度にしよう。君の言う通り、今は外宇宙開発委員会に訴え出るのが先決だ。ここまで来て、仲間割れしてる場合じゃない」
小声で『すまなかった』と付け加え、僕は先立ってハッチから軽く飛び降りた。
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