第24話
※
スペースプレーンから降りてみると、この施設の広大さを改めて実感させられた。
上部のエアロックは既に封鎖されている。にも関わらず、閉鎖的な感覚に囚われることは全くない。
それどころか、消えゆくガイドビーコンに沿って、むしろその長大さが強調されている。
壁面も床面も、鈍く銀色に輝いている。どこも十メートルほどの立方体から構成されており、その区切りでは、色とりどりのランプが煌めいている。
今僕が立っているのは、垂直離着陸機専用のドックになっていた。
すっと振り返る。このスペースプレーンが、これほどの多目的運用に耐えうるとは思っても見なかった。
フレディさんの犠牲があったにしても、僕たちを守り抜いてここまで運んできてくれたのは、間違いなくこのスペースプレーンなのだ。
僕はそっと、ひんやりとした機体に触れようとして、すぐさま手を引っ込めた。レーナがハッチから降りてくる。目を合わせたくはなかった。
振り返って、改めてドックを見渡すと、やや離れたところにフィンとトニーが立っていた。
僕とレーナを急かすでもなく、かといって悠長に待っている様子でもない。
ゆっくりと背を向ける一人と一体に追いつくように、僕は駆け出した。重力は元いた惑星面基地と同じになるよう調整されている。
近づいていくと、彼らのそばにもう一つの人影があった。警備員らしき服装をしているが、ヘルメットはしていない。自動小銃は装備せず、拳銃を両腰に差しているだけだ。
「件の惑星面基地からお越しの四名様は、これでお揃いでしょうか?」
警備員というより執事のような口調で、人影は尋ねた。
僕は自分の他に、三人がいることを確認して、大きく頷く。
「かしこまりました。ミヤマ博士の研究室にご案内致します」
警備員を先頭に、僕たちは離発着場の隅まで歩き、促されるままにスライドドアを通過して、ゆっくりと、しかし着実に歩みを進めていった。
「あの、警備員さん」
「はい、何でしょうか、アル様」
「ミヤマ博士って、どんな人です?」
そう言いながら、僕は自分の馬鹿さ加減に呆れた。もうすぐ会える人物について問うても、仕方がないではないか。
だが、警備員は明快に答えてくれた。
「非常に活動的な方です。一緒にお仕事をさせていただいていて、毎日非常に刺激的ですよ」
「刺激的……」
僕が深刻そうな声を上げたからか、警備員は振り返って笑みを浮かべた。
「刺激的、と言っても、危険な実験をなさっているわけではありませんよ。外宇宙における食糧の安定的な供給のため、野菜や精肉の培養技術を研究なさっています。ああ、そう言えば、皆様もまた外宇宙からワームホールを通っていらっしゃったのでしたね」
「はい。十二年前からテラフォーミングが進んでいます」
「なるほど。もしかしたら皆様も、博士のお作りになった野菜や精肉を召し上がっていたかもしれませんね」
僕は再び、食糧生産プラントでのことを思い出した。
あの時、フィンの腕が金属のように見えたのだ。僕はと言えば、視界が真っ赤になって、敵の警備員たちを打ち倒したところだった。
僕はその詳細を訊きたいと思ったが、流石にすぐに頭の中で撤回した。レーナをこれ以上傷つけるわけにもいかない。
何気ない風を装って振り返る。するとレーナは、両腕で自分の肩を抱くようにして黙々と歩いていた。
その時になって、僕はようやく、自分たちの歩いている廊下がどんなところか見渡した。
縦横共に、トニーの図体の二倍はありそうな広い通路だ。明るい普通の照明と、やや暗めの緑色の照明が交互に天井に灯っている。
この壁や床、天井もまた、四角いブロックが組み合わされたように見える。
僕たちは、右に左にと折れながらスライドドアを通過していった。そして最後に、行きついたのは、
「……行き止まり?」
「いえ、セキュリティ上の都合です。少々お待ちを」
すると警備員は、横の壁面に顔を近づけ、しばし固まった。そうか、網膜認証を行っているのだ。
「ミヤマ博士、お客様をお連れ致しました」
《おお、待ちわびたよ。さ、入ってくれ》
今度は音声認証でも為されたのだろう。目の前の壁面は、四方に切り分けられるようにして展開した。恐らく、この先の空間自体が超小型の宇宙ステーションになっているのだ。
万が一、事故でこのブロックが放り出されても、博士が生存できるように。
「では、私はこれで失礼致します」
それだけ言って、警備員はさっさと歩み去ってしまった。
たまたま先頭を歩いていた僕は、竜の巣穴にでも踏み込むような覚悟で一歩、踏み込んだ。
何せ、ブロックの内部は真っ暗だったからだ。
「あ、あの……博士? ミヤマ博士?」
返答はない。
「アル様、ここはわたくしが」
危険性を考慮したのか、トニーがずいっと前に出る。
「ああトニー、たの――」
「おおっと!」
ガラガラガラッ! と音がして、赤い円が二つ、並んで猛スピードで近づいてきた!
「うわあっ!」
「ははははっ! 驚かせたかね?」
快活な笑い声が響く。この期に及んで、僕はようやく誰かが接近してきたことに気づいた。
キャスター付きの椅子に座って、滑るように移動してきたらしい。
その人物がパチン、と指を鳴らすと、一気にブロック――ラボ全体に白い光が溢れた。
僕がさっと目の前に腕を翳すと、『驚かせてすまなかったねえ』と滑稽な声がした。
この声、何度も耳にしている。
「あなたが、ミヤマ博士、ですか……?」
「うむ! よく来た、四人共! さあさあ、入ってくれ。コーヒーを用意してある。実際に栽培した豆から挽いてるから美味いぞ!」
意気揚々と、椅子に座ったまま移動していく博士。僕たちは博士を追いつつ、周囲をきょろきょろと見回した。
廊下と比べても、さして広がりがあるような空間ではなかった。ラボ自体が狭いのだろうか? いや、違う。様々な機材が、部屋の大方の体積を占めているのだ。
スポイトや試験管が棚に並び、その隣には電子顕微鏡がある。今の時代を鑑みると、やや古臭い印象を受けた。
「えーっと、改めて。アレックス、レーナ、フィン、それにトニー。君たちから、自分たちのいた惑星で起こった事件について、外宇宙開発委員会に直訴したい、ということでいいんだね?」
「はい。そこで、その……ミヤマ博士が手伝ってくださると」
「そうそう。あまり言いたくはないが、私は委員会の理事も務めているからね。生身の人間を量子コンピュータの代替役に据えるなど、言語道断だ。倫理的な問題だし、何より被験者のリスクが大きすぎる。この実験は直ちに中断するよう、来週の評議会で提言しよう」
僕はぎゅっと拳を握りしめた。
地球に着き、ポールの仇を討つ――かどうかは別問題だが、とにかくあんな酷い人体実験を止めさせることには成功しそうだ。
あともう少しの勇気と、ミヤマ博士の後ろ盾があれば。
そもそも、こんなことが世間一般に容認されているはずがない。普通に暮らしている人々に訴えれば、今回の事件に関わった為政者、科学者、それに委員会の一部勢力に対して、厳しい処罰が下るはずだ。
問題は、責任の所在が分かったところで、フィンとトニーが暴力沙汰を起こさないかどうか、というところだ。
僕にはレーナが、レーナには僕が、大切な存在として残された。
しかしフィンとトニーの下に、もうポールはいない。会議場でフィンとトニーが暴れ出したら、どうなるか分からない。
「おや? どうかしたかね、アルくん? コーヒーが口に合わなかったかね?」
「えっ? ああ、いえ」
僕は、いつの間にか手にしていた年代物のマグカップに口をつけた。随分濃いな、と思ったが、これが地球で栽培された植物からできた嗜好品だと思えば、不思議と飲みやすく感じられた。
「さてさて」
博士は、既に自分のコーヒーを飲み終えたらしい。僕たちがじっくり味わうのを、どこか満足気な顔で見つめている。片肘をデスクに着いて、拳を頬に当てるような姿勢だ。
その仕草が、随分と落ち着いて感じられる。日頃からこうやって客人をもてなしているのだろうか? いや、でもこんなに(古いとはいえ)実験器具の並んでいるラボに、誰でも簡単に入れるわけがない。
僕が、既に空になったマグカップを傾けていると、博士はこんなことを言い出した。
「君たち、地球の自然に興味はあるかい?」
唐突な、そして強烈な問いかけに、僕は吹き出しかけた。コーヒーを飲み干した後で本当に良かったと思う。
「もう地球に降りられるのですか?」
「まあまあ、落ち着きたまえ、アルくん。このラボ全体のうち、下層部分は地球環境を再現した特殊なスペースになっているんだ。何の心構えもなく行くよりは、身体、というより五感を慣らした方がいい。行ってみるかい?」
僕は言葉もなく、勢いよくコクコクと頭を上下させた。
再び笑った博士は、僕に目を合わせてこう言った。
「準備はできている。付いてきたまえ」
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