第三章 今そこにある恋

 僕の人生ジンセイには予定外な出来事が三つある。そのひとつはモブが消えたことだ。

                  ※


 高3で受験を迎える頃には天然記念物級にモブと出会うことはなくなり、大学に入ると完全にその音信が途絶えた。

 少ないけど友達ができ、付き合い始めて今日で3年たったよ、とサークルのたまり場を前にして僕に腕を絡ませる彼女もできた。


 行きたい所に連行する、と彼女は楽しそうに去年単位を落とした刑法各論の講義を僕にサボらせた。


 原宿、表参道。僕は慣れない。いくら背伸びしてもむず痒い。この街に来る理由や動機を僕は持っていない、一人じゃ絶対に来ない。隣に並ぶ彼女がいなければ来るあてもない。どこにいっていいかも分からない。この街じゃ僕は在りし日の顔の無いその他大勢のモブ太郎そのもの。場違いなんだよな。でも今日の僕の戸惑いはそれだけじゃなかった。


「え、それはさすがに不意打ち過ぎる」


「ごめん、だって親が急に上京するって言うから……」


「心の準備ってやつがさ」


「大丈夫。自慢の彼氏だからそのままでいいんだ」


 表参道に彼女の母親が襲撃、地球が今日滅亡するってネットニュース流れてないかな。緊張で気が滅入る。


「着いたよ」


 入口がどこにあるのか不明なくらいお洒落な外観前には僕調べ推定30分の行列待ちがあった。


「ここの店すごいんだ。イタリアのバリスタチャンピオンいるんだって」


 普段行列待ちなんて、たとえそれが人生最後の晩餐に僕が食べたいランキング第1位である黒毛和牛特上牛タンの食べ放題の店だったとしても絶対NGの僕だが、今日だけは反論する余地がなかった。

 彼女のママが、TVでやっていた表参道のカフェで彼氏君とお茶したい。それに反抗の意思を貫くほど僕は強くない。


 席についた彼女は僕とは違う意味で落ち着きが足りない。

「うあ、あの人が皆インスタであげてるバリスタさんだ」


「メニューを見なよ。選ぶの失敗して後悔するぞ」


「いいもん。失敗してもまた来ればいいし、でしょ」

 今日の彼女はやけに強気に出る。そもそも一度失敗した店にまた来たいとは僕は思わないし。手厳しいや。


「クールビューティー系だよ。好きでしょ?」

 好きだっけ? クールビューティー? 自分のことは自分が一番分かってないのかもな。けど今は。


「僕には君しか見えないけどね」

 正直、本当にそう思ってます。日頃の感謝を込めてありがとう、だよ。


「本人にのろけてるの? 嬉しいですけどママの前ではやめてよ」


 極度の緊張のせいか、女性店員の顔が僕の想像する彼女のママの顔にしか見えなくて困っている。美人過ぎて彼女より好きになったらどうしようとか、それって不倫になるのかとかゲスなことを考えてみても、結局は店員どころか周りのお客さんまでもがママに見えてくるから死にたくなる。帰りたいです。


「きまった?」


「うん、同じでいい」


「いつもそれじゃん、オーダーしにいってくる」


「あれ、セルフ?」


「カウンターでオーダーとお支払いを先に、だよ」


 僕が出す財布を彼女の手がとめた。


「いいよ。今日は私の奢り。行列嫌いなのに並ばせちゃったし」


「まぢ? どんどん行列に挑戦しようかな」


「残念でした。無料特典は初回のみでーす」


 彼女はカプチーノカップを運んでくると、クレマがどうだとか、シングルオリジンがどうだとか、突然カプチーノとラテの違いはなんでしょう? とかクイズを出してきたりして、僕にお預けをくらわせたまま珈琲うんちくと映え写真講義を熱く展開する。


「あ、鳴ってる」

 すでに飽き飽きしていた僕が彼女のスマートフォンの異変に気づく。

 緊張が極度に高まる。いよいよ決戦、表参道!


「ああ、今日ママ来れないかもって」


「そうなの?」


「パパと久々のデートが盛り上がってるって」


「それは絶対邪魔しちゃダメだ!」

 今日イチ大きな声で僕は反応した。


「フフッ。肩の荷おりた?」


「緊張感ハンパないって。ガチなやつ」


「ママがよろしくって」


 はい、よろしくお願いいたします、と僕は目の前にあるすっかり冷めきったカプチーノを一気に飲み干した。


「いかがですか? 」

 カップを手にする僕にバリスタが声をかけてきた。隣に座る彼女がさっきまでの僕と同じように緊張しているのが分かる。これぞ栄枯盛衰? 少し違う気もするが立場逆転なのは間違いない!


「美味し―」

 答えるものの喉の奥をジューサーで絞りとられたように先の言葉がでてこない。


 ――――!


「『三崎飛鳥と繋がったまま』 」

 バリスタがそう言ってテーブルの上にボロボロになったノートを広げる。

 

「『僕は永遠に眠りたい。』」

 生命力ほとばしった僕の文字が今になって僕を煽る。


 バリスタがその頬を僕の頬に寄せて囁いた。

「3年越しの約束だよ。すっごく興奮してる。 」

 

 火傷しそうなくらい無茶なヒリヒリが頬から頬へと伝わってくる。


「三崎も君のこと大好きだよ。」

 

 すすり泣く隣の彼女の方へ手を伸ばした僕は三崎飛鳥に抱きしめられる。


 

 奴が僕を笑ってる。名前はもう忘れた。お前も俺に告白したいのか?

 させてやるよ。いいか。よく訊け。これが最初で最後の僕のラブストーリーだ。


  Fin
































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その恋僕が叶えます。 ふややたまよ @kenkenhigh

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