『名著から学ぶ創作入門 優れた文章を書きたいなら、まずは「愛しきものを殺せ!」』まえがき 本の書き方について書いた本
『名著から学ぶ創作入門 優れた文章を書きたいなら、まずは「愛しきものを殺せ!」』
ロイ・ピーター・クラーク=著
まえがき 本の書き方について書いた本
コメディドラマ『となりのサインフェルド』のファンなら、どたばたして滑稽な登場人物、コズモ・クレイマーが本を出して大成功したエピソードを覚えているだろう。コズモの著書は、コーヒーテーブルについて書いたコーヒーテーブル・ブック〔本来は絵や写真入りの大判本〕だ。それは折りたたみ式の小さな脚がついた本で、脚を開くと小型のコーヒーテーブルになる。映画化の権利まで売れたという話だった。
本書の原題『愛しきものを殺せ(Murder Your Darlings)』は、「Q」という愛称で呼ばれるイギリスの教授が文章の書き方についてアドバイスした名高い一節を借用したものだ。これは本の書き方について書いた本である。わたしは文章術の手引書が好きで、それらに好かれてもいる。手引書は文章術に関するわたしの知識を裏づけ、聞いたこともない方法を教えてくれる。そのうえ、ごく稀に大事なところで、まるでフクロウに悪魔払いをするかのように、わたしの頭をぐるっとまわしてみせたりもする。
いまあなたが手にしているのは、2006年から数えて6冊目のわたしの著書で、読むことと書くこと、そして言語について著したものだ。版元のリトル・ブラウン・アンド・カンパニーに感謝する。わたしは教授たちから、本をたくさん書く秘訣を教えてくれないかとよく訊かれる。そんなときはまじめにこう答える。
「簡単だよ。職員会議のときに書くんだ」
「どうして咎められないんですか」
「メモをとってると思われてるんだろうね」
リトル・ブラウン社から出た、わたしの最初にして最も評判のいい著書は、『ライティング・ツール(Writing Tools)』だ。そのなかで紹介した書くための55の秘訣は、どこで見つけたのか。偉大な文学作品を精読したのである。大学時代に身につけて、その後さらに磨きをかけた「X線読み」という技術を使った。講師や編集者やほかの書き手たちから指南を受けながら、書いて書いて、また書きなおした経験から生まれたものだ。また、キリスト(その人自身がなかなかの語り部だ)生誕のはるか前より流布していたものから、つい昨年刊行されたものまで、創作に関する無数のエッセイや手引書から得られた秘訣でもある。
焦点はあくまで、書くことにまつわるそれらの重要な本のほうにあるわけで、自分に注目を集めようなどとは思っていない。むしろ、そういう本のよさを広め、わたしの文章術を形作ってくれた著者たちに借りを返すのが目的だ。ぜひそちらも読んでもらいたい! 書くことに関する本を読んでも書き方など身につかないと言う人たちには、こう返したい。「だったら、なぜ世のなかにその手の本があふれているんだ?」と。たいていの書店では、棚の一段か二段、あるいは棚一本がまるごと文章術の本に割りあてられている。わたし自身は1,500冊ほど本を所有していて、その大半が読むこと、書くこと、文法、レトリック、作文、言語、文学、ジャーナリズムに関するものだ。創作の講師で法学者でもあるブライアン・ガーナーは、ダラスにことばの智者のタージ・マハルとも呼ぶべき「写字室」を構えている。一方、フロリダのジャーナリズム研究機関、ポインター・インスティテュートにはわたし専用の空間があり、自分では「巣窟」と呼んでいる。部屋のようでもあり、子宮のようでもあるその空間は隠れるようにそこにあって、ほんの十歩先には1万2,000冊の専門書を収蔵している図書室があり、そのほとんどがわたしの好む題材について書かれている。
世のなかには、書くことについて書いた本があまたある。そのなかからわたしは何について、どんな基準で書かれたものを選ぶのか。自分が何をしない・・・かについて、ここで説明したい。まず、最高の・・・手引書を選ぶつもりはない。最も実用的だとか、最も息が長いとか、最もなんとかという手引書は選ばない。ただし読者の立場で言えば、たとえば「ローリングストーン」誌で「ロック傑作百選」とか「オールタイム・ギターソロ百選」とか「ボブ・ディランのヒット曲百選」といったランキングを楽しむことはある。
わたしは書くことについての本に順位をつけずに評価したい。おもに読者に伝えたいのは、その本をなぜ・・評価するのか、その本から何を学べるのか、読者が何を得てそれぞれの作品にどう生かせるのか、ということだ。読んでもらえばわかるとおり、わたしの批評にも弱点がないわけではない。ジョン・マクフィーのあらゆるアドバイスは、マクフィーが「ニューヨーカー」誌の記者という特別な立場にあって、尋常ではないほどたっぷりの時間とリソースを手にしていたことを踏まえて聞くべきだ。アン・ラモットの場合は自分にきびしすぎるため、アドバイスを聞いても、やる気がそがれる恐れがある。そして、ドロシア・ブランドは史上稀に見るほど独創性のある文章術の手引書を著したものの、残念ながら編集者の夫とともに1930年代のアメリカのファシストであり、反ユダヤ主義を信奉していた。わたしたち教師は瑕きずのないリンゴを好むものだが、実際はまあ、このとおりだ。
これらの本をまとめる前に、わたしは不特定多数の人たちから情報を収集した。文章術の手引書で、ためになったもの、刺激を受けたものを教えてもらいたい、とソーシャルメディアで文筆業者に尋ねたのだ。何十人もから回答が寄せられ、その多くはわたしが何度も読んできた作家や著書だったが、うれしいことに知らない本も交じっていた。それらをすべて候補に入れたら、選定作業がよけいに大変になった。
わたしはまず、有名な本、評判のいい本、影響力のある本をあげることからはじめた。それで選んだのが、ウィリアム・ストランク・ジュニア&E・B・ホワイト『英語文章ルールブック』、ナタリー・ゴールドバーグ『魂の文章術』、アン・ラモット『ひとつずつ、ひとつずつ』、トム・ウルフ『ニュー・ジャーナリズム(The New Journalism)』だ。5つのW(だれ(who)、何(what)、どこ(where)、いつ(when)、なぜ(why))のなかでは、なぜ(why)がいちばん答えるのがむずかしい。そのため、これらの本がなぜ・・重要なのかをとらえることを自分の使命とした。
本書では、カタルシスをもたらす悲劇の性質を説いたアリストテレスから、話しことばに影響を与えた古代ローマの修辞学者クウィンティリアヌスまで、古典であるがゆえに基本でもある文章術の本を採りあげたいと考えた。そういう本を足がかりにすれば、読み、書き、話すという本質的な言語運用能力をもって人が意味あるものを築きあげてきた、長く力強い歴史をたどることができる。
誘惑に負けて、個人的な知り合いの作家や教師の著書も採りあげた。オックスフォード大学(わたしがすばらしいひと夏を過ごした場所)では教授に〝師ドン〞の尊称を付するが、多くの偉大なドン(ドン・フライ、ドン・マレー、ドン・グレーヴズ、ドン・ホール〔それぞれノースロップ・フライ、ドナルド・マレー、ロバート・グレーヴズ、ドナルド・ホールを指す〕)がこれまでにわたしの執筆部屋を通り過ぎていった。大恩に報いるべく、機会があるたびに、その人たちの知恵を世に伝えるようにしている。文筆の世界はわたしにとってとても居心地がいいので、これまでにウィリアム・ジンサー、ウィリアム・ハワース、コンスタンス・ヘイルをはじめ、おおぜいの書き手とともに仕事をした。スティーヴン・キングに取材をしたこともある。E・B・ホワイトとは書簡をやりとりした。トゥーソンの文学会議でビュッフェの列に並んでいたとき、エルモア・レナードと会って、ひとつの作品に感嘆符はいくつまで許されるかという問題について、親しく議論を交わしたこともある(レナードの主張は10万語ごとにひとつというものだったが、トム・ウルフだけは例外で、制限なしとされた)。
いま名前をあげたのは、自分のためではなく、読者のためだ。文章術のよい手引書では、著者が――フランク・スミスの名言を借りれば――仲間に加わるよう読者を誘う。作家になりたいと願う読者もいるだろうが、よい手引書を読めば、自分もその一員で、物書き族の世界に属していると感じるかもしれない。
本書はどんなふうに書かれ、どういう構成なのか
本書『名著から学ぶ創作入門』は、6部に分かれている。もともと6つに分けて書いたわけではなく、特に構想もないまま、霊感に導かれるままに書棚から本を選んで書いた。よく知っている本について書くことで勢いをつけて│途中であちこちに立ち寄った。1冊1冊について1章1章書いていくと、文字の列車はついに75,000語の壁を突破し、そのまま10万語の境界を越えた。50章を書き終えて手を止めたが、採りあげるつもりだった本がまだ50冊近く残っていた。わたしはパニックに陷った。そのとき、わたしの文章術の師であるドナルド・マレーの声が聞こえた。そして、長く書きすぎた者たちにわたし自身がこれまで幾度となく送ってきた助言をささやいたのだ。「簡潔さは圧縮ではなく、選択によって得られる」と。わたしは36章にまで削り、さらに減らして33章にした。
各章をどう並べればいいだろうか。何部に振り分ける? わたしは顔をあげ、机のそばに積んであった真新しい索引カードを見た。めくってみると、六色あった。白、ピンク、黄、緑、紫、青。なるほど、6色か。6部に分けたらどうだろう。そこで、やってみた。
・黄は「ことばと文章術」。
・紫は「声とスタイル」。
・白は「自信とアイデンティティ」。
・青は「ストーリーテリングと登場人物」。
・ピンクは「レトリックと観客・読者」。
・緑は「使命と目的」。
本書で紹介した本の多くは、これらのテーマや問題に言及している。わたしが急に本筋からそれて、脇道で起こっている興味深い話、役に立つ話を語りはじめても、驚かないでもらいたい。ここにあげた本を読み、分析し、評価し、それらと戯れるうちに、わたしも書きたくなっていた。本そのものについてだけではなく、公私ともに、自分の創作人生のあらゆる側面について書きたくなったのだ。読者のみなさんにも、書きたいと感じてもらえたらと願っている。
本書の読者が得る特典
・文章術の手引書を50冊以上味見できるので、読みたい本、手もとに置きたい本を選ぶ参考になる。
・採りあげた本には、それぞれ文章術に関する教訓が無数に含まれている。本書では、わたしが書くときに特に役立った点をひとつかふたつに絞って紹介する。
・ここにあげた本の多くは出版され、販売されている。古いもののなかには、ネット上で無料公開されているものもある。一方、稀少な絶版本もある。本書はそれらの数々の宝石について知る機会を提供する。
・それぞれの本からの引用には、執筆のヒントだけではなく、著者の声を簡潔に読者に伝えるエッセンスが含まれている。
本書を書くための下調べをはじめた当初、わたしは「漸近線」という単語に出会った。これは数学の用語であり、グラフ上で直線に近づいていく曲線のことだが、どんなに接近しても、直線にはけっして届かない。わたしは「漸近線」を自分の人生と仕事を表す隠喩として受け止めた。日々教えるなかで、わたしはあらゆる年齢の学生たちに対し、文章術に関して新しいこと、学生に伝えることを果てしなく学ぶのが目標だと話している。噓くさく聞こえても仕方がないが、そうは感じない人は、ことばを果てしなく学ぶ日々を自分のものとして受け止めてもらいたい。本書がその道案内をつとめよう。
(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)
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