『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』第1章 ストーリー・スペース、ストーリー・タイム

『ストーリーの解剖学 ハリウッドNo.1スクリプトドクターの脚本講座』

 ジョン・トゥルービー=著



 第1章 ストーリー・スペース、ストーリー・タイム



 誰にでもストーリーを語ることはできる。それは誰もが日常的にやっていることだ。「今日仕事で信じられないことがあったんだ」とか「ちょっと、今、何があったと思う?」とか「ある男がバーに行ってね……」とか。日常的なストーリーを幾度となく聞いたり、読んだり、話したりしているはずだ。


 ただし、名作ストーリーを語れるかどうかということになると話は違ってくる。ストーリーテリングの名手になりたいとか、ストーリーテラーとしてお金を稼げるようになりたいとなると、そこにはものすごい壁が立ちはだかっている。そもそも、人生のあり方や謎を提示するという作業は、途方もなく大変なものだ。人生という膨大にしてこの上なく複雑な主題を、深く精密に理解していなければならない。しかもその上で、その理解をストーリーという形に翻訳しなければならないのだ。ほとんどすべてのライターにとって、何よりも大きなチャレンジがそれではないだろうか。


 ストーリー創作のための手法には数多くの障害があるが、まずはそれについて、これから具体的に挙げておこうと思う。障害を乗り越えるためには、まずはその障害について具体的に知ることが何よりも大切だからだ。第一の障害は、ほとんどのライターがストーリーについて考えるときに使っている典型的な用語にある。アリストテレスにまでさかのぼることのできる「上昇する展開」とか「クライマックス」とか「紛糾」とか「大団円」とかいった物語のための用語は、あまりにも広義な上に理論的でもありすぎるため、ほとんど意味がない。正直に言うと、ああいう用語はストーリーテラーにとって実用的価値のまったくないものだ。たとえば、あなたが今、主人公が転落死を免れようと指先だけで必死につかまってぶら下がっているシーンを書いているとしよう。そのシーンは、紛糾、展開の起点、大団円、オープニング・シーンのどれに当たるものだろうか? 実はそのどれでもないかもしれないし、すべてを含んだものかもしれない。それが何であるにせよ、これらの用語が、シーンの書き方や、ストーリーの書き方について何ひとつ教えてくれないことが分かるはずだ。


 それどころか、こういった典型的な用語は、良いストーリーを作り上げるために必要なこと(ストーリーとは何か、どのように機能するのかという発想を抱くこと)を妨げる大きな障害となっている。昔からずっと、物語の書き方を学ぼうと思った人々が手始めに読むものとしては、アリストテレスの「詩学」が良いとされている。アリストテレスは間違いなく史上最高の哲学者だ。しかしストーリーに対する彼の考察は、確かにパワフルではあるものの、驚くほど範囲が狭く、限定されたプロットやジャンルだけに焦点があてられたものだ。また、あまりにも論理的すぎるので、実践で活用するのが難しい。アリストテレスから実用的な手法を学ぼうと試みたほとんどのストーリーテラーたちが、ひとつの収穫も得られずにあきらめるのはそのためだ。


 映画脚本を書きたいのであれば、アリストテレスから離れて、ずっとシンプルな「三幕構成」と呼ばれる解釈を学んだ方がよっぽどいいかもしれない。しかし実は、これにも問題がある。三幕構成は、確かにアリストテレスよりもずっと容易に理解できるものだが、絶望的にシンプルで、しかも色々な意味で、とにかく間違っている。


 三幕理論によれば、あらゆる映画のストーリーは三幕で構成されているということになる。第一幕は序盤、第二幕は中盤、第三幕は終盤だ。第一幕はおよそ30ページ、第三幕も30ページほど、そして第二幕はだいたい60ページ。また、この三幕構成のストーリーには、2〜3個の「プロット・ポイント」(何を意味するものであれ)がなければならないとされている。要はたったのこれだけ。簡単でしょう? それではこの理論を使ってプロ級の脚本を書いてみよう!


 今の私の説明は三幕構成を要約したものだが、実はそれほど大幅に要約したわけでもない。こういう初歩的なアプローチには、アリストテレス以上に実用的価値がないことが分かるだろう。しかし実用価値がないということ以上の罪は、この理論がストーリーを機械的に扱っているところだ。三幕に分けるという発想は、章の終わりごとに幕が下ろされる、いわゆる伝統的な芝居の決まりごとからきた発想だ。映画や長編・短編小説、いや、演劇の舞台でさえも、現代ではもはやそんなことをする必要はまったくなくなっている。


 簡単に言うなら、幕に分けるという発想はストーリーを外側からとらえたものだ。三幕構成は、ストーリーの上に重ね置いて確かめるためのものであり、その内側にある必然性(ストーリーがどこに向かうべきか、または、向かわないべきか)とは無関係なのだ。


 三幕構成のようにストーリーを機械的にとらえると、挿話的なストーリーテリングになってしまうことは避けられない。挿話的なストーリーとは、ちょうど箱の中にパーツをただ入れただけのような、単なる断片の寄せ集めを指す。そういうストーリーは、それぞれの出来事が別個の要素として浮き立ち、最初から終わりまで関連性も一貫性も見られない。その結果、観客は感動できない、または感動したとしても散発的な感動になってしまう。


 ストーリーテリング技術の熟達を妨げるもうひとつの障害は、執筆プロセスに関するものだ。多くのライターがストーリーを機械的に解釈しているのと同じように、ストーリーの創作にも機械的なプロセスを用いている。これは特に映画脚本家に多く見られる現象だ。売れる脚本とはどういう脚本かという解釈を間違っているがために、結果的に人気も質もない脚本ができあがってしまう。そういう脚本家は、得てして、自分が半年前に観た映画をほんの少しだけ変えたストーリー・アイでアを思いつく。そしてそのアイでアを「刑事もの」とか「恋愛もの」とか「アクション映画」とかいったジャンルに当てはめ、それに合ったキャラクターやプロット・ビート(ストーリー内の出来事)の数々を流し込んでゆくのだ。その結果、絶望的なまでに一般的で紋切り型な、独創性を欠いたストーリーができあがってしまう。


 本書では、それよりもずっと良い方法を示したいと思っている。私が本書でやろうとしていることは、既存の名ストーリーがどのように機能しているかを検証・説明しながら、ストーリーを創作するために必要な手法を示し、それによって読者のみなさんが自分独自の名ストーリーをものにする可能性を最大限に高めることだ。名ストーリーの書き方を他人に教えるなんて不可能だという人もいるだろう。私は、それは可能だと思っているが、ただしそれを実現させるためには、これまでとは違う方法でストーリーを捉え、これまでとは違う方法でストーリーを語ることが求められる。


 もっとシンプルに言うなら、映画脚本であれ、長編小説であり、戯曲であれ、短編小説であれ、どんな分野のストーリーテラーにも使える実用的な劇作論を私は本書で示そうと思っている、ということだ。本書でやろうとしていることは、


 ■ 名ストーリーは自然なものであるという事実(機械ではなく成長・発展する生きた人体のようなものだということ)を示すこと。


 ■ 執筆するジャンルを問わず、そのジャンルで成功するために有用で精密な手法を用いた厳密な技巧としてストーリーテリングを扱うこと。


 ■ オーガニックな執筆プロセスを網羅すること―つまり、自身の独創的なストーリー・アイデアから自然な形で成長・発展するキャラクターやプロットを創りだすこと。


 どんなストーリーテラーでも直面する難題のひとつは、今挙げたひとつ目とふたつ目の矛盾をどのように乗り越えるかということだ。ストーリーを構築するためには、ずらりと並んだ膨大な手法を擁する何百、何千もの要素を駆使しなければならない。それでいて、ストーリー自体は観客が自然だと感じられるものでなければならないのだ。単一の存在として進展し、クライマックスに向かって組み上がってゆくように見えなければならないのだ。ストーリーテラーの名手になるためには、この手法を高いレベルで身につけ、実際には書き手であるあなたがそうさせていても、まるでキャラクターたちが必要に迫られて自分で行動しているように見えるような作品を作らなければならない。


 そういう意味では、私たちストーリーテラーは運動選手にたとえることもできるだろう。優れた運動選手のプレーは、それがいとも簡単なことであるかのように、人体が自然に動いているかのように見える。しかし実際には、そのスポーツ分野における数々の技法をすっかり身につけ、その技法の存在が見て取れなくなるほど昇華させている。だからこそ観衆にはその美しさだけが見えているのだ。



(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)

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