『脚本の科学 認知と知覚のプロセスから理解する映画と脚本のしくみ』第2章:メインキャラクターと感情的につながることの科学 あるいは、なぜ私は覚醒剤のディーラーが捕まりはしないか気が気でないのか?

『脚本の科学 認知と知覚のプロセスから理解する映画と脚本のしくみ』

ポール・ジョセフ・ガリーノ+コニー・シアーズ=著



 すぐれたメインキャラクターを作り出すことについての多くのアドバイスは、長年にわたって存在してきた。デヴィッド・ハワードは『The Tools of Screenwriting(脚本のツール)』の中でこう言っている。「すぐれた主人公は観客の強い感情的反応を引き起こす[……]。大切なのは、観客が主人公から分離していると感じないことだ(1)」。


 ロバート・マッキーは同じ問題をこう言い表している。「観客の感情移入は、共感という接着剤によって支えられている。作り手が観客と主人公の絆を結べなければ、観客は何も感じない傍観者となる(2)」。


 ブレイク・スナイダーは彼の脚本の教科書に『SAVE THE CATの法則』というタイトルをつけているが、これは観客に主人公を気に入らせるために使われる技法からとられている。「〈SAVE THE CAT〉とは私が名づけたシーンだ。[……]このシーンでは、観客は初めて主人公に出会い、主人公が何らかの行動を起こす――危機一髪のところで、猫を救うとか。このシーンによって観客は主人公の性格がわかり、しかも共感し好きになる(3)」。


 これは堅実なアドバイスのように見えるが、あなたが猫好きであることが前提になっている。


 スナイダーのアドバイスを受け入れる人は、十万ドルの報酬を手に入れるために人を殺める決心をする男をメインキャラクターに選ぶようなことは断固として拒否するだろう。あるいは、暴行や法定強姦の罪で服役していた男や、立ち上げたビジネスで親友を騙して数千ドル巻き上げる男や、メタンフェタミンを調合して売る男を。


 そのような拒否はとても残念だ。なぜなら、そのようなことをすれば、『深夜の告白』(44)、『カッコーの巣の上で』(75)、『ソーシャル・ネットワーク』(10)、『ブレイキング・バッド』(08‐13)といった作品は生まれていないだろうから[図2.1]。



▼人生のすべて


 科学的な見地からは、人生には一つの目的がある。子供を作れる年齢に達し、うまく子孫を残すことだ。映画の観客にとってこれが意味しているのは、単に恋人たちが首尾よく一緒になる映画を見るのが好きだということにとどまらない。観客は映画の中で起こっていることを心配する(care)能力に恵まれているということが重要なのだ。


 多くの動物は社会的に発達する――群れや大群や学校やコロニーといったかたちで。そのよ うな集団の中で支えあったり守り合ったりすることは、生物がうまく子孫を増やす助けになる。人類も群れをなす動物として進化してきたが、人類の進化は特殊である。なぜなら、脳の前頭葉│進んだ複雑な理性のはたらきの中――の信じがたい発達を伴ってきたからだ[図2.2]。


 

 脳の原始的な部分で、側頭葉に位置する感情の中枢[図2.3]は、実際に何かを「見る」前から、視覚的・聴覚的情報に影響し始める。人間は概ね、うまく子孫を残してきた。なぜなら、こうした感情の中枢が人間の洗練された理性の能力と密接に相互作用を営んでいるからだ。



 人間が血のつながった者との関係を優先することは、進化の観点からは有利だ。人間の赤ん坊は基本的に、他の哺乳類とくらべて早い時期に生まれる――赤ん坊は完全に無力であり、生きるために大人の助けに依存する。最初のうち、私たちの感情の中枢は、エンドルフィンの分泌をこうした近親者、ケアしてくれる親族に結びつける。このようにして、私たちは家族を快いと感じる。私たちのトップダウン型の情報処理は、ほぼ完全に社会的スキーマに基づき、キャラクター間の関係に焦点を当てるストーリーに積極的に参加する。


 血縁関係からその範囲を拡大して、人類は相互扶助的な集団の中で、他者との間に感情的な絆を作る能力を発達させてきたが、それは小説や詩や映画に登場する虚構のキャラクターとの間に感情的な絆を作る能力につながっている。実際、メインキャラクターは家族の一員になることができる。家族のメンバーと同じようなエンドルフィン分泌を伴うポジティブな感情的反応を通じてだ。人間は家族関係をうまく営もうとする嗜好をもつが、親族関係の(通常は)素早く正確な理解をサポートするスキーマ(心の表象の体系)は、人間が生まれながらにもつこの嗜好を刺激する素晴らしいツールだ。


 このように、ストーリーは家族――家族形態が典型的であるか、寄せ集め的であるかにかかわらず――に焦点を当てる必要はなく、むしろ風景のようなものであり、物語はそこに自然と意味を探り当てるのだ(4)。


 ケント大学の映画学教授であるマーレー・スミスは、映画の登場人物への感情的参加の三段階を定義している。認識、連帯、忠誠だ(5) 。認識は、観客によって認識されるボトムアップ型の対象あるいは状況だ。たとえば、敵のスパイに追われているキャラクターなど。連帯は、新しい情報を、ストーリーが展開していくにつれて進展する心の変化に結びつけることだ。たとえば、このキャラクターが敵のスパイに捕らえられ、水中銃を突きつけられ殺すと脅される。ここで観客はメインキャラクターあるいは映画の中の別のキャラクターへの期待を抱いているが、この期待は文化的・社会的スキーマに育まれている。忠誠は、ヒロインが考えられないような窮地をまんまと脱出するという「生き残り」への堅い信念、希望、信頼だ。これら三つの段階は、コーエンの「制作中の物語との適正な連携モデル」上にうまくマッピングできる。もう一度、第1章を見てほしい。制作中の物語[図1.2参照]は構造と意味――認識、連帯、忠誠――を糧とするが、これは観客がメインキャラクターの行動あるいは態度のなかに意味を探すにつれて、観客によって構築される。



 このような見地からは、観客はメインキャラクターに同一化しているのではなく、感情移入しているのでさえない。観客が映画で見るキャラクターたちは危険に陥ったり苦しんだりするかもしれないが、観客自身はそうではないことを観客は知っている。しかし、観客はキャラクターが感じていることを十分に理解することができる。このように、キャラクターに対する固い絆によって、観客は主人公を「養子にする」きっかけを与えられる。主人公は実際に家族なのだ。



原注

(1) David Howard, and Edward Mabley, The Tools of Screenwriting (New York: St. Martin’s Griffin, 1995), p. 44.

(2) Robert McKee, Story: Substance, Structure, Style, and the Principles of Screenwriting (New York: HarperCollins 1997), p.141.〔ロバート・マッキー『ストーリー│ ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』(越前敏弥訳、フィル

ムアート社、2018年)、172頁〕

(3) Blake Snyder, Save the Cat!: The Last Book on Screenwriting You’ll Ever Need (Studio City, CA: Michael Weise Productions2005), p. xv.〔ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則│ 本当に売れる脚本術』(菊池淳子訳、フィルムアー

ト社、2010年)、17頁〕

(4) D. Nettle, “What Happens in Hamlet?” In The Literary Animal: Evolution and the Nature, ed. J. Gottschall, and D. S.Wilson (Northwestern University Press, 2005).

(5) Jennie Carlsten, “Black Holes and White Space/45”, Projection 9, no.1 (Summer 2015): 43–65. ©Berghahn Journals, doi:10:3167/proj.2015.090104 ISSN 1934-9688 (Print), ISSN 1934-9696 (Online).



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