三十九日目:雪は魔法少女? 第四話

 突如としてやってきた銀行強盗に、店内は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 騒ぐ客を黙らせるように一発、二発と強盗団は天井に向かって拳銃を打つ。

「やだ、洋一。どうしよっ!」

 恐怖に震える亜耶の前に出ると、彼女を背後に隠す。

 そして洋一は強盗の様子をじっと窺った。

 もうじき、魔法少女が現れるはず。

「この中にあるだけ金を入れろっ!」

 強盗の一名は入り口で建物の外を警戒し、二名がカウンターに黒のカバンを置いて金を催促する。

 だが、両手を挙げたまま微動だにしない銀行員に対して、催促するように何度となくカウンターを蹴る。

「くるぁっ、はやくしろぃ!」

 痺れを切らした強盗は、拳銃を店内に居合わせた客に向けた。

「おいっ、言う通りにしねぇと客の命はねぇぞ!」

 洋一は亜耶をかばいながらも、周囲を見回しながら魔法少女の登場を待った。

 シャルロッテも固唾を飲み、エプロンの下に隠していた魔法スティックを構えて、強盗たちの挙動をじっと窺う。

 そこに、入り口にいた見張り役の男の声が響いた。

「てめぇっ、勝手に入ってくるんじゃ……」

 そのまま、見張りは膝から崩れ落ちた。

 異変を察知した強盗の仲間や店内の客、銀行員が一斉にそちらに視線を向ける。

 入り口に立っていたのは、やはり雪だった。

 衣装は魔法少女のままだが、目元から鼻先まで隠れるような青のマスクを着けている。

 そして雪の隣に立つのは、鮮やかな緑の衣装とマスクを纏うビビ。

「人々を傷つける悪は許さぬ、魔法少女スノープリンセス!」

「同じく、魔法少女ビビグリーン!」

 二人並んでしっかりと決めポーズまで行ったものの、店内じゅうの誰もが想定外の事態に呆気に取られており、やや肌寒い空気に包まれた。

 仕事とはいえ、よくも耐えられるもんだ、と洋一も素直に関心してしまう。

「んだぁ、アタマおかしい姉ちゃんには用はねぇよ。おめぇらも人質になれ!」

 強盗が拳銃を雪に向けるや、彼女は一目散に走り出す。

 床を大きく蹴るとそのまま跳躍し、対峙する相手の背後に着地する。

 強盗は咄嗟に身体を回すが、それよりも早く一閃した雪のキックは、彼の首元を強く叩きつけた。

 相手は白目を剥くと、ぐったりと崩れ落ちる。

「てめぇ、これ以上こっちに近づいたらこうだぞ!」

 カウンターに居た三人組の残党は、行員に銃を突きつけた。

 雪は足元にあった、客が落とした順番待ちの番号札を投げつける。

 鋭く空を走り、強盗の銃を持つ手の甲を切り裂いた。

「うぎゃあっ!」

 痛みに反射的に身体を丸めた彼の脳天めがけて、かかと落としをお見舞いする。

 それきり、犯人一味はみな地面に伏した。

 雪は咳払いをひとつすると、穏やかな声で話し出す。

「あー、お怪我はありませぬか? 魔法少女スノープリンセスが、見事悪党を退治いたしましたので、ご安心なされよ」

 すると、ひとりまたひとりと、店内に居合わせた客や行員が拍手を始める。

 店じゅうにいる皆が魔法少女の活躍を称えた。

 恐怖のあまり、親に抱き着いて泣き喚いていた子供たちも、雪の周りに駆け寄り、瞳を輝かせて魔法少女を見ていた。

 シャルロッテは魔法スティックをしまうと、腰を下ろしたカウンターから膝をだらりと垂らして、魔法少女協会の茶番を呆れ気味に観覧している。

 洋一の背に隠れていた亜耶も本物の魔法少女を間近に見て、恐怖と感動がない交ぜに押し寄せる、得も言われぬ少女の顔になっていた。

「あー、では私たちはこれで。あとは警察にお任せする」

 雪とビビは、手を振って店を出ようとした時だった。

「待ってください!」

 洋一は大声で二人を呼び止める。


 それに気づいた他の客も、声を発した少年に注目を寄せだした。

 洋一はわずかにシャルロッテに視線を向けてから、拳をぎゅっと握る。

 人前で目立つのは緊張するし嫌なのだが、彼の一世一代の大芝居だった。

「あの……僕、スノープリンセスさんにお会いしたような気がするんですけど……」

「なにを言う、洋一……あ、少年よ。そうかな? 人違いではないか?」

「そうですか? ちゃんと見ると、ホントに僕の良く知る人にそっくりで……だったら、僕の知ってる『あの人』じゃないっていう証拠を見たいんです」

「正体を明かすことはできぬ。正義の味方のツライところだ。理解してくれ」

 そう言い残して銀行を去ろうとする雪に対し、洋一は大きな溜息をついた。

「だってスノープリンセスさんは肉弾戦ばっかりで、魔法を使ってないじゃないですか。魔法が使えないなら『あの人』じゃないって証拠にはならないんですよ」

 このままでは警察もくるし、不審に思った通行人が立ち止まっていくし、雪は洋一の相手をせずに早々に帰りたかった。

 だが、足元では小さな子供たちが期待の眼差しで見てくるので、無視もできない。

「困った少年だ。仕方ない、少しだけだぞ」

「ちょっと、スノープリンセスってば!」

「すまぬ、ビビグリーンよ。わずかな時間だけでいい。私にくれ」

 雪は魔法少女スティックを取り出すと、大きく振り上げる。

 すると、色とりどりの紙吹雪や美しく咲いた花々だけでなく、菓子やおもちゃが足元から一斉に吹き上がった。

 子供たちは舞い散る紙吹雪に歓声をあげる。

「なんなら、何度でもできるぞ? 魔法少女の奇跡は日に一度きりということも無いからな」

 魔女の魔法は一日一度まで。それを洋一は試してくるはず。

 そこまでを見越して、雪は何度かおもちゃや菓子の雨を降らせる。

 雪は得意げに洋一を見返した。

「これで納得してくれたかね、少年?」

「わかりました……でも最後に、もう一個だけ、スノープリンセスさんが『あの人』なのか確認させてください」

「くどいね、少年も。まぁ何でも構わんぞ」

 雪は腰に手を当てて、洋一の質問を待つ。

 だが、魔法少女は正体を知られてはならない。

 魔法少女は速やかに現場を離れて、元の女の子に戻らねばならない。

 雪もビビも建物の外でみるみる増える観衆に、若干の焦りを隠せなくなっていた。

 洋一はたっぷりと間を取ってから語り出す。

「その……スノープリンセスさんに似ている『あの人』って年齢が十九歳で、身長は僕よりも少し高い一七四センチくらいで、長い黒髪なんです」

「そうか。それは奇遇だな、少年。だが、私もその人と偶然同じというだけだ」

 その言葉を待っていた洋一は、口元を緩めた。

「じゃあスノープリンセスさんも来年には、二十歳なんですね。だとしたら……もうけっこう僕よりオトナですよね。魔法少女っていうか……なんてお呼びしたらいいですか? 少女のまんまでもいいんですか?」

 間違いなく正義の味方で、不思議な魔法と武闘の技の使い手であるのは誰もが認めるところだが、十九歳というリアルな年齢を聞き、周囲の大人もにわかにざわめき出す。

 意味もわからずに、変わらず声援を送るのは子供たちだけだった。

 アメリカンコミックのヒーローものなら理解できるが、やはりあの衣装で十九歳の魔法少女という話には、高校生の亜耶も口元を押さえて息を呑むばかりだ。

 さすがの雪も、少しばかり冷えた周りの空気を察知すると、洋一の質問を大声で否定する。

「関係ない! おのこはいつでも少年、おなごはいくつになっても少女なのだ、それでよかろう!」

 だが、この話に一番驚いていたのはビビだった。

「ちょっと、ユキ! あんた十九歳なんて聞いてないよ! ホント日本人って見た目と年齢がよくわかんないんだから!」

「聞かれてないから言わなかっただけだ。だが、私にも適性があるから魔法少女になれたのだろう?」

「あのね……魔法少女は十六歳定年制なんだよ。そもそもユキは魔法少女になれないの」

「年齢で足切りだと、ふざけるな! どこの大名だいみょう小姓こしょうの話をしているのだ!」

「とにかく決まりだもん、ダメったらダメだよ。背が高いから画に映えるかなと思ったのに……ただのオトナじゃん!」

「こんな背の大きな少女がいるか! いや、江戸時代でもあるまいし背が大きいのは構わないだろう! 最初にわかりそうなものだと言っておるのだ!」

 途端に揉めだす魔法少女たちに、周囲も唖然と見守る。

 シャルロッテはカウンターからぴょいと飛び降りると、洋一のすぐ隣に着地する。

「なんか、モメだしたね。ヨーイチの作戦通りなの?」

 魔法少女たちに向けて視線を集中している他の客や亜耶に聞かれないよう、洋一は小声でシャルロッテに返事をした。

「予想より上手くいったみたいだけどね……でも僕がすごい小さい頃、大人になって結婚して子供もいるっていう、魔法少女のコメディドラマが夕方にやってた気がするんだけどさ……向こうの年齢制限って無くてもいいんじゃないのかな」

「シッ。ヨーイチ、それはお試しのパイロット版で、魔法少女協会でも無かった事になってるっぽいんだから。やっぱり実写版は厳しそうだから蒸し返さないで」

「それにしたって、異世界ものも、お母さんジャンルが出てきてるから魔法少女協会も、もう少し時代が追いつくのを待ったほうがいいんじゃないかな」

 とりあえず場を鎮めるため、シャルロッテは魔法スティックを大きく振り上げた。

 すると、行員も客も通行人も、洋一を除くすべての者がバタバタと倒れていった。

 驚いた洋一が慌てて亜耶の様子を確認すると、他の客も含めて、みな寝息を立てている。

「はい、そこまで~」

 両手を叩きながら、シャルロッテはゆっくりと雪たちの前に歩いていく。

「ビビも、もうわかったでしょ。お互いの持ち場を荒らすのはやめなさいよ。素直にいい子を探して登用すればいいじゃん。ユキもだよ。魔女として帰れる場所があるんだから、もう夢を見るのはやめなって」

「ちぇっ、マジメでつまんない奴だね、ロッティってば」

「早く帰らないと、魔法少女協会に営業妨害でクレーム入れるよ?」

「わかったっての」

 ビビは不貞腐れたようにその場を去っていく。

 焦った雪は彼女の背中に向かって必死に声を上げた。

「ちょっと待ってくれ、ビビ! 私はどうなるのだ!」

「ユキ、あんたはクビだよ。魔法少女にはなれないのっ!」

 捨て置かれた雪は、長い脚から崩れ落ちると、ぐったりと床に座り込む。

「どうしたらいいのだ……既に魔女協会本部に、伝書カラスで退会届を送ってしまったぞ。もう私に行く当てもない……寿命も人間に戻り、江戸にも帰れず頼る身内も居ない、無職で十九歳の大女ではないか」

 シャルロッテは膝を曲げると、雪の肩にそっと手を置く。

「あたしが本部まで一緒に行って、頭下げてあげるからさ。また魔女やろうよ」

「だが……」

「だって、ユキも言ってくれたじゃない。あたしたちズッ友だって」

 雪は力無く顔を上げるも、シャルロッテは満面の笑みで彼女を受け入れる。

 己の恥ずかしさから雪はほんの少しだけ瞳を潤ませていた。

「じゃあヨーイチ。悪いけど、あと頼むね」

「えっ、ちょっ……あとをどうしたら……ねぇ、ロッティってば!」

 シャルロッテは指を鳴らすと白煙が巻き上がり、雪とともに姿を消した。

 店の中も外も、倒れて眠る人々に囲まれて、洋一は茫然と立ち尽くす。

 やがて通報を受けたパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 洋一は慌てて床に倒れると、たぬき寝入りをして、集団睡眠の被害者のひとりとして紛れることにした。


 それ以降、魔法少女の活躍の話はぱたりと止んだ。

 噂は尾ひれを付けて、悪党を退治し終えて他の街へと去っていったとか、逆に悪に負けて退治されてしまった、グッズの売れ行きが悪かったせいでスポンサーから活動打ち切りを食らった、だからおもちゃ屋のトラックに轢かれて異世界転生したなどと、まことしやかに語られていた。

 亜耶を含む銀行に居合わせた者たちは、目を醒ました前後の記憶が曖昧で、ただひとつ憶えていたのは、強盗犯グループは間違いなく魔法少女がしとめた、ということだけだ。


 事件解決の翌日。

 夕闇迫る黄昏時の、洋一の部屋。

 彼がベッドの上でスマートフォンを眺めていると、シャルロッテが先に帰ってきた。

「おかえり、ロッティ。お雪のことどうだった?」

「うん、退会は無しになったよ。サマンサさまのお口添えもあったし、人間の召喚主からの嘆願書なんて前代未聞のものまで提出されたからね。上層部もみんな笑ってた」

 洋一は昨日、警察の事情聴取を終えて帰宅したあと、手紙をしたためていた。

 それは雪の処遇について、最大限の配慮をして欲しいというものだった。

「でもさ、ヨーイチはどうやってあの手紙を伝書カラスに託したの? 魔女はみんな不在だったのに」

「ビビだよ。ビビが来てくれてさ、魔女時代のつてでカラスを呼んでくれたんだよ。お雪やロッティのことはぶちぶち文句言ってたけど、僕にはごめんって素直に謝ってたよ」

 洋一の机の上にはドイツ菓子である、白チョコをコーティングしたバームクーヘンが置かれていた。

「それにしても、あのビビがねぇ……ヨーイチもスミに置けないね」

「たぶんビビって十三、四歳くらいでしょ? ロッティに負けないように張り合って、強がってるだけだと思うんだよね。素直になれない年頃っていうか……」

「ちょっと、ビビに気があったりしないよね? ヨーイチはアヤだけ見てないとダメなんだから、このぉ、ちょんちょん」

 シャルロッテはまた軽薄そうな喋り方と笑みで、肘で小突いてくる。

 思わず引きつった愛想笑いせずにはいられない洋一だったが、雪を心配していた彼女もまた元気そうになったのには安堵した。

「これで、お雪と僕の契約は無しにはなってないんだよね?」

「うん、だから百日後に死んじゃうっていう時計は進み続けてるけどね」

 契約が未達成ならば自分が死ぬことには変わりないのだが、雪が戻ってきてくれたことで、不思議と笑みを堪えきれない洋一だった。

「ていうか、ビビの話を聞いて思ったんだけどさ……魔法少女の定年が十六歳なら、それ以降も活躍したい子を魔女協会で引き取るとかすればウィンウィンなのに」

 魔女協会と魔法少女協会は常に競い合うライバル同士。

 その発想が無かったシャルロッテは、目から鱗を落としたまま固まってしまった。

「ヨーイチがしれっとそんなアイデアを出すなんて思わなかったよ。シレット紅茶はまさにセイロン、思わず頭をペコー、君がキーマンだね」

「まぁ、それが出来るかどうかは、ロッティたち若い魔女の頑張り次第じゃない?」

 東洋の魔女、雪が偶然に契約した、召喚主である日本の男子高校生。

 それだけのはずなのに、この人間には不思議な魅力がある。

 まるで自分だけではなく、雪を魔女としても成長させてくれているようであった。

 それはまさに二人三脚のごとく。

 でも夫婦善哉と言うにはネタとして古いかな、とシャルロッテも空想を巡らせる。

「それじゃ、あたしも頑張ってあちこち魔女候補を探しに行かなきゃね」

「えっ? ロッティはお雪が帰ってくるまで待ってないの?」

「うん。あたしよりヨーイチのフォローが大事なの。ユキのことよろしくね。まだちょっと気落ちしてるみたいだから」

「……そう? わかったよ」

 すると、シャルロッテはエプロンのポケットから小さな瓶を取り出した。

「協会の倉庫からナイショで持って帰ってきちゃったけど魔女特製の媚薬だよ。今回のお礼にヨーイチにこれをあげるからさ、ユー、アヤに使っちゃいなヨ」

 洋一は瓶の中の七色の液体をまじまじと見ていたが、首を横に振った。

「いらない。それじゃ帰ってきたお雪の出番が無くなっちゃうし、やっぱり僕自身がもっと頑張って亜耶を振り向かせなきゃいけないと思うから」

「ホントにいいの? ヨーイチもマジメだよね。一緒にお仕事できるユキがちょっと羨ましいかもねぎ南蛮、君の蕎麦には僕がいたわさってね」

 素直な洋一の反応を見たシャルロッテも、雪が彼の恋を真剣に応援していたことに妙に納得させられた。

 小瓶をポケットに戻しながら、シャルロッテはうつむいたままつぶやく。

「イッヒ・マグ・ディッヒ・アオホ……」

「えっ? なんて?」

「それじゃ、ヨーイチ。またね」

 シャルロッテはスカートの端を持ち上げて挨拶をしたが、洋一の顔を見るなり眉を寄せると、真剣な眼差しでじっと彼の様子を窺う。

「なんか僕の顔、ヘンかな?」

「ちょっとヨーイチ、鼻毛が出てるよ。モサモササウルスって恐竜みたいに荒々しいんじゃない?」

「うそっ!」

 慌てた洋一が指先で鼻のあたりを確認していると、シャルロッテは彼の肘ごと、ぐっと指を鼻の中に向けて押し込む。

「痛ってぇ! ロッティ、なにすんだよ!」

 涙を浮かべて苦痛に悶える洋一の顔を見て、シャルロッテはくすっと笑うと、突然に彼の頬に唇を添えてきた。

 頬に当たる柔らかな感触とともに、甘い女の子の香りが鼻腔をくすぐる。

「ヨーイチ、ありがとね」

 それきり、白煙を上げてシャルロッテは旅立っていった。

 純情奥手が売りの雪、ファッションエロのドロッチャ。

 それをも凌駕するかもしれない、魔性の女シャルロッテ。

「ビビより……ロッティのがいいに決まってるじゃん……」

 洋一は自分の頬をそっと撫でながら、彼女が居た先の壁紙をじっと見つめていた。


 しばらくすると、洋一のクローゼットの扉が勝手に開く。

 中からはいつもの武道着に戻った雪が出てきた。

 だが髪留めは無く、魔法少女のリボンも失い、長い黒髪は本人同様に色艶をなくして、まとまりなく垂れさがっていた。それはまるで、これから京の河原で磔刑たっけいにされる罪人の女のようだった。

「すまなかったな、洋一。なんというか、その……」

 雪はうつむき気味に顔を紅潮させていたが、彼の前で深く土下座をする。

「よもや、召喚主であるお前に嘆願書まで書かせてしまうとは、このお雪、一生の不覚。江戸の頃ならば切腹ものだ。死んでも詫びきれぬ」

「あのさ……もういいよ。頭あげてよ。お雪が戻ってきてくれただけでいいからさ」

 それでも顔を上げることも出来ず、雪はずっと頭を下げ続けている。

 洋一は大きく息を吐くと、一枚の紙を差し出した。

「ほら、これ。ロッティから預かってるからさ」

 雪がわずかに顔を上げると、それは魔女協会の便箋だった。

 退会は免れたものの、雪に下された沙汰はゴールデンウィーク以来、二度目の始末書というわけだった。

 ところが、便箋の上には洋一がプレゼントした紺色のシュシュが置かれていた。

 ビビが目の前で外したものを、洋一は大切に保管していた。

「洋一、これは……」

「やっぱ、お雪はこれが似合うよ。お雪にあげたものだからさ」

「……すまぬ」

 雪は居心地悪そうに、静かに顔を上げるとシュシュを手に取る。

 洋一と共に居る間はいつもそうしていたように、後頭部で髪を留めた。

「どうだ、洋一。総髪になったか?」

「うん、やっぱりお雪はポニーテールが似合うね」

「……そうか」

 協会に謝罪に赴き、この部屋に戻ってきてから、初めて雪は笑った。

 そんな彼女の笑顔を見て、洋一も安堵した。

「それにしても、お雪があんな過激なカッコするのも平気だなんて知らなかったよ。やっぱり女の子って変身願望とかあるんだね」

 不意に鼻の下を伸ばす洋一に、雪は顔じゅうを紅潮させて強めに彼の頬を叩く。

「うつけめ! 私のヘソを思い出すでない!」

 照れを隠すために力の加減ができなかったのか、日頃の鍛錬の成果か、亜耶よりも強靭な雪の腕で叩かれた洋一は、ぐにゃりと床に崩れ落ちる。

 痛みで朦朧とする脳内には、魔法少女の雪のコスチューム姿が蘇ってきた。

 セパレートの衣装で剥き出しの腹部も衝撃的であったが、これまで武道着のせいではっきりとは見えなかったものの、やはり雪は江戸生まれにしては胸が大きい。

 それだけは確信した洋一だった。

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