三十九日目:雪は魔法少女? 第三話
洋一とシャルロッテの前に姿を現した雪。
二人ともすっかり仮装した雪の様子に驚いて目を丸めていた。
だが、無意識に洋一の視線は、鍛え上げられた腹筋で細く締まり、かつ無駄なものが付いていないくびれた腰の曲線と、長身を活かした脚をすらりと出したスカートに目が行ってしまう。
「これ、洋一……あまりヘソを見るでない。私もまだ少し恥ずかしいのだから」
「いや、お雪。おかしいって。僕がヘンなこと言ったせいなら謝るから。ロッティはお雪の友達だから手伝うって前にも言ったし、無理にその……カッコまで女の子っぽくしなくてもいいんじゃないの?」
「ちがうよ、ヨーイチ……」
変わり果てた友人を見ていたシャルロッテは声を震わせる。
それは友への怒りではない。
競合するあの組織の存在。
そこに向けられた怒り。
「ユキったら、魔法少女協会に行っちゃったみたい」
「ええっ?」
「そうなのだ! 私の本当の生き甲斐が見つかったのだ!」
雪は瞳を輝かせて、興奮気味にまくしたてる。
常に冷静沈着、眼光鋭く、声を抑えて話していた彼女のこれまでとは真逆であった。
まさに、少女のごとき振る舞いだ。
「私が江戸の頃に驚いた、西洋で自立するおなごだが、これこそがそのあるべき姿だと思わぬか? 私は魔法少女としてこんなに活躍できるとは思わなかったぞ!」
彼女の発言の真意が分からず、洋一も首を傾げる。
加えて、喋りは相変わらず古めかしい江戸言葉の魔法少女にも違和感を覚えた。
「お雪、どういうことなのさ?」
「最近の一連の報道を見ておらぬか? まさに私は正義の味方だぞ!」
そこで洋一は教室の昼休みに、他の生徒たちが取り上げていたニュースの話題を思い出した。慌ててスマートフォンを用意すると、この週末からのトピックをいくつか読み上げた。
「まさか、この……議員汚職を摘発、爆弾魔や連続殺人犯の相次ぐ逮捕、大規模な脱税で大手企業を家宅捜査とか?」
「うむ。それだけでない。行方不明の少年を救出し、踏切事故を未然に防ぎ、倒れた老婆を病院に送ったりもしたな」
得意げにうなずく雪。
これまで洋一が見ていた彼女は腕を組むことが多かったが、腰に手を当てて細身の下腹部を惜しげもなく誇張するあたり、自信の表れに見えた。
狼狽しきったシャルロッテは雪の両肩を掴むと激しく揺する。
「なに言ってんのよ、ユキ! あたしと一緒に魔女やれてて嬉しいとか、あたしとはズッ友だぞって言ってくれたじゃない!」
「もちろん、ロッティはこれまでと変わらず無二の友だ。進む道が違えどもな」
「あらら……こりゃ相当にお雪も洗脳済みだね」
唖然と魔女同士のやり取りを見ていた洋一だったが、ふとある疑問が脳裏によぎる。
「……ねぇ、ロッティ。僕とお雪の契約ってどうなっちゃうのさ……亜耶と付き合うっていう話は」
シャルロッテはエプロンのポケットから、掌サイズの黒革の手帳を取り出し、ページをぺらぺらと乱暴にめくる。
「『規約第二十条……召喚主の過失もしくは故意により、その者が命を落とした場合は、契約も消滅し魔女は減点対象になりません。魔女の過失もしくは故意により契約の維持が困難な状況と判断された場合、契約は強制解除となり召喚主の命は救われます』……だってさ」
「そっか、僕は死なないで済むんだ。良かった……ってそれじゃダメじゃん!」
今度は洋一が雪にすがりつく。
「ねぇ、お雪。僕との契約はどうするんだよ。亜耶と付き合わせてくれるんじゃなかったのかよ」
「うむ、それは洋一が自ら切り拓いてゆくのだ。この私のようにな」
「本気で言ってるの?」
「魔法少女としての役目は、あらゆる万人を幸福にすることだ。それは洋一や三枝亜耶の幸福でもある。案ずるな、お前たちの暮らし向きを良くするために、悪と戦い続けてやるからな」
「……もうダメだ。ビョーキだよ、これは」
すると、洋一の部屋の中はみるみる黄金色の暖かな光に包まれていく。
魔女が登場する前に電気が消えたり、太陽が沈んだかのように暗澹とするのとは、真逆であった。
「どうだい、ロッティ! これが魔法少女の力なのさ!」
どこからともなく響く少女の声に、苦々しく顔を歪めるシャルロッテ。
「うげぇ、この声は……」
またも洋一のクローゼットが勝手に開くと、中からは緑のワンピースを着た中学生くらいの金髪の少女が飛び出した。
シャルロッテは突如として現れた少女を指差しながら悲鳴に近い声を上げた。
「ほら! やっぱ、ビビだ! あんた、何しにきたのよ!」
「ロッティにご挨拶にきたの。ユキが転職するからね」
雪と契約してからというものの、次々と現れる新しい魔女に、洋一も呆気に取られていた。こんなに召喚主以外にも易々と顔を出して、魔女はみな寂しがり屋なんだろうかと首を傾げる。
「ねぇ、ロッティ。この人は?」
「こいつはビビって言って、まだドイツに居た頃、隣り村に住んでた年下のやつ。あたしのマネして後から魔女になったのに、あっさりと魔女協会を退職して、魔法少女協会に寝返った裏切り者だよ」
「じゃあ、やっぱり魔法少女も不老不死なんだ。どっちかって言うと、子供から大人になる前の子たちが、心も身体も成長していくってイメージだったけど」
シャルロッテに代わり、ビビは雪と契約する人間の少年にうなずいた。
と言っても外見や、魔法少女になる前の実年齢は、洋一よりもずっと年下だが。
「あんたがヨーイチだね。ユキから聞いてるよ。ごめんね、ユキのこと貰っちゃってさ。魔法少女って現場採用するのは普通の女の子ばっかりなんだ。だからどうしても大人になると、元の生活に戻っちゃうからさ。あたいやユキみたいに歳をとりにくい元・魔女の協会員がいると楽だし、幹部候補生ってわけなのよ」
「なんだか、ウィーン合唱団みたいだ。それも大変そうだな」
思わず納得しそうになった洋一だったが、慌てて頭を振る。
「いやいや、違うってば。勝手にヘッドハンティングされても困るんだけど。しかもお雪が元・魔女って。魔法少女に転職したら、僕はどうなるのさ?」
「でも、ユキもこの仕事を気に入ってるんだわ。今はテスト期間だけど、魔女の頃よりも活躍してるみたいじゃん? あたいも正採用する方向で協会に伝えるからさ」
シャルロッテはエプロンをぎゅっと噛み締めて、わかりやすく怒りを露わにしている。
「んぎぎ……くやし~! このビビはいつもあたしの邪魔ばっかりするんだもん!」
雪を心底嫌ってライバル視しているわけではなく、むしろ茶化して遊ぶドロッチャとは違い、シャルロッテのビビに対するそれは、洋一には明確な敵意にすら見えた。
彼もこの状況をどう整理すべきか、頭を掻く。
「お雪はホントにそれでいいわけ?」
「うむ。これからは『東洋の魔女お雪』改め『魔法少女スノープリンセス』として、活動していこうと思う」
「スノー……プリ……え?」
その言葉を耳にした洋一の方が照れて顔面を紅潮させてしまったが、雪自身は微塵の迷いもなさそうだった。
ビビは勝ち誇った笑みで、ぴょんと床を蹴った。
すると彼女の身体はふわふわと宙に浮かび上がり、雪の頭と同じくらいの高さを浮遊する。
そして雪の後頭部から洋一がプレゼントしたシュシュを外して、代わりにポケットから水色のリボンを取り出すと、黒髪の束を頭頂部で留めた。
「これ、ヨーイチに返すね」
ビビは中空からシュシュを放ると、それは洋一の足元に静かに落ちた。
「それじゃ、あたいたちはこれからも、世のため人のために働くから。コソコソと人目を忍んで魔法ばっかり使ってる魔女のロッティも、人間のヨーイチも応援してよね」
ビビが魔法スティックを振ると、二人は姿を消した。
雪たちがもと居たあたりを茫然と眺める洋一と、口惜しさで髪を搔き乱すシャルロッテ。
「なんだってのよ、ビビったら! ひ~ん、ヨーイチぃ……これじゃあユキを取られちゃうよぉ」
シャルロッテは洋一の胸に泣きついたが、彼の反応は薄い。
「なんかお雪、生き生きしてたな……魔女時代より楽しそうだし、もしかしてホントにやりがいあるのかも……」
「なんでヨーイチまでそんなこと言うのよっ! それじゃあたしがユキを魔女にしたこと、間違いだったみたいじゃないの!」
このまま雪も新しい道を歩いたほうが、彼女のためにもなるだろうし、確かに亜耶と恋仲になるなら、本来は自分で努力せねばならないことでもある。
「ヨーイチはどうするの? やっぱりユキがいなきゃ寂しいでしょ?」
「そりゃあね……急にお雪とお別れってのもアレだけど……」
今後をどう振る舞うべきか洋一も途方に暮れて、視線を室内に彷徨わせていた。
その時、視界の先に一冊の手帳が落ちているのを発見した。
「あれ、なんだろ?」
洋一が拾い上げると中身はぎっしりと英語に似た文字が書かれているが、スペルの並びはあまり授業でも馴染みのないものだった。
「これ、ビビの手帳だよ。ドイツ語だもん。あたし読めるよ」
「そうなんだ。落としちゃったまま帰ったんだ」
シャルロッテは手帳を受け取ると、ページを何枚かめくっていく。
「なにこれ……『ユキのОJT』って書いてあるよ」
「おーじぇーてぃー?」
首をひねる洋一に、シャルロッテが解説を入れる。
「実際に働きながらお仕事に慣れるトレーニング期間のことだよ」
さらに、そこに書かれていたビビの文字を読み上げていった。
「五月二十三日……
洋一はスマートフォンを取り出して過去の事件事故のニュースを漁ってみると、発生日時とそれが解決した珍妙な衣装のヒロインの目撃談という日時が一致していた。
「どういうこと? まさかお雪のためにわざとトラブルを起こしてそれを解決させて、魔法少女の評判を上げてるのかな?」
「違うと思うよ。それだと冤罪で逮捕されちゃう人も出てくるし。たぶん未来予知の魔法を使ってるんだね」
「魔女は未来予知って使えないの?」
「もちろんあるけど召喚主との契約には関係ないし、未来を教えちゃうと願い事の成就に対してマズいこともあるから禁止されてるの。そういう商売してんだ、魔法少女協会って……それじゃあ、いつの時代だって都合よく誰でもヒロインになれるよね」
相手の手の内が見えてきたのか、シャルロッテはまたも頬を膨らませると、怒りに震えていた。
「ねぇ、ロッティ。そこにはこれから未来で起きることは書かれてるの?」
「一番最後のところは……五月二十七日。十五時過ぎ、みつ葉銀行の駅前支店で三人組の銀行強盗って書いてある」
「ホントに? それ、明日だよ」
洋一はそれからしばらくの間、腕を組んだまま深慮した。
「そこにまたお雪が来るってことだから、その時に説得できるんじゃないかな?」
「ダメダメ、ヨーイチが危ないよ。だって銀行強盗だよ?」
「だいじょうぶなはずだよ。魔法少女が来るんだから、民間人には被害は出ないはずだと思う。でも万が一の時は、ロッティが魔法でなんとかしてよ」
不安げに見つめるシャルロッテに対し、彼女の心配を取り除こうと、洋一は努めて明るい笑顔を浮かべる。
「僕にいいアイデアがあるんだ。魔法少女は評判を上げるためにワザと人前にも姿を現すところが、ポイントだね」
すると、再び室内が輝き出すと、ビビが光の渦の中に立っていた。
「やっぱり、手帳を落としちゃってたんだ。ロッティ、勝手に覗いたりしてないでしょうね?」
「ふん。大事なものなら、落とさないように気をつけ、前にならえってのよ」
シャルロッテは舌を出して、彼女らしい仕草でビビに対して嫌悪感を露わにする。
ビビは乱暴に手帳を奪い取ると、また姿を眩ませた。
翌日。
六限までの授業を終えた洋一は、速やかに帰宅の準備をしていた。
そして、廊下で待機していたシャルロッテに目配せをする。
ところが、亜耶は陸上部に行かずにカバンを手に取って、彼に声を掛けてきた。
「ねぇ、洋一。今日は先生が会議だから部活が無しなんだって。一緒に帰ろ?」
「えっ? いや、ちょっと用事があるんだけど」
「電算部なの?」
「そうじゃないけど、駅前の銀行の……」
「じゃあ同じルートじゃない。用事に付き合ってあげるから、一緒に帰ろうよ」
彼女を危険に晒したくないものの、せっかく同伴下校できるのに、無下に断って心象を悪くするのも、洋一の願いからすれば本末転倒だった。
困惑したように、洋一とシャルロッテは一瞬だけ視線を合わせる。
「しょうがないよ、ヨーイチ。最悪の場合、あたしが魔法を使うからアヤには嫌われないようにしたほうがいいよ」
「そうだな……じゃあそうするか」
仕方なしに、洋一は亜耶への返事のように振る舞いながら、シャルロッテに対して首を縦に振る。
亜耶を連れて一緒に事件が起こるであろう、みつ葉銀行まで向かうことになった。
六限を終えたあと、十五時過ぎの事件発生まで時間的にはギリギリ。
かなり足早に歩く洋一を亜耶も不思議そうに見つめる。
「別にATMなら夕方でも開いてるじゃない。窓口に行く用事なの?」
「そうなんだよ。ちょっと急ぐ必要があるっていうか」
なんとか十五時前に銀行に着いた洋一は、入店する前に足を止める。
「亜耶は外で待ってて構わないよ」
「いいよ、別に。隣でスマホでも見てるから」
非常に間の悪い展開だが悩む時間も無いため、やむなく店の中へと向かう。
洋一は適当な理由を繕って窓口の順番待ちをする。
亜耶は洋一の隣に座り、彼の番号札が呼ばれるのを待っていた。
シャルロッテはカウンターの上に立ち、店内にくまなく視線を送る。
洋一がスマートフォンの時刻を確認すると、十五時となった。
店内で既に順番を待つ対応中の客を除き、新規の受付終了をするためのシャッターが閉められていく。
その時、帽子とマスク、サングラスに全身黒の服を着た三人組の男が店に入ってきた。
営業時間外のため、やんわりと断るスタッフに対し、一人が拳銃を向ける。
そして残りの二名が天井に向けて二発、威嚇射撃をした。
「おらぁ、おとなしくしろぃ! あるだけ金を出せぃ!」
銃声と強盗の怒号で、店内の客はパニックになり悲鳴が幾重にも飛び交った。
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