三十九日目:雪は魔法少女? 第二話

 シャルロッテの魔女候補探しが空振りに終わった、その日の午後。

 洋一の部屋では、雪が二人の帰りを待っていた。

「戻ったな、洋一。さて、魔女探しはどうであったか、ロッティ?」

 シャルロッテは不満そうに床に座ると、丸眼鏡をテーブルの上に放る。

「ということは、無駄骨だったということだな」

「ぜんぜんヨーイチの周りには、素質ありそうな子がいないんだもん。というか、そもそもヨーイチの周りにはロクに女の子がいないの。メスからあぶれたオスと掛けて、難しい漢字と解く……『よめない』とか言えちゃうくらい」

「当たり前だ。仲良さげな幼馴染とも付き合えないおのこだぞ? おなごの友人が多いわけなかろう」

 雪からの当然と言わんばかりの指摘に、シャルロッテも不服ながら納得した反応をすると、洋一もさすがに勝手に話を持ち掛けられてその反応は、あまりに無体だと腹を立てた。

「知らないってば、そんな魔女の事情なんか。学校とか近所とか、他の街でも他の国でも、ロッティが探しに行きゃいいじゃんか」

 すっかり腐ったシャルロッテは今日の活動を諦めて、洋一を無視してビールを飲み始めた。

「これ、ロッティよ。まだ一日目だぞ。洋一の言う通り、あちこち飛び回って探せばよいではないか」

 とはいえ、仲良しの同僚を無下にはできないため、雪も鼓舞するかのように空いたグラスにビールを注いでやる。

「だってさ、日本なんてもう何周したかわかんないよ。やんなっちゃうちゃう、今日のワンコだもん」

「なんか今のロッティはギャグも冴えてないね……」

「まさに迷走してると言えるな」

 シャルロッテは頬を膨らませてビールを飲み干すと、おかわりを雪に催促する。

「もう! 単に魔女候補を探すだけなら、こんなラクな仕事ないよ。でもテレビが普及し始めた二十世紀くらいから魔法少女協会がどんどん強くなったせいで、候補生を横取りされちゃうし、魔女ってイメージがさらに悪くなったんだもん。それに、上司からも『わたしの時代はこうだった』っておなじみのお説教されちゃうし……嫌だよぉ、ひ~ん」

 先日のテスト勉強の際もずいぶん飲んでいたシャルロッテは、ドイツ人らしく酒にも強くて泣き上戸というわけでもなさそうだが、途端に瞳を潤ませる彼女の涙を見ると、ある意味、亜耶や雪や、ましてドロッチャよりも最も女の子らしい仕草に、洋一はあっさりと撃ち抜かれてしまった。

 その破壊力は、照れて堅苦しくない言葉遣いの雪を越えて、僅差でランキングの頂点に浮上してきた。

 頭を掻きながらシャルロッテの近くに座ると、洋一は咳払いをひとつした。

「あのさ……僕も協力するからさ。もうちょっと頑張ろうよ」

「ホントに? ヨーイチ」

「せっかく、こうやって知り合えたんだから、ロッティの力になりたいな……って。いいじゃん。放課後に違う駅のあたりも歩いてみるとか、こんどの週末にもっと人のいる繁華街に行くとかでも」

 途端に饒舌になる洋一が発する不穏な気配を察知した雪は、彼を睨み続ける。

 もちろん、自身もおなごなのに捨て置かれたという嫉妬も多少は無くはないが、年下の友をオスの害獣から守るように。

 その殺気を察した洋一は慌てて取り繕う。

「……あっ! もちろんロッティがお雪の友達だからって意味だよ。女の子に頼まれて断れる男なんていないんだし、お雪のためにも見捨てられる訳ないじゃないか」

「当然であろうな。本来ならお前は三枝亜耶に注力せねばならぬのだからな。私よりもおなごらしいロッティのことばかり考えていると、契約期限切れで死ぬぞ」

 雪は突然に立ちあがると、竹刀を握ってベランダへと向かう。

「私は寝る前の鍛錬をしてくる。じゃあな、洋一」

 そう言い残すと、室内には一切視線を向けずに竹刀に乗って飛んで行った。

『ありゃ、お雪のこと怒らせちゃったかな? 確かにホントは亜耶のこと頑張らなきゃいけないのに……』

 場の流れに飲まれてしまい、去っていく雪を見て若干の申し訳ない気持ちもあった洋一だったが、シャルロッテに袖を引かれると、ついそちらに視線を戻してしまう。

「それじゃ、ヨーイチ。明日からどうするか作戦を考えようよ」

「……そうだね」


 わずかな街灯が照らす日没後の公園。

 雪は一心不乱に竹刀を振った。

「ふんっ!」

 植樹された木の幹に鋭く竹刀を叩きつけるが、魔女である彼女の一閃は、木を通り抜けていく。

「まったく、自分の命の危険を感じておるのか、洋一は。どうしようもない奴だ」

 雪は荒く肩で息をしながら、乱れた髪を整えるためにシュシュを外した。

 掌の中にある紺色のシュシュをじっと見つめる。

「……うつけ者め」

 頭を振ると、シュシュをぎゅっと握りしめた。

「そりゃ、ロッティは幼くて可愛げがあるおなごだ。ドロちゃんも『泥棒猫』らしくおなごを武器にしている。それに比べて、私ときたらどうだ……」

 雪は両頬をぐっと持ち上げると、引きつったようなぎこちない笑みを作る。

「ほらっ、洋一。私の魔法で三枝亜耶なんかイチコロだよっ」

 似合わぬ芝居をしてみたところで、痛々しいのは自分でも承知していた。

「いったいなにをしておるのだ、私は……」

 髪を搔き乱すと、シュシュごと竹刀の柄を強く握る。

「私やロッティは魔女で、あやつは人間の召喚主だぞ。おのこもおなごも関係ないったら関係ないのだ!」

 下ろしたままの髪を激しく振り乱しながら、雪は竹刀で何度も空を斬る。

 すると、小さな笑い声が聞こえた。

 公園のベンチに腰掛けた異国の少女が笑っている。

 ドロッチャやシャルロッテよりもさらに年下で、かなり若そうなその少女は、まだ女性らしい曲線の少ない身体に緑色のワンピースを肩から膝まで、すとんと下ろしていた。

 ツインテールと呼ぶにはとても短い金髪を両耳のうしろにゴムでまとめ、そばかすの目立つ白い肌に、紺碧の瞳でニヤニヤと雪を見ていた。

「なんだ。私が見えるとは人間ではないな。しかも外国のおなごか……最近、協会に所属した新人の西洋の魔女か?」

「ねぇねぇ、すごくイライラしてたけど、なにか不満なの?」

「若いお前にはまだ関係ないことだ。おなごなら誰もが通る道だと心得ていろ」

 ベンチからぴょんと立ち上がった少女は、雪の近くまで歩み寄ると、じっと顔を覗き込んでくる。

「なんだというのだ?」

「日本でもドイツでも、職業選択の自由って法で認められているんだよ?」

「いったい、どういうことだ?」

 少女は節ばった堅い雪の手を握って、にこりと笑う。


 翌朝。

 スマートフォンのアラームが鳴り、洋一は目を醒ます。

 シャルロッテはベッドに眠り、彼は亜耶の部屋が無くなった魔法でのお泊まりと同様に、毛布とクッションを利用して床に寝ていた。

 雪は就寝前に戻ってくることもなく、今朝も洋一がリビングで朝食を摂っている間も、庭でいつもの素振りの鍛錬をしている姿もなかった。

 この日は週末。

 学校はないので、シャルロッテを繁華街に連れていく約束だった。

 もちろん彼女とデートでも、亜耶と恋仲を進展させる練習でもなく、魔女候補が居ないか見回りをするためであった。

「それじゃヨーイチ、街にいこうを笠に着る雨合羽だよ」

「ロッティもちょっと元気でたんじゃない? まだギャグはアレだけど……」

「そんなのいいから、はやく!」

 シャルロッテに催促されて、部屋を出ていく。

 ところが街を見回る間も、空振りでシャルロッテと帰宅しても、雪の姿は無かった。

 そのまま夜を迎えても雪は戻らない。

 明けて日曜日になっても、彼女が姿を現すこともなく、そのまま週末は暮れていく。

「ねぇ、ロッティ。お雪が全然戻らないんだけど、だいじょうぶかな? もしかして僕がなんか怒らせることしちゃったかな?」

「連絡もしないってユキにしてはヘンだよね? 魔女の家出? 家でおとなしくしてなさい、って言わなきゃ」

「なんか、嫌な予感がするんだけどな……」

 洋一は更けていく夜の街を、ガラス窓ごしに見つめていた。


 月曜の朝となり、ふたたび洋一は登校の準備を始めた。

 隣には魔女の素質を見抜くための丸眼鏡をつけたシャルロッテが同伴する。

 だが、この日は自宅前で亜耶と合流して通学路を駅まで歩いていた時も、電車を降りて学校に向かう間も多くのパトカーとすれ違った。

 なにやら街全体が奇妙に慌ただしく動いているようだった。

「ねぇ、洋一。また、なにか事件でもあったのかな?」

 いつもと違う違和感に気づいた亜耶も、きょろきょろと周囲に視線を巡らせている。

「なんだろ、まさか逃走犯がうろうろしてる訳じゃないよな」

 行方不明になった雪の動きも気になるし、パトカーを見ると亜耶と一緒の時に雪が放った乱暴な魔法が発動するのではないかと、勘繰ってしまう洋一だった。

 一方、シャルロッテは丸眼鏡をつけてすれ違う少女たちを細かく観察する。

「う~、ゼッタイ魔女候補を見つけてやるんだから」

 洋一たちが授業を受けている間も、シャルロッテは学校じゅうを散策しながら、廊下から教室を覗いて、女生徒たちを注意深く選別する。

 よもや、大人の女性で能力者がいるかも、と教員室や事務員室もつぶさに観察した。

 購買部で、文房具や食品の棚出しをしている年配の女性の顔もしっかりと覗く。

「まぁ、さすがにないよね。これだけオトナなら、前にあたしが確認してるか」


 やがて、時間は昼前となった。

 シャルロッテは屋上で溜息をつきながら、空を仰ぐ。

「もう疲れちゃう……あたし営業って苦手なんだよね。ヨーイチの言う通り、他の国でも見てこようかな」

 まずは人間の生徒たちと同様に自身も昼食にして気持ちを切り替えようと、持参した堅焼きのパンをエプロンの上に並べていた。

 一方、教室で食事をしている洋一たちのクラスでは、スマートフォンに流れるニュースに騒然としていた。

「いままで見つからなかった指名手配犯とかが、バンバン検挙されてるらしいよ」

「うわ~、あのテレビに出てた大臣、議員汚職で逮捕だってさ。献金した会社もガサ入れだって」

「家出した子猫を探してきたり、横断歩道でおばあちゃんの荷物を持ってあげたり、子供が放して飛んでった風船を拾う、ヘンなカッコした女の人が出没してるらしいよ」

 周囲で繰り広げられる妙なニュースの話題を聞きながら、互いに向き合って弁当を食べていた亜耶は、洋一に向けて声を掛ける。

「なんか、正義のヒーローでも現れたのかな? こないだ洋一に言われたせいで、ホントに魔法少女がいるのかなって思っちゃうじゃない」

「はあっ? 魔法少女って正義の味方なの?」

「どっちかって言うと、そうじゃないかな? だって魔法少女のアニメや漫画を見てると、悪者をバタバタ倒すって感じでしょ」

「じゃあ女子から見た魔女っ子って、どんなイメージなんだよ?」

 ミートボールの刺さったフォークを口にくわえた亜耶は、その質問に対しての回答を思案する。

「魔女っ子は、なんか魔法で周りをトラブルに巻き込ませるギャグ漫画か、すごーく暗い破滅系みたいな感じ?」

 まさにその通り、と洋一もぐうの音も出ない答えに笑うしかなかった。

 別行動しているシャルロッテがくしゃみでもしているのでは、と案ずる程だ。

「もちろん、ホントに居るとは思ってないけどさ、でも魔法少女がそういう悪者をやっつけてくれてるんなら、嬉しいよね。世の中がいい方向に進むじゃない」

「そうなのかな……やっぱ女子はそういう風に思うんだな」

 とてもシャルロッテには聞かせられない話だったが、彼女の気配が近くになかったのは、洋一にとっては安心だった。


 その頃、屋上に居るシャルロッテはもぐもぐと咀嚼しながら良いギャグでも浮かばないかと、息抜きをしていた。

 校舎から遠くの街並みを見ている時だ。

 なんとなく感じる懐かしいドイツの心地よい匂い。

 視界の先にうっすらと感じる魔力の揺れ。

 そして得も言われぬ不快な気配を感じる。

「なんだろ、このイヤな感じ……あいつがいるのかな?」

 シャルロッテが大きく右手を振ると、白煙とともにほうきが現れた。

「久しぶりで怖いな……ほうき事故でも起こしてライセンスを放棄ほうきしないように安全運転で行かないと、とか言っちゃって」

 慣れないほうきにまたがると、不安定ながらもゆっくりと空中を進んでいく。


 六限の授業を終えた放課後。

 洋一のクラスにシャルロッテは姿を現さず、逆に彼女を探して校舎じゅうや校庭の隅々を歩いた洋一だったが、出会うことはなかった。

「ロッティはどこに行ったんだろ。他の街に魔女候補を探しに行ったのかな?」

 仕方なしに洋一は時間潰しに、久しぶりに電算部に顔を出した。

「こんにちはっす」

「おや、榊原氏。テスト前以来ですな」

 だが部員の反応は薄く、部長を中心に皆が一台のパソコンの前に集まっていたので、なにかSNSか裏サイトに新たな書き込みでもあるのかと、洋一も彼らの後ろから覗き込む。

「なんすか、これ? 『魔法少女は実在した! 社会悪と戦う正義の味方か』?」

「最近、魔法少女を名乗る者が善行を積んでいるようですな。最初はコスプレの痛い女子かと思ったのだが、実際に魔法を使う瞬間を見たという子供の証言もあるらしいですぞ」

「はぁ……ホントにいるんすね。こういうの」

 これがシャルロッテの言うライバル組織のことなのは洋一にもすぐに分かったが、正体は見せなくても敢えて姿を目撃させて話題を振りまくとは、魔女とは違い賑やかな団体だと素直に感心した。

「写真とか無いんですかね? スマホで撮られたりとか」

「スマホも防犯カメラも、映像は全てぼやけてしまうようですな。でも姿も声も確認できるし、解決したら現場からすぐに去ってしまうそうですぞ」

「怪しいっすね……」

 シャルロッテの所属する魔女協会も会員増を目指す活動中だった。

 ライバル組織である魔法少女協会も、フィットネスジムのキャンペーンやスーパーの特売のように、時期を合わせて向こうも活発化させているのだろうと、洋一もそれ以上はさして気にはしなかった。


 電算部を退室して帰宅した洋一は自宅の前まで来たところで、玄関前で待っているシャルロッテを発見した。

 洋一は自宅まで足早に駆けていく。

「ロッティ、どうしたのさ? 途中で学校からいなくなるし……」

「ヨーイチ! それどころじゃないよ! 大変なんだってばよ!」

 洋一の両肩を掴んで必死に訴えるシャルロッテの様子に、彼も何らかの異変を察知した。

「ユキが……ユキが大変なんだよ!」

「お雪が?」

 ほんの少しばかりの喧嘩まがいの事をして、一日と経たずに雪が大変とはどういうことだろうかと洋一も困惑したが、まずは他人に聞かれずに落ち着いて会話をするために、シャルロッテを自分の部屋に連れていった。

 扉を開けると珍妙な人物がすでに室内に居たので、洋一は思わず背をのけぞらせる。

「洋一! 久しぶりだな!」

 それは雪だった。

 だが、その衣装は白の武道着に紺の袴ではなく、目に眩しい原色の青。

 胸元から肩までのセーラー服を模した大きなリボンの付いた上着と、腰から膝までのスカートという上下セパレートのものになっており、背中には小さな羽を模したマントを着けて竹刀も魔法スティック用の脇差も無くなっていた。

 そして、魔女協会の魔法スティックではなく、先端がハートマークにかたどられて、柄の部分にはラメのような細かい反射細工がしてある。

 その全身はまるで、漫画によくある魔法少女。

「ちょっ……お雪、どうしたの、そのカッコ……」

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