八日目:戦慄の黄金週間 第三話

 外が白みだす気配で亜耶が目を醒ました。

 その隣には一面の血しぶき――といった光景もなく、洋一の首と胴体はしっかりと繋がっており、彼は布団で寝息を立てていた。

 亜耶はその肩をそっと揺する。

「ねぇ、洋一。生きてる?」

 寝起きの悪い洋一はしばらくしてから瞼をゆっくりと開いた。

「う~ん……亜耶じゃん。なんで……あっ、もしかして寝坊した? もうおばさんたち起きてる?」

「あっ、そうじゃないんだけど。ごめんね起こして。まだ寝てていいよ」

 ゆうべの光景はあまりに生々しい夢だっただけかと、亜耶も起床時間までふたたび眠ることにした。


 そして、二人の洋一はそれぞれの家族と囲む朝食の時間。

 洋一Aは昨晩の苦い経験があるので、普段は朝食を抜いていると言い訳して、トースト一枚とコーヒーだけ貰っていた。

 箱根にいる洋一Bもドロッチャから『半分』になる弊害を聞いて、朝食は抑えめに済ませた。

 それからはしばしの娯楽の時間となる。

 洋一の家族は登山鉄道に乗って箱根の奥地を目指す。

 亜耶の家族はモーターボートでのクルーズを楽しむことになった。


 ここでまたも洋一たちを悲劇が襲う。

 二人の洋一は周囲の景色を見ているうちに、生あくびをしながら顔をみるみる蒼ざめさせていく。

『なんでこんなに気持ち悪くなるんだろ……』

 スイッチバックを繰り返して前後が反転し続ける登山電車、そして白波を上げながら高速で湖面を滑るボートの揺れが相乗して、互いの片割れの三半規管を弱体化させていく。

「ちょっと、洋一っ! 顔真っ青だよ、だいじょうぶなのっ?」

 ボートのモーターと水切り音に負けじと、亜耶が大声で洋一に向けて声を上げる。

 だが、彼はすっかりと涙目で口元を押さえながら首を横に振った。

 それは、実の家族とともにいる洋一Bも同様だった。

「停まったんなら降りたいんだけど……」

「ここは乗務員の交換だけみたいだから、ドアは開かないわよ。駅まで我慢できないの?」

「もう無理……」

 だが、ここで洋一Bの胸のつかえはスッキリと収まってくる。

『あぁ、よくわかんないけど、もう一人の僕がなんとかしてくれたんだな』

 ある意味、解決されたというべきか。

 洋一Aはボートのへりから大きく身を乗り出していた。

 涙とともに多くのものを失いながら、湖面に映った波紋で歪む情けない自分の顔を黙って見ている。

「洋ちゃん、たいじょうぶ? 無理しないで降りたかったら降りていいからね」

「もう、洋一ったら、乗り物がダメならちゃんと言ってってば」

亜耶の両親やレンタルボートの運転手も、苦笑しながら洋一の背中を見守る。

「はい、すみませんでした」

 そんな彼の姿を、上空から竹刀に乗りながら見ていた雪はまたも頭を抱えた。

「まったく、洋一のやつ……三枝亜耶はおろかご両親の前で粗相をしおって……これでは恋仲を進展させるどころか、評価を下げてしまうではないか」


 ほうほうのていで陸に上がった洋一は、船着き場のベンチに背中を預ける。

 ボートのレンタル時間はまだ余っているので、亜耶たちはそのまま乗船を続けることにした。

 青白い顔でぐったりしながら陽を浴びる洋一の元に、雪が降下してくる。

「船酔いとは情けないぞ、洋一よ」

「なんか昨日からずっとおかしいんだよ。すごい疲れやすくなってるし、ご飯も食べらんないし、こんなに酔うなんて……」

「三枝亜耶の前で緊張しすぎなのではないか?」

「ハンガリーの魔女、ドロちゃんの呪いなんじゃないかって気すらしてきたよ」

 ホテルで留守番しているドロッチャは、そんなやりとりを水晶球ごしに見ていた。

 彼女は窓に面した広縁ひろえんにあるテーブルで、優雅に紅茶を飲んでいる。

「あら、ユキとヨーイチAには伝えてなかったかしら……まぁ、契約中ではないし、ヨーイチは召喚主でもないし、わたくしの成績に関係しないなら別に問題ありませんわね」

 人間には姿が見えないのを良いことに、ドロッチャはまたも風呂の準備を始める。

「せっかくですし、もう一度スパに入ってきましょう」


 やがて日没を迎えた富士の森は、静かな闇に包まれていく。

 二日目の夕食もテラスで食事を摂る亜耶たち家族とともにいる洋一も、昨晩よりは食事をゆっくりと進め、バーベキューも野菜を中心に薄味で食べることにした。

 だが、亜耶は昨晩の奇妙な夢を思い出すと、こうして夜を迎えることに胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 そこで、恐る恐る自分の父に樹海の話を切り出す。

「ねぇ、お父さん。ゆうべ言ってたオバケが出るのって、結構有名なの?」

「そうだな。彼らだって恨みつらみだけで化けて出るわけじゃないだろうし、こうして楽しそうな気配に寄せられたり、存在を気づいて欲しくて出ることはあるだろうな」

 亜耶は、昨晩オバケの女に刃物を当てられていた洋一の首元を見る。

 向かいに座る彼は、父の話を聞きながら細々と食事を続けていた。

「洋一は霊感ってあるの?」

「えっ? 別にぜんぜん感じたり見えたりしたことも無いよ」

 本当は目に見えない魔女と契約中です、とは到底言えず、洋一もそこは素直な芝居で首を横に振るだけだった。

 すると父は、娘を少しばかり驚かしてやろうと、またも声を落として喋り出す。

「洋一くんや亜耶の霊感は関係ないだろう。向こうが仲間にしたかったら、いつでもやってくるんだぞ。下手したら引きずり込まれるかもしれないな」

 そばにいる雪は鷹揚にうなずいた。

「昨晩に続き偶然とはいえお見事だな、お父上も……これで洋一と三枝亜耶にとっては良い流れになったではないか」


 それから、間もなく就寝となる頃。

 二人で布団に入る前も、亜耶は神経質に周囲を見回している。

「ねぇ……洋一が電気消してくれる?」

 それきり布団の中で丸まって、目元だけを洋一の方に向けた。

 昨晩はぐっすりと眠っていて記憶がない洋一は、彼女が何に怯えているのか、怖い話が苦手だったとは知らなかったので、おおかた父親の話を怖がっているのだろうと思い、わずかに得意げに振る舞った。

「別に構わないよ。それじゃ消すよ。おやすみ」

「ありがと……おやすみ」

 亜耶は室内が明るいうちにさっさと目を瞑り、布団の中に頭まで入った。

「うむ、消灯だな」

 その様子を外から確認した雪は、昨晩と同じように髪をほどいて、白襦袢に着替えていた時だ。

 テラスに白煙が上がると、その中心にドロッチャが立っていた。

「おまたせしましたわ」

「なんだ、ドロちゃん。今日はその格好はどうした?」

 ドロッチャも顔の輪郭を覆うほどに乱した髪を額に向かって流しており、素足で身に着けた白のネグリジェには赤いペンキの飛沫を付着させていた。

「ハンガリーと言えば、エリジェーベト・バートリですわ。若さを維持するため処女の血を浴びるという吸血鬼のモデルですわよ」

「良く分からぬが、ハンガリーのモノノケなのだな?」

「ゴーストよりもいちばん恐ろしいのは人間ですわ」

「まあよい。では今日の作戦の確認だぞ」

 ゆうべは意図的に亜耶に対して、異形の存在だけをアピールしておいた。

 今日は洋一の身体を分裂させる前に、やることがある。

 魔女たちがオバケに扮して二人を襲う。

 そして、彼女を救うために洋一が身を挺して守る。

 素直に退散するオバケたちを前に、亜耶は彼の逞しさに惚れて、一気に仲が進展するはず。

 これがドロッチャの描いた筋書きだった。

「まもなくの刻三つだな。日付が変わる。いくぞ」


 雪は昨晩と同様、魔法で自身とドロッチャの声や姿を視認できるようにして、亜耶の両親を深く眠らせると、わざと足音を立てて歩いていく。

 その物音で起きた亜耶は、布団の中で息を殺して震えていた。

『やだ、またオバケが出た……なんでなの?』

 亜耶が耳を澄ますと、オバケがなにやら喋っている。

「我らモノノケだぞ……恐れろ、恐れろ……」

 やたらと存在をアピールしてくる幽霊だったが、少なくとも家族や洋一以外の誰かがまた侵入してきたのは間違いなかった。

 恐怖から目を開くことも、布団から顔を出すことも叶わないはずなのに、亜耶は状況を確認せずにはいられなかった。

 わずかな掛け布団の隙間から見た視界の先。

 ゆうべも現れた井戸の幽霊が激しく足音を立て、金髪の殺人鬼が手に持ったノコギリをびよんびよんと鳴らしながら、洋一の布団を取り囲んでいる。

 洋一はその音で目を醒ました。

 すると、眼前で雪とドロッチャが仮装して遊んでいるので、眠りを妨げられた彼は怒りや呆れを通り越してすっかり白けてしまった。

「なにやってんのさ、二人とも」

 魔女たちの表情は髪に隠れて窺えないが、思わぬ洋一の反応に身動きを止めた。

『そういえば、ドロちゃんはこの作戦を洋一に伝えたのか?』

『ユキが伝えてくれる手はずだったんじゃないですの?』

『なんだと? じゃあ洋一の前でこんな格好をしてて馬鹿みたいではないか』

 それきり何も言わなくなったオバケたちは、彼の周りで怪しげに揺れ動く。

 だが事情を知らない亜耶は、洋一に向けて小声で囁く。

「やっぱり洋一も見えてるでしょ? 気をつけてよ、悪霊かもしれないから!」

「げっ! マジで亜耶にも見えてるの?」

 よもや魔女たちが亜耶に対しても姿を見られるようにしていたことに、洋一は仰天していた。

 もはやドロッチャは当初の作戦はすっかり諦めて、ターゲットを亜耶に向けた。

「そう……わ、わたくしたちは悪霊ですわ! 悪霊だからアヤの若くて美しい命、欲しくてたまらないのよ!」

 ドロッチャが魔法のノコギリを高く振り上げると、亜耶に向けて歩を進める。

「きゃあっ!」

「何やってるのさ、亜耶にまで見えるようにしちゃって。やめなって。亜耶が嫌がってるじゃん」

 洋一も渋々立ちあがり、亜耶の元へと向かった。

「いや、そうですけど……でも、アヤを襲うしかないのよ!」

「ならば、お前の命は私にくれ!」

 すると、雪は洋一の首を一気に締め上げる。

「うえっ、くるしっ! なにすんだよ!」

 単純な筋力差なのか、芝居にも全力なのか、雪は洋一を掴む腕に力を込めていた。

 剣術で鍛え上げた両腕をほどこうとするも、彼の喉元から離れる気配はない。

「ちょっ、ムリ……お雪、ほんとにくるしい……」

 洋一を襲い続けながら、雪は彼の耳元で囁く。

「いいから、黙って我らの芝居に従え! 三枝亜耶を見事に守るんだ、いいな!」

「だったら、最初から魔法でオバケの映像でも出せばよかったのに……」

「……そうであったな、ともかく上手くやれ!」

 最初はオバケたちを平然といなす、洋一とのあまりの温度差に亜耶も驚いていたが、自分の目の前には金髪の殺人鬼が徐々に近づいてきた。

「さぁ、乙女の血をよこしなさい……」

 その刹那。

「ぐぬわぁっ!」

 やや棒読みの悲鳴を上げて雪が大きく倒れ込むと、洋一はつぎに亜耶を襲おうとするドロッチャの腕を掴む。

「離しなさい……おのれ、人間の男め……うわっ、これはすごい強い力だ、敵わぬ」

 ドロッチャも投げやりに台詞を吐くと、洋一と格闘する芝居を始めた。

「おいっ、ドロちゃん。大人しくしろよ!」

「それらしい動きをしているのですわ! ヨーイチもなさい!」

 振り上げたノコギリを奪われないように抵抗する芝居のはずだったが、ドロッチャは騒ぎに乗じて彼の唇を奪おうと身体を寄せてくる。

「もう構いませんわ! こうなったらこの男を襲ってやる!」

「洋一っ! 気をつけてよ! 悪霊に魂を奪われるから!」

 薄いネグリジェの下には下着をつけていないのか、襲ってくるドロッチャ本体だけでなく彼女の柔らかな身体の感触も洋一の理性を襲う。

「ちょっ、ドロちゃんってば! このままだと、なんかいろいろヤバい……」

 もつれ合ううちに、洋一はドロッチャの腕を大きく弾いた。

 そのまま手を離れたノコギリは、亜耶に向かって飛んでゆく。

「きゃああぁっ!」

 亜耶は咄嗟に両腕で顔を覆い、目を瞑ったが、特に痛みも衝撃もない。

 恐る恐る目を開けると、すぐ隣には倒れたもう一人の自分。

 分裂した亜耶も上体を起こすと、片割れと目を合わせた。

 二人の亜耶は互いの顔を見ているうちに、みるみる顔色を失っていく。

「うそっ! あたしがここにいて、でも目の前にもあたしがいて、あたしの生霊があたしから抜けて死んじゃって……」

 そのまま亜耶たちは二人とも意識を失った。

 洋一も亜耶の分裂という惨状を見て慌てふためく。

「ちょっと、ドロちゃん! なんとかしてくれよ!」

「『はんぶんノコギリ』はわたくしが所有する魔法道具ですわ。なのでわたくしはもう魔法は使えませんの」

「そしたら、お雪は?」

「私は三枝亜耶に姿を見せるために魔法を使ってだな……」

 気絶した亜耶を茫然と見ていた洋一と魔女たち。

 しばらくはコテージの中を無音が支配する。

「……これ、どうするつもり?」

 洋一の声は、むしろ穏やかに聞こえた。

 それこそが彼の怒りと知る魔女たちも、互いに視線を送り合うばかりだった。

「お雪の魔法は打ち止め……ドロちゃんも魔法を使えない。明日の朝には箱根の父さんの所に僕がいなくて、こっちには亜耶が二人……どうすんのさ?」

「逆に考えれば、二人になってちょうどよかったのですわ。片方は本物のアヤとして生活させて、もう片方のアヤはヨーイチが好きなように可愛がることができますわよ……その、メイドとかでも……」

 冗談など言ってみたドロッチャだったが、彼の放つ怒気に尻すぼみに小声になっていく。

 前髪を掻き分けて、顔を見せた雪はしろどもどろに釈明を始めた。

「そうだな、洋一よ……大至急、日本にいる他の魔女を探して手を借りようと……」

「いえ、協会にトラブル報告する方が先だと思いますわ」

「それはドロちゃんが報告しろ、そもそもお前の入れ知恵だったではないか」

「関係ありませんわ。ユキの契約なのですから、ユキが報告しないと」

「ドロちゃんの魔法道具なのだから、原因はドロちゃんだ!」

「ユキがしっかりしないから手を貸してあげたのに、なんでですの!」

 目の前で喧嘩を始める雪とドロッチャに向けて、洋一は一喝した。

「うっさい! どうするんだって僕は聞いてるんだよ!」

 逃げるように、窓から飛び去る魔女たち。

 魔女はほうきも竹刀も無しに飛べるという事実に洋一も少しだけ驚いたが、分裂して気を失っている二人の亜耶に意識を戻すと、すっかり頭を抱えていた。

 しばらくすると、上半身を起こしていられない程の強烈な眠気に襲われた。

 次第に彼の瞼は重りがついたかのように、ゆっくりと閉じていく――。


 翌日の午後。

 洋一は両親とともに最寄り駅から自宅へと歩く。

 すると、亜耶の家の前には一台の車が停まり、家族が降りてきた。

「あっ、洋一じゃない。どうしたの?」

「家族で旅行にいってたんだよ。亜耶もそうなの?」

「うん、ウチも家族でキャンプに行ってたんだ」

 それぞれの両親も互いに会釈をして、いくつかの会話をする。

 その様子を上空から見守る雪とドロッチャ。

「結局、みんなの記憶は失われて、ヨーイチはアヤとキャンプに行ったことすら無かったことになってしまいましたわね。オマケになぜかユキだけでなく、わたくしまで始末書になるし……至高の魔女としては、とんでもない汚点ですわよ」

「仕方あるまい。協会に頭を下げて介入して貰わねば、洋一も三枝亜耶も大変なことになっていたのだ。ドラちゃんがもっと真剣に考えておればよいものを……上位魔女といえど詰めが甘いな」

「なんですのっ! ユキの召喚主なのに、ご自分でなにもしないでその言い草とは! それにわたくしはドラちゃんじゃなくてドロちゃんよ!」

「ほう? ついに至高の魔女ドロッチャさまがあだ名を認めたということだな?」

「……やはりどちらが優れた魔女か、ユキと雌雄を決する必要がありますわね」

 魔法スティックを振り上げて臨戦態勢に入るドロッチャだったが、ある光景を目にした雪は、それを無視していて地上に指を向ける。

「それにあれを見てみよ。あの二人はどこにいても互いを気に掛けている存在なのだろう」

 魔女たちの見下ろす足元では、洋一と亜耶が紙袋を交換している。

「そうだ、ちょうどよかった。はい、これ。洋一にお土産ね」

「サンキュー、ウチも亜耶にお土産を買ってきたんだった。これ食べてよ」

 互いに紙袋を渡す際に、かすかに触れ合う指先。

 そして、笑みを交わし合う。

 そんな様子を見て、雪もふっと笑顔を浮かべた。

「余計な小手先は、あの二人には不要だったのかもしれぬな。もっと素直に応援してやればよかった。それに三枝亜耶の前で露わにした情けない姿も帳消しになったのだから、良しとするか」

「そうですわ。あの雰囲気なら二人ともさっさと付き合えばいいのに。それでユキもヨーイチも七日ちかく無駄にしたんだから、愚かとしか言えませんわね」

 自分のアイデアの瑕疵を棚に上げて、ひょいと肩をすくめるドロッチャ。

 そのまま洋一の家の二階の窓から、彼の部屋へと入っていく。


 帰宅した洋一は、何も知らぬ様子で戻ってきた。

「いやぁ、久しぶりの家族旅行っていいもんだね。お雪もドロちゃんも留守番してくれてありがとう」

「気にすることはない。特に変わったことはないぞ、案ずるな」

「そうですわ。ヨーイチも命を失う前の最期の骨休めになったんじゃないかしら?」

 若干の罪悪感とともに小芝居をする雪に対し、ドロッチャは不始末をさっさと仕事で挽回しようと気持ちを切り替え、いつものやや高圧的で大仰な仕草に戻っていた。

「それで温泉宿は、どうだった?」

「いや、それがさ……楽しすぎたのか全然記憶がないんだよね。気づいたらチェックアウトの朝になってて。あっという間の二泊三日だったよ」

 まぁ当然であろう、と自分で聞いておいて雪も苦笑するしかなかった。

 洋一は購入した温泉まんじゅうをテーブルの上に置く。

「お雪とドロちゃんにもお菓子買ってきたから」

「おぉそうか、悪いな。気を遣わんでもいいのに。洋一はマメなおのこだな。これは三枝亜耶も好かずにはおられんだろうな」

「あら、さすがユキがそばにいたせいで気の利く男になりましたわね、ヨーイチは。じゃあわたくしがさっそくみんなにお茶を淹れますわ」

 妙に愛想よく素直に振る舞う魔女たちに違和感を覚えなくもないが、洋一もそれに大きくうなずく。

 魔女たちが奔走、もとい迷走したゴールデンウィークは全てを無にして、平穏な茶飲みで終えていった。

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