ゴミがえりのクーリングオフ

ちびまるフォイ

ゴミたちの凱旋

鼻かんだティッシュをゴミ箱に向けてフリースローした。

ティッシュは静電気でくっついたように離れない。


「あれ? 離れないぞ……この!」


手の甲にひっついたままの丸めたティッシュ。

指でつまんではずそうにも磁石のように離れない。


「……どうなってるんだ?」


まじまじと眺めているときだった。

部屋の隅にあるゴミ袋から空のペットボトルが弾丸のように飛んできた。


「あぶなっ!!」


頭を下げてなんとかかわしたが、ペットボトルはUターンして背中にひっついた。

これで終わりかと思いきやゴミ箱に捨てたカップ麺の容器や割り箸が次々に飛んでくる。


「うわわっ! ポルターガイストか!? ゴミが戻ってきてる!」


たまらず家を出てドアを閉めた。

ドアの向こう側では捨てたはずのゴミが扉にぶつかる音が聞こえてくる。


「いったいなんだったんだ……危なかったなぁ」


振り返ったとき、割れたガラスの破片が飛んできた。

反射的に伏せてかわすと破片はドアの壁に突き刺さる。


「これこないだ割っちゃったお気に入りのグラス……!」


破片にはビニール袋の切れはしがくっついている。

ゴミ袋を引き裂いてここまで飛んできたのだろうか。


「ご、ゴミが……ゴミが俺のもとへ戻ってきてる……!」


外に出たのはむしろ失敗だったと気付かされた。

次々にさまざまなものがメジャーリーガー顔負けの豪速球で飛んでくる。


「あれは! 画面が割れたスマホ!?」


スマホは手裏剣のように回転しながら襲ってくる。


「うそだろ……壊れたテレビじゃないか……!」


捨てたはずの大型テレビやPCが飛んでくる。

こんなのにあたったら終わりだ。


家に逃げ込むのも危険なので、慌てて自分の車に逃げ込んだ。


「はぁっ……はぁっ……危なかった。この中なら大丈夫だろう。

 この車は新車でゴミも捨ててないし……」


車の中で息を整えていた。

脳に酸素が送られてくると車でひとつ思い出した。


「……新車?」


この車は2代目。前の車は事故で廃車になっていた。


最初に買った時は友達を連れて出かけるからと大型の車にしていたが、

あとになってそんな機会がないことに気づいて小さな車に替えた経緯がある。


「ま、まさか……」


嫌な予感がしてバックミラーを覗き込んだ。


車の後ろから猛スピードで突っ込んでくる、ぼろぼろの廃車があった。

見慣れたボディに一瞬だけ懐かしさもこみ上げたがすぐに恐怖で上書きされた。


「あんなのに追突されたらひとたまりもない!!」


アクセルをふんで車を発進させたが、廃車は追いかけてくる。

カーチェイスを繰り広げながら、崖沿いの急カーブに差し掛かると廃車は曲がりきれずに海へと落ちた。


「はぁ……はぁ……もう戻ってくるなよ……」


ぶくぶくとアブクをたてている海面につぶやいた。

2秒後には海に落ちた車が浮き上がって、また襲ってくる。


「もういい加減にしてくれーー!! ひいいぃ!!」


アクセル全開で追いかける廃車から逃げていく。

その間にも昔に捨てたはずの雑誌やら、セミの抜け殻やら、お土産の木刀やらが主を求めるように飛んでくる。

まるで弾丸だ。


「あれは……スペースシャトル!?」


フロントガラスに木刀が突き刺さったままの車で走った先に、宇宙センターが見えてきた。

宇宙を通じて別の惑星にさえ行ければもうゴミに追われることもない。


車で門を突破してシャトルに向かって一直線。


「おい! 何勝手に入ってきてるんだ!」


「どけどけーー!! ゴミが戻ってくるぞ!!」


自分の車の跡を追うようにこれまで自分が捨てたゴミ達がなだれのように追ってくる。

スペースシャトルに駆け込み乗車すると、宇宙管理局の制止も無視してシャトルを発進した。


カウントダウンをせずに発射したスペースシャトルは歴史的にも今回が初めてだろう。


窓から見える風景は徐々に暗くなって宇宙に包まれていく。

ふわりと体が無重力になってからやっと安心した。


「さすがにここまで来れば……」


自分でつぶやいた言葉がまるで何かのフリのように感じた。

それを証明するかのように、離れたはずの惑星からはキラとなにかの輝きが見える。


「うそだろ……重力も振り切って、宇宙まで来たのかよ!?」


ヨレヨレになって捨てた自分の洋服がまっすぐこちらへ向かってきている。

宇宙空間とのミスマッチ感に笑える余裕もない。


自分に戻ってきたゴミがシャトルの壁に穴でもあけたら終わりだ。


「どうしよう! ブラックホールにでも吸い込ませるしかないのか!?」


シャトルの宇宙ググるマップを開いても近くにブラックホールはおろか美味しいご飯屋さんも見つからない。

宇宙には元いた惑星よりも遮蔽物が少ないうえ、シャトルは小回りがきかない。

戻ってくるゴミをかわせる気がしない。


「はっ! こ、これは!?」


唯一、マップに人間が住める別の惑星を発見した。

ブースターを再点火して全速力で新しい惑星への着陸を断行する。


シャトルは新しい星の大気圏へと突入する。

外は猛烈な熱によってシャトルの壁が溶けてはがれていく。


自分を追ってくるゴミも同じく大気圏にまでやってくるが、

その熱に溶かされて跡形もなく消えていく。


「やった! ゴミはここまで追ってこれない!」


木刀も廃車も何もかも大気圏を突破できずに熱消滅。

惑星になんとか着陸すると、追ってくるゴミはもうなかった。


「助かった……。さすがにもうゴミは来ないだろうな」


これからは安全なこの星で生活をはじめようと決めた。

スペースシャトルから外へ出ると、自分とまったく同じ顔の人間が立っていた。


自分の顔を見るなり、目を見開いてこの世のものではないような顔で言った。



「お前はあのゴミ捨て惑星に捨てたはずの、失敗クローン……!?

 まさか戻ってきたのか!?」

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