火野・フォン・フロム

建物が生き物のようにうねる炎に包まれて燃え上がっている。炎に身を包まれた人々の悲鳴、絶叫がそこら中から聴こえてくる。草木が炎に巻かれてあっという間に消し炭のような漆黒に染まる。

いつから、こうなっちまったんだろうなぁ。


「父上!僕は父上達のように立派な将軍になってみせます」


俺の後を継ぐんだと張り切っていた息子。だが本当にやりたいことを隠していることが俺にはわかってた。だから「好きに生きろよ!」って何度も言った。その度にあいつは「これが俺のやりたいことです!」言って聞かなかった。まあこいつが決めたことにあんまり口出すのも無粋ってもんかとそれ以上言うことを止めた。

息子の剣の腕は上達が早かったが、途中で伸び悩んじまった。焦るな、大丈夫だと繰り返し声を掛けてきたが、自分よりも後に始めた連中が自分を追い抜いていく様を見ている内にあいつは徐々に変わっていった。

溌溂とした素直さは形を潜め、いつも怯えたように体を縮こませている。それでも剣の研鑽を欠かさず、だが迷いを拭えない日々を過ごしていた矢先、風野家のお嬢が死んだ。自死だったらしい。

それからは坂道を下り落ちてくようだった。

風野丈達――ジョーの隠居。正体の見えない野郎が扇動する大小様々な小競り合いが内乱にまで発展し、俺は将軍として国中を東奔西走していた。

悩みを、苦労を抱えても抱え続ける状況にはさせてくれねぇ慌ただしい日常の中で、今回の事が起きちまった。


至る所で上がる業火が原因で人々が絶望し、逃げるが逃げ切れずに炎に包まれる。酷い戦場だ。年齢の倍以上を戦場で過ごしてきた俺でも凄惨だと感じるほど、残酷な景色。そしてそれを引き起こしているのは――自分の息子。


「何が、そんなに憎かった?何が、そこまでお前を追い詰めた?」


「……」


「不甲斐ねぇ父親で悪ぃなぁ。だが、ほんとうにわからねぇんだ。なあ、最期に教えてくれよ」


「……神子が、死んだ。あの子は、とても純粋な子だった。でも世界があの子を追い詰めて、殺した。あの子は、守るべき世界に、捨てられた。あの子で、そうなった。なら、俺など…簡単に、捨てられる。頑張っても、何も応えてくれない、何もしてくれないのに、そうして切り捨てられるくらいなら――――こんな世界に、意味はない。俺が世界を壊しても、問題ない」


「好きに生きられなかったか?」


「生きられ、ない。俺は火野の息子。将軍になるべくして生まれてきたのに、その片鱗もない。才もなく、与えられた使命も全うできず…どうして、好きに生きられる…」


怨嗟に塗れながら淡々と吐き出される言葉に俺は瞠目した。感情をひたすら押し殺して、でもどうしても抑えきれなかった気持ちの正体が見えた。己の咎が、そこにはあった。


「好きに生きろって言葉が負担になってるとはなぁ。本当にお前は俺の息子にしちゃあ、真面目過ぎる」


独り言ち、下げていた大剣をゆっくりと構える。今更謝罪をしても、懇願をしてもこの事態を収束できないとわかっているから。


「斬るの、ですね。俺を」


「ああ。お前をこうしたのは俺の責任だ。だから、俺が終わらせる。お前がこれ以上罪を重ねる前に、人としてお前を死なせる」


「ふふ、ふふふ。俺に、勝てるのですか?剣の才はなくとも、神子です。神子の力にただの人間が勝てるとでも?ふふ、ふふふふふふふふ――思い上がりも甚だしいですねぇ、父上ぇぇ」


息子の形は保っているが、それはもう息子ではない、“何か”だった。周囲に炎が逆巻き出し、天を衝くように上空に伸び上がっていく。それに触発されるように周辺の業火が黒く染まりながらより一層勢いを増し、未だ生きているものすべてを呑み込まんと蠢き出す。


「将軍!」


「俺が道を拓く!お前らは今生き残ってる奴ら連れて撤退しろ!!」


「しかし!!将軍を置いてはいけません」


「俺達も共に戦います!少しでも、将軍の御役に立ちたいんです!!」


炎を纏わせた大剣を振るい、部下達の道中を切り拓きながら叫ぶ。こんな状況にも関わらず――いや、こんな状況だからこそ残りたいと叫び返した愛すべき馬鹿な部下達の言葉に無意識に口角が上がるが、それを叶えてやるわけにはいかなかった。


「駄目だ!!お前達は生き残れ!!生き残って、陛下に、他の連中に伝えろ!!!これは、不死鳥騎士団、火野・フォン・フロムからの――さいごの命令だ!!!!!」


怒号に部下達の顔が歪む。俺の想いに唇を噛みしめ、それでも足を動かせないしょうがねぇ部下達に向かって俺は本当に最期の命令を下す。


「お前達と走り抜けたこの時間は俺の宝物だ。今までありがとな。――後を、頼む」


「―――」


「返事ぃぃ!!」


「――はいっ!!!」


今にも泣き出しそうに表情を歪めた奴、本気で涙を零した奴らが俺に背を向けて王都に向かって走り出す。負傷兵や生き残った住民達を連れて撤退していく部下達の背中を目に焼き付けて俺は改めてあいつと向き合った。


「お話はァ、済ミました、カ?」


「ああ、待っていてくれてありがとよ。そんじゃあ、おっぱじめ様じゃねぇの!!」


内から溢れる力が炎となって周囲に逆巻く。橙、黄色、深紅に彩られた火が天を衝き、炎が青白い白炎となる。今まで経験したことねぇ温度にまで上昇していく。


「おいおい、はりきりすぎだぞ?俺の命まで食いきるつもりか?」


《お主の果ては決まっておる。なればせめて、花道くらい飾ってやろうと思ってな》


「相変わらずいい女だねぇ、お前は。――頼むぞ」


《委細承知》


艶やかな声に背中を押され、俺は息子だった“何か”と向き合い――地を蹴った。

まだ息子の力は感じ取れる。まだあいつはあの中にいる。まだ人ならば、最期の最期まで人で終わらせてやりたい。息子一人守れなかった不甲斐ねぇ父親失格の俺でも、これだけはやり遂げなくちゃならねぇ。救うんだ、あいつを、必ず――!!


「ふふ、ふふふふフフフあははは、あはっ!来い、忌まわしき異端者共!!」


―――――――

白炎と黒炎がぶつかり合ったその結末は黒炎に分配が上がった。火野・フォン・フロムの死後、彼の息子は道中の村や森、迎撃に出た騎士達を焼き払いながら王都に向かって進軍。一方、生き残った火野・フォン・フロムの部下達は仔細を皇帝陛下に報告。悔恨と無念さを滲ませながら懸命に彼らはその務めを果たした。報告を受けた皇帝陛下は直ちに討伐軍を編成。四大名家の地位を返上した風野家当主、風野丈達も一時的にその地位を取り戻して復帰。同じ四大名家の水野家当主、水野清治と共に討伐軍を率いる。土野家は万が一に備えて王都で待機。

そして火野家の領地のとある場所で両者は激突した。凄惨で熾烈な戦いの末、神子を討ち取った討伐軍が勝利した。しかしこの戦で風野家、水野家の両当主が死亡し、他にも優秀な騎士達が大勢死んだ。その中には火野・フォン・フロムの弔い合戦として戦いに臨んだ者達が多かったそうな。こうして火野家の息子――“反逆者”による戦争に匹敵する災厄は終息したが、国は弱体化。もたらした種火は人々を蜂起させ、内乱が頻発。業火に国中を包まれた国は崩壊の一途を辿り、各地で戦火が頻発する戦乱の時代へと突入。そして、すべては『天下再生』に繋がっていく。

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四大元素を司る神の一人の加護を受ける神子に転生した私は愛する者達の死亡エンドを回避したい 翠宝玉 @nrd-0303

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