昼寝女房


(落語調でお読みください、、、   *:女房のおまつさんです)


 早起きは3文の得、とも言いますが、江戸の中頃ですとざっくりで3文=90円

くらいのようです。今の時代ですと、30分も朝の出が早いと、道が空いてる、

電車が空いてる、本が読める、スマホで、、などなど。それが90円分の得かどうかは分かりませんが、良いこともありますよね。


 今回はこの江戸の中頃のお話です。全然、今までと流れが違うじゃないか、と言われても思いついちゃったものは仕方がない。落語には違いなので、まあどちらかというとこちらの方が本家っぽいお話です。一席、お付き合いをお願い致します。


 お江戸のとある町人長屋の一部屋に、大工の長二郎と女房のおまつが二人で住んでました。長二郎は生まれついての器用さから、運良く大工ってえ仕事に恵まれましたんで、朝も早くから仕事に出かけます。遅れたら親方から大目玉ですからね。首になったら、3文の得どころか、大損しちゃいます。


 朝になれば、普通のお家なら女房の方が先に起きて、お湯を沸かして、お味噌汁の一つも作り『あんた、朝ごはんが出来ましたよ』って、亭主を優しく起こし、朝ごはんを食べさせて、『行ってらっしゃい!今日も気を付けてね!』っと元気良く送り出す所ですが、長二郎の女房であるおまつさんは、全くこれができません。『お、もう起きる頃合いだな』と床から起き上がる長二郎に、『あーあ、あんたー、いってらっしゃい、、、くう』って、床から声をかれればまだ良い方、気づかなければそのまま寝てます。長二郎も毎度の事なんで、慣れたもの、女房を起こさないようにそーっと床から抜けて、水で冷や飯を掻き込んで出かけます。


 別に女房のおまつさんは怖い女じゃないんですが、とにかく早起きが苦手。長二郎は優しい男なんで、『良いよ、無理して早起きしなくても。一人暮らしの時は、いつもこんなもんだったし。』と辛く当たったりしませんから、おまつさんもぐーぐー、ぐーぐー、昼近くまで寝ちゃいます。


「さてと、冷や飯掻き込んで仕事に行くか」今日も長二郎は昨晩炊いたご飯をお櫃からお茶碗によそい、柄杓で水を掛けて、たくあん2枚で掻き込みます。『体は冷やして仕事に行かないとね。仕事が始まれば、体はどんどん熱くなるからね』と謎の言い訳を夜にするのはおまつさんです。



 お昼ごろになり、やっとおまつさんは起きました。水でも汲もうかと外に出ると、


「あーら、おまつさん!遅よう!もう、お天道様はあんなに高い所にお登りだよ」とか、近所の女房達に嫌みを言われちゃいます。でもおまつさんは


*「ほんとだ、お天道ったらあんな高い所で、さぞ眺めがいいでしょうね。毎日毎日、上ったり下りたり、ご苦労様です」なんて、意に介しません。


 朝昼兼用でご飯を食べてから、さあ洗濯でもしようかと洗い場に行けば、昼前に終わっちゃってる女房達から


「おまつさん、今から干しても乾かないでしょ」って言われちゃう。でも、


*「良いんですよ、明日まで干しときますから。そうするとね、なんと明日には乾くんです」と言い返す。まあ、そりゃそうですけどね。



それでもね、おまつさん、長二郎が仕事から帰ってくるまでには「面倒くさいなー」とこぼしながらも、買い物を済ませ、ご飯を炊いて、お味噌汁に魚なんかで夕飯の準備を済ませます。


「けえったよー」


*「ああ、あんた。お疲れ様。今日も怪我、無いんだよね。うん、良かった!じゃあ、一緒にお風呂でも行こうか。それともまずはご飯にする?」


「そうだなー、じゃあ風呂に行ってから飯にするか」


*「じゃあ用意するね。毎日毎日、風呂通いも面倒だけどね。あーあ、家の中にお風呂があると良いんだけどね」


おまつさんの願いが叶うのは、だいぶ年代が掛かりますね。


面倒だー、面倒だー、とおまつさんがこぼしつつも、仲良く暮らす二人でした。



 でも、この状況に不満を唱える輩が家内にいたのでした。二人が風呂に出かけた後で、愚痴が始まります。


「やい、おまつの奴め!あたしの大事な長二郎をぞんざいに扱いやがって!全く頭にくる!」柄杓ちゃんが始めます。


「長二郎を大事に思ってるのは俺だぞ!」釜が続きます。


「なにせ長二郎は、『きれいになれよう、きれいになれよう』って、休みの度に俺を磨いてるからな!」


「なにさ、私なんかね取っ手の付け根が折れた時なんて、長二郎が余った木切れでささっと直してくれたんだからね!」柄杓ちゃんも負けてません。


「私だってダガが緩んで危うくバラバラになる所を、長二郎にとんとん、ってすぐ直してもらったねー」お櫃さんも言います。


みんなはこの家の古道具たちでした。付喪神ってやつになっちゃったんですね。付喪神っていえば、普通は100年使った道具には魂が宿るって話ですが、ここの古道具たちは元々古道具なのに長二郎が壊れちゃ直す、壊れちゃ直すを繰り返して、大事に長く使ってるもんだから、100年待たずに付喪神になっちゃった。


「それにしてもおまつには腹が立つ!大事な亭主にあったかい朝飯も用意しないで仕事に行かせて、自分はぐーぐー寝ちゃってさ!」柄杓ちゃんです。


「そうだな、ここはとうとう俺たちの出番かー」釜が言います。


「お、そういう事はとうとうやっちまうのかい?」大工道具のノミです。


「いやいや、あんたらは出張らなくていいだろう。あんたらが働いちまったら物騒だ。刃傷沙汰になったら長二郎がお縄になっちまうよ」


「じゃあ、どうするか」


「あんたらが長二郎と仕事に出かけた後に、残った家財の俺らでおまつを驚かすってのはどうかね」


「いいね!思いっきりやってやろうよ!」柄杓ちゃんも乗ってきました。


「良いかもしれないですね!」お櫃も同意です。


「いいね、いいね!」と鍋やらお玉やら、みんな賛成しました。


「じゃあ、早速だが、決行は明日だ。段取りはこれこれ、こんな感じで、、、」と、ひそひそ、ひそひそ。



 翌日、今日も今日とておまつさんは床から『いってらっしゃーい、、、むにゃ、むにゃ、、』って、長二郎を送ります。


「行ってくるよー、って。聞こえないか。まあいいや」道具を持って、長二郎は出かけました。半刻(1時間ですね)ほど経つと、


「「「よし!」」」柄杓ちゃん、釜、鍋、お玉、お櫃などがそーっと声を合わせます。すると、あら不思議!彼らから手足がにょきにょき。


自分らで勝手に動き出しました。みんなでそーっとおまつさんの枕元に近づきました。


「「「じゃあ、いくよ!」」」


「「「うん!」」」


「「「せーの」」」


「「「うわー!」」」


「「「ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン!」」」


もう大声で騒ぐわ、柄杓ちゃんは釜を叩くわ、お玉は鍋を叩くわ、お櫃はふとんの上でぴょんぴょんするわ、大騒ぎです!


「ん?ぎゃー!」


大騒音とともに自分の枕元で道具たちが暴れてるもんだから、目を覚ましたおまつさんはびっくり!大慌てで家を飛び出しました。


「「「やったー!大成功!」」」道具たちは歓喜の雄叫びを上げました!



夕方になり、家に帰ってきた長二郎。中におまつさんが居ないことに気づきました。


「あれあれ、床も片付けずに出かけちまって。しかも、この時間になっても戻ってないか。おまつめ、とうとう出かけたけど帰ってくるのも面倒になっちまったんだな、、、」


 


(お後が宜しいようで、、、)


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【落語】短編1 ハリー @hurryup1

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