第4話

【AD300年、ミグレイナ大陸・蛇骨島】


事件の首謀者である魔獣の男を捕らえるため、ガバラギとダマク周辺を捜索しているギルドナとヴァレス。


ギルドナ

「……ふむ、思いの外時間がかかるな。直に夜も明ける……なかなか隠れるのが上手いやつだ。」


手分けして探していたギルドナは、一旦ヴァレスと合流する。


ギルドナ

「ヴァレス……奴は見つかったか?」


ヴァレス

「……はい、魔王様。間違いありません。小さいですが、奴の拠点らしき住処を見つけました。」


ギルドナ

「よし、よくやったぞ。」


ヴァレス

「直接姿は確認出来ませんでしたが、夜更かしなのか早起きなのか、奴は起きている様子でした。すぐに踏み込みますか?」


ギルドナ

「…いや、ひとまず見張りを立たせろ。俺たちは一度戻り、明朝、テラとテラの父親を連れて奴の所へ行く。そこでテラの確認が取れたら、奴を捕らえる。」


ヴァレス

「承知しました。」


ギルドナとヴァレスは、コニウムの村に戻っていった。


【王都ユニガン・ミグランス城内】


夜が明け、王都は朝も早くから賑わっていた。

アナベルとディアドラも早くから城に出向いていた。


アナベル

「あら、おはよう。早いのね、珍しい。」


ディアドラ

「ああ。まだ解決していない嫌な事件が残ってるからな。寝つきも悪い。」


アナベル

「それなんだけど、昨日の夜、ある人と会って、良い情報を得られたわ。」


ディアドラ

「何?まさかお前もホオズキとかいう怪しげな女と出会ったのか?」


アナベル

「ホオズキ……?私は、アルテナに会ったのよ。昨日ギルドナと一緒にいた魔獣の女の子よ。彼女は、ギルドナの妹だって。」


ディアドラ

「アルテナと……?」


すると、近くから男が歩いてきた。


救護班の男

「ああ、お二人とも来ていらしたんですね、おはようございます。あの商人が目を覚ましましたよ。会話も出来る状態です。」


アナベル

「ほんと?良かったわ…。ありがとう、後で医務室へ寄って行くわ。」


救護班の男

「はい、わかりました。それでは。」


男が立ち去っていく。


ディアドラ

「…ようやく話が聞けるのか。」


アナベル

「怪我をして大変でしょうけど、話を聞かないとね。」


ディアドラ

「奴にまでそんな心配りを見せるとは、やれやれ恐れ入る。それよりもまず、アルテナと何を話したか聞かせてもらうぞ。」


アナベル

「ええ、ここで一度話を整理しておきましょう。」


二人はお互いに昨夜の出来事を話し合った。


ディアドラ

「……なるほど、これで全てわかったな。」


アナベル

「ええ、魔獣によって魔獣の子どもテラ君が拐われ、セレナ海岸で人間の商人に引き渡された後、魔獣化したテラ君が商人を襲う…。」


ディアドラ

「その後テラの父親がテラと商人を発見し、テラを逃がすため父親自ら罪を被る。ざっとこんなとこか。」


アナベル

「ええ。あとはあの商人と話すだけね。何を言い出すか…………早速行ってみましょう。」


二人は商人のいる医務室へ向かった。


アナベル

「目が覚めましたか。具合はどうですか?」


商人

「こ……ここは一体どこだ…!?」


ディアドラ

「医者から何も聞いていないのか?ここばミグランス城内にある医務室だ。」


商人

「な……何で……くそっ……!」


アナベル

「あなたは一日近く寝ていました。昨日何があったか覚えていますか?」


商人

「一日…?昨日……?そ、そうだ、魔獣だ!魔獣が攻撃してきやがったんだ!ちゃんと捕まえたんだろうな!?」


ディアドラ

「今その魔獣を追っている所だ。」


商人

「早く捕まえろ!いや、殺してしまえ!何ならワシが殺してやる!!やはり魔獣など、ロクな種族じゃない…!あのガキめ、絶対に許さん……!!」


ディアドラ

「ガキ……?私たちが今追ってるのは、大人の魔獣なんだがな。」


商人

「!?……な、何……!?」


アナベル

「白く長い髪を携えた魔獣の男に、心当たりはありませんか?」


商人

「なっ………!!知らん……!ワシは何も知らんぞ!!とにかく今すぐ見つけ出して殺処分でも何でもしてしまえ!魔獣など……あんな薄気味悪くて狂暴なやつらを野放しにしておくな!!」


アナベル

「……!!あなたは…………!!」


怒りを爆発させる寸前のアナベルの肩に、ディアドラが手を置く。


ディアドラ

「まあ落ち着け。こんな奴にお前が説教する価値も必要も無い。」


アナベル

「…………!」


ディアドラ

「大怪我したばかりだというのに随分元気じゃないか。そもそも何で護衛も付けずセレナ海岸をふらついていたんだ?」


商人

「…もういい!とにかくワシは知らん!何も知らんからな!早くここから出せ!」


ディアドラ

「そうか。…まあ出してやっても良いがな。」


アナベル

「!?ちょっと……ディアドラ!?」


ディアドラ

「お前が何も話さないというなら、今追ってる魔獣の男を捕まえた時、そいつに聞くとしよう。もしかしたらそいつは、お前の事を知ってるかもしれんからな。」


商人

「…………!」


ディアドラ

「魔獣の男を捕まえれば、そいつはきっと永遠に暗い檻の中だ。その一方でお前の事は城で保護した後自由の身になったと聞いたら、その魔獣の男は何て言うだろうな?」


商人

「……くそ……!………くそっ……!!」


ディアドラ

「ま、最初からお前をもう外に出すつもりはないがな。せめて最後のベッドの感触を味わっておくんだな。」


アナベル

「…………ディアドラ……。」


ディアドラ

「さあ、ここにはもう用はない。行くぞ。」


二人は医務室を後にした。


アナベル

「……ありがとう、ディアドラ。冷静さを失いかけていたわ。」


ディアドラ

「別に。朝っぱらからお前の怒号を聞くのは勘弁だと思っだけだ。」


アナベル

「もう、あなたって人は…。」


ディアドラ

「それより、これからどうするんだ?」


アナベル

「アルテナは、首謀者である男を捕まえたらセレナ海岸へ連れて行くって言ってたわ。早ければ朝にもって言ってたから、とりあえずセレナ海岸へ行ってみましょう。」


【ミグレイナ大陸、蛇骨島・蛇背ガバラギ】


朝になり、ギルドナとヴァレスは、テラ親子とアルテナを連れて、ついに首謀者である魔獣の男の元へ踏み込まんとしていた。


魔獣の男は、焚き火の近くで武器の手入れをしていた。白く長い髪で、やや細い体つきだ。

ギルドナたちは少し離れた草陰から、様子を見ていた。


ギルドナ

「テラ、あいつで間違いないか?」


テラ

「……うん、間違いないよ。あの人だ。」


ギルドナ

「よし、行くぞ。」


ギルドナたちは男の方へ歩いて行った。


ギルドナ

「邪魔するぞ。」


魔獣の男は武器を磨いている。


魔獣の男

「……チッ、あのなあ、ここには来るなって言っただろ。報酬はちゃんといつもの………なっ!?」


顔を上げた魔獣の男は、ひどく驚いた様子だ。


ギルドナ

「報酬?…誰かと間違えてないか?」


魔獣の男

「て、てめぇはギルドナ…!何でここに……!」


ギルドナ

「こいつに見覚えはないか?」


ヴァレスの横からテラ親子が顔を出す。


魔獣の男

「なっ……!?何でお前がここに……!」


テラ

「おじさん…良い人だと思ってたのに…!」


テラの父親

「よくも息子を……!」


アルテナ

「あなたがセレナ海岸でこの子を引き渡した後、この子は自力で逃げ出したのよ。魔獣化した力を使ってね。」


魔獣の男

「なっ…!?馬鹿な……こんなガキにそんな力が……!」


ギルドナ

「貴様の一番の失敗は、魔獣でありながら魔獣の力をみくびっていた事だ。元々テラに素質があったのもあるがな。」


ヴァレス

「既にお前がやってきた事はわかっている。大人しく捕まり、罪を償うのだ!」


魔獣の男

「償うだと…!?ふざけるな、俺は誰の指図も受けん!」


ギルドナ

「貴様を拘束し、ミグランス王国軍に引き渡す。そこで取引相手の商人と仲良く余生を過ごすんだな。」


魔獣の男

「お前らごときに捕まってたまるか!!」


魔獣の男は魔獣化し、巨大な肉体と、戦斧を取り出した。


ギルドナ

「…誰を前にしているのかわかっているのか?」


魔獣の男

「俺は常に外の世界で生き抜いてきた……村でぬくぬくと暮らしているお前たちに、俺に敵う道理など無い!」


ギルドナ

「……その世界が如何に小さかったのか、教えてやろう。」


ギルドナが身構える。


ヴァレス

「お待ち下さい魔王様。この様な奴など、魔王様が手を下すまでもありません。ここはどうか、私にお任せください。」


ギルドナ

「…何だ、ヴァレス。いつもは俺を立てようとするくせに、一番おいしい所を持っていくつもりか?」


ヴァレス

「………恐れながら、その通りで御座います。同胞を、まして子どもを売るという下衆にも劣る愚かな行為に、私も久々に血が滾っておりますので…!!」


ギルドナ

「……そこまで言うなら良いだろう。ヴァレス、思い知らせてやれ。」


ヴァレス

「ありがとうございます、魔王様。」


魔獣の男

「どいつでも同じことだ!死ねぇ!」


魔獣の男がギルドナに斧を振り下ろす。すかさずヴァレスが魔獣化し、自らの武器で受け止める。


ヴァレス

「斧ですか…自分と同じ種類の武器を持つ者に、これ程嫌悪感を抱いたことはありません……!」


魔獣の男

「チィ……!!」


攻撃の応酬に火花が散る。


魔獣の男

「クソが……これで終わらせてやる!!」


ヴァレス

「それはこちらの台詞です…!」


ヴァレスが男の攻撃を弾き、魔獣の男に一撃を浴びせた。


魔獣の男

「がっ…バカな……!!……ちくしょう……!!」


魔獣の男の魔獣化が解かれ、膝をついた。それと同時に、ヴァレスも魔獣化を解いた。


ヴァレス

「急所は外しておきましたよ。」


アルテナ

「ヴァレス…!」


アルテナとテラが駆け寄る。


ヴァレス

「心配ありません。この様な男に後れはとりませんよ。」


ギルドナ

「ああ、なかなか見事だった。よし、この男を拘束するぞ。それとアルテナ、どうせ昨夜はあの女騎士の所へ行っていたのだろう。伝えることは伝えたか?」


アルテナ

「え?……うん、バッチリ。朝には捕まえられるかもって言っといたから。そしたら、セレナ海岸に連れて行くってこともね。やっぱりお見通しだったかあ。」


ギルドナ

「当たり前だ。では、これからセレナ海岸へ行くぞ。」


ヴァレス

「承知いたしました。」


首謀者である魔獣の男を捕らえた一行は、セレナ海岸へと向かった。


【ミグレイナ大陸、セレナ海岸】


セレナ海岸には先にアナベル、ディアドラ、王国騎士の3人が来ていた。


ディアドラ

「昨日の今日で、まだ午前中だぞ。そんなに早く捕まえられるのか?」


アナベル

「……ええ、彼らならきっと……。」


ディアドラ

「それで、そのアルテナと昨夜、事件以外の事で何を話したんだ?」


アナベル

「何って……その、色々よ。」


アナベルの目が泳ぐ。


ディアドラ

「……お前まさか、私のことまで話したんじゃないだろうな。」


アナベル

「し、仕方ないじゃない!聞かせてって言われちゃったんだから……。それに、城の人たちに知られるわけじゃないし、別にどうってこと無いでしょう?」


ディアドラ

「まったくお前は……。」


アナベル

「それとも、ずっと私たちだけの秘密にしたかったのかしら?それならごめんなさい、悪いことしちゃったわね。」


アナベルが悪戯に笑みを浮かべる。


ディアドラ

「…………潰すぞ。」


真面目な王国騎士

「アナベル様!東の方角からギルドナたち一行の姿が見えます!」


ディアドラ

「…来たか。」


アナベル

「どうやら無事捕まえられたみたいね。」


ギルドナたちが三人の元へ到着した。


ギルドナ

「…この男が今回の事件の首謀者だ。こいつがテラを連れ出し、人間の商人に引き渡した。」


ディアドラ

「…ふん、なるほど。」


ギルドナ

「アルテナから話は聞いたのだろう?それとお前たちが調べた商人の情報を合わせても、まだ疑う部分があるか?」


ディアドラ

「………いや。私たちの間でも、テラたち親子に罪は無いという結論に達した。」


拘束された魔獣の男の前にアナベルが立つ。


アナベル

「……あなたを誘拐、人身売買及びその幇助の罪で逮捕し、ミグランス城へ連行します。」


魔獣の男

「……ちくしょう…………!」


ギルドナ

「貴様も魔獣化してこの危機を脱却してみるか。それが出来ればの話だがな。」


魔獣の男

「…覚えてやがれ……人間ども……そしてギルドナ……!!」


ギルドナ

「捨て台詞だけは一人前だな。」


テラの父親

「あの……騎士の方々、私は……。」


アナベル

「………………。」


テラの父親

「私がテラを庇うために、あの商人を傷付けたのは事実です。罪を償えと仰るならば、どんなことでもします……だからどうか息子だけは……。」


テラ

「父ちゃん……。」


アナベル

「………あなたの息子であるテラ君がした事は、自分を守るための当然の行為です。罪になどなる筈もありません。」


テラの父親

「……………。」


アナベル

「そして、今回あなたに罪を問うこともいたしません。もしあなたに罪の意識があるのなら、この先、テラ君の側を離れず見守ることをあなたの償いとしてください。」


アナベル

「今回の件で、テラ君はとても大きなショックを受けた筈です。テラ君の心の傷が癒えるまで、あなたが支えてあげてください。」


テラの父親

「……はい…………ありがとうございます…………!」


テラ

「父ちゃん!よかったぁ~~!」


テラ親子が抱き合う。


アルテナがアナベルの元へ寄る。


アルテナ

「…ふふ、良かった。これで一件落着ね。」


アナベル

「ええ。あなたたちも、ありがとう。アルテナたちがいなかったら、どうなっていたことか……。」


アルテナ

「いいのよ。お役に立てて光栄だわ。」


ギルドナ

「………………。」


ギルドナはディアドラに視線を向けている。


ギルドナ

「……ところでそこの、ディアドラといったか。」


ディアドラ

「…何だ?」


ギルドナ

「お前の魔剣とやらに興味がある。この先に大型の魔物がうろついている。そこでお前の力を見てみたい。」


ディアドラ

「……ふん、いいだろう。私も、口と態度のでかいお前の実力が、一体どれ程の物なのか気になっていた所だ。」


ギルドナ

「ちょうどいい、俺もヴァレスに良い所を取られて、暴れ足りなかったからな。こっちだ、付いて来い。」


ディアドラとギルドナの二人が歩き出す。


アナベル

「ち、ちょっと二人とも!特にディアドラ、あなたはこれから城へ戻って報告が……!」


ディアドラ

「そんなものお前一人で十分だろう。

…任せたぞ、聖騎士どの。」


アナベル

「そういう問題じゃ…!この後も任務があるんだからね!…………まったくもう……。」


アルテナ

「…妹さんには、苦労してるみたいね。私も兄さんにはしょっちゅう手を焼いてるから、気持ちはわかるわ。……何だかあの二人も、ちょっと似てるかも。結構気が合いそうだわ。」


アナベル

「…ふふ、言われてみれば、そうかも知れないわね。」


アナベル

「……さて、それじゃあ私たちは市民に見つからないように、この男を連れて城へ帰るわ。アルテナは一応、あの二人を見てやって。またケンカでもするといけないから。」


アルテナ

「うん、わかった。気を付けてね。」


アナベル

「ええ。いずれまた会いましょう。今度は、あなたの村にも行ってみたいわね。」


アルテナ

「その時は、うんとおもてなしするわ。」


アナベル

「楽しみにしてるわね。それじゃあアルテナ、それまで元気でね。」


アルテナ

「ええ!また、会いましょう!」


アルテナは手を振り、アナベルたちを見送った。


こうして、決して公に記録されることのないこの事件は終わりを迎えた。

未だ人間と魔獣の間には深い溝があるが、今回の件が、お互いのわだかまりを解消する一歩に繋がったかもしれない……。








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