第3話

【AD300年、ミグレイナ大陸、王都ユニガン・ミグランス城】


城内の一室で、アナベルとディアドラはこれまでの経緯をラキシスに報告していた。


ラキシス

「……なるほど。そしてこれから襲われた商人の調査をしていくわけか。」


アナベル

「はい。その商人の方の具合はどうでしょうか?」


ラキシス

「傷は深いが、命に別状は無いようだ。必要な治療を終え、今は秘密裏に医務室で寝かせている。」


アナベル

「…そうですか。では、彼の傷を治療した救護班の方のお話を聞きたいのですが。」


ラキシス

「構わんよ。既に君たち二人だけは通すように言ってある。気の済むまで調べるといい。」


アナベル

「ありがとうございます。」


ラキシス

「……これはかなりデリケートな事件だ。苦労をかけてすまないが、頼んだぞ。」


ディアドラ

「まったくだ。おまけにこいつと四六時中一緒など、肩が凝って仕方ない。以前私が好き勝手してたことを相当根に持ってると見えるな。」


ラキシス

「…魔剣に執心していたことか。あれは全て水に流したつもりだったのだがな。」


ディアドラ

「ならばもっと自由に行動させてもらいたいものだ。」


アナベル

「もう、あなたは……。すみません、どうかお気になさらないでください。失礼します。」


二人は商人の寝ている医務室へ向かった。


衛兵

「…では、私は外に居ますので、何かありましたらいつでも呼んでください。」


アナベル

「ええ、ありがとう。」


二人が医務室に入ると、ベッドには襲われた商人と、側に救護班の男が座っていた。


救護班の男

「何か進展はありましたか?」


アナベル

「…まだ何とも言えないわね。でも彼のことがわかれば、色々見えてくると思うわ。」


ディアドラ

「商人がつけられた傷について聞きたい。さすがに今包帯を外して直接見るという訳にもいかん。」


救護班の男

「そうですね……あれは魔獣の爪による裂傷と見て間違いないでしょう。首下から腰にかけて、恐らく3回、商人の正面から切りつけられていますね。」


ディアドラ

「ふむ……。」


アナベル

「傷の大きさから、切りつけた魔獣について何かわかることはないかしら。例えば……切り付けた魔獣の年齢、とか。少なくとも子どもか大人かくらいはわからないかしら?」


ディアドラ

「………………?」


救護班の男

「年齢ですか?……まあ、それで言えば、あの傷の大きさは確実に大人の魔獣が付けた物です。詳しい年齢までは流石にわかりませんが。ただ……。」


ディアドラ

「ただ、何だ?」


救護班の男

「よく見てみると、小さい傷痕もわずかに見てとれました。」


ディアドラ

「それは……子どもの魔獣によるものだとしても不思議はないか?」


救護班の男

「ええ、まさしく私にはそう見えました。あれはまるで……子どもの魔獣が付けた傷の上から、大人の魔獣が更に切り裂いた。……そんな感じです。」


ディアドラ

「ふむ…………親子二人掛かりで商人を襲ったか……。」


アナベル

「……あるいは、子どもに罪を着させないために、子どもが付けた傷を自分の爪で上書きする様に切り裂いたか、ね。」


ディアドラ

「なるほど、息子を庇ったか。そう考えれば、あの時の魔獣の男がやけに歯切れが悪かったのにも納得がいくな。」


ディアドラ

「…それとこの商人だが、もう一概に被害者ともいえないかもな。」


アナベル

「……魔獣の子どもが拐われて、セレナ海岸で引き渡したのだとすると、この商人もその筋の人間である可能性が高いわね。」


ディアドラ

「…………人身売買か。魔獣をどこかへ売ろうとして、逆に自分が痛い目に合わされた……これが本当なら、自業自得なだけだが。」


アナベル

「……引き続き彼について出来る限りの調査をしていきましょう。本当は彼が目を覚まして、話が出来ると良いのだけど、こればっかりは待つしかないわね。」


ディアドラ

「こんな奴が今までのうのうと生きていたと思うと、逆にあの魔獣に感謝したくなってくるよ。」


アナベル

「………ほら、まだ終わりじゃないわよ。過去この国で起きた行方不明者が出た事件で、何か手掛かりが無いか調べるわよ。」


ディアドラ

「やれやれ、長い一日になるな……。」


二人は医務室を後にした。


【AD300年、ミグレイナ大陸・セレナ海岸】


一方、魔獣の男を連れたギルドナとアルテナは、セレナ海岸の岸辺でヴァレスと魔獣の子どもと合流した。


魔獣の子ども

「ああ!父ちゃんっ!」


魔獣の男

「テラ!!無事か!!」


二人は強く抱き合う。


魔獣の男

「テラ……すまない……!あの場から逃がすためとはいえ、またお前を一人にしてしまった……許してくれ……!」


テラ

「ううん…俺こそごめんなさい…!俺、連れて行かれたくなくて……!とにかく必死で…ワケわかんなくなっちゃって……うう……!」


アルテナがギルドナの側へ寄る。


アルテナ

「とりあえずは、良かったね。子どもも助けられたし。」


ギルドナ

「まあな。だが肝心なのはこれからだ。」


ヴァレス

「魔王様、お帰りなさいませ。」


ギルドナ

「ああ、待たせたな。」


ヴァレス

「とんでもございません。………それで、セレナ海岸で我々が船を停めた辺りを調べてみましたが、この子どもを拐った魔獣の船と思わしき物は見つかりませんでした。……魔王様、申し訳ありません……。」


ギルドナ

「気にするな。奴は必ず見つける。そしてこれまで奴がやってきたであろう悪事を、心の底から後悔させてやるさ。」


ヴァレス

「魔王様……!」


ヴァレスは感極まっている。


ギルドナ

「奴を探すのはお前にも手伝ってもらうからな。準備をしておけ。俺たちはコニウムに着いたら、まずこの男の家族から話を聞く。」


ヴァレス

「このヴァレス、いついかなる時も準備はできております。魔王様のためなら、たとえ火の中水の中、次元の渦の中!!」


そして魔獣族一行は、コニウムに向かった。


【AD300年、ミグレイナ大陸・魔獣の村コニウム】


ギルドナとアルテナは、魔獣の男の家へ行き、家族は再会を果たした。


テラの母親

「ギルドナ様、アルテナ様……なんと御礼を申し上げれば良いか…………本当にありがとうございました……。」


テラの父親

「私からも、改めて御礼を言わせてください。」


テラ

「ギルドナ様、アルテナ様、ありがとう!」


アルテナ

「…ふふ、気にしなくて良いのよ。」


ギルドナ

「礼を言うにはまだ早い。お前の息子を拐った犯人は捕まえていないからな。早速だが事の経緯を最初から教えてもらおうか。」


テラの父親

「はい……。……あれは、数日ほど前からのことでした。息子が、友人に会いに行くと言って、急に家を出て行くことが増えたのです。あの時はまだ、まさか村の外まで出ていってるとは思いもせず……。」


テラ

「おじさんとは、村を出てすぐ近くのとこで出会ったんだ。母ちゃんに合う花飾りを探してて……そしたら、疲れた様子で座ってるおじさんを見つけて……。何も食べてないって言うから、俺、困ってるんだと思って……。」


ギルドナ

「同情を引いて油断させたか。そこから仲良くなっていったということだな。」


テラ

「うん……。最初はずっと優しくて、僕の知らない外の世界の色んな話をしてくれて…楽しかったんだ。それに、おじさんと会うのはいつも村のすぐ近くだったから、大丈夫かなって思ってて……。」


テラ

「でも今日、おじさんがいつも住んでる場所に案内してくれるって言って……ちょっと迷ったけど、何があるのか気になって付いて行くことにしたんだ。」


テラの父親

「家を出る前に、また友人に会いに行くと言うので、“誰に会うのかくらい教えてくれ”と尋ねたんです。そしたら、秘密と言うので、それがどうも引っ掛かりまして…。」


テラの父親

「気になって遠目にどこへ行くのか見ていたのですが、村の外へ出て行くのを見て、慌てて後を追いました……。しかし、すぐに見失ってしまい……。」


テラ

「おじさんは普通じゃ通らない様な道を通ってた。魔物を避けるためだって言ってたけど……。」


テラの父親

「ガバラギをずっと探し回っていたのですが、ふと海に目を向けると、セレナ海岸方面に見知らぬ魔獣の男とテラを乗せた小船が見えたのです。」


アルテナ

「………………。」


テラの父親

「…全身血の気が引く思いでした。私はすぐに村へ戻り、ギルドナ様に助けてもらうよう妻に言い残し、自分の小船でテラたちを追いかけました。」


ギルドナ

「……ふむ。テラといったか。船に乗せられた時の事を覚えているか?」


テラ

「うん……最初はガバラギを南の方に進んで行ったんだ。その辺りに住んでるって言ってたから。でも途中でおじさんが立ち止まって、“ここで良いか”って呟いたんだ。その後急に押さえつけられて、手足を縛られて…………。」


ギルドナ

「南……ダマクの辺りか。あそこは魔物も多いが、確かに隠れるにはうってつけだ。」


アルテナ

「テラ君を人間に引き渡してすぐに姿をくらましたなら、私たちが助け出した事を知らずに住処に戻ってる可能性は高そうね。」


ギルドナ

「そうだな…すぐに探し出してやりたい所だが……、セレナ海岸での出来事も聞いておくか。」


ギルドナ

「テラ。辛いだろうがあと少し、セレナ海岸で何があったか教えてくれ。」


テラ

「…うん、もう平気だよ。父ちゃんや母ちゃん、ギルドナ様たちもいるから。」


ギルドナ

「そうか、偉いぞ。」


テラ

「僕は縛られたまま人間の人がいる場所まで連れて行かれたんだ。あんまり会話は覚えてないけど、“こいつは高く売れる” なんてことを言ってた。その後おじさんが去って行って………人間の人と二人きりになった時、本当にどうにかしなきゃと思って、ずっともがいてたんだ。」


テラ

「それで……急に体が熱くなって……頭が真っ白になって……気が付いたら、ぼくの目の前に人間の人が倒れてた。」


ギルドナ

「…魔獣化して縄を破り、人間を攻撃したんだな。」


テラ

「多分、そうだと思う…。」


テラの父親

「私がテラの元へ着いたのは、その直後でした。同時に遠くから王国の騎士が歩いているのが見えて……。テラにすぐにその場を離れるよう言いました。」


テラの父親

「……そして、“息子が疑われるくらいなら”……と考えた私は、あの人間を……。動転していたとはいえ、早まってしまいました……。」


ギルドナ

「……まあ、王国騎士に正直に話した所で、信じるとはとても思えんからな。何れにしろあの人間も犯罪者だろう。人を売ろうという下衆極まりない連中だ。あまり気に病むな。」


テラの父親

「はい…ありがとうございます。」


ギルドナ

「…よし、これで大体の事は理解した。今回の首謀者である魔獣の男が、テラが救い出されたことを知らないのなら、先程テラが言っていたダマク周辺の住処に戻っている可能性が高い。」


アルテナ

「まさかこんな展開になってるとは思いもしないでしょうね。」


ギルドナ

「取引相手の商人から、後日売り物の分け前を貰うとしたら、別の場所へ移動するだろう。その前に見つけ出す。」


ギルドナ

「テラ、お前を連れて行った奴の特徴を教えてくれ。どんな風貌をしていた?」


テラ

「うん……少し痩せてて、白色の長い髪をしてた。服はみんなボロボロだったけど、いつも微妙に違う服を着てて……よく思い出せないや。」


ギルドナ

「それだけ聞ければ十分だ。そもそもダマクやガバラギに好んで住んでる者など、ほとんどいないしな。よし、俺とアルテナ、ヴァレスの三人で手分けして探しに行くぞ。」


アルテナ

「あ、それなんだけど、私はちょっと別行動させて欲しいな。個人的に行きたい所があるの。」


ギルドナ

「…………ふん、まあ良いだろう。となると俺とヴァレスの二人か……相手に悟られないため少人数で動くとしても、もう一人くらいはいるか……?」


ヴァレス

「問題ありません魔王様!この私が必ず犯人を見つけ出します!!」


突然ヴァレスが入り込んで来た。


ギルドナ

「……いつからそこに居たんだ…騒がしい奴だな。ではお前を頼るとするか。分かっているだろうが、外でそのテンションになるなよ。」


ヴァレス

「はい!全てお任せください!!」


アルテナ

「ふふ。……ごめんね兄さん。なるべく早く戻るから。」


ギルドナ

「構わん。お前の考えてることは大体わかる。………よし、行くぞヴァレス。」


ギルドナとヴァレスは、テラを拐った魔獣の男を見つけ出すため村を後にした。


【ミグレイナ大陸・王都ユニガン】


アナベルとディアドラは、過去に起きた未解決の行方不明事件についてミグランス城内の資料を元に調べていたが、特に有力な情報が得られずにいた。


夜も更けてきたので、一旦打ち切りとし、ディアドラは先に一人帰路についていた。


ディアドラ

「…まったく、ここまで手こずるとはな。事件が事件だ、なかなか情報が少ないのも

わかるが………せめてどれかの事件に目撃者でもいればな……。」


ディアドラ

「あの魔獣の男を信じるとしても、肝心の話を聞いていないからなかなか整理もつかん。……くそっ、やっぱり力ずくでもここへ連れて来るべきだったか……。」


歩いていると、後ろから妙に艶のある声が聞こえてきた。


???

「あらぁ?そこにいるのは、ミステリアスな王国騎士のお姉さん?」


ディアドラ

「お前は……。」


振り返ると、そこにはホオズキがいた。


ホオズキ

「お仕事はもう終わってん?」


ディアドラ

「……こんな時間に何してる?」


ホオズキ

「いややわぁ、うちはこの街の酒場で働いてるんよ?もちろんこれからお仕事に行くんよぉ。」


ディアドラ

「その店、営業許可は取ってあるんだろうな?」


ホオズキ

「も~、騎士のお姉さん、うちを何だと思ってるん?ちゃーんと、クリアな商売させてもらってます。」


ディアドラ

「……その衣服、東方の人間か。…そういえば聞いたことがあるぞ。こそこそと夜な夜な怪しい商売をしている女ギツネがいるって話をな。」


ホオズキ

「うわぁ、まさかそれうちのこと言ってるん?えらいショックやわ~。別にうちは、隠れてるつもりは全然あらへんのやけどねぇ。うちは、東方大陸から出稼ぎに来とる、ホオズキっていうんよ。よろしゅう頼みますなぁ♪」


ディアドラ

「さっきの感じだと、私のことは知ってる風だったな。」


ホオズキ

「そりゃあもう、騎士のお姉さんは有名やないの。聖騎士のお姉さんと並んで、とっても強いって皆言ってはるよ。」


ディアドラ

「私は正規の騎士ではないがな。」


ホオズキ

「あら、そうなん?それは知らんかったわぁ。でも似たようなもんとちゃうん?強いのには変わらへんやろ?」


ディアドラ

「……その聖騎士ほどではない。」


ホオズキ

「騎士のお姉さん、何や難しい顔しとるねぇ。もしかして、あれのことちゃう?うちも聞いたよぉ?なんや、物騒な事件があったらしいねぇ。あまり大きな声じゃ言えへんけど、魔獣が人間を襲ったとか……。」


ディアドラ

「ほう、誰に聞いた?」


ディアドラが鋭い目つきでホオズキを見る。


ホオズキ

「そんな怖い顔せんとってーなぁ。せっかくの美人さんが台無しやよ?」


ディアドラ

「素直に答えた方が身のためだぞ。」


ホオズキ

「フフ……まあ、商売は情報も大事な武器やからねえ。うちみたいな商売やっとると、色んな人と知り合いになれるんよ。」


ディアドラ

「情報屋の知り合いでもいるのか?」


ホオズキ

「ま、そんなとこやね。うちにはうちの

情報網があってなぁ。これ以上はいくら騎士のお姉さんでも、喋られへんなぁ。」


ディアドラ

「ほう……是非ともお前の知り合いとやらに会ってみたいものだが………いや、この際お前でも良いな。」


ホオズキ

「うん?」


ディアドラ

「お前のその知り合いの中には当然、商人もいるな?」


ホオズキ

「そりゃあおるよぉ。商売に限らず、人脈は大切やからねぇ……同業者の場合は特に。人とのご縁は、一生の宝なんよ。やから、商人の知り合いは、い~っぱいおるよ?」


ディアドラ

「率直に聞こう。お前の知り合いに人身売買を生業にしてるやつはいるか?」


ホオズキ

「あらぁ騎士のお姉さん、大胆やねぇ……。そないなこと、滅多に言うもんとちゃうよ。」


ディアドラ

「……私をイラつかせたくないなら、さっさと答えろ。」


ホオズキ

「うーん…せやねぇ……。直接の知り合いやないけど、そないなことをしてるっていう人のは、聞いたことあるなぁ。」


ディアドラ

「……どんな噂だ?」


ホオズキ

「何でも、この大陸で子どもを狙って拐い出して、東方やら西方やらの悪~い奴さんに売り飛ばしちゃうなんていう、恐ろしい話でなぁ?」


ディアドラ

「……確かに、数年前までは子どもが行方不明になる事件が度々出ていたな。最近は少なくなったと、今日調べてみて改めて分かった。」


ホオズキ

「そうなんよ。街や街道の警備も強化されて、ここら辺も随分と歩きやすくなってん。ほんと、王国騎士団さんたちのお陰やねぇ♪」


ホオズキ

「でも、そうなってくると、今度は人を売って儲けようとしてる人たちが、苦しくなってくるんやね。」


ディアドラ

「他のまともな働き口を探すという選択肢はないのか、そいつらは。」


ホオズキ

「そういう思考に辿り着ける人物やったら、そもそも最初から人を売ろうなんて考えもせんやろうねぇ。」


ディアドラ

「………………。」


ホオズキ

「でなぁ、話を戻すけど、奴さんたちは人を売ろうにも、なかなかが捕まれへん。

…………さて、どないしよ?」


ディアドラ

「…王国の警備の届かないを狙うということか…………。」


ホオズキ

「フフ、そういうことやね。

………それで騎士のお姉さん、その商人さん追ってるん?」


ディアドラ

「いや、今回魔獣に襲われたというのが、その商人だ。今の話を聞く限り間違いないだろう。」


ホオズキ

「あらぁ、そうなん。お気の毒やわぁ。」


ホオズキは特に驚いてもいない様子だ。


ディアドラ

「魔獣の悪党と手を組み、魔獣を拐わせて、あの商人が売りさばく………なるほど、かなり見えてきたぞ。」


ホオズキ

「お役に立てたんかな?」


ディアドラ

「ああ。礼を言う。今度お前の店にも邪魔させてもらおう。色々と役に立ちそうだ。」


ホオズキ

「ほんまに?お姉さんみたいな美人さんなら、いつでも歓迎するわあ♪でも、仕事じゃなく、ちゃんとプライベートで来てなあ?」


ディアドラ

「考えておく。」


ホオズキ

「きっとやよ?ほな、うちも早よ行かんと、お客さん待たせてしまうわぁ。うちのお店、この先の突き当たりを曲がったとこにあるから、いつでも来てなぁ♪」


そう言ってホオズキは立ち去って行った。


ディアドラ

「………ホオズキか。」


【王都ユニガン・ミグランス城内】


ディアドラがホオズキと話した時とほぼ同時刻、アナベルは城内の一室で書類の整理をしていた。


アナベル

「…ふぅ、私もそろそろ帰ろうかしら。」


???

「あ、良かったぁ。アナベルさん、まだお城にいたんですね~。」


開いていた扉の隙間から、ソイラが顔を覗かせた。


アナベル

「ソイラ?何か忘れ物かしら?どうぞ、入って。」


ソイラ

「失礼しますぅ~。」


アナベル

「どうしたの?私に用かしら?」


ソイラ

「それがですね~実はさっき、街の東口の門の辺りで、明日用のお昼寝スポットを探してたんですぅ。」


アナベル

「……うーん、物凄く突っ込みたい気持ちがあるけど、夜も遅いし、今は置いておきましょう。」


ソイラ

「それで、もたれ掛かってお昼寝したら、とても気持ち良さそうな木があったんです。その木を眺めていたら、急にこんな物が飛んで来て、木に刺さっちゃったんですよ~。」


ソイラは持っていた物をアナベルに渡した。


アナベル

「これは…弓矢? 矢柄に紙が結ばれてる……矢文というやつね。

“アナベルへ” 、って書いてあるわね……。」


ソイラ

「そうなんですよぉ。それでアナベルさんを探していたんですぅ。」


アナベル

「何かしら……中を読んでみましょう。」


《アナベルへ セレナ海岸で待つ》


ソイラ

「これは~、何かのお誘いでしょうか?」


アナベル

「…そうみたいね。今から行ってみるわ。」


ソイラ

「大丈夫ですか~?私も付いて行きましょうか?」


アナベル

「いえ、平気よ。少しだけ心当たりがあるの。」


ソイラ

「そうですかぁ。でも、気を付けてくださいねぇ。」


アナベル

「ええ。わざわざありがとう。……あと、勤務中に寝ては駄目よ?」


ソイラ

「はーい。」


アナベル

「……いつも返事だけは良いんだから…。」


アナベルは困った表情で微笑みながら、城を後にした。


【ミグレイナ大陸・セレナ海岸】


アナベル

「さて、来てみたは良いけど、ここも広いから……どうしたものかしら。」


???

「よかった、来てくれたんだ。」


アナベル

「あ…………やっぱりあなただったのね。アルテナさん、だったかしら?」


アルテナ

「…そっか、きちんと自己紹介してなかったわね。アルテナって呼んで。よろしくね。あなたのことは、兄さんから聞いてるわ。あなたともっと話してみたいなって思って……回りくどいやり方でごめんね。さすがに街の中へは入れなくて。」


アナベル

「ええ、わかってるわ。私も貴方と話してみたかったの。」


アルテナ

「ここの近くに凄く景色の良い場所があるの。付いてきて!」


二人はセレナ海岸の北へ移動した。

そこでは満天の星空と、月に照らされる海を一望できた。


アナベル

「……すごい……ほんと、素敵ね。」


アルテナ

「でしょ?私のお気に入り。」


二人は適当な場所で腰を下ろした。


アナベル

「普段はほとんど任務か何かでしか通らなくて、景色なんて全然意識していなかったから……とても新鮮だわ。…………それで、貴方の話したいことって?」


アルテナ

「うん…まずは、今日のことを謝りたくて。私たちの勝手で、重要な参考人を連れてっちゃったこと……ごめんなさい。」


アナベル

「そんな…確かに最初はびっくりしたけど、あなたたちの言い分も理解できるわ。こちらの方こそ、ディアドラがやけに突っかかっちゃって…。」


アルテナ

「あの人、ディアドラさんっていうのね。……もしかして、姉妹とかだったりするの?」


アナベル

「あら、よく分かったわね。ディアドラは私の妹なの。たった一人の、私の大切な家族よ。」


アルテナ

「たった一人……アナベルの家族って? 」


アナベル

「………………。」


アルテナ

「あ……ごめんなさい、私ってば……急に立ち入ったこと聞きすぎよね。」


アナベル

「ううん……いいの。……そうね…………あの、無理かもしれないけど、どうか驚かないで聞いてくれる?」


アルテナ

「え……?う、うん……。」


アナベル

「私とディアドラの故郷はね、私たちが小さい頃に……魔獣の襲撃にあって滅ぼされてしまったの。」


アルテナ

「え…………そんな…………私、つい軽い気持ちで……本当にごめんなさい…。」


アナベル

「どうか謝らないで。」


アルテナ

「…………魔獣のこと……恨んでる…?」


アナベル

「うーん……正直言うと、当時の事ってあまり覚えていないのよね。過去の記憶が戻ったのも、割りと最近のことだし。………確かに悲しい事件だったけれど、一番大切なものは思い出すことが出来た。…妹のディアドラが、思い出させてくれたの。」


アルテナ

「………………。」


アナベル

「私もディアドラも、今はきちんと前だけを向いて生きてる。だから、魔獣を恨むとか、そんな事は全然無いから大丈夫よ。もしかしたら、人間の賊に村を襲われていたかもしれないし。」


アルテナ

「………そっか…ありがとう……。」


アナベル

「人間とか魔獣とか、種族は関係ない。憎むべきは、その心に潜む悪の意思よ。」


アルテナ

「……うん、私もそう思う。それでもまだ種族間の溝はあるけれど、もっと皆が、お互いを思いやれる様になれれば、って思ってる。」


アナベル

「とても素晴らしいと思うわ。何かあれば、是非力にならせてちょうだい。」


アルテナ

「うん、ありがとう……。あ!そうそう、忘れないない内に伝えておくね。今日コニウムで聞いた、事件の話のこと…。」


アナベル

「それは助かるわ。ずっと気になっていたの。」


アルテナは今回の事件で、テラたちから聞いたことを説明した。


アナベル

「……なるほど、それで今は首謀者である魔獣の男を追っているのね。ありがとう。今の話と、少しだけど今日調べた商人の情報を合わせれば、かなり整理出来るわ。テラ君の話していることで間違いなさそうね。」


アルテナ

「うん。信じてくれてありがとう。

………じゃあ、私はそろそろコニウムに帰るわね。また朝に、ここへ状況を伝えに来るわ。もちろんそれまでに捕まえられたら、一緒に連れて来るから。」


アナベル

「…待ってアルテナ。まだ話は終わっていないわよ?」


アルテナ

「……え?」


アナベル

「私の身の上話だけして、あなただけ何も話さずに帰るのは、さすがにズルいんじゃない?まだ時間はあるわよね?」


アナベルがニヤリと笑みを浮かべながら言う。


アルテナ

「あ…、でも私なんか、何を話したらいいか……。」


アナベル

「聞かせてちょうだい、あなたやギルドナのこと……アルドたちと何があったのかも知りたいわね。」


アルテナ

「それ…相当長くなるわよ……。えっと……私とギルドナ兄さんは、昔はよく月影の森にも行っていたのよね。そこで私は、アルドの妹のフィーネと会って………そうそう!あの子と私で……」


二人は流れる星空の下、ささやかな波音に包まれながら、しばらく語り合ったのだった。


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