第2話

【AD300年、ミグレイナ大陸・セレナ海岸】


それから1時間ほど後、現場には王国騎士と魔獣の男、二人の女騎士が立っていた。


アナベル

「襲われた商人の男性は……大丈夫かしら…。」


ディアドラ

「まあ、あれだけの傷だ。助かるかどうかは正直わからないな。…………それで、倒れた商人の付近にこの魔獣がいたと?」


真面目な王国騎士

「はい。おそらく犯行に及んだ直後だったと思われます。」


ディアドラ

「ふ……別に私に丁寧口調で話す必要はないぞ。私は正規の騎士ではない、ただの傭兵だからな。」


真面目な王国騎士

「あ……その、つい……。」


ディアドラ

「一緒にいるアナベルの雰囲気に圧倒されたか?相変わらず聖騎士サマの力は凄まじいな。」


アナベル

「ディアドラ!今はそんな事を話してる場合では無いでしょう!自分がすべき事に集中しなさい!」


この状況がただならぬ事態であると察して、アナベルは普段以上に真剣な表情だ。


ディアドラ

「ふん……いつになく鼻息が荒いな。」


魔獣の男にアナベルとディアドラが近付いていく。


魔獣の男

「これは……違うんだ…!息子が……私の息子が拐われて…!」


アナベル

「倒れていたあの商人が、あなたの息子さんを拐ったのですか?」


魔獣の男

「い、いや……それは…………。」


ディアドラ

「…………やれやれ、嘘を吐くならもっと話を練ってから吐くんだな。

……お前の身体は随分と血塗れだが、見たところ怪我はないな。ということは、これは全て返り血か。相手は見た所商人だ。金目当てで襲ったと考えるのが妥当だが、気になるのは、あの傷の程度だ。」


真面目な王国の騎士

「傷の程度……?」


ディアドラ

「お前たち魔獣族は、魔獣化すればこんな一介の商人など、その手を一振りするだけで致命傷を与えられるだろう。だが、この傷は一振りどころではない。」


魔獣の男

「………………。」

魔獣の男は俯いたまま黙っている。


ディアドラ

「傷痕からして、恐らく魔獣化したその爪で切り裂いたのだろう。金だけが目当てなら、一回切りつけてやれば充分だ。何なら命だけは助けると、攻撃する素振りだけを見せて脅すだけでも良い。だがこの商人は、少なくとも3、4回は切られている。」


魔獣の男

「……それは…………。」


ディアドラ

「これは何故だ?怨恨か?そんなに憎かったのか?この商人が……いや、が。」


アナベル

「ディアドラ!!いい加減にしなさい!!あなたの勝手な憶測で相手を不必要に追い詰めないで!」


鬼の形相でアナベルが二人の間に割って入る。


ディアドラ

「この状況で他に何が考えられる?まさか息子がどうのこうのを信じるのか?ならこいつのこの歯切れの悪さは何だ?」


魔獣の男

「……いや……もういい。私だ。私がやったんだ。」


アナベル

「…………!?」


ディアドラ

「…ほう?お前の息子は良いのか?」


魔獣の男

「…それも、もういい。忘れてくれ。あの商人を襲ったのは私だ。どこへでも連れて行け。」


ディアドラ

「……だそうだ。こいつの言う通り、王都に連れ帰って後は他の奴らに任せるとしよう。」


アナベル

「いいえ、ディアドラ。これはそんな単純な話では無いわ。人間の男性が襲われ、そこには、魔獣が立っていた。そもそもこれがどういうことか、あなたにもわかっているはずよ。」


ディアドラ

「………………。」


ディアドラが静かに舌打ちをした。


アナベル

「私たちの国は、未だ魔獣王の襲撃からの傷が癒えてはいないわ。多くの仲間を失い、今もなお苦しみながら街の復興に心血を注いでいる。崩れかけている城を見るたびに、怒りを口にする兵士もたくさんいる。今は皆国を元通りにすることで頭を一杯にして、他のことを考えないようにしているだけなの。それで、何とか平穏な日常を保っているのよ。」


アナベル

「幸い今はこの事件の詳細を知る人は最小限で済んでいるけれど、もしこの事件のことが沢山の兵士や国民に知れ渡ったとしたら…………怒りを抑えられなくなった人たちが、何をしでかすか分からないわ。また大量の血を流すことになるかも知れない……魔獣も、人間も……。」


アナベル

「だから……もしこの魔獣の彼が犯人だというのなら……このまま彼を連れて帰るわけにはいかないわ。」


真面目な王国騎士

「えっ…………!?」


ディアドラ

「これだけの事が起きていながら、この件を闇に葬るか。クク……面白い。正義感の塊の様なお前に、そんな真似が出来るのか?何なら今ここで私がこいつを始末してやるが。」


アナベル

「馬鹿なこと言わないで。……少なくとも私には、彼がむやみに人間を殺す様な人物には見えないわ。まずは彼の話を聞いて、真相を明らかにしましょう。罪をどう償うかの判断は、その後で良いはずよ。」


ディアドラ

「ふん……まあいいだろう。殺しを楽しむ様な奴に見えないのは同意だからな。金目当てに誰かを襲う度胸も無さそうだ。

それにしても…………魔獣による人間への襲撃か。ラキシスめ、よりによって私たちを寄越すとは……。」


ディアドラが苛立った様子で話す。


アナベル

「もし私たち以外の誰かだったなら、大事件としてすぐさま上官や同僚に報告して回るかも知れない。それだけは絶対に避けなければならないわ。」


ディアドラ

「ふん、私たちが一番大騒ぎして事件の話を広めそうじゃないか。ラキシスに私たちの事を話しておくべきだったかもな。」


アナベル

「いいえ、私たちなら冷静に動くと判断してくれたのよ。それはディアドラ、あなたも同じよ。私もそう信じてるわ。私たちは私情は挟まない。人間の男性を襲った犯人が……たとえ魔獣だったとしてもね。」


ディアドラ

「…………………。」


アナベル

「そういう意味では、最初に見つけたあなたの判断も適格だったわ。」


真面目な王国騎士

「あ……いえ、恐縮です……。」


アナベル

「さて…………。」


アナベルが魔獣の男の側へ寄る。


アナベル

「落ち着いて聞いて下さい。私たちはあなたの言葉を信じます。だからどうか、あなたも私たちを信じて、何があったのかを話して欲しいの。」


魔獣の男

「信じる……?しかし、本当に……私があの人間を切り裂いたのは……事実なんだ……。」


アナベル

「何か事情があった筈です。それにはあなたの息子が関係している……違いますか?」


魔獣の男

「………………ああ…………実は…。」


すると、突然背後から声が聞こえてきた。


???

「その話、ちょっと待って!」


ディアドラ

「誰だ!?」


アナベル

「あ…あなたたちは……!」


そこにはギルドナとアルテナが立っていた。


魔獣の男

「ギルドナ様に……アルテナ様…!?」


真面目な王国騎士

「ひっ!…ま、魔獣!?」


アナベル

「……落ち着いて。悪い人たちではないわ。」


真面目な王国騎士

「え、ええ……??そういえば、あの男、どこかで見たことあるような……。」


アルテナ

「コニウムで事件の話を聞いて、急いで駆けつけたの。」


ディアドラ

「…事件の話?」


ギルドナ

「そうだ。今からその男は、こちらで預かる。」


アナベル

「え…!?」


ディアドラ

「突然現れておいて、この男を預かるだと?それで “はいどうぞ” と渡す馬鹿がどこにいる。」


ギルドナ

「その男の話が本当なら、この事件の首謀者は別にいる。俺たちはコニウムに向かい、その男と家族から話を聞き、首謀者を探し出す。」


アナベル

「何ですって…!?」


アルテナ

「私たちは、コニウムでそこにいる男の人の奥さんから、“息子がセレナ海岸の方へ連れて行かれた”って聞いてここまで来たの。拐われた子どもは、この場所へ来る途中で見つけて、私たちが乗ってきた小船の近くで保護しているわ。ヴァレスっていう頼れるやつと一緒だから、安心して。」


魔獣の男

「……そうか……良かった。」


ギルドナ

「蛇骨島から連れ出されたということは、そいつの息子を連れ出したのは…十中八九、魔獣だ。」


アナベル

「!? そうなのですか……!?」


魔獣の男

「ああ……そうなんだ。そして私が手にかけたあの人間は多分………。」


ギルドナ

「そういうことだ。ここから先は我々魔獣の問題だ。俺たち魔獣で始末をつける。お前たち騎士どもは殺された人間の素性を調べておけ。」


ディアドラ

「ならば今ここで話せば良いだろう。息子とやらも近くにいるのなら、連れて来てここで話せ。それが嫌なら、私たちもコニウムまで付いて行く。私たちにも事件の詳細を知る権利がある。」


ギルドナ

「…聞こえなかったのか?お前たちが今やるべきなのは、殺された人間について調べることだ。安心しろ、後でお前たちにも教えてやるさ。お前たちが人間の方を調べてる間に、俺たちが魔獣の方を調べる。その後、お互いの情報を照らし合わせれば、自ずと全てが見えてくる。その方が効率が良い。」


アルテナ

「ちょっと兄さん、もっと丁寧に……。」


ディアドラ

「……貴様、さっきからベラベラと一体どの目線で物を言っている?そもそも貴様らがこっちに情報を渡す保証もない。圧倒的にお前たち魔獣側が不利な事件だからな。都合の良い事を言っておいて、本当は男を連れ帰ってそのまま姿を消すつもりじゃないのか?」


ギルドナ

「………話にならん。そう思うなら思っていれば良い。とにかくこいつは連れて行く。」


ギルドナが魔獣の男がいる方へ歩き出す。


ディアドラ

「……止まれ。」


ディアドラが剣を抜く。周囲の空気がひりつく。


ギルドナ

「…………。」


ディアドラ

「それ以上近付くなら、私がこの男を斬る。」


魔獣の男

「なっ……!?」


アナベル

「ディアドラ…!」


アルテナ

「ちょ、ちょっと……!」


ギルドナ

「…………王国騎士はもっと賢い人間の集まりだと思っていたが、俺の買い被りだったか?」


ディアドラ

「知るか。あいにくと私はそこにいる聖騎士サマとは違うのでな。魔剣にこの身を捧げるような人間だ。ろくなもんじゃない。どうせこの件は公に出来ないんだ……お前たちに好き勝手させるくらいなら、ここで斬り捨ててやる。」


ギルドナ

「ふっ…………魔剣か。なかなか興味深いが……自らの運命を共にする武器は、己の分身とも言える。貴様とその魔剣には、何か特別なものを感じるが…………それを録でもないものというなら、いっそこの俺が全て断ち切ってやるぞ。文字通りにな。」


ギルドナが剣を構える。


アルテナ

「あーもう!いい加減にしてってば!」


アナベル

「ディアドラ!そこまでよ!」


二人がギルドナとディアドラの間に割って入る。


アナベル

「…ディアドラ。こんな無意味なことはやめて。確かに彼の言い分は勝手な所もあるけれど、一理ある。もし本当に追うべき相手が他にいるのだとしたら、こうしてる間にも逃げられてしまう。」


ディアドラ

「…………ふん。わかったよ。好きにしろ。」


ディアドラは渋々剣を納めた。


アルテナ

「兄さんも、何でもっとちゃんと話そうとしないの!」


ギルドナ

「相手の挑発に素直に乗ったまでだ。」


アルテナ

「乗るなっての!」


ギルドナが剣を納めた。


アルテナがディアドラとアナベルの方へ向かって行く。


アルテナ

「あのね、聞いて。兄さんはこう言ってるけど、私は二人が一緒に来ても構わないわ。今はとにかく、出来るだけ早く真犯人を捕まえないと。だから……。」


アナベル

「いいえ。私たちは王都に戻って、襲われた人間の事を調べます。」


アルテナ

「え、いいの?」


アナベル

「ええ。あなたたちを信じましょう。それにあのギルドナとは、以前オーガたちとの闘いで、少しの間ですがアルドと共に戦ったこともあります。彼は信用に値するわ。」


アルテナ

「……ありがとう。こちらで得た情報は必ずあなたたちにも伝えるわね。」


アナベル

「ええ。よろしくお願いするわ。」


アルテナがギルドナの方へ戻っていく。


アルテナ

「兄さん、二人はわかってくれたわ。私に何か言うことある?」


ギルドナ

「ふん、特にないな。」


アルテナ

「…まったく子供なんだから……。」


ギルドナ

「何か言ったか?グズグズしてる暇はない。話がまとまったのならさっさとコニウムに行くぞ。」


アルテナ

「はいはい。……さ、あなたも歩ける?」


魔獣の男

「はい……ありがとうございます。」


魔獣の三人は、ギルドナたちが海岸に着けた小船の元へ去って行った。


アナベル

「……私たちも行きましょう。襲われた商人を調べることが出来れば、それなりにわかる事があるはずよ。」


ディアドラ

「やれやれ……面倒だ。」


アナベル

「それと…………。」


ディアドラ

「…何だ。」


アナベル

「さっきのように、自分のことを卑下する様な物言いはやめてちょうだい。私にとってあなたがどれ程大切か……わかるでしょう?あなたのおかげで私は……。」


ディアドラ

「あーもうわかったからそれ以上言うな!聞いてるこっちが恥ずかしい。とっとと王都に戻るぞ。」


ディアドラがそそくさと歩きだす。


アナベル

「あ、待って…!」


ディアドラ

「ほら、お前もいつまでボーッとしてるんだ、行くぞ。」


真面目な王国騎士

「えっ…!?あ……、は、はい…!」


呆気にとられていた王国騎士が二人の後を追いかけていく。


こうしてアナベルとディアドラは王都へ、ギルドナとアルテナはコニウムへ、それぞれ事件の真相を明かすべく向かって行った。




















































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