第9話 ただいま

アルドとリィカは傷を癒した後、アクトゥールの宿屋を訪ねた。部屋には石の民の母娘の姿があった。母親は寝床で眠っており、側の椅子に娘が腰掛けている。娘は立ち上がってアルドたちを迎え入れた。


「あなた方……!

お身体はもういいのですか?」


アルド

「ああ 少し休んだら

すっかり回復したよ。


族長はまだ目覚めてないのか?」


「はい。 世話役の話では

いつ目覚めてもおかしくない

とのことですが……。」


その言葉でアルドは辺りを見回す。男の姿が見当たらない。


アルド

「……そういえば世話役は?」


「母をここに置いてすぐ

外へ行ってしまいました。


どうやら

私と話したくないようで……。」


と、そこに、男が部屋へと入ってきた。さきほどの発言は聞こえていただろう。娘はバツの悪そうな顔をしたが、男は意に介していないようだ。アルドとリィカに顔を向ける。


「来たか……。 

お前たちには礼を言う。


太古の魔物に

『守護の奇跡』が発動していることを

俺は想定できていなかった。

 

お前たちがあれを

使い切らせていなければ

俺は敗れていたことだろう。」


アルド

「あんたは太古の魔物を倒すために

儀式に加担を?」


「そうだ。


儀式によって多くの者を集め

巨焔石に魔力を使わせることで

甦る前に弱体化させようと考えたのだ。


むろん 無関係の者たちを

巻き込んだことは自覚している。


しかし 太古の魔物が死ねば……。」


男が族長に目線を移した。微かに動いたようだ。やがて、もぞもぞと左右に首を動かし始める。どうやら目を覚ましたようだ。


族長

「う……。」


「母さん!!」


族長

「……ああ!

ああ…… お前……!」


娘の姿を視界に捉えた族長は、ほとんど言葉にならない声を上げたのち、勢いよく寝床を飛び出した。温かい腕が娘を強く抱きしめる。突然のことに娘は状況をよく飲み込めずにいるようだ。


「母さん!?」


族長

「よかった……!

よくぞ無事で……!!」


「えっ……?」


「太古の魔物が死ねば

その魔力に蝕まれていた者は皆

心を取り戻す。


どれほど長きにわたって

汚染された魔力に

浸かっていたとしても……な。」


「それじゃあ…… 母さんも……!?」


族長

「私は…… なぜ 

大切なおまえたちを差し置いて

金のことばかり……


すまなかった…… 今までずっと……!」


族長の言葉に、娘はかつての母が戻ってきたことを実感する。長いあいだ記憶の中でしか会えなかった、優しい母がそこにいた。


「母さん…… うわああああん!!」


アルドとリィカ、そして男は、少し離れた場所で母子の再会を見守っていた。


アルド

「よかった…… 本当に……!」


リィカ

「ソレニシテモ

アナタは未来の人間でありながら

ナゼ巨焔石のことに詳しいのデスカ?」


リィカが男に話を振った。母娘の邪魔をしないよう配慮したのか、男はいつも以上に静かな声でその問いに答えた。


「マクミナル図書館の古い文献に

魔物の宿った武具の顛末が

記されていたのだ。


武具と石の違いはあれど 

中毒になった者の様子が

巨焔石とよく似ていた。


そこで 巨焔石の性質も

同じではないかと推測したのだ。」


アルド

「そうだったのか……。」


「……さて 種明かしも済んだことだ

俺は行く。


巻き込んだ者たちへの

せめてもの償いに

余生は人のために尽くそう。」


話し終えた男は、部屋を出て行こうと踵を返した。それに気付いた娘が男を引き留める。


「待ってください……!

あなたには聞きたいことが

まだ沢山あるのです。


どうして

巨焔石の魔物を

討とうとしたのですか?


どうして

私たちがコリンダの原にいると

わかったのですか?


どうして

魔物の攻撃から私を庇ったのですか?


どうして

ローブが焼け落ちるほどの焔を浴びて

火傷ひとつ負わずに済んだのですか?


どうして…… 


あの子のことを忘れろなんて

言ったのですか……?」


「……。」


怒涛の問いかけに、男は背を向けて沈黙を貫く。そのさまが、娘の疑念を確信に変えた。意を決したように言葉を紡ぐ。


「私には ひとつだけ……

その全てを説明しうる答えに

心当たりがあります。


あなたは もしかして……」


娘が言いかけたその時。男の足元に、ことんと音を立てて何かが落ちた。


アルド

「ん? あんた 何か落としたぞ。

古い革紐……?」


「しまった……!」


リィカ

「娘さんのペンダントの紐と

同じ素材の色違いデス。

コチラも劣化して切れたようデス!」


族長

「それは…… 私が昔

息子にあげたペンダントの……!」


「やっぱり あの子なのね……!

生きていたのね……!!」


「……。


俺のしたことは 

誇り高き石の民の末裔として

許されるものではない。


息子は 弟は 死んだものと

思っていてくれ。」


族長

「それを言うなら 石の民として

一番相応しくないのは私だ。

親としても失格だ……。」


「私だって……! 

おかしいと思いながら

従うばかりで何もしてこなかった。」


アルド

「なんだか あんたたちって

根っこは似た者親子なんだな。」


それぞれが自責の念を口にするさまを見て、アルドが思わず口を挟む。その言葉に、石の民の三人は互いを見回した。ついに耐え切れなくなった娘が吹き出す。


「プッ ふふっ……

私たち 3人揃って石の民失格ね。


でも 3人とも生きて

こうしてまた家族として再会できた。


もう一度やり直しましょう。

誇り高き石の民の家族として。」


娘はそう言って、母を連れて弟に歩み寄った。そっと手を伸ばし弟の眼鏡を外すと、そこには遠い日のなつかしい面影があった。

娘は右腕で母を、左腕で弟を抱きしめる。


「おかえりなさい 2人とも……!」


族長

「ああ…… ああ……!!」


「……


ただいま……!」


◆◆◆


アルドとリィカは石の民の三人を置いて宿屋を出た。陽射しがキラキラと水面を照らす。家族の再会の日に、これ以上の長居は無粋というものである。


リィカ

「世話役は 未来の人間ではなく

古代の弟さんだったのデスネ。


亡くなったと思われていた時に

実際は時空の穴に迷い込んで

未来へ飛ばされていたのデショウ。」


アルド

「それで あの噂……!


巨大時震の日に

時空の穴に飛び込んだっていうのは

元の時代に帰ろうとしたんだな。


……でも


弟っていうより兄だよな。

どう見ても……。」


怪訝そうな顔で腕組みをしたアルドに、リィカは得意げにツインテールを回してみせた。


リィカ

「フフフ アルドさん!


弟さんがいなくなった後も

族長と娘さんは『巻き戻しの奇跡』を

浴び続けてきましたノデ!」


アルド

「あっ!! そういうことか!

複雑な家族だな……!」


リィカ

「ハイ!

デスガ 強い絆で結ばれてイマス。」


アルド

「ああ。 今の3人なら

きっともう大丈夫だな!


……さて。 魔物が死ねば

中毒が治るって言ってたな。

ラチェットの様子を見に行こう。」


リィカ

「ハイ!」


◆◆◆


アルドとリィカはパルシファル宮殿の魔法教室を訪ねた。ラチェットは机で書き物をしているようだ。中毒は治っているはずとわかっていても、一抹の不安が胸を過る。アルドは意を決してラチェットに話しかけた。


アルド

「ラチェット!」


ラチェット

「あら アルドにリィカ!」


アルド

「その…… 大丈夫か?

昨日の儀式で 巨焔石の魔力に

惚れ込んでみたいだけど……。」


ラチェット

「そうなのよ!

我ながらあのときは

ずいぶんおかしな思考をしてたわ。


あれも巨焔石の作用なのかしら。

だとしたらますます危険な石ね……!」


アルド

「よかった……! その様子なら

元に戻ってるみたいだな。


あれから色々あって

巨焔石は壊したんだ。


危険に巻き込んでしまって

本当に悪かった。」


ラチェット

「あら 儀式に連れて行って

って頼んだのは私よ?

何にせよ解決してよかったわ。


それにしても……。」


ラチェットは辺りを見回した。宮殿内は相変わらず慌ただしい空気が流れているが、先日とは少し様相が異なるようだ。


ラチェット

「この前 話した

『宮殿の地下から逃げ出した男』が

帰ってきたらしいの。」


リィカ

「帰ってきた!?

犯罪者が地下牢に デスカ!?」


ラチェット

「それが 逃げ出したのは

犯罪者じゃなくて

地下牢担当の兵士だったのよ!


それも 囚人の扱いとか色々

仕切ってた優秀な人らしくて

現場は大混乱だったんだけど……


あっ! あの人よ!」


青年

「あっ!!」


アルド

「あっ!! あんたは……!」


ラチェットが指差した方向にいたのは。

このままでは儀式に出られないと啜り泣いていた、かの青年であった。

アルドたちを拝み倒して儀式へと連れ出した、かの青年であった。

仕事が嫌で仕方がないと豪語していた、かの青年であった。

青年は韋駄天のような速さでアルドに詰め寄り耳打ちをする。


青年

「(あの…… 先日の醜態は

職場の者にはどうかご内密に!)


(この通り仕事復帰しましたから!

汗水垂らして働いてますから!!

勤労最高!!!)


(……ね!!?)」


アルド

「……なんだか あんただけは

中毒になってても なってなくても

人格が全然変わらないな……。」


青年

「そんなあ〜〜!!」


青年の叫びが宮殿内にこだまする。その間の抜けた声に、アルドたちは平和な日常が戻ってきたことを実感した。


<了>

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『奇跡』を統べる家族の記録 アキタカ @aktk_i

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