第8話 焔より出づる者
夕暮れ前のアクトゥールは太陽が傾き影が伸びていた。アルドたちは宿屋の側の暗がりで娘と落ち合った。辺りを注意深く確認し、巨焔石のレプリカを彼女に手渡す。
アルド
「作ってきたぞ!」
娘
「これは…… どこから見ても
巨焔石そのもの……!
ありがとうございます!
隙を見て かならず
本物とすり替えてきます!」
アルド
「ああ 頼んだ!
オレたちはここで待ってる。」
娘
「はい!」
それから日が暮れて、人通りがまばらになり、街が寝静まり、朝が来た。
娘が宿から出て来た。布に覆われた荷物を小脇に抱えている。
娘
「お待たせしました。
本物を持って来ました……!」
アルド
「やったな!
おふくろさんに気付かれる前に
場所を変えよう。」
娘
「はい!」
◆◆◆
コリンダの原はパルシファル宮殿の西に位置する、四大精霊の気配が今なお漂う幻想的な野原であった。その奥地の高台に、アルド、リィカ、娘の三人は巨焔石を囲んで立っている。
リィカ
「ココマデ来れば安心デス!」
アルド
「さて この巨焔石をどうするかな。
海に捨てるか 地中深くに埋めるか?」
娘
「いえ…… それでは
遠い未来でまた誰かが見つけて
被害が出ないとも限りません。
この石は壊してしまいましょう。
きっとそれが一番です。」
アルド
「わかった。 それじゃあ……」
頷いたアルドが剣を構えると、娘が慌てて静止した。
娘
「待ってください!
あの……
私の手で壊してもいいでしょうか?」
アルド
「そっか。
これは娘さんにとって
因縁のある石だもんな。」
リィカ
「ソレデハ
ワタシのハンマーをお貸しします!
よければ使ってクダサイ。」
娘
「ありがとうございます!」
リィカが自身の大型のハンマーを娘に手渡す。娘の細腕には些か重すぎる代物に思えたが、娘は慎重にその手触りを確かめたのち、意を決して大きく振りかぶった。
娘
「いきます……!」
カンッ!
勢いよく振り下ろされたハンマーはまっすぐ巨焔石を捉えた。しかし。
娘
「……壊れませんね……。」
アルド
「石が硬いのか……。」
リィカ
「デスガ欠片はこぼれマシタ。
もうシバラク続ければ
壊せると思われマス。」
娘
「では続けます!」
娘はふたたびハンマーを振りかぶり、石を打ち始めた。
◆◆◆
一方そのころ。
ローブの男がアクトゥールの宿屋を訪ねると、ただならぬ顔つきをした族長が中から飛び出して来た。巨焔石らしきものを抱えている。
ローブの男
「族長……? どうかされましたか?」
族長
「世話役! そなた
ちょうどよいところに!
これを見よ!
……いや 見た目ではわからぬ
持ってみよ!
巨焔石が偽物に
すり替えられているのだ!!」
ローブの男
「……!」
ローブの男は族長に手渡された偽物を両手で受け取った。軽い。そして不思議な触感をしている。少なくとも彼の知っている巨焔石とは違うものだった。
族長
「ところで そなた
我が娘を見ておらぬか!?」
ローブの男
「まさか お嬢様がこれを……!」
族長
「状況から考えて
あやつ以外におらぬ!
探しにゆくぞ!」
ローブの男
「では手分けをして探しましょう。
2人で探せば効率が倍です。」
族長
「……。
よかろう ここで落ち合おうぞ。」
ローブの男
「御意のままに。」
二人は宿の外へ出た。すでに街は目を覚まし、行き交う人々が遠くの見通しを遮った。族長は東へ、ローブの男は西へと分かれて走り出す。程なく男は足を止めた。
ローブの男
「あと少しなのだ。
邪魔をしてくれるな……!」
そう呟いてポケットに手を入れる。男の口元が微かに動き、静かな声で印を結んだ。
◆◆◆
コリンダの原では娘が石を打ち続けていた。もう何度目になろうか、大きなハンマーを振りかぶる娘の額には玉のような汗が滲んでいた。アルドとリィカはその様子を固唾を飲んで見守っている。
娘
「ハァ ハァ ハァ……
もうすぐでしょうか!?」
アルド
「ああ! いよいよ
ヒビが大きくなってきたぞ!」
リィカ
「オソラク 次の一撃で壊せるはずデス!」
リィカの言葉に、娘の表情に安堵の色が見えたその時である。
「そこまでだ。」
低い声が聞こえた。昏い夜の海のようなこの声をアルドたちは知っている。そうでないことを祈りながら振り返ると、無常にもそこに立っていたのはローブの男だった。
娘
「そんな! どうしてここが……!?」
ローブの男
「お考え直しを お嬢様。
巨焔石を返してください。
いまなら私が族長に取りなして
さしあげられます。」
アルド
「あんたたちに返せば
また儀式に使うつもりだろ!」
ローブの男
「部外者は黙っていろ。
窃盗罪で通報されたくなければな。」
娘
「その脅しはもう使わせません!
この石を持ち去ったのも私ならば
壊すのも私です!」
巨焔石さえ壊してしまえば。そう思った娘はハンマーを大きく振りかぶった。ローブの男に、初めて狼狽の色が浮かぶ。
ローブの男
「やめろ まだ壊すな!!
もっと魔力を使わせて
中の魔物を弱体化させなくては!」
娘
「え……?」
予想し得なかった男の言葉に、娘の手が空中で止まった。しかし。
ローブの男
「いかん!
石のヒビが もう……!」
時すでに遅し。それまでの打刻で既に入っていたヒビを起点に、巨焔石が内側から割れ始めた。ヒビが石の裏側に周りいよいよ砕けんとしたそのとき、強い光が辺りを包んだ。アルドは咄嗟に目を瞑る。
アルド
「くっ…… なんだ!?」
次の瞬間。けたたましい啼き声が辺りをつんざく!
やがて光が収まりアルドが目を開けると、石の割れた跡に鎮座する大きな魔物の姿があった。
アルド
「何だこいつは!?」
驚いたアルドに、腰の魔剣が声を掛けた。
オーガベイン
「巨焔石に眠っていた太古の魔物だ。
石を壊したために魔物が甦ったのだ。」
アルド
「なんだって!?
聞いてないぞ そんな話!」
オーガベイン
「尋ねられておらぬからな。
おまえが魔物に敗けて死ぬなら
それも一興よ。」
アルド
「おまえってやつは……!」
ゴオオオオ!!!
アルドが魔剣との会話に気を取られた一瞬の間に、魔物が勢いよく焔を吹き出す。焔の先には、石の民の娘がいた。
アルド
「しまった!」
娘
「キャアアアアア!」
刹那。ローブの男が飛び出し、娘を突き飛ばした。娘に代わって男が全身に焔を受ける。
娘
「世話役!?」
アルド
「まずい 直撃だ!!」
アルドの戦いの勘が男の死を直感する。だが男は焔の中から姿を現し、燃えさかるローブを脱ぎ捨てた。
そこにいたのは、眼鏡をかけた白衣の---
アルド
「KMS社の研究員!?」
リィカ
「人相一致度99.98%!
間違いなく 行方不明者
本人デス!」
男は、焔に灼かれたとは思えぬほど、未来のニュースで観たそのままの姿をしていた。
アルド
「あんた 火傷は大丈夫なのか!?」
男
「俺に気を取られている場合か!
来るぞ!!」
魔物がいまいちど大きく啼き、今度はアルドとリィカに襲いかかって来た。二人は武器を構えて迎え撃つ。
◆◆◆
太古の魔物は強かった。アルドとリィカは苦戦の末に魔物を追い詰めたものの、その過程で受けた傷と失った体力は尋常ではなかった。
アルド
「ゼェ ハァ……!」
リィカ
「アルドさん!
ワタシもアルドさんも
もうすぐ活動限界デス……!」
アルド
「ハァ ハァ…… わかってる!
次の一撃で決めるぞ!
うおおおお……ッ!!」
アルドとリィカの渾身の一撃が魔物に直撃した。……かのように思われた、その瞬間。光が魔物を包み、アルドたちの攻撃を無に帰した。魔物のそばに落ちていた巨焔石の欠片がさらさらと灰になる。
娘
「これは…… まさか……!」
「そう 私の扱う『守護の奇跡』だ。」
物陰から族長が姿を現した。鋭い眼差しに、不気味な笑みを浮かべている。
族長
「巨焔石の魔力を使い
巨焔石自身にかけておいた我が奇跡が
中の魔物に発動していたとはな。」
男
「族長……!」
族長
「世話役よ。 そなたのことは
どうにも怪しいと思っていたのだ。
尾けて来て正解だった。
やりとりは見せてもらったぞ。
そなたも 巨焔石を壊そうと
目論んでいたようだな?」
男
「俺を疑っていたのか。」
族長
「考えてもみよ。
突如現れた素性もわからぬ者を
いったい誰が信用するのだ?
配偶者ですら 私に隠れて借金を遺し
貧困の底に叩き落として
くれたというのに……。」
娘
「母さん……。」
族長
「さて 不届き者どもよ。
死の淵より還りし魔物に
灼き尽くされるがよい!」
族長の言葉に呼応するように、太古の魔物が辺りに焔を撒き散らした。熱風が喉を灼く。
娘
「もうやめてッ!!」
アルド
「『守護の奇跡』は
今ので使い果たしたんだ!
今度こそ倒してみせる……
うぐっ……!」
リィカ
「いけマセン……!」
アルドは膝をついた。さきの戦闘での疲労と怪我が重く伸し掛かる。魔物を仕留めることは、もはや現実的ではなかった。
族長
「その体では持つまい。 終わりだ!」
太古の魔物が雄叫びをあげる。アルドたちに向かって焔を吐き出さんとした、その時。
男が立ち上がった。
男
「俺にはこの一撃しかない。
この一撃で
すべてを終わらせてくれる!!」
白衣の中に隠し持っていた銃を構える。太古の魔物に照準を合わせた。発射口にエネルギーが満ちてゆく!
男
「吐き出すがいい!
きさまの食ってきた 人の心を!!」
男が引き金を引く。膨大なエネルギーの塊が、魔物めがけて放たれた。閃光と爆風が辺りを包む。地面に座り込んだアルドとリィカはそのさまを呆然と見つめていた。
アルド
「すごい……!」
リィカ
「アレは KMS社製の高出力兵器デス!」
アルド
「未来から持ち出してきてたのか……!」
砂塵舞う中、魔物は、青黒い煙を上げながら斃れた。
それと同時に。
族長
「うぐ…… あああっ……!!」
族長が呻き声をあげた。焦点の合わぬ目で天を仰いだまま意識を失い、崩れ落ちるようにその場に倒れた。
娘
「母さん!?」
娘が駆け寄る。アルドとリィカも重い身体を引きずって母娘の近くへ寄った。
娘
「母さん! 母さんッ!!」
リィカ
「生体スキャン開始……
心拍 呼吸 体温……
バイタル 全て正常デス!」
アルド
「ひとまず無事ってことか……!」
アルド達が族長の無事を確認していたところへ、男がゆっくりと歩いてきた。倒れていた族長をそっと持ち上げる。
娘
「あっ ちょっと……!」
男
「仮説通りならば
じきに目を覚ますはずだ。
その前に宿まで運んでおくとしよう。」
アルド
「あんたいったい
何でこんなことを……!?」
男
「話せば長くなる。
お前たちも憔悴しきっているだろう。
傷を癒してから宿屋に来るといい。」
そう言って、族長を抱きかかえた男はアクトゥールへと歩き出した。その後ろを娘がついて行く。アルドとリィカはしばしその場に座り込んだまま、二人の背中を見送った。
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