第三膳『シチューと苦手料理』
「
「はい。精進してまいります」
この都を拠点とする慈善団体
ただ与えるだけが救済ではない。そこには『流れ』が必要なのだ。施しを受け、得た活力で何をするのか。それが肝心だ。
持続可能なエネルギーの潮流を生むための方法論を研究し実践する。そうして『悟りを得る』ため、
そして僕たちは今、ここにいる。
目の前の料理は『ホワイトシチュー』というそうだ。要はカレーの一種であろう。
同僚の
が、この微妙な空気は……。
ふむ。このシチューという代物。この白い
ははぁ……
「解せぬ」
「……?」
「
「む。これって要はホワイト・カレーだろう? ココナッツミルクベースのグリーン・カレーの親戚じゃないのか?」
その言葉にキョトンとした顔がこちらに向けられる。
「おい、アンタラ」
しばらく見つめ合っていた僕と
「いつまでぼさっとしてんだ。俺が作ったものが食えねえってのか?」
BAR【古都奈良】の店主、
「「いえ、滅相もない」」
僕のソプラノと
「人の味覚は食べたものによって変化する。苦手なものでも、食べ方ひとつで好物に変わることだってある。とりあえず騙されてみろ」
知り合ったばかりなのに強引な人だ。いや、これが魅力なのか。
「でも……」
なおも食わずに食い下がろうとする
これはイケナイ。
僕は印を結び、
(『悪魔よ、去れ』(超訳:やめておけ。敵に回すな))
それに対し、
(『恐れるな。そなたの願いを叶えよう』(超訳:怖いのか? だがお前の言う通りだ。))
「アンタラ、何やってんだ? これはな、俺のとっておきレシピなんだ」
互いに印を結び無言で交わした僕たちの視線を、
「ったく、まだ グズグズする気か?」
明王の憤怒の形相が再び。僕たちは慌てて手を合わせて合唱する。
「「南無!(超訳:いただきます!)」」
それから慎重にスプーンをシチューにひたした。
「「こ、これは……」」
顔を見合わせた僕たちの心はきっと同じだ。
「まさかシチューがライスに合うなんて!」
「カ、カレーがまったく辛くないなんて!」
「「え?」」
「
「何言ってんだ。シチューは別物だろ」
言葉を失った僕たちは、もうひと掬いを口に運ぶ。
「カレーが飲み物だとは言い得て妙だと思っていたが、このシチューは白い味噌汁だな。言われたとおり、まんまと騙されたぞ。完全に見た目で判断していた」
「シチュー on ライスは外道とでも思っていただろう? そういった先入観を叩き潰すのが俺の趣味なんだ」
「ああ、やられた。コクがあって旨い。ライスにも合う」
味噌? 置いてけぼりの僕には目もくれず、
「あ、あのう……」
僕は自戒の念を込めて、おずおずと遠慮がちに『
(『恐れなくともよいのだ』(超訳:恐縮ですが))
ホワイトペッパーのほのかな辛みと、白い皿から立ち上るナツメグの甘い香気はミルクによく合っている。恐らく溶かし込まれたチーズが濃厚さに磨きをかけていて、コレはコレで美味い。
が、私にはどこか物足りない。
ああ、と
「なんだ、コレ。密書が入っているとか? ま、まさか……秘伝のレシピ!!」
「な、わけないだろ。試してみてくれ、って知り合いから預かったんだ」
えっと、僕で? とは思ったが、言われるままに竹筒に刺さった細い栓を抜くと、懐かしい香りが漂った。ハッとして、皿の隅に少し振りかけてみる。
「これは……! 白い皿に白いライス、白いルウ。そして太陽の恵み!」
僕はオレンジ色の粉がかかった白いルウを掬い上げ、恐る恐る口に運んだ。濃厚な口溶けに爽やかな風味が加わり、身体の芯から満たされてゆく。
これは〈希望〉だ。
僕はさらに
「
「む。失敬な。……そういえば、味噌なんて入ってた?」
「ああ。これをわざわざカレーにするなんて。まあ、アリかもしれないけどさ」
どうもボタンを掛け違えたような、しっくりこない違和感がある。
僕たちは大先輩である
その時、耐えかねたように
「アンタラ、まだ気づかねえのか? だから、騙されてみろって言っただろ」
あー腹いてえ、と思いきり笑う
「ま、まさか」
「そこまでするのか?」
つまり、僕たちは全く別の味付けがなされたシチューを食べていた、と?
「ご明察。なあ、まだ食えるだろ」
「「む、無論。望むところ……」」
あらたにテーブルに並んだのは、全く同じ見た目のホワイトシチュー。湯気まで白い。しかし、先程とは逆の中身らしい。
「「南無!(超訳:いただきます!)」」
僕たちは早速、熱々のシチューを掬った。
「こ、これは……!」
「そっちは隠し味に白味噌を溶かしてあるんだ。どうだ?
必ずしも辛くなくともよい。それにこのコクと旨味。なるほど、こうした境地もあるのか。これなら――
ふと、竹筒に手を伸ばす
「やっぱりお前も物足りなかったのか?」
「いや、コレはコレで旨い。だが、料理には『味変』という楽しみ方があるだろ?」
僕たちの皿が空っぽになると、
ここへ僕たちを寄越した
やるならトコトン。そして楽しめ。
それを体現している人に出会ってしまったから。
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色々と創作上の独自解釈や表現が紛れ込んでおります。ご容赦くだいませ。
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