好きな人から届いた一つの暗号
和泉
第1話
そんな俺にも気になる女の子がいて。今日、なんとその女の子から『大事な事を伝えたいんだけど、暗号で書いてみたの。悠真くん暗号好きでしょ?』といって暗号を送られたのだ。
早速スマホを開いて暗号を見る。
『汚い小鳥と家』
『見られた狸と狐』
『柄のないタコ』
『吹奏楽部の木琴』
『きのこは妖精』
なるほど……。パっと見では小鳥や狸が目立つ。「こ」取り、「た」抜きに変換できることから簡単な暗号として使われることがある。だが、今回はそれでは意味を成しそうにない。
ということは転置式暗号か?
転置式暗号とは文字の場所を入れ替えて元の文に戻る暗号のことだ。例えば簡単なので言うと『こにはんち』が『こんにちは』に変換出来るだろう。
俺はこれを調べるため平仮名にして紙に書き写す。
『きたないことりといえ』
『みられたたぬきときつね』
『がらのないたこ』
『すいそうがくぶのもっきん』
『きのこはようせい』
俺は全て書き出して唸った。とりあえず一文目。
『きたないことりといえ』から『滝、粉、糸、入り、干支』
これで一文目の解読に成功……したとは言い難いな。単語は出てきたものの全く意味がわからない。
どうやら転置式暗号でもないようだ。俺の好きな子は暗号の初心者そうだから、ここら辺で解読できると思ってたんだが、難易度を高めにしようと頑張ってくれたのだろうか。それなら望むところだが。
俺は嬉々として次の方法を考える。
よし、換字式暗号で試してみよう。
そしてその中でも一番有名なシーザー暗号を思い浮かべる。シーザー暗号とはアルファベットを3つ戻すという単純なものだ。例えばDはA、EはB、FはCと表す。Aは戻ってXと表すルールだ。
差し当たってまずは全ての文を英訳したのだが、既に意味ある文の要素全てを使ってもう一度意味のある文を作るのは至難の業だ。だからあるとしても単語だろう。実は俺はさっきから一番最後に名詞が来るのが気になっていたんだ。
『家』→『House』
『狐』→『Fox』
『タコ』→『Octopus』
『木琴』→『Xylophone』
『妖精』→『Fairy』
ほらな。頭に「X」がつく単語は極めて少ない。他にもたくさんある名詞の中で木琴を選んだということはこの仮説は正しそうだ。だが、意味ある単語から別の意味ある単語を作るのも至難の業だ。事実少し当てはめてみたけど全然意味分からなかった。
だから俺は単語のイニシャルをとって並べた。
『HFOXF』
よしよし、とてもそれっぽい。シーザー暗号を幾度となく解いてきた俺にはわかる。こうなると出てくる文は短めかな。俺はその文とのご対面にワクワクしながらシーザー暗号のルールに則って暗号を解いた。すると……。
『KIRAI』
ケーアイアール……いや違う。これはローマ字だ。
「嫌い……」
俺はその文字を見た途端がっくりきてうなだれる。
「まじかよ……」
好きな女の子から振られた。まだ告白もしてないのに。そんなのってアリかよ……。一気に脱力感が襲ってきた。割とメンタルブレイクする寸前まで精神がやられてしまった。静かに目を閉じた俺の視界は真っ暗だ。
その時――
プルルルルルル!!!
けたたましい音をたててスマホが震えた。相手はその女の子からだった。俺は出たくなかったが、電話出来るのも最後かもしれないと思ってスマホに手を伸ばした。
「もしもし?」
俺の声は思ったよりも低くなってしまった。
「あっ! もしもし、あの、あ、暗号解けたかなって……」
「ああ、解けたよ」
「えッ! す、すごいね!! それでど、どうかな?」
彼女は何故か何かを期待するかのような声色をしている。そんな態度に俺は好きな女の子にも関わらず彼女の神経を疑いそうになる。
「はあ、どうにもこうにもねぇ……」
俺は自嘲気味に苦笑する。
「えっ、声暗いよ。も、もしかして迷惑だった?」
電話先で女の子のテンパる声が聞こえる。
そうだな、別に迷惑じゃないが嫌いと送っておいてなんでそんな態度なのか知りたいな。それに、なにも暗号で言わなくてもいいじゃないか。これから暗号を解くのがトラウマになりそうだ。
「迷惑じゃないけど……なんで暗号なのかなってさ」
ていうかそもそも嫌いなのになんで電話してくるんだ? 俺をいじめて楽しいのかよ。
「えっと。やっぱりそうだよね。私みたいなのが軽々しく暗号を使っちゃったら怒るよね」
「ま、別にいいのか。暗号は元から人を傷つける目的で使われてたし」
戦争の作戦然り、悪商人の密約然り。昔からいろんなバレたくない悪事に使われてきたのも事実だ。
「えッ!!」
そんなことを考えていると、電話口からは驚いたような声が聞こえた。
「どうしたんだ?」
「本当に私の暗号解いたんだよね」
俺が一応聞いてみると彼女は焦ったように早口でそう言う。
「ああ」
「じゃあ私は傷つけてしまったの?」
今度は悲しそうな声を出した。
「ああ、まあな」
『嫌い』なんて書いておいて白々しい。俺は流石にイライラしてきた。
「ヒントは縦だけどちゃんとわかってるよね?」
彼女は電話口ですがるような、念を押すような口ぶりでそう言う。
「縦? シーザー暗号じゃないのか?」
その言葉に俺も自分の解読が間違っていたかもしれないと思い、慌ててもう一度暗号をみる。
ヒントは縦。
『きたないことりといえ』
『みられたたぬきときつね』
『がらのないたこ』
『すいそうがくぶのもっきん』
『きのこはようせい』
初めの文字を縦読みすると……。
俺の視界は一気に開けた。
そしてその後彼女に超高速で謝ったのは言うまでもない。
好きな人から届いた一つの暗号 和泉 @awtp-jdwjkg
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