第二十九章

『対決(一)』

 ————龍悟リュウゴ凰華オウカ敖光洞ごうこうどうに入ってから、一刻後————。


 大門を守る門番の男は不安な面持ちであった。


(近頃の師父のご様子は尋常ではない。コウ師兄が無事においさめしてくれればいいが……)


 ふと気付くと、眼の前の闇の中に白いもの浮かんでいるのが見えた。次いでボウっと、二つの赤い火の玉が浮かび上がった。


 男が慌てて手にした松明たいまつを掲げると、白髪赤眼の若者の姿が照らし出された。


「き、貴様はまさか、凌拓飛リョウタクヒ————」


 男は慌てて剣を握ったが、一瞬早く拓飛の掌打が胸を捉え、声も無く崩れ落ちた。


「ヘッ、遅っせえんだよ、マヌケ」


 拓飛は腕を収めると、いつもの調子で毒づいた。


 


 ————数日前、易者の老人から凰華の行方ゆくえを聞いた拓飛とセイは、馬を飛ばして杭蘭こうらんに辿り着いた。


 早速、街で聞き込みをしてみたが、凰華と龍悟の行方はようとして知れず、手掛かりは途絶えてしまった。


 拓飛の苛立ちが頂点に達した時、通りの正面から揃いの青い外套を纏った集団が歩いて来るのが見えた。


『アイツら、青龍派やな。どないすんねん?』


 斉が呼び掛けると、青龍派の門人の姿を眼にした拓飛の表情がみるみる内に凶々しさを帯びてくる。


『……なあ、あいつらに青龍派のヤサを教えてもらおうぜ……!』


 


「————アホやなあ、気絶させる前にコイツに門を開けさせたら、いらん手間が省けたやろ」


 細眼の若者————斉は白眼を剥いて倒れた男を眺めながら、呆れたようにつぶやいた。


「う、うっせえ! こんなモン、簡単に————」


 拓飛は門を押したり引いたり、果ては横にずらしたりしてみたが、門はウンともスンとも言わない。


「…………」

「ホレ見い、なんか特別な手順があるんとちゃうんか?」


 斉は男の顔を二、三度ビンタしてみたが、一向に眼を覚ます気配はない。


「どないすんねん、拓————って何やってんねん、お前!」


 拓飛は左腕に氣を巡らし、中段突きの構えを取った。


「決まってんだろ。押しても引いてもダメなら、————ブチ破れってな‼︎」


 

 洞窟内に爆発音が反響し、飛び散った粉塵が収まると、鉄の大門に巨大な穴が現れた。


 斉は耳を塞いでいた手を離すと、恨めしそうに拓飛を睨みつけた。


「……はあ、結局こうなんねんな」

「へへっ、コソコソする必要なんてねえだろ。ケンカ売りに来てんだからよ」


 拓飛は牙を見せると、奥へと入って行き、斉も後に続いた。


 

 大門を通り抜けると、早速先ほどの轟音を聞きつけて、青龍派の門人が十数人ほど駆けつけて来た。


 門人たちは拓飛の風貌を眼にすると、皆一様に指を突きつけ、


「ま……まさか、貴様は凌拓飛!」


 お決まりの台詞を吐いて、各々手に得物を握った。


「はいはい、凌拓飛さまのお通りだぜ。てめえら怪我したくねえなら、龍悟の野郎の居場所を教えな」

「————ふざけるな、妖怪め!」


 怒号と共に先頭の男が飛び出すと、残りの者も一斉に向かって来たが、通路はさほど広いものではなく、一度にかかって来れる者は二、三人といったところである。


 拓飛は襲い来る刃を冷静に外し、一番手前の男の胸に掌を押し当てた。拓飛の眼が見開かれると、掌から真氣が怒濤の如く押し寄せ、男の身体を通して後ろに控える者たちにも浸透していった。


 この一掌によって、青龍派の手練れ五人がその場に倒れ込む。


「チッ、ガクのオッサンなら倍の人数はイッてんだろうな」


 不満げに拓飛が漏らしたが、その様子を見た斉は冷や汗を流した。


(……コイツ、いったいナンボほど強なっていくねん……!)


 よそ見をしている斉にも青龍派の剣が振り下ろされたが、その刃は斉の肉体ではなくくうを斬った。


「————ワイも負けてられへんなあっ!」


 通路は狭いが、天井は高い。斉は空中から突きを雨あられと繰り出した。一呼吸で六人の男が床を舐め、斉が着地した時には、拓飛が小柄な男の首を脇に抱え込んでいた。


「オラ、残りはてめえだけだ。さっさと吐かねえと、首がへし折れちまうぜ?」


 拓飛はギリギリと腕に力を込めた。しかし、男は見た目とは裏腹にきもが据わっているようで、


「誰が妖怪なぞに喋るものか! やれるものならやってみろ!」

「……いいねえ、おめえみてえな根性のある奴は大好きだぜ」


 拓飛は笑顔を見せると、男のあごを軽く小突いた。男の眼がグルンと上を向いて、急速に身体の力が抜けていく。


 拓飛と斉は瞬く間に十数人の手練れを片付けたが、情報は何も得られていない。


「結局、なんも聞かれへんかったな。これからどないすんねん?」

「とりあえず奥へ進もうぜ。中には胆っ玉の小せえ奴もいるはずだ」

「せやったらエエけどな」


 二人はまるで探検でもするかのように、軽やかに敖光洞の奥へと進んでいった。


 

 てっきり拓飛は通路を曲がるたび、扉を開くたびに敵と遭遇するものと思っていたが、その予想に反して、いくら奥へ進んでもネズミ一匹姿を現さなかった。


「……なーんか妙な雰囲気やな、なんで誰も出てけえへんねや?」

「そうだな。まさか任務で全員出払っちまってるなんつう、つまんねえオチじゃねえだろうな?」


 つまらなさそうに拓飛が言うと、行く手に一際大きな扉が現れた。扁額へんがくには『練武場』とある。


 拓飛はニッと笑い、扉に手を掛けた。


「————な、なんやねん、コレ……⁉︎」


 斉は驚きで眼を丸くした。練武場の中には百人余りの人間が居たのである。


 

 ————一人残らず、床に倒れた門人たちが————。


 

 この異様な光景を眼にした拓飛の表情が、高揚したように赤みを帯びた。


「……面白え……‼︎」

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