『真相(五)』

 志龍シリュウの告白によって、掌門の間は水を打ったような静けさに包まれた。


「……凰華オウカさんが、僕の……姉だって……⁉︎」


 龍悟リュウゴは信じられないといった表情を浮かべ、凰華は愕然として声も出せない。


「……ふざけるな……っ!」


 龍悟は胸を押さえながら立ち上がると、前に立つ凰華の隣に並んだ。


「そんなつまらない嘘で動揺などしてたまるか……!」

「……うつけめ、技量の劣る者を相手にわざわざ動揺を誘って、なんとする?」


 吐き捨てるように言うと、志龍は足元の『凰』の髪飾りに左手を伸ばした。


「……フン、やはり間違いない。龍悟よ、信じられぬと言うならば証拠を見せてやろう」


 志龍は懐からある物を取り出した。


「————どうして、それを……っ⁉︎」


 それを眼にした凰華が驚きの声を上げた。


 

 ————志龍の右手には『鳳』の髪飾りが握られていた。


 

 母の形見の片方は拓飛タクヒに贈ってあり、ここに存在するはずがない。


「龍悟よ、この髪飾りに見覚えがあろう?」

「どうして凰華さんが、それを持っているんだ……」


 確かに龍悟には『凰』の髪飾りに見覚えがあった。亡き母が大事にしていたものだったのである。


 志龍は無言で『鳳』と『凰』をつなぎ合わせた。二羽の神鳥はピタリと合わさり、一羽の『鳳凰』となった。


 それは同じ素材、同じ人間の手により作られた物のようだったが、わずかに『鳳』の方が古びて見える。


「この『鳳』はワシの物だ。貴様の母、凰珠オウジュは『鳳凰』を二つ彫っていたのだ」

「だ、だからと言って…………っ」


 信じたくないといった様子で、龍悟は首を振った。


「まだ信じられぬか? 凰華よ、お前はどこで育ったのだ?」


 不意に志龍に尋ねられると、凰華はハッとして口を開いた。


「……玄州の石令舗せきりょうほというところです」

「ほお、玄州か。先ほど姓はセキと申しておったな? 石家の者はお前に何か伝えていなかったか?」

「…………」


 凰華には思い当たるふしがあった。父・桐仁トウジンは死の間際、確かに重大な何かを自分に打ち明けようとしていた。


 無言でうつむく凰華に対して志龍は鼻を鳴らすと、ゆっくりと語り始める。


「お前たちは十八年前、双子として産まれたのだ。凰珠は産まれたばかりの娘をかごに入れると、産婆に人知れず河へ流すよう命じた」

「————どうして、そんなひどい事を!」


 産まれたばかりの娘を捨てるという女の所業が信じられず、凰華は非難の声を上げた。その声に、志龍は何かを思い返すように虚空を見つめた。


「凰珠は朱雀派の門人だった」

「え……ま、まさか…!」

「そうだ、朱雀派の門人には娘を師門に捧げなければならぬという掟があるのだ」

「そんな……」

「アレは娘を奪われたくなかったのであろう……いや、あの時すでに気が触れていたのかも知れぬな」

「……ッ!」


 その場に崩れ落ちた凰華は凰珠という女の心情を瞬時に理解した。


 凰珠は娘に自らと同じ苦しみを味わわせたくなかったのだ。きっと身を切るような思いで娘を手放したに違いない。


 そんな凰珠の深い愛情を知った凰華は先程の怒りの感情が霧散し、代わりに謝罪の気持ちと尊敬の念で胸が一杯になった。


「お前たちがなんと言おうと、これが真相よ。産後、凰珠の様子を不審に思い、産婆に問い詰めるとアッサリと口を割りおったわ」


 凰華は世界が崩れ落ちる感覚に陥った。


 

 ————自分は元々、コウ家の人間で桐仁に拾われたというのか?

 ————凰華という名は、桐仁がつけてくれたものではなかったのか?

 ————あの夜、桐仁はこの事を伝えようとしていたのか?


 

 隣に居並ぶ凰華と龍悟は、鏡のように顔を見合わせた。


 龍悟と初めて会った時に感じた不思議な感覚、凰華が近くに居るかも知れないという直感、どちらもその身体に流れる同じ血によるものだというのか?


「……どうして……、どうして、すぐに捜し出さなかったんだ‼︎」


 龍悟は今まで見た事もないような形相で、志龍に吠えかかった。しかし、志龍は一切表情を変える事なく言い放つ。


「ワシにとっては男児さえ産まれれば、それで良かったのだ。娘など、どうなろうと知った事ではない」

「————きっさまァッ‼︎」


 絶叫を上げて龍悟が斬り掛かった。


 しかし、その刃は父の肉体には届かず、たたらを踏んだ龍悟の背から血しぶきが宙に舞った。


「……貴様には口酸っぱく伝えていたはずだ。冷静さを欠いた者に勝機は無いとな……!」


 足元に倒れた息子を見下ろしながら、志龍は冷たくつぶやいた。


「————いやあァァァァッ‼︎」


 凰華が倒れた弟に駆け寄ろうとするが、志龍に首を掴まれ宙吊りにされた。


「フッ、まこと凰珠によく似ておるわ」

「放せ……っ!」

「父に向かって何という口の利き方だ。朱に交われば、なんとやらだな」

「あんたなんか父親じゃない! あたしの父親は石桐仁だけよ‼︎」


 涙を浮かべながら凰華が叫ぶと、志龍の眼に殺気が宿った。凰華の首を掴む腕に力が込もり、徐々にその意識を奪っていく。


「————師父!」


 男の声に志龍が振り返ると、戸口に立っているのは、第七世代の筆頭弟子、柳怜震リュウレイシンである。


 志龍は気を失った凰華を床に放した。


「……怜震、戻ったのか」

「————龍悟!」


 倒れた龍悟の姿を認めた怜震は、血相を変えて走り寄った。


「龍悟! おい、龍悟! しっかりしろ‼︎」


 怜震が龍悟を抱え起こすと、呼吸はしているが危険な状態であった。怜震は詰問するように口を開いた。


「……師父、何故このような事をなさったのです……⁉︎」

「そやつが白虎派の草を引き込み謀反むほんくわだてたのだ。逆賊を成敗したが、それが何だと言うのだ?」


 怜震は立ち上がり、キッと志龍を睨みつけた。


「師————」


 怜震の口からは続く『父』という言葉は発せられず、代わりに多量の鮮血が吐き出された。


「貴様もワシに刃向かうか」


 志龍が剣を引き抜くと、怜震は胸から血を流し、その場に崩れ落ちた。


 三人の若者が地に伏した凄惨な光景の中、ひとり立ち尽くす男の顔には暗い陰が落ちていた。


 その時、敖光洞ごうこうどうの入り口の方から轟音が鳴り響いてきた。同時に志龍の手が僅かに震える。


「————来たな、捜す手間が省けたわ……!」


 志龍は眼を細めて口の端を歪めた。


 ———— 第二十九章に続く ————

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