『真相(四)』


 ————四十年あまり前、朱雀派の門人が寺院に置き去りにされた一人の赤子を引き取った。


 その赤子は朱凰珠シュオウジュと名付けられ、同時期に引き取られていた別の赤子————朱太鳳シュタイホウと共に、朱雀派の門人として養育されていった。


 太鳳は幼い頃から武芸に天稟てんぴんを見せ、見識、容貌ともに同世代の門人たちを圧倒していたため、誰もが将来の掌門だと期待せずにはいられなかった。


 凰珠は武芸、容貌ともに平凡なものであったが、不思議な魅力に溢れ、老若男女問わず誰もがその輝くような笑顔の虜になった。


 師父が課す修行は辛く厳しいものではあったが、太鳳と凰珠は互いに励まし合い、切磋琢磨しながら成長していき、二人は義姉妹の契りを交わした。


 


 ————凰珠が年頃になった頃、二人の若者から同時に求婚される事になった。


 一人は白虎派第六世代の筆頭弟子、岳成虎ガクセイコと言い、大柄な体躯に相応しい闊達な性分に凰珠は惹かれた。


 もう一人は青龍派第六世代の筆頭弟子、黄志龍コウシリュウと言い、礼を重んじる穏やかな人柄に凰珠は惹かれた。


 どちらの男にも良いところがあり、凰珠が返事に窮していると、成虎と志龍は凰珠を懸けて決闘をする事になった。


 二人の男は実力伯仲で一晩中闘い続けたものの決着が着かず、引き分け濃厚と思われたところで凰珠は決闘を止め、志龍に『鳳』の髪飾りを贈ったのだった。


 凰珠が黄家に輿こし入れした頃、成虎は白虎派から姿を消した————。


 


 ————一年後、凰珠は子を身篭った。


 しかし、この頃から志龍はめっきり笑顔を見せる事がなくなり、穏やかで優しかった性格は鳴りを潜め、武芸を磨き青龍派の実権を握る事ばかりに躍起になっていった。


 凰珠は元気な後継ぎを産めば、元の夫に戻ってくれると信じて指折り数えて、その時を待った。


 


 ————三月後、凰珠は陣痛を覚え、ついにその時は訪れた。


『奥方さま、もう少しです! どうか堪えて下さいませ!』


 産婆の声が響いてくる中、凰珠は激痛に堪えながら必死に我が子の誕生を願った。


 

 ————————オギャアッ!


 

『————奥方さま! お喜び下さい! 珠のような男児でございます!』


 身を裂かれるようだった激痛は男児と耳にした瞬間に霧散し、凰珠は満面に笑みを浮かべた。


(これで……あの人が戻って来てくれる……!)


 安堵したその時、再び鈍い痛みが凰珠を襲った。


 

 ————————ホギャアッ、ホギャアッ!


 

『————こ、これは、なんとおめでたい事でしょう! 御子おこは男女の双子でございます、奥方さま!』


 産婆の声は歓喜と興奮で震えていた。男女の双子は『龍鳳胎ロンフォンタイ』と称えられ、吉兆の対象とされていたのである。


 しかし、男女の双子と聞いた凰珠は世界が暗転したように、眼の前が真っ暗になった。


 朱雀派には門派を抜けた門人が女児を産み落とした場合、その子を師門に捧げなければならないという掟が課せられていたのである。


 凰珠の心は千々に乱れた。


 孤児だった自分を拾って育ててくれた師門への恩と、成長した娘に自分と同じ苦しみを味わわせたくないという母の愛が、胸中でせめぎ合った。


 どれほど隠し通そうとしても、龍鳳胎が産まれた事はいずれ朱雀派の耳に入ってしまうだろう。凰珠は悩んだ末————、


 

 ————母の愛が、師門への恩を凌駕した————。


 

 凰珠はあらかじめ作ってあったくるみに産まれたばかりの娘を包むと、鳳凰の髪飾りと銀子を包みの中に差し入れた。


『……おばあさん、頼みがあります。どうか何も聞かずにこの子をかごに入れて河へ流して下さい。決して誰にも見られぬように————』

『お、奥方さま⁉︎』

『いいですね……! 今日、私が産んだ子は男児ひとりだけ。女児など初めから存在していなかったのです……‼︎』


 凰珠は滂沱の涙を流しながら名残惜しそうに娘の頬へ口づけした後、包みを産婆へ手渡した。


(薄情な母を許して、とは言わない。恨んでくれたって良い。お前は自由に生きて、幸せになりなさい……!)


 その包みには朱糸で、羽ばたく鳳凰の姿と共に『凰華オウカ』と刺繍が施されていた————。

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