第二十八章

『真相(一)』

 本土へと戻った拓飛タクヒは馬を飛ばして、凰華オウカと別れたまちへと向かった。


 鎮に着くと、拓飛はようやく馬の脚を緩め徒歩に切り替えた。


「無理させて悪かったな、焔星エンセイ。後でメシと水をやるからな」

「おーい、拓飛ぃ! 血相変えてどこ行くねん!」


 後ろからセイが声を掛けて来たが、拓飛は振り向きもせずに簡潔に答える。


「馬屋だ」

「馬ぁ⁉︎ お馬さんなら、立派なんに乗ってるやんけ」

「買うんじゃねえ。凰華の行方ゆくえを訊く」

「……ああ、そういう事かいな。せやけど、アレから随分経ってるワケやし、店のモンも覚えてへんかも知れへんで?」

「————他に手掛かりなんざねえんだ! 行くしかねえだろ!」


 拓飛は声を荒げると、ズンズンと歩き出した。


「待てや。それで首尾よく凰華ちゃんを見つけたとしてやな、それからどないすんねん?」


 この言葉に拓飛の足が止まった。


「…………まず、謝りてえ」

「ほおー、謝ると来たかいな。それで? 浮気した女に捨てられてもうたから、謝ってヨリを戻してもらうんか?」

「————違えよ‼︎」


 拓飛は振り返って怒鳴り声を上げた。その声に驚いて、近くを歩いていた住人たちが次々と顔を向けてくる。


「……そんなんじゃねえ。許してもらおうなんて思っちゃいねえ。俺はただ、アイツに会って謝りてえだけなんだ」


 そう話す拓飛の顔はどこまでも真摯である。斉はその顔を見ると優しげな眼になり、


「近頃お前の辞書に『感謝』と『謝罪』の四文字が載っかったようで、友達としては嬉しいで。ええわ、凰華ちゃんを見つけたら、ワイも一緒に土下座でもなんでもしたるわ」


 そう言って桃花トウカを引いて歩き出す。拓飛は笑みを浮かべると、後を追った。


 


 小さな鎮に馬屋は一軒しかなく、人づてに聞いてすぐ見つかった。


「オッサン、一月ひとつきくれえ前に若え女が馬を買わなかったか⁉︎」


 店に入るなり、拓飛は受付の男に問いただした。しかし男は突然、凶悪な面構えのゴロツキに絡まれ、唖然として声も出せないようだった。


「ちょお待ちや、お前みたいなモンに急に声を掛けられたら、ビックリしてまうやろ。ここはワイに任しとき」


 斉は興奮気味の拓飛を押しのけると、身振り手振りをまじえて質問した。


「なあ、オッチャン。ここ一月の間に、真っ白な服を着た十八くらいの女の子が馬を買いにえへんかった? 背はこんくらいで、胸はこんなモンなんやけど」

「うーん……、どうだったかな……」

「ほな、早朝やったらどや?」

「早朝……? ああ! そう言えば————」 

「————来たのか⁉︎」


 斉を押しのけて、再び拓飛は男に詰め寄った。


「あ、ああ、思い出したよ。確かに朝っぱらから女の子に叩き起こされた事があった。その分、多めに代金を払ってもらったけどな」

「何処に行くとか言ってなかったか⁉︎」

「い、いや、特になにも…………」

「てめえ、隠してやがったら承知しねえぞ!」

「ヒイィぃぃっ!」


 拓飛が苛立ちまじりに拳を叩きつけると、受付の台は粉々になり、男は腰を抜かしてしまった。こうなっては、たとえ何か知っていたとしても、もう訊き出す事は難しいだろう。


「悪いな、オッチャン。これは弁償代とワイらのお馬さんのエサ代や、ほなな」


 斉はカネを男の両手に押し込むと、興奮した拓飛と共に店の外へ出た。


「落ち着きや、拓飛。さて、一気に手掛かりが失くなってもうたな。凰華ちゃんが行きそうなトコに心当たりはないんか?」

「……多分、白虎派には戻ってねえと思う。となると、後はアイツの実家ぐれえしか思い当たらねえ」

「実家て、どこや?」

「玄州の南だ」

「結構あるな。行くんか?」


 斉が尋ねると、拓飛は早くも焔星のあぶみへ足を掛けようとしている。


「……分かったわ。付きうたるわ」


 苦笑しながら斉が桃花に騎乗すると、拓飛は何かに気づいたようにあらぬ方向を見ている。

 何かと思い、その視線の先を追うと、見覚えのある老人の姿が眼に入った。


「————ジジイっ! 良いところで会った! 一つ占ってくれ!」


 拓飛は焔星の背から飛び跳ねると、易者の老人の前に着地した。


「おや、お久しぶりですな。構いませんが、何を占いましょうか?」

「俺と一緒にいた女の行方だ!」

「ほうほう、なるほど、なるほど……」


 易者の老人は意味深な笑みを浮かべながら、両手を胸の前でわざとらしく揺らして見せた。

 拓飛は懐に手を突っ込むと、有り金すべてを躊躇なく地面にほおった。


「————ほお!」


 銀の輝きを眼にした老人の顔が、パアッとそれ以上の輝きを放った。それは占いの代金の相場を優に超えており、一年ほどは飲み食いに困る事はないだろう。

 老人は俊敏な動きでカネを懐に収めると、ニンマリして口を開いた。


「あなたのお連れの姑娘クーニャンでしたら、占うまでもありません。先日、蒼州の『杭蘭こうらん』でお見かけしましたぞ」

「蒼州だと⁉︎ マジか‼︎」

「ええ、とても男性とは思えぬほど美しい貴公子とご一緒でしたなあ。お揃いの青い外套を羽織って、それはそれは仲睦まじい様子で…………」


 凰華の行方が知れた拓飛は満面に笑みを浮かべたが、龍悟リュウゴと一緒だったと聞くと火を噴かんばかりの形相に変わり、焔星に飛び乗った。


「おおい! ちょお待てや、拓飛ぃ!」


 飛ぶような速度で東へ進路を取った拓飛を、慌てて斉が追い掛ける。


「……またのご利用をお待ちしております————」


 老人は重くなった懐をまさぐりながら、嬉しそうにつぶやいた。

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