『真相(二)』

 農村で柳怜震リュウレイシンと別れた龍悟リュウゴ凰華オウカは、数日後、蓬莱山ほうらいさんの麓のまちへと辿り着いた。


 鎮を見下ろすように屹立する蓬莱山を指差しながら、凰華が問いかけた。


「龍悟くん、あそこに青龍派の総本山があるの?」

「ああ、ここからは馬を使えないから、徒歩で登るよ」


 二人は鎮で馬を預けると、軽功を駆使して山を登っていった。


 蓬莱山の斜度は、崑崙山とさほど変わらないように思えたが、樹々が密集しており、地面を歩いて行くより、枝伝いに跳躍した方が早いのである。


 前を進む龍悟は軽功も見事なもので、凰華は置いて行かれないよう必死に付いていった。なにしろ何処どこを見回しても一面の樹海である、龍悟の案内がなければ、戻る事もままならないだろう。


 


 ————一刻後、開けた場所に差し掛かると、轟音と共に見事な瀑布が姿を現した。


 とっくに喉が乾いていた凰華は休憩と思い喜んだが、龍悟は滝壺で止まる事なく滝口へと回ると振り返った。


「凰華さん、こっちだよ」

「え?」


 不思議に思った凰華が近づくと、なんと滝の裏に洞窟が見えた。


 龍悟はスタスタと洞窟の奥へ進んでいく。凰華もその後に続いていくと、自然に形成されたと思えるゴツゴツとした洞窟の壁面が、ある地点から突然滑らかなものに変わっていった。明らかに人の手が加わっている事が見て取れる。


 さらに進むと陽の光が届かなくなる代わりに、松明たいまつの炎が行く手を照らしだした。


「さあ、着いたよ。ここが青龍派の総本山『敖光洞ごうこうどう』だ」


 龍悟の声と合わせるように、鉄の大門が眼前に立ちはだかった。


「————誰だ!」


 相手を威嚇するような低く冷たい誰何すいかの声が二人の足を止めた。


 門番の男が手にした松明をかざすと、龍悟の端正な顔が闇の中から現れた。


「————これは、コウ師兄! 失礼しました!」


 男は慌てた様子で包拳礼を執った。龍悟も包拳を返し、


「第七世代の弟子、黄龍悟、ただいま任務より戻った。急ぎ師父へ報告せねばならない事があるため、開門してもらえるだろうか」

「はっ!」


 ギギギと鈍い音を立てて、大門が開いていく。


 龍悟に続いて凰華が門の内側へ入ると、門は再び閉められていったが、門が閉まる寸前で男の声が聞こえてきた。


「……お気を付けて、黄師————」


 ゴオォォォンという音と共に男の声はかき消された————。


 


 敖光洞の内部はジメジメした薄暗い洞窟の中とは打って変わって、広く明るく清潔に清められており、ちり一つ見当たらない。


「行こう、掌門の間はこっちだ」

「う、うん」


 龍悟に従ってついていくと、何人かの門人たちとすれ違ったが、凰華は何かその様子が殺伐としているのを感じた。


「……龍悟くん、なんか青龍派の人たちピリピリしてない? いつもこんな感じなの?」

「いや、普段から門人同士が軽口を叩く訳ではないが、確かに妙な雰囲気だ」

(……ホウ長老が、あの男に斬られたせいか……?)


 不審に思った龍悟は、そばを通り掛かった女弟子を呼び止めた。


「物々しい雰囲気ですが、何かあったのですか?」

「これは黄師兄、戻られていたのですか」


 女は二十代後半くらいだったが、龍悟を師兄と呼んだ。おそらく入門が遅かったのだろう。


「……実は我が青龍派の不倶戴天の敵、凌拓飛リョウタクヒなる妖怪が朱雀派の門人と婚姻を結ぶと一報があったのです。師父はその知らせをお聞きになると激怒なされて————」


 女は言葉を区切り、龍悟へ顔を近づけた。


「……門人たちの間では、近く白虎派と朱雀派へ攻め入る命令が下るのではないかと噂になっているのです。私は鍛錬がありますので、これで…………」


 女は礼をして去っていった。


 白虎派と朱雀派へ攻め入るとは聞き捨てならない話だったが、拓飛が結婚するという言葉は、とりわけ凰華にとってはそれ以上の衝撃であった。


 拓飛が燕児エンジと結婚する事になれば良いと自らに言い聞かせていたものの、その事実を他人の口から改めて聞かされると、凰華の心は重く沈んだ。


 凰華の顔色を見た龍悟は、敢えてその事には触れず声を掛けた。


「……厳しいようだけど、時間がない。掌門の間へ急ごう」

「……うん」


 凰華はなんとか顔を上げると、龍悟の後について歩きだす。


 千々に乱れる凰華の心境と同じく、前を歩く龍悟の心にもある変化が生まれていた。当初は凰華に手を貸し、師父に拓飛の討伐命令を撤回させるだけのつもりだった。


 しかし、今は————、


(『白虎』、『朱雀』の二大門派へ攻め入るなど到底見過ごす事は出来ない。そんな事になれば神州中に血の雨が降り、我が同門の士も多数の命が失われるだろう。僕があの男の暴走を止める————‼︎)


 掌門の間へ進む龍悟の歩みは、かつてないほど力強かった。


 


 まもなくして、二人は掌門の間に辿り着いた。


 扉は固く閉められ、その前には二人の男が門番として立ち塞がっていた。


 男たちは龍悟の姿に気づくと、包拳礼を執った。


「これは黄師兄」

「ご苦労さまです。師父はおいででしょうか?」

「ええ。ですが、師父はいま鍛錬をしておられます」


 鍛錬中と聞いて、龍悟の眼が光った。


「実は急ぎ、師父のお耳に入れたい事がありまして」

「————師兄、なりません」


 龍悟が扉へ近づくと、門番の男たちはそれぞれ剣と刀を握り、扉の前で交差させた。


「今より二刻は何人なんぴとたりとも通さぬよう、師父から仰せつかっております」

「……分かりました。出直しましょう————」


 きびすを返した龍悟は瞬時に剣を出現させ、眼にも止まらぬ速さで剣の柄を男たちの胸に突き当てた。


 油断していたところに胸の経穴を突かれた男たちは声も無く倒れると、ピクリとも動かなくなってしまった。


「————龍悟くん⁉︎」

「大丈夫、気絶しているだけさ。準備はいいかい……?」


 龍悟の言葉に、凰華は生唾を飲み込んだ。この扉の先に青龍派の掌門がいるのだ。凰華の心臓は早鐘の如く鳴り響いた。


「……いいわ、行きましょう……!」


 龍悟は自らを鼓舞するように力強くうなずくと、扉へ手を掛けた。

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