『襲撃(三)』

 振り返った李慶リケイはキッと拓飛タクヒを睨みつけるが、拓飛は意に介さず再び問いかけた。


「どうした? 龍悟リュウゴの野郎は一緒じゃねえのか?」

「……一緒だったら、とっくに姿を現しているわ」


 なんとも奥歯に物が挟まった言い方である。


「ふん、マジでいねえらしいな。で、俺を狙うのはなんでか一応聞いとこうか」

「妖怪を滅するのは仙士せんしの役目よ。分かり切った事を訊かないでくれるかしら?」


 これには拓飛の眉根がピクリと寄せられた。


「————慶さん!」


 凰華オウカセイを伴って走り寄って来た。同時に燕児エンジが枝からフワリと着地する。四人に向かい合った慶は、どこか他人事のように呟く。


「……残りは私一人という訳ね」

「安心しい。お仲間のおネエちゃんたちはスヤスヤ眠ってはるわ」

「本当よ。当身で気絶しているだけだから、じきに眼を覚ますわ」


 斉の言葉を凰華が補足する。


「慶さん。拓飛を襲うのは青龍派の命令なの……?」

「そうよ。青龍派は白虎派のように甘くないわ」

「拓飛は人間なの! もう手を出すのは止めて!」

「……貴女あなたには申し訳ないけど、たとえこの命が尽きようとも我が師父のめいは絶対よ……!」


 慶は静かに、そして力強く言い切る。この確固たる決意に凰華が言い淀むと、拓飛が一歩踏み出し口を開いた。


「……気に入らねえ……!」

「なんですって……?」


 慶が訊き返すと、拓飛は指を突き出し、


「てめえらは何かっつうとソレだな。掟だの命令だので簡単に自分の命を粗末にしやがる。俺が妖怪なら、てめえらは自分の意思すら持ってねえ操り人形だぜ!」

「…………!」


 吐胸を衝かれたように慶と燕児が押し黙った。拓飛はシッシとばかりに手を振り、


「行けよ、見逃してやる」

「いま私を殺さないと後悔する事になるわよ……?」

「てめえらが俺をどう思おうと好きにすりゃあいいがな……」


 拓飛はギリッと歯噛みした後、胸に手を当て言葉を続けた。


「————俺は人間だ‼︎ 誰に指図されようと女に手を掛けたりはしねえ! そんなに死にてえなら、俺の見てねえ所で勝手にしやがれ‼︎」

「拓飛……」


 言うなり、拓飛は慶に背を向けた。入れ替わりに凰華が声を掛ける。


「お願い、慶さん。この場は引いてくれないかしら……?」

「……仕方ないわね。四人相手では分が悪いわ」


 言い捨てて歩き出した慶は、燕児のそばで足を止めた。


「貴女は朱雀派の門人ね。何故、妖虎と行動を共にするのかしら?」

「お前に答える必要はない」

「そう……残念ね」

「待って、慶さん!」


 再び歩を進めた慶を凰華が呼び止める。


「あの時は、薬をくれてありがとう……!」

「…………」


 慶は無言で首を振り、そのまま振り返る事なく仲間の元へ戻って行った。その背を見送りながら斉が嘆息を漏らす。


「ふわあー……ごっつい別嬪はんやったけど、なんやエラい気ぃ強そうやったなあ」

「本当は優しいひとなのよ……」


 凰華が寂しそうに言うと、拓飛がピーッと指笛を吹いた。少し待つと馬蹄音と共に焔星エンセイ桃花トウカが駆けつけて来た。


「ここに突っ立っててもしょうがねえ。俺らも行くぞ」


 


 再び街道に出て走り出した二騎だったが、長い間、誰も口を開こうとしない。

 この雰囲気を嫌った斉は何かを思い出したように言った。


「なあ、さっきのおネエちゃんたちは東の青龍派なんやろ? なんでこないな所に居てたんやろか?」

「奴ら女だけだったろ、多分奴らも朱雀派に繋ぎを付けに来たんだろうよ。現に燕児の事が気になってたみてえだしな」


 拓飛の考察に燕児が納得するようにうなずいた。


「なるほど、きみが我が掌門に話したい事と用件は同じようだね」


 燕児が凰華に話を振るが、凰華は上の空といった様子で何も答えない。


「凰華?」

「……え? あ……ごめんね、よく聞いてなかった」

「なんや凰華ちゃん、最近ちょいちょい様子がおかしいな。やっぱりどこか悪いんとちゃうか?」

「そうだな、顔色も少し悪いぞ」


 斉と燕児が口々に声を掛ける。


「ありがとう。でも大丈夫だから……」


 凰華は笑顔を見せたが、そこにいつもの輝きは感じられない。


「少し早えが、今日はこの辺りで宿を探すか」

「いいわよ、そんな。それより今は急ぎましょ」


 拓飛の提案に凰華が手を振るが、


「うるっせえ、俺が休むと言ったら休むんだよ」


 拓飛がぶっきら棒に遮った。


「で、でも……」

「凰華ちゃん、拓飛のニイさんがこう言うてはるんや。お言葉に甘えよ?」

「そうだ、それに馬にも休息を与えなければいけない」


 仲間が次々に心配してくれる。


「……ありがとう、みんな。じゃあ、そうさせてもらおうかな……!」


 再び笑顔を浮かべた凰華の眼には熱いものが溢れていた。


 


 夕刻、四人は小さなまちに到着した。


 少し早めの夕食を取り、再び男女に分かれ宿の客室に入る。


「……燕児さん、起きてる……?」

「ああ、眠れないのかい?」


 凰華の声に、向かいの寝台から返事が聞こえる。


「うん、少し話さない?」

「いいよ。何を話そうか?」


 凰華は何か決意したかのように、一呼吸置いて口を開いた。


「燕児さんは、拓飛の事が好きなの……?」


 意を決して問いかけた凰華だったが、その答えを聞きたいようでもあり、聞くのが怖くもあった。

 永遠とも思える時間が流れ、ようやく燕児が口を開く。


「……私は生まれた時から仙士として育てられ、己の感情よりも朱雀派の掟や掌門のめいが絶対だった」


 予想していたものとは違う切り出しだったが、凰華は黙って耳を傾ける。


「だから男女の機微などには疎いし、正直言って『好き』という感情が自分でもよく分からない……だが、拓飛の事を想うと何というか、胸の奥が熱くなって暖かい気持ちになるんだ」


 凰華は暗闇の中、何度もうなずいた。燕児が吐露した感情は自分と全く同じものだったのである。


「私が仙士として任務を始めると、時折何人もの男が決闘を申し込んで来た事もあった。今思えば、どこからか朱雀派の掟を耳にしたんだろう。無論全員叩きのめしてやったが」

「アハハ……」

「だから拓飛に『自分の身体を大切にしろ』と言われた時には、凄く嬉しかった。あの時から拓飛に特別な感情を抱いたのかも知れない」

「……だと思った」


 凰華が相槌を打つと、今度は燕児が問いかけた。


「君はどうなんだい、凰華?」

「……あたしは————」


 


 翌朝、拓飛と斉が部屋で身支度をしていると、珍しく慌てた様子で燕児が駆け込んで来た。


「朝っぱらから騒がしいな。どうした?」

「……凰華の姿が見えない……!」


 燕児の言葉に、まだ半開きだった拓飛の眼が見開かれた。


 ———— 第二十三章に続く ————

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