『求愛(二)』

 拓飛タクヒたちは西瓜スイカ畑を抜けて再び南へ進路を取った。


「おい凰華オウカ、なにさっきから黙り込んでんだよ?」

「え……そうかな……」


 西瓜畑を出発してからというもの、凰華は一言も発していなかった。


「ホンマ、女の子の気持ちが分からんやっちゃな。さっきの占いが気になっとんねん。そっとしといたり」


 横からセイが口を挟むと、拓飛は凰華に訊き直した。


「そうなのか?」

「う、うん……そうかも……」

「気にすんじゃねえよ。あんなモン、誰にでも当てはまるって言ってんだろ」

「……そうだね、そうする」


 凰華は強いて笑顔を浮かべると、それきりまた黙り込んでしまった。


 

 四十里ほど駆けると、眼前に高い城壁が見えてきた。紅州第二の都市『武海ぶかい』である。拓飛たちは少し早いがここで宿を取る事にした。


 城門をくぐると、紅京こうけいほどではないが、活気に溢れた街並みがそこにはあった。


「ここが紅州のほぼ真ん中か。最南端まではまだまだ掛かりそうだな」


 城壁を背にした拓飛が地図を片手に呟いた時、斉は南へと想いを馳せていた。


「ああ……おネエちゃんだらけの楽園は遥か彼方。せやけど、焦らされる方が燃えるてモンや」

「おめえはソレばっかだな……」


 呆れた拓飛が眼を逸らすと、隣に立つ凰華がジッと一点を凝視している。その視線の先には城壁があり、そこにはなにやらミミズが這ったような図形らしきものが、炭で何重にも描かれていた。


「おい、なに見てんだ?」

「えっ? う、ううん、変な落書きだなあと思っただけ。ごめんね二人とも、すぐ戻るから、ここでちょっと待ってて」


 そう言うと、凰華は小走りで路地裏の方へ行ってしまった。


「急になんだあ?」

「お花摘みやろ」

「花? なんで急に花を摘みに行くんだよ?」

「……もうええわ。そないな事より拓飛、これからどないすんねん?」


 珍しく神妙な面持ちで斉が尋ねる。


「どうするって、朱雀派のヤサに行くんだろ」

「それは凰華ちゃんの用やろ。元々お前には関係のない話のはずや」

「おめえだってそうじゃねえか」

「ワイはアレや、女だらけの島なんて聞いてもうたら行かなアカンやんか。せやけど、お前はちゃうやろ?」

「…………」


 斉の言葉に拓飛はしばし押し黙った後、ゆっくりと左腕を上げた。


「……しゃあねえだろ。朱雀派の奴らなら、この腕を治す手掛かりを何か知ってるかもしれねえ」

「せやったら、あの易者の爺ちゃんに占ってもろたら良かったやんけ」

「フン、あんなインチキジジイにマジな話ができるかよ」


 拓飛が吐き捨てたその時、前方から二人の女がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


 女たちはそれぞれ二十代後半と三十代前半といったところだが、同じ柄の深紅の外套を羽織っており、同門だと窺い知れた。

 さらに何気ない所作に芯が通っており、優れた内功の使い手であることも分かる。


「おい拓飛。言うてるそばから、あのおネエちゃんたち朱雀派なんとちゃうか?」

「多分な。流石に街ん中じゃ、あのピタッとした服は着てねえみてえだな」

「いやいや、あの外套の下に着てるやろ」


 斉の目元が緩み出すうちに、女たちは眼の前に迫っていた。拓飛は呼吸を整え身構えた。


 しかし、女たちは拓飛に一瞥をくれるだけで脚を止める事なく、二人のそばを通り過ぎて行った。


「……なんや拍子抜けやな。ワイはてっきり、燕のオネエちゃんみたいに急に襲いかかって来るモンやと思ててんけど」

「街ん中だからじゃねえのか? もしくはあの女から、まだ俺の情報が伝わってねえのかもな」

「そんなんある? あの船頭の爺ちゃん、絶対チクり入れたるてごっつい息巻いてたやん」

「知らねえよ、俺に訊くな」


 その間にも、女たちは二人からどんどん遠ざかって行く。


「あのオネエちゃんたちに本拠地を訊かへんでええの? なんやったらワイが訊いてきたろか?」

「おめえみてえな怪しいヤツから、いきなりヤサの場所を訊かれて答えるワケねえだろ……」

「お待たせ、ごめんね」


 その時、凰華が戻って来た。心なしかその表情は曇っているように見える。


「……? どした?」

「え? ううん、なんでもないわ」

「なんでもねえ事ねえだろ、腹でも下したのか?」

「————違うわよ!」


 凰華は顔を真っ赤にして、大股で街の中へと消えて行った。斉が桃花トウカを引いてその後を追いかける。


「……ホンマ、武術以外はポンコツやな自分」

「な、なんでだよ! 心配してやっただろ!」


 慌てて拓飛が弁明するが、斉は振り返りもしない。


 一人取り残された主人を慰めるように、焔星エンセイが拓飛の頬をペロリと舐めた。


 


 武海で一晩を明かした三人は翌朝、南下を再開した。


 宿を出て街道を走る今まで、凰華は昨日と同じく一言も喋らない。その理由は推して知るべしである。気まずい雰囲気を嫌った拓飛は突破口を開こうと、キョロキョロと周りを見渡した。


「おっ、あんな所に日除けになりそうな大木があるぜ! ちょうど昼飯時だ。あそこの木陰で、宿で持たせてもらった饅頭を食おうぜ!」


 物凄い説明口調で拓飛が声を上げる。しかし、食事と聞いても凰華は反応せず、代わりに斉が答えた。


「まだ昼飯には早いやろ。ワイ、まだ胃袋に朝飯残ってるで」

「いいから休憩すんだよ、嫌ならおめえは食うな」


 三人が馬を降り、近くの樹に繋ごうとしたその時である。


 拓飛の眼の前に上空から一羽の燕がフワリと降り立った。

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