第二十章

『求愛(一)』

 庄夏堡しょうかほを出立した拓飛タクヒたち一行だったが、初夏のジメジメとした気候も相まって、どんよりとした空気に包まれていた。


ガク先生、何処に行っちゃったんだろ……」


 焔星エンセイに騎乗した凰華オウカがいつもの三割程度の声量で呟いた。それは質問のような、独り言のような曖昧なものだったが、凰華の背後から拓飛が返事をする。


「この時期なら玄州に向かうはずだぜ」

「そうなんだ……でも今は北に向かう訳にはいかないよね……」

「案外、おめえの故郷に辿り着くかもな!」


 元気のない凰華を励まそうと、拓飛は努めて明るく振る舞ったが凰華の反応は薄い。


「……そうだといいね」

「お、おう……」


 会話が途切れて数秒の間の後、再び凰華が口を開いた。


「岳先生の氣功、凄かったね……」

「せやな。手をかざすだけで、打ち身やら骨折やらフワッと治してまうモンな。アレだけで銭が取れるっちゅうのに、変わったオッチャンやったな」


 並走する桃花トウカの背にまたがったセイが相槌を打つと、凰華は溜め息をついた。


 元々辛気臭いのが嫌いな拓飛はイライラしてきたが、ここで怒鳴り散らす事は逆効果であると流石に分かっていた。どうしたものかと思案していると、眼前に大きな西瓜スイカ畑が飛び込んできた。


「おい、ノド乾かねえか? 暑気払いにちょうどいいぜ!」

「ええな! ナンボかいただいてこ!」

「あっ、盗んじゃダメよ! 二人とも!」


 畑の脇へ馬を停めると、西瓜の収穫をしていた農夫が顔を上げた。


「アンタたちも西瓜欲しいのかい?」

「————たち?」


 拓飛が農夫の視線の先を追うと、大木の木陰で美味そうに西瓜を頬張る老人の姿が眼に入った。


「あっ、てめえは……」

「おや、またまた奇遇ですな」


 老人は例の易者であった。


「誰や? この爺ちゃん、拓飛の知り合いか?」

「占い師のお爺さんよ、会うのはこれで三回目だけど……」


 二度ある事は三度あるとはよく言うものだが、こんな偶然がこの短期間でそう何度も起こるだろうか? 流石の凰華も声に警戒の色が見えた。


「ここで何やってんだ? ジジイ」


 焔星を脇の大木に繋いだ拓飛が不躾に口を開いた。


「ご覧の通り、木陰で涼みながら西瓜を食している所ですな。あなた方もいただくといい。よく熟れていて格別ですぞ」


 老人はそう言うと、手中の西瓜にかぶりつく。西瓜の実は赤々としており、とても美味そうである。三人はゴクリとノドを鳴らした。早速、農夫に金を払い丸々とした西瓜を手に入れる。


「ほんで、この爺ちゃんの占いて当たるんか?」


 西瓜にむしゃぶりつきながら斉が訊くと、


「ムカつくが当たるぜ。紅州に入ったばっかのトコで占ってもらったら、探し人と再会できるって言われてよ」

「そうそう、その後すぐに斉と再会したのよ。結局、岳先生も見つけられたしね」


 拓飛と凰華が口々に答える。


「せやったらなんか占ってもらお! 何がええかな?」

「そうだな、おめえの本名とか出身とかなんてのはどうだ?」

「アカン、アカン! 男は謎めいてるんが女の子にモテんねん! そないな占いやったら帰らせてもらうわ!」


 斉がブンブンと手を振ると、老人は口に含んでいた西瓜の種を吐き出した。


「なんでも構いませんぞ? お代をいただけるならね……」


 老人のなんとも言えない言い様に凰華は拓飛の袖を引っ張り、耳元で囁いた。


「ねえ拓飛。なんかこのお爺さん、偶然にしてもこう何度も出会うなんて、あたしちょっと怖いかも。今回は占ってもらうのやめましょ?」

「なにビビってんだ。オッサンが何処に行ったか占ってもらやあ、いいじゃねえか」

「う、でも……」

「フン、じゃあ、おめえはいいや。おいジイさん、俺を占ってくれよ」

「もう占っておりますよ」


 老人はそう言うと、拓飛が地面に吐き出した西瓜の種を指し示した。


「易とはこうした日常の何気ない偶然の形を見るのですよ。なになに……?」


 老人はなにやらモゴモゴと口を動かすと、ゆっくりと顔を上げた。その顔には憂いの色が見える。


「……うーむ、これはなんとも申し上げにくいですな……」

「なんだそりゃ、構わねえから早く言えよ」

「しかし……」

「いいから言え!」


 拓飛が怒鳴ると、老人は躊躇いがちに口を開いた。


「……分かりました。ここ南の地で、あなたは大事な人と別れを経験する事になるでしょう」

「…………!」


 老人の言葉に場が静まり返るが、その空気を払う者がいた。


「なんやそれ、誰にでも当てはまるコト言うてへん?」


 斉がつまらなさそうに言うと、凰華が同調する。


「——そ、そうよね! 拓飛はもう岳先生と別れてるもんね!」

「さらに言うたらやな、コウの姐さんもそうやし、あの朱雀派のおネエちゃんかてそうやがな」

「そうよ拓飛、気にする事ないわ」


 凰華の言葉に老人はかぶせるように言う。


「私は運命の形をそのまま伝えているだけです。それをどう受け取るかは、あなた次第ですな」

「…………」


 拓飛は無言で懐をまさぐると、小銭を数枚老人の眼前に投げ落とした。


「毎度あり」


 老人が枯れ枝のようにしわがれた指で小銭を掴みながらボソリと呟く。拓飛は西瓜の汁で汚れた口を拭うと、樹に繋いだ焔星の元へ歩み寄った。


「行くぞ、おめえら」

「う、うん」

「ホイホイ」


 凰華と斉も続いて騎乗する。拓飛は老人の方へ馬首を返すと、皮肉たっぷりに言い放つ。


「じゃあな、ジジイ。これでてめえともオサラバだな」

「そういう事になりますな。残念ながら私はあなたの大切な人間ではなさそうですがね」

「ケッ」


 拓飛たちが西瓜畑から遠ざかると、背後から老人のしゃがれた声が耳に届いて来た。


「……よい旅路を————」

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